1万回生きた猫
我輩は猫であるなどという事を言った先輩が居るとか居ないとかという話を同僚から聞いた事がある。正直、そんな話などに興味は無く。我輩は猫であるが故に今日も朝からこの日向でごろんとしていたのであった。ここ最近、毎朝この道を通る男女の姿を見ては、欠伸をしている我輩であったが。今日はどういうわけか毎朝一緒に通勤しているのであろうスーツ姿の男女はバラバラの時間帯に我輩の前を通っていったのであった。ふむ、人間という生物は実に興味深い。ふと、我輩の飼い猫時代の事が思い出される。顔を突き合わせては喧嘩をしていた主人と、主人の恋人の女性。人間の言葉で「喧嘩するほど仲が良い」と言われるらしいが、いやはや、なんとも人間らしい言葉ではないか。そんな主人の恋人の女性ではあったが、我輩にキャットフードを持ってきては、決まって主人の自慢をするのだ。あの人は優しいとか、あの人は鈍感だけどそこが良いのだ、とか。飽きもせず毎日。我輩は適当に「にゃあ」などと言って合わせるのだが、やがて一通り話し終えたのだろうか、主人の恋人の女性は満足したように鼻歌などを歌いながらキッチンへと向かって行く。 キッチンからは、我輩の好きな焼き魚の匂い。扉の開く音で主人が帰ってきたのだと悟る、足元へ寄っていって。主人のご機嫌を取る。主人は我輩を持ち上げた「よぅ、シャミセン。元気だったか?」我輩は半音上げて「にゃあ」と応えた。
*
人間から言わせれば猫は気まぐれな生き物であるらしい。我輩から言わせれば人間ほど気まぐれな生き物も居ないと思うのだが。などと、昔の記憶を少し辿っていると。ひょいと我輩を持ち上げる学生服姿の少女。「猫さん、お話聞いてくれる?」瞳に涙を貯めて、少女は呟いた。我輩はまるでいつもそうしているかの様に「にゃあ」と言って少女の膝にちょこんと乗った。撫でられるのは嫌いではない。ブランコに揺られるのも悪くはない。
「あのね、キョンったらひどいのよ。あたしが折角・・・で、デートに誘ってあげたのに、それを断ってきたのよ」にゃあ?「それでね、どうしてなのよって聞いたら、お前に振り回されるのはもうコリゴリだなんて言ってくれちゃってさ」にゃーあ「だからあたし、学校飛び出してきちゃった」にゃあ、にゃあ「ねぇ、猫さん。キョンって、やっぱりわたしの事嫌いなのかな?一緒に居ていいのかな?迷惑じゃないかな?」にゃあ「その・・・、わたしはキョンの事・・・す、す好きなのよ、でもね。本人を目の前にすると素直になれないの」にゃーあ「だから、今日はちょっとだけ勇気を出してみたんだけど」にゃーあ?「キョン・・・」
欠伸をして。尻尾を振った。
「ここにも居ないか・・・。なぁ、そこの三毛猫。ハルヒ知らないか?」
今日は来客が多い。
「くっそ、あいつどこ行ったんだよ。まだ授業中だってのに」にゃあ「なんだよ」にゃーあ「はぁ・・・」にゃあ?「・・・、聞いてくれるのか?」にゃあ「好きな女の子にさ、いきなりデートに行くわよ、なんて言われて、お前だったらどうする?」にゃあ?「俺はさ、嬉しくってさ。つい、本音と逆の事言っちまったんだよ」にゃーあ「そしたらあいつ、授業中なのに飛び出していってさ」にゃあ「あいつ、泣いてたんだ」にゃあにゃあ「ハルヒ・・・」
少年の足元を2回くるりと回り、少女が歩いていった方向へと少年を導いて。どうやら目当ての人物を見つけたらしい少年は、少女の元へと駆け寄って行った。言い合う声が聞こえたが、やがてそれは止み。照れながら歩き出す少年と少女の姿を日向で見ていた。やれやれ、世話の焼ける人間である。
キッチンからは、我輩の好きな焼き魚の匂い。扉の開く音で主人が帰ってきたのだと悟る、足元へ寄っていって。主人のご機嫌を取る。主人は我輩を持ち上げた「よぅ、シャミセン。元気だったか?」我輩は半音上げて「にゃあ」と応えた。
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