HONEY前篇
【HONEY】
甘いものが好きだ。中でも蜂蜜は、好物と言っていい。それなのに何で時々――――この甘さを嫌だと感じるのだろう。好物な筈なのに。そう、好物な筈なのに。この甘さを嫌だと感じる。
「―――――藤原くん! 聞いてるんですか?」意識を現実に引き戻すと、目の前の席で橘京子が頬を膨らませていた。周囲を見渡せば監視対象もいるし、周防九曜もいる。そして橘京子がこちらに引き込みたい奴の姿もあった。……もっとも奴はさっきから丼で何かをかき込み続けているのだが。「聞いとらん」「もう……ですから、藤原くんもキョン君に何か言ってあげて下さい! でないと」「ほっとけ、橘。こんな奴が何と言おうと俺はこちらに協力するつもりはない。あ、すいません、お代わり下さい」「………お前、橘の話を聞いてすらいないだろ?」橘にそう言い放ちながらお代わりを要求する彼に僕がそう言い放つと、彼は視線を僕に向けた。「そりゃそうだ。俺ぁ、お前らの事は嫌いじゃないが協力する気にはならん。嫌いなのはお前だけだ」「そりゃ結構。僕も貴様が嫌いだ……っておい、貴様。さっきから何を喰ってる?」「ん? 見て解らないか?」ちょうどお代わりを受け取った奴は、僕の前に丼の中身を突き付けた。白玉。バニラと抹茶のアイスに、黒蜜。そして寒天と山盛りの粒餡。どう見ても白玉クリームあんみつだ………それがご飯の上に乗っている事を除けば。「白玉クリームあんみつ丼だ」「何だそのメニュー!? この喫茶店にそんなメニューあるのか!?」「あるぞ。俺しか頼まんけどな」「それって店に迷惑じゃないか?」「それだけ利用するという事だ」僕の言葉に奴はそう答える。しばらくの間、奴がお代わりの白玉クリームあんみつ丼をかき込む音だけが続く。「そう言えば………朝比奈みくるは元気か?」ふと、何となく気になって奴に声をかける。奴は一瞬驚いたような顔を見せたが、すぐに口を開いた。「朝比奈さんか? ああ、俺が見た限りでは健康そのものだが……何でお前がそんな事を聞くんだ?」「気になったからだ」そう、気になったから。単なる気になるで済めば、それで良かったのに。
未来というのは些細な違いから幾らでも枝分かれする。例えば僕と朝比奈みくるの存在する未来が違うように。本来、僕と朝比奈みくるは同時に存在する事が出来ない筈だ。だがそれでも……過去である今だからこそ、同時に存在している。過去であるこの時間軸にいるからこそ………。
それだから、なのだろうか。どうしようもなく気になって仕方がない。無意味な筈なのに。この時間軸にいる限りでしか、繋がる事など出来ない筈なのに。
「ところで、キョン。最近の藤原を見てどう思う?」いきなり監視対象の声が響き渡り、僕は慌てて思考を現実に引き戻した。「どう思うって、俺は普段の藤原を知らんから解らん」「僕が見る限りは最近の藤原は変に見えるよ。いつも以上に人の話を聞かないし」「そして何よりボーッとしてる事が多いし」「―――――ボンヤリしている間に―――背中に虫をつけても―――気付かない」「九曜、お前そんな事してたのか!?」まさかこの前背中に蜂が停まっていたのもお前のせいか?僕が九曜に視線を向けると、九曜は顔ごと視線をそらした。どうやら犯人はコイツか。「ほう、そんなにボンヤリしているとは珍しい。こんな外側だけは完璧になりたい願望全開な藤原君が」「人がそんな願望を抱いてると勝手に想像するんじゃない」「安心しろ、お兄ちゃんがお前の悩みを聞いてあげよう」「誰がお兄ちゃんだ!」本当にこの男はどうしようもない程バカだ!「まったく、お前達も、この僕が普段より少し違う位で……」そう言いかけて、思わず固まった。監視対象はニマニマした視線で、橘京子は何かを期待する視線で、そして周防九曜も何故か何かを期待しているような。「それは名案ですよ、キョン君! 藤原くんをお願いしますね」「そうだね、流石はキョンだよ。男同士なら話せる事もあるだろうし」「―――実に―――効率的」おい、お前らまさかとは思うがこいつに僕の今抱えてる事を話せと!?「よし、解った。この万屋キョンちゃんに全てを任せなさい! 報酬はこの口座に振り込んどいてくれよー」待て待て待て待て待て待て待てぃ! いつの間にか決定事項!?「よし、藤原! 善は急げだ! ついてこい、お前の悩みという悩みをすぱっと解決してやろうではないか!」「「「行ってらっしゃい」」」お前ら、何手を振って見送ってるんだ! 貴様、あと襟首を掴むな! 首が締まる! 首が締まるぅ……っ!
