When she is 78
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「Happy Birthday, ハルヒ」「ありがとう。でも、この歳になると誕生日もあれね。うれしくもあり、うれしくもなし」「いいじゃないか、互いに年をとっていくんだ。置いてけぼりは勘弁してくれ」「それに、年中行事はとことん楽しむのが流儀だったろう?」俺たちが知り合った高校一年の春から、60年あまりが過ぎた。今日はハルヒの78回目の誕生日だ。「そうね。それで、今年はどんな風に楽しませてくれるのかしら?」多少のしわは刻まれたし髪もすっかり白くなったが、78歳になってもハルヒはきれいでいたずら気味な微笑みは若い頃とちっとも変わらない。俺の方は…聞くな。せいぜい、白髪のダンディなじいさんを想像してくれ。「さあてな。何かあるかもしれないし、何もないかもしれない」「なによそれ。何にも準備しなかったの?」「準備はしてるんだが、なにせ自分でも忘れてたからな。どうなるかさっぱりわからん」「???」「お茶でも淹れて待ってればわかるさ」よっこらせと腰を上げ、キッチンへ向かうヤカンに水をくみ、ヒーターのスイッチを入れながら居間に声をかける「それに、二人きりの誕生日は久方ぶりだろ。思い出を数えるのも悪くない」「今年は誰も来ないんだものね。毎年孫曾孫が誰かしら祝いにきてくれたのに。寂しいわねぇ」今年は二人きりで祝いたいと、事前に根回しをしたのはハルヒには内緒だヤカンがチンチンと泡のはぜる音を立て始める。温度の見極めが勝負だ。茶道楽に手を染めてみたが、ハルヒを満足させる茶はまだ淹れられない。曰く、朝比奈さんの淹れるお茶の足元にも及ばないそうだ。…自分なりにはおいしく淹れられてると思うのだが。「はい、お待ちどう」「ありがと。…今日のお茶は色が薄いわね。葉っぱ変えた?」「祝いの日だからな。珍しいお茶を淹れてみた。中国茶で『銀針』というんだ」「まずい!おかわり!」もうちょっと味わって飲んでくれよ。ま、顔はおいしいって言ってるからいいけどな。はい、おかわり。「文芸部室でも何度かキョンがお茶淹れてくれたわね」「そのたび、今とおんなじ台詞を言われたな。多少は上達したと思うんだが」「上達はしてるわよ。でも、みくるちゃんの淹れるお茶は超・達人の域だったのよ」なんだ、超・達人て。言わんとするところはわかるが(キンコーン)「誰か来たみたい」「ん、俺が出る」「はい?」インターホンに映るのは忘れもしない、懐かしい顔だった。『僕です』「久しぶりだな。今開ける、勝手に上がってくれ」「どなた?」「おまえがびっくりする客だ」「どうも。お邪魔します」「古泉君!?」「ご無沙汰してすみません。誕生日おめでとうございます。相変わらずお美しい」古泉から花束を受け取るハルヒの、びっくりした表情に密かに満足しながら古泉に声をかける「まぁ座れ。すぐに茶を出そう。それから人の嫁さんに色目を使うな」「おやおや。仲睦まじいようで何よりです」古泉のにやけスマイルは今だ健在か絵に描いたような好青年がそのまま絵に描いたような好々爺になった風だな「元気だったか?」茶を出しながらたずねる「えぇ。おかげさまで。息災でやってます」(キンコーン)「千客万来だな」「誰?まさか…」インタホンの画面の前に立つ俺をハルヒは期待のこもったまなざしでみつめ、腰は既に浮いている。これで集金だったりしたら、不運な来訪者のためにお経を唱えなきゃならんところだ。ハルヒに "出てみろ" と目配せした。画面に映る来訪者を確認したハルヒの顔はたちまちくしゃくしゃの泣き顔になり、玄関にかけていった。誰が来たのかは言うまでもないだろう。すぐに大きな叫び声が聞こえるはずだ。「みくるちゃん!」と。さて、超・達人に出すには気が引けるが、お茶の準備をして待っていよう。二人が目を赤くして居間に戻ってきたのは、熱いお茶が子猫の舌にも優しい温度になるくらいたってからだった。朝比奈さんとは俺たちの結婚式を最後に音信不通だったからな。なにも知らないハルヒにはつらかったろう。すまんな、ハルヒ。