裏切りの序章2
(これは、裏切りの序章の続きです)俺がメールをした人数は15人。そのうち、返信があったのは12人だった。
そして、俺や谷口や長門や古泉と同じ差出人からの手紙を受け取ったのは…
「朝比奈さん、国木田、佐々木の三人か…」
これに俺らを合わせると七人。
そして全員の共通点が、
「涼宮さんと何らかの面識がある…ということですね」
そう。俺ら七人は何らかの形でハルヒと係わり合いを持っている。最も多いのは北高絡みで、次点は神様絡み。…まあ、最後の最後に東中絡みってところか。
俺はメールで半ば強引に駅前の喫茶店に来るように伝えた。勿論、午後の授業は完全にすっぽかしている。
駅前に皆が集まったのはメールを送ってから三十分後のことだった。
「で…この手紙が何だって言うんだい?」
俺の向かいに座っている佐々木が如何にも不機嫌そうに言った。
「それは僕としても知りたいところだね」
国木田も言った。…今頃気がついたが、この二人話し方がが似るな…。
…しかし、何と説明するべきか。佐々木や朝比奈さんには『もしかしたらハルヒ絡みかもしれない事件』とでも言えば通じるが、国木田と谷口にそれは通じないだろう。
…何度言っても誰もが信用しなかった地動説を唱え続けたガリレオの気持ちは、きっとこんな感じだったに違いない。
「えーと…それはだな…」
…どーしよ。
「それは僕が説明しましょう」
俺が困っていると、古泉が助け舟を出してくれた。
今回ばかりは感謝だ。
「キミは…小泉君、だっかかな?」
二度目の対面となる佐々木が古泉に尋ねた。
「ハイ。…でも、正確には『古泉』ですけどね」
「…驚いたな。読心術が使えるのか」
「まぁ…多少なら」
「へえ…」
佐々木は物珍しげに古泉を見ている。…あれ?珍しげ?橘は使えなかったのか?対立しているとはいえ、あいつも機関の一員だったはずでは…?
「まあ、僕の能力はどうでもいいとして…」
古泉は皆を見回してから、
「とりあえず、状況説明といたしましょう」
「まず、ここにいる皆さんは『裏道霧華という人物から手紙を貰った』人たちです」
古泉は言葉を流すように言う。…俺には出来そうにないな。
「これだけなら、『ランダムに選んだ人物に裏道霧華が手紙を出した』で終わりですね」
…いや、その可能性は限りなくゼロなのでは?
「しかし、僕らには共通点が存在する。…ズバリ、涼宮さんですね」
古泉の発言に、佐々木とハルヒが知り合いであることを知らなかった蚊帳の外二人組みは驚いていた。
「個人差はあるにしろ、少なからず彼女に接点のある僕らに同じ人物から手紙が届いた。…そして、その涼宮さんは現在音信不通です」
これは真実だ。何度電話しても繋がらなかった。
俺だけ着信拒否されている(できれば信じたくないが)ことを考慮し、全員のケータイ、そして公衆電話をも使ってみたが、やはり繋がらなかった。
「これらが意味するのはただ一つ。…誘拐、ですね」
一同の目の色が変わった。
中々リアルな話に、皆も戸惑っているようだ。
「…待て、古泉」
冗談であってほしい、という願いがこもっているような声で谷口が古泉に問いかけた。
「何でしょう、谷口君」
「…仮にそうだとして、何で俺らに手紙が届くんだ?普通は涼宮の親に行くだろ?」
俺らに届くのはおかしいから、きっとこれはドッキリかなにかだろ?と言いたげな表情だが、内心ではそんな可能性には一縷の期待すら込められていないだろう。
「ええ」
古泉は裏道からの手紙をヒラヒラと振って、
「ですから、これから確かめるのですよ。…真実をね」
古泉はピッと糊付けを剥がし、中の手紙をテーブルの上に置いた。
涼宮ハルヒさんを預かりました。
返して欲しいのなら、同封の地図に書かれた場所まで来てください
警察には通報してもかまいませんが、その場合彼女の安全は保障しないです。
裏道 霧華
中には地図も入っていて、県外の港まで来るように書いてあった。
「随分とまあ、なめられてるなぁ…」
まさかたったの四行しかないとは。
…しかし、これでハルヒが誘拐されたのは確定してしまったわけだ。
念のため全員の手紙を調べてみたが、同じ内容の手紙が六枚増えただけだった。
「さて…どうしますか」
古泉は真顔で言った。
「どうするもこうするもない。…ハルヒを返してもらう」
俺は大真面目に言った。
いや、別に。
いつもはふざけてるとかじゃいないけど。
「…そんなことは前提です」
古泉はいつものスマイルを消した顔でそう言った。
「問題は、それをする上での過程ですよ」
古泉は手紙を手に取りながら言った。
すると、それまで沈黙を保っていた朝比奈さんが言った。
「あのう、やっぱり警察に連絡するのは駄目なんでしょうか…?」
…朝比奈さんらしいと言えば朝比奈さんらしい意見だ。
「…駄目ですよ朝比奈さん。こーいう時は犯人側に従うべです」
しかし国木田が、古泉と同じく真顔で朝比奈さんの意見をシャットアウト。朝比奈さんは『や、やっぱりそう、です、よね…』と言ってうつむいてしまった。
「…俺は国木田に賛成だ。…下手に騒いで涼宮に何かあったら不味いだろうしな」
谷口もいつになく真剣だ。
「…警察には、連絡しないべきと私も考える。仮に、これが身代金目的ではなく、ただの愉快犯だった場合は彼女が殺されてしまう恐れがある」