奴に連れていかれた先はカラオケボックスだった。何が哀しくて男2人でカラオケに行くのが解らな……。「お待ちしていました」何でお前がいるんだ古泉一樹。男2人が3人になっただけじゃないか。「禁則事項だ」「禁則事項です」お前らがその台詞を言うな! その台詞を許されるのは朝比奈みくるだけだ!まったく……。まぁ、カラオケボックスなら周囲が騒音みたいなものだから他人に話を聞かれる心配は無いしな。しかし、相手が相手なだけに更に気まずい気がする。いや、むしろ2人は激怒するかも知れん。何せ……なぁ。この僕が………朝比奈みくるが気になってどうしようもないなんて。自分でも信じられない時があるんだぞ。
「CHA-LA HEAD-CHA-LA ! 何が起きても気分は~へのへのカッパ~♪」「CHA-LA HEAD-CHA-LA ! 胸がバチバチするほど…騒ぐ元・気・玉♪」何でだろう、奴と古泉一樹がデュエットで「CHA-LA HEAD-CHA-LA」という珍妙な場面につきあわされてるのだが。奴はともかく古泉一樹には似合わないと思うのは何故だろうか。「「CHA-LA HEAD-CHA-LA ! 頭カラッポの方が~夢詰め込める~♪」」「お前ら、僕の相談を聞くんじゃなかったのか? いつまで歌ってる気だ」「まぁ、待て藤原。あと1曲だけな! この次のナンバーは最強のフュージョン、だな」「何でドラゴンボールばっかりなんだ! あと、僕は劇場版の敵はブロリーしか無いと思ってるんだ!」「何を言う、ジャネンバこそ最強の敵だ。お前はこの時代に関して視野を広げろ藤原」「そうですよ、キョン君の言う通りです。ま、でも最強はベジットに違いないでしょうが」「何を言う、ゴジータだろう古泉! 悟空とベジータの合体で超サイヤ人3にもなれるんだぞ!」「だから界王神様が言ってたでしょ! ポタラの合体はフュージョン以上で超サイヤ人1の状態で魔人ブウをフルボッコですよ!」「ドラゴンボール談議はどうでもいいだろ! 僕の話を聞くんじゃないのか!」僕が声を張り上げた時、2人の舌打ちが聞こえた気がするが、それもどうでもいい。2人はマイクを置くと、僕に視線を向けた。「………お前、本当に普段と大分違うな。普段なら俺に突っ込みすら入れないのに」う……。そう言えば普段は悪態をつくだけだが今日は突っ込みまで入れている。それは認める。それは単に僕の思考レベルがおかしくなったからだろうか。「本当に何があったのでしょう?」古泉一樹が真剣な視線を向けてきた。言うべきだろうか、言わざるべきか。「………………怒るなよ?」覚悟は決めた。
「僕は朝比奈みくるの事が好きだ」
空気が凍った。「………もう1度聞くぞ、藤原くぅん」「同じ事をもう1度お願い出来ますか、藤原君?」キョンも古泉一樹もハッキリ言うが、顔が引攣ってるぞ。そんなに驚いたのか? 怒るなと言った筈なんだけど。「ああ。僕は朝比奈みくるの事が好きだ」「………お前、その言葉の意味、解ってるのか?」「解ってる」そう、解ってる筈だ。頭では理解出来ている筈なのに、心が追い付いてない。「………本来、交わる筈の無い未来……。この時代でしか関わる事は出来ないし、 下手に関わればそれは……タイムパラドックスにも繋がる」「そこまで解ってるのに?」「そこまで解ってるのに割り切れないから考えてるんだろう!」僕の声に、2人は少しだけ視線を見合わせた。「そりゃすまん事をしたな」キョンはそう口を開いてから、更に言葉を続けた。
「で、お前はこれからどうするんだ?」
そう言われたとしても、今1つ確証が持てなかった。「……好きだという感情を持っている以上、そのまま続けてしまうのは貴方の為には良くないでしょう。それに……」古泉が口を開き、少しだけ視線を彷徨わせてから言葉を続ける。「あなたはともかく朝比奈さんの気持ちという問題もありますからね」「それに、2人ともいずれはそれぞれの未来に帰る。答えを出すのは相当早めに、な。ま、どれがベストなんて誰にも解らんが」古泉はともかくキョンに言われると腹が立つのは何故だろうか。だけど、何処か……反論出来なかった。
そう、何時かは朝比奈みくるに告げなくてはならないだろう。その時彼女がどんな反応をするのか、どんな思いをするのか。
僕には解らない。
その時気付いた。大好きなものである筈なのに、時々その甘さが嫌になる事がある。蜂蜜に似ている、甘い。好きだけど、時々嫌いになる。甘い蜂蜜に似ている。
「くそっ………」僕は小さく悪態をついた。
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