だがそれも今日までだ。「キョンくん、お久しぶりです。古泉君も」「お久しぶりです、朝比…あ…」「昔のままで呼んでください。そのほうが私も懐かしいですから」見る者を萌やしつくすマイエンジェルの微笑みがいまだ健在であることに大いに感動しつつ言い直す。「お久しぶりです、朝比奈さん。相変わらずお美しい」古泉の挨拶が続く「お久しぶりです。ほんとうにお変わりなく」「みくるちゃん今までどうしてたの!悪い男に引っかかったりしなかった?心配したんだから!」「いいじゃないか、ハルヒ。それより、再会とお前の誕生日を祝して乾杯しよう」「でも…まだ…」「長門も来る。そしたらまたすればいい。何度したっていいさ」(キンコーン)「おや。ひょっとして、うわさをすれば影ですか?」インタホンの画面を確認した俺は、そこに映った姿に文字通り天を仰いだ。確かに長門だ。北高のセーラーを着た、当時と寸分たがわぬ長門がそこにいた。いくらなんでもいきなりそれはまずいだろう、さてどうやって誤魔化したものかなと視線を戻すと、"長門が相応に年を重ねたらこんな感じだろう"と思わせる姿に変わっていた。やれやれ、いい先制パンチだ。どこでそんな技を覚えたんだ。「どうやらそのようだ。雰囲気のいい和服美人だ。いかにも長門らしい感じだな」「いきましょ、みくるちゃん。有希を迎えに!」玄関に向かう二人を目で追いつつ、古泉が言った「役者がそろいましたね」そうだな。「このまま、再会を誕生日プレゼントにした一日にすることもできますが?」そうだな。だが俺の腹はもう決まってるんだ。あいつは大丈夫だ。お前も朝比奈さんも長門も、大丈夫だと判断したからここに来たんだろう?「そうですね。あの二人の判断はわかりませんが、『機関』の判断はそのとおりです」「ですが、なぜ今更という疑問は残ります。なぜなのですか?」そいつはみんな揃って、そのときになったら言うよ。すっかり高校時代まで精神年齢を退行させたハルヒが二人を引っ張って居間に戻ってきた。「みくるちゃんはここ。有希はここね。古泉君はここ座って」「キョンはそこ!」部屋の隅っこを指さされた。亭主の威厳?いやいや、今の俺は雑用その1だからな。しかしまあ、抗議くらいはしておこう。「おいおい、文芸部室にだっておれの椅子くらいはあったぜ?」「しょうがないわね、じゃあどっからか持ってらっしゃい」「自前調達かよ」言い合いながらキッチンからお茶とお菓子を運び、面々の前に置いていく。「朝比奈さんの淹れたお茶には敵いませんが、どうぞ」「そんなことないですよ。さっきのお茶もおいしかったです」超・達人にそう言っていただけるとほっとします。「久しぶりだな、長門。変わったことは無いか?和装も似合うんだな」「問題ない」「…ありがとう」今のはお茶のお礼じゃないよな。長門も変わったんだな。たぶん、良いほうに。「ほれ」「僕にはそれだけですか。つれないですね」十分だろうが「はいよ、団長様」「ごくろうさま」キッチンから折りたたみの踏み台を持ってきて、椅子代わりにして座った。ハルヒは上座に仁王立ちして、SOS団定例活動第1回を宣言した。「みんな集まってくれてありがとう。あとで連絡先教えてね」「さて…」「あたしたちもたっぷり歳をとりました。これだけ生きてれば不思議なことの一つや二つはあるでしょう」「今日はみんなの話をいぃぃぃっぱい!聞かせてもらうからね!」聞き役のはずのハルヒが一番しゃべってるのはもはやお約束だな。アルバムなんか引っ張り出してきて、俺の恥ずかしい過去を暴露しまくるのは勘弁して欲しいがそれも含めて幸せってやつさ。俺も歳食ったね。しかし、みんな変わってないな。ひねくれ頑固老人が一人くらいいてもおかしくなかったが。「高校で鍛えられましたから」「こ~い~ず~み~く~ん~?」ハルヒの地獄耳をなめてはいかんぞ、古泉。(キンコーン)「あれ?こんどは誰?まさか鶴屋さんだったり?」「料理が届いたみたいだな。古泉、運ぶの手伝ってくれ」「承知しました」どんどん運び込まれる料理の数々。ちょっと多すぎたか?居間におさまりきらず、キッチンまであふれだしている。「バカキョン!何人分頼んだのよ!」