長門はいつもの通りに無表情…なんて事はなく、困惑している様子がはっきりとわかる。
「私は警察に駆け込んだほうが無難だと思うわ。もし仮に犯人側にそれがばれたとしても、いきなり命を奪ったのでは拉致をした意味がなくなってゃうし」
佐々木の意見。
「僕はやはり反対ですね…。何かあってからじゃ遅いですし」
最後は古泉、と。
…さて、この辺でまとめると…。
「警察に駆け込む派が3で反対も3か…」
参ったな…。ゼンゼン意見がまとまらない。
「…ところで、あなたはどっちなんですか?」
古泉に突っ込まれた。
「俺?俺は…反対だな」
俺は古泉のものとは違う手紙を手に取り、
「今やハルヒの神様的能力による奇跡を信じても見返りは期待できない…。かと言って、警察に駆け込んで事態の悪化も望ましくない」
『ハルヒの神様的能力』について知らない約二名が首をかしげているが、この際、無視。
「なら、俺らでやるしかないだろう」
今、俺らは古泉の住んでいるマンションに来ている。
理由といえば、武器の調達のためだ。
古泉曰く、
「機関から頂いたものなんです。…いざというときのためにね」
だそうだ。…しかし、お前…
「流石に日本刀はまずいんじゃないのか?」
ナイフやスタンガンなら…まあ、あくまで前向きに捉えれば『護身用』といえなくもないが、刀はまずいのでは?
「大丈夫ですよ。要はバレなければ良いんですから」
古泉はいつものスマイルと共に言った。
「なあ、古泉」
と、俺と古泉が話をしているところに谷口が割って入ってきた。
「なんでしょうか」
「色々と見たんだけどよ、何でナイフ、スタンガン、トンファー、メリケンと近距離戦の武器だけなんだ?…つーかそもそも、何でお前はこんなものを持っているんだ?」
「それはですね、僕の父親が米軍に所属しているからですよ。何かと心配なのか色々と持ってきてくれるんですが、やはり銃などの遠距離武器は暴発の危険性から与えてはくれないのです。銃なんか見たことすらありません」
「へえ、成る程ね…」
と言って谷口は再び武器をあさりに行った。
「…なかなか、お前の言い訳も筋が通っているじゃないか」
「言い訳を造るのなら慣れてますからね」
「分からなくもないのが嫌だが…。つーかお前の父親は本当に米軍に所属しているのか?」
「いいえ、ただのサラリーマンですよ」
「………」
…口先の魔術師?
「それ以外のところは本当ですよ。…機関から銃を貰ったことはありませんからね」
「…そう、か」
「貴方も武器を探してはいかがですか?無いよりましですよ?」
「…そうだな」
俺は適当な折りたたみ式ナイフを刃をしまった状態で右足の靴下に突っ込んだ。すると古泉が怪訝な顔してこちらを見てきた。
「…何故、そんなところに?」
俺は自嘲気味に答えた。
「…映画とかであるじゃないか。こういうの」
俺らは手紙と同封になっていた地図に従い、船が出港する汽笛でも聞こえていればまるでドラマのラストシーンみたいな港に着いた。
そこには、一人の女性がいた。
下に着込んでいるシャツとネクタイ以外全身を真っ黒のスーツで覆っている、短めの髪をした綺麗な人だった。
「…皆様、遠路にわざわざ足を運んでいただいて誠にありがとうございます」
女は微笑みながらそう言った。
「ああ、全く持って本当に遠路だった。お陰で足が棒のようだ」
俺は精一杯の敵意を向けて、言った。
「いえいえ、お越しにならなくてもよろしかったのです。あくまで『涼宮さんを返して欲しくば』なので。返して欲しくないのでしたらお越しにならなくても良かったのです」
女は微笑を崩さないまま、聖歌をに合いそうな綺麗な声で言った。
「あ、今のは勿論冗談ですよ。皆様方がそこまで薄情な方々だとは思っておりませんので」
『そこまで』ってことは多少は薄情な奴らだと思ってるらしい。
俺に言わせて貰えば、少女を誘拐した奴らのがよっぽど薄情なやつだ。
「…笑えない冗談は嫌いですね。さぁ、僕らはこうして来た訳ですから、速いところ涼宮さんを返していただけますか?」
古泉がいつものスマイルを絶やすことなく言った。
…笑えないんじゃないのかよ。
「まぁ、そう急がないでください」
「友だち誘拐されて落ち着いていられっかっての」
「…否定を対義語として捉えないで下さい」
そこまで話をしたところで、携帯の着信音が鳴った。
着信音が違うから俺じゃない。皆を見渡せば、俺と同じように『誰のだ?』といった感じでキョロキョロしている。
しかし、いくら俺らが見回し続けたところでケータイは出てくるはずは無かった。
なぜなら、それは目の前にいる女のケータイが鳴っていたからだ。
スーツとは対称的な真っ白いケータイだった。
ピッ。
「どうも…ええ、いらっしゃいました…はい…はい…」
30秒ほど会話をした後、女は通話を終了させて、ケータイをポケットにしまった。
「…では皆様。私についてきてください」
と言って、俺らに背を向けて歩き始めた。
「待てよ。どこへ行くってんだ?」
俺が言おうとして事を、谷口が先に言った。
「どこに行くか?…とてつもない愚問ですね。ここは港です。船に乗る場所です。よって、乗り込むべき船へと向かっているのです」
女が背を向けているので表情は見えないが、笑いながら言っているように聞こえた。
…あれ?なんかさっきまでと対応違くない?