「7人分だ。おまえと長門が2人分」「歳と常識考えなさいよ?!」おまえに常識いわれるとは…どうだ、長門?「問題ない」だ、そうだ。おまえも負けずに食え。余ってもタッパーに詰めればいいから気にするな。なんだかんだで料理はほとんど無くなった。長門が以下略腹もふくれて、ハルヒもみんなも幸せそうにまったりしている。本当にこのまま一日を終わらせてもいい気がしてくるが、全員が揃うのはおそらく二度とないだろうから、今日を逃すわけには行かない。「長門」長門の黒曜石の視線がこちらを向く「朝比奈さん」緊張を含んだ朝比奈さんの視線がこちらを向く「古泉」にやけスマイルの張り付いた古泉の視線がこちらを向く「みんな、約束を忘れないでいてくれてありがとう」「なら、俺がこの後なにをしようとしているかもわかっている筈だ」「反対なら今、言ってくれ」ハルヒは不思議そうにしているが、緊張感は敏感に感じ取っている様子だ。不安そうな視線が俺と三人のあいだを行ったりきたりしている。「約束って何?」「いったい何をするの?」やがて古泉が口を開いた「僕のほうからは既に先ほど申し上げましたが、反対ではありません」「ですが、やはり先ほどの疑問には答えをいただきたいと思います」「なぜ、今更に?」朝比奈さんが口を添えた。「私たちも同じです。反対ではありませんが…」長門?「憂慮すべき事態が発生する確率は観測されなかった」つまり?「反対する理由はない」「わかった。反対は0だな。感謝する」「では理由を述べよう。こうだ」俺たちも歳をとった。現実にやってくる『死』を意識しても落ち着いていられるくらいにな。だが俺はずっと気になっていたんだ。『魂』は存在するのか?禁則だ。わかってる。だから俺は存在するという仮定の下にこの話をしている。もし存在するとしたら。もしハルヒに隠し事をしたまま『魂』になっちまったとしたら。俺はあの世でハルヒにメチャメチャな目にあわされる!絶対に!そ れ だ け は 避 け な け れ ば な ら ん !身振り手振りを交えて力説する俺を見る、みんなの視線にふと気がついた。あのー、もしもし?なんですか?その、あきれ返って何もいえないっていう目は?おいハルヒ、おまえまでそんな目で見ること無いだろ!「バカはほっときましょ」「御意」「はい」「…」おーい………ぉーぃ……オーイ……orz・・・「で、あたしに隠し事ってなんなの?」布団に入ってから、ハルヒがきいてきた。「ああ…」「おまえが神様で時間のゆがみで自律進化の可能性で」「古泉が超能力者で朝比奈さんが未来人で長門が宇宙人で」「おれがジョン・スミスだって話だ」「なにそれ。そんなことあるわけ無いじゃない」「じゃあ、どうして俺がジョン・スミスの名前を知ってるんだ?」「だってあんたに言ったことあるし。中一の七夕に遭った変な高校生の話」「あれ?そんなことあったっけ」「あったあった。まったく、どうしたら昔話の登場人物に自分を重ねられるのよ」布団からガバッと身を起こしたハルヒが人差し指を突きつけながら言った。「いい?不思議はそんじゃそこらに転がってなんていないの!」「今日はみんなの連絡先もわかったし、また集まって不思議探しをするわよ」まじか。ていうか朝比奈さん、未来に帰らなくていいんですか?「まだ言ってる。寝言は寝てから言うものよ?」「電気消すわよ」・・・・・・キョン。まだ起きてる?あぁ今日はありがと。またみんなで集まれるなんて、思わなかった新婚旅行から帰ったら有希ともみくるちゃんとも連絡がつかなくなっててきっともう二度と会えないんだと思ってた…二人とも元気そうで良かった…約束って、何だったの?おまえの78歳の誕生日に、みんなでもう一度集まろうって結婚式のあとにな。どうして78なのよ。40とか、50とかでも良かったのに俺が78って数字が好きなんだよなにそれ、ばかみたい長生きするわよ。ホント長生き、してね…キョン…おまえこそ。置いてけぼりは勘弁してくれよ?………………おやすみ、キョン…おやすみ、ハルヒ…
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