すると、少し怒っているような口調で佐々木が言った。
「…愚問に対して愚答、ってところかしらね。谷口が聞きたかったのはその船がどこに行くかですよ。…そしてそれは私の知りたいところでもありますね」
佐々木がそう言った後、谷口が『そ、そう。俺もそれが言いたかった!』と慌てて付け加えた。…なんか、脂汗かいてる。
…愚かなり、谷口。
「…一番最初の会話で相手に『愚』の字をつけるとは随分と不躾ですね、佐々木さん。…まぁ、私の答えが愚かしかったのは事実ですけどね」
女は相変わらず背を向けたまましゃべっている。…何か、背中がしゃべってるみたいで怖いな…。
「…で、行き先ですが、ある孤島です」
へぇ、孤島。
…孤島?
それって所謂…。
「無人島…って事でいいのかな?」
今度は国木田が言った。
…さっきから、俺のセリフが盗られる…。
「…いえ、正確に言えば無人島ではありません。人は住んでます」
…確かに。考えてもみれば、孤島≠無人島だしな。
「まぁ、住んでると言いましても…たがだか10人程度ですけどね」
…10人って。
100人村の一割かよ。
「…ちなみに、その10人に私は含まれます」
そうなのか…。
…そうなのか!?
「そしてもう一人、あなた方が知っている方が一人います」
「…ハルヒか?(あ、これ俺な)」
「いえ、違います。あの方はある意味お客様ですから」
女は、黒い船の前で止まった。
そして俺らのほうへと身体を向けて、こう言った。
「手紙の差出人…つまり、裏道霧華です」
船で約1時間半ほど移動して、俺らは島についた。
小さすぎる、言えるくらいの島で、ドラえもんに出てくる学校の裏山が切り離されて浮かんでいる感じだ。
俺らは船を下りて、山の上へと歩いていった。
しばらく歩いた後、大きな屋敷…と、言うか何時ぞやの別荘って感じな建物が見えた。
「うわぁ…」
朝比奈さんが感嘆の声を上げた。
なぜなら、その建物が大きかったからだ。修学旅行で訪ねた寺や神社に匹敵するほどの大きさである。外は白い外壁に覆われていて、太陽の光を鏡のように跳ね返していた。そして規則正しく窓が並んでいる。目測だが、横は大体200メートル、縦は150メートル、高さは20メートルほどと言ったところだ。
俺らをここまで先導してきた女は門の前まで行くと、何やらカードのようなものを取り出して機械に通した。スーパーのレジでカードを読み取っている感じに近い。
すると、門が『ガガガガガガガガガ』と音を立てて開いた。
「…では、こちらにどうぞ…」
そう言って、女は俺らを屋敷に導いた。
「うおっ…!」
この感嘆の声は俺のものだ。概観にこそ驚かなかった俺だが、内装には驚いた。
まるで世界有数の超一流ホテルのような高級感が漂う絨毯、奥には二階へと続く階段がありそ、の正面には小さな噴水が設けられ、天井には煌びやかなシャンデリアが宝石のように光っている。
…ここ、マジで日本の孤島?
「…霧華さん。ご指示の通り、涼宮ハルヒ様のご友人を連れてまいりました」
俺ら全員が目に映ったものに開いた口が閉じなかった状態だったが、女のその一言により一瞬で閉じた。
「うん。ありがとう」
といいながら、そいつは階段を下りて来た。
ついに、来る。
俺らに謎の手紙を送り、ハルヒを誘拐した張本人…。
―――裏道、霧華―――!
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