セカンド・キス 5
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終業式での校長先生の話なんてのは、大多数の生徒と同じように俺だって真面目に聞いたためしがない。たいていは寝ているか隣のやつと話をしているかだ。センター試験がどうのこうのとねっとりした口調で語る校長を尻目に、俺はぼんやりと考え事をしていた。12月24日。クリスマス・イブ。今日で二学期が終わる。そもそもクリスマスというのはイエス・キリストの降誕祭であり、神様が人間としてこの世に降臨したことを祝うのが本質であるらしい。神様・・・ね。古泉言わく神の申し子であるハルヒがキリストの生誕を祝おうとパーティを企画したのだから、ある意味理に適っているように思える。古泉と長門の話によると、近々その申し子によって世界改変が行われることはほぼ間違いないと見ていいらしい。原因は俺。全ては一通のラブレターから始まった。今日、俺はケリをつける。昨日までの悪天候が嘘であったかのように、今日の天気は紫色をした冬の晴れ空だ。今年もホワイトクリスマスにはなりそうにない。
長かった校長の話も終わり、全校生徒はその場で解散となった。途端に体育館の出入り口付近は生徒でごった返す。俺は7組の列にならんでいた女子生徒を適当につかまえて聞いた。「なあ、相沢っているか?ちょっと話したいことがあるんだけど。」「相沢さんなら『大事な用があるから』って真っ先に出てったわよ。」女子生徒は体育館の入り口を指差した。俺は人ごみを掻き分けてその先の廊下へと今にも姿を消しそうな相沢の背中を確認した。しまった。遅かったか。追いかけようにも出入り口付近は生徒がたかっていて一筋縄じゃいかない。やっと外に出られたときには既に相沢の姿はどこにも見えなかった。「まいったな。」思わず口に出る。迷ってるヒマはない。待ち合わせは二時に駅前だったな。俺は相沢を追って学校を後にした。坂道を猛スピードで駆け下りつつ、俺はハルヒの事を想った。
―「ただの人間には興味ありません。宇宙人、未来人、異世界人、超能力者がいたら、あたしのところに来なさい。以上。」あの自己紹介からもう1年半以上経つ。なんとなくあいつと話すようになったのが去年のGW明け。なんだかよくわからんうちにSOS団設立に付き合わされて、宇宙人と未来人と超能力者に出会って、様々な奇怪な事件に巻き込まれ続けてきた。俺の隣にはずっとハルヒがいた。振り落とされないように必死だった。置いていかれないようにひたすら走った。それは何故だ?決まってる。俺がそう望んだから。ハルヒがそう望んだから。これからもずっとハルヒと一緒にいたい。ハルヒに振り回される俺でいたい。―
息を切らしつつ駅前まで到着すると、相沢が俺を待っていた。「キョンちゃん。やっぱり来てくれたんだ!」笑顔で俺を出迎える相沢。違うんだ、相沢。俺は。「すっごい楽しみにしてたんだあ。ねえ、どこ行こうか?」「楽しみにしてた」というフレーズが俺の胸に突き刺さる。「あれ?なんかキョンちゃん汗掻いてない?息切れしてるし、どうしたの?」「ごめん、違うんだ。相沢。」「え?」一瞬、相沢の笑顔が怪訝そうに曇る。「本当に申し訳ないと思ってる。でも俺、今日はやっぱり行けない。」俺は正直に言った。「・・・どうして?だって・・・約束・・・。」突然の俺の言葉に相沢は何が起こったのかわかりかねているようだ。「・・・ごめん。どうしてもやらなくちゃいけないことがあるんだ。」「・・・今日じゃなきゃ、駄目なの?」相沢はうつむいて震えながら俺に聞いた。瞳が潤んでいる。ここで負けてはいけない。『答え』にはたどり着けない。
「ああ。どうしても今日じゃなきゃ駄目なんだ。」しばしの沈黙。「そっか。」「すまん。」相沢は再び笑顔に戻って俺に向き直った。「それじゃ、しょうがないね。」何かを理解したように頷いた相沢はくるりと半回転し、俺に背を向けて、「私はキョンちゃんが好きだけど、キョンちゃんが違うならしょうがない。」と言った。振り返って俺に極上の笑顔を向けた相沢は最後に、「キョン、ファイト!頑張ってこいっ!」そう言って俺に親指を突き出した。「ああ、じゃあな。」中学時代と同じ口調に戻った彼女の言葉に後押しされ、俺は再び学校への坂道を走り出す。もう一度、あの部屋へ。
ハイキングコースを全速力で駆け上り再び汗だくの息絶え絶えになった俺は部室までやってきた。中から物音などは聞こえない。終業式が終わってから既に結構な時間が経っていた。パーティはもう終わったのか?ハルヒはもう帰ってしまったのだろうか。俺はドアを開いた。ガラリとした部屋にただ一人ハルヒが団長机に突っ伏していた。三日前俺と古泉がクリスマス風に飾りつけした部室はもう本来の姿を取り戻している。パーティは既に終演したようだ。俺が部屋に入る物音にハルヒはうつ伏せのまま一瞬ピクリと反応し、そしてゆっくりと顔を上げた。「よお。」「キョン!」俺の顔を見つめるハルヒの瞳が驚きで大きく見開いていく。ついでに口も開く。アホ面。「あんた、なんでここにいるのよ?デ、デートは!?」よく見ると、ハルヒの目元は若干赤く腫れている。泣いてたのかこいつ。「その事なんだが、やっぱり俺はデートには行かないことにしたよ。今断ってきた。」「なんでよ?あたしは好きにしていいって」「違うんだ。ハルヒ。」ハルヒの言葉を遮った俺は、まだ驚きの表情を崩さないハルヒの元まで歩み寄った。
「な、なによ。」その場で立ち上がり後ずさるハルヒ。「話したいことがある。」俺はハルヒの両肩をつかみ、目を見つめた。不安そうに瞳を潤ませるハルヒ。この瞳には混乱のステータス異常を招く効果があるに違いない。頭がボーッとする。思わず抱きしめてしまいそうだ。この場面で口にする言葉と言えば一つしかなかろう。言うんだ。俺の気持ちを。『答え』を。あとで殴られてもいい。俺の気持ちにハルヒが応えてくれるかなんて、どっちでもいいんだ。『キョン、ファイト!頑張ってこいっ!』相沢の言葉が蘇る。そうだ。今だ。言え。しかし、やはり気が動転していたのだろう。俺は・・・
「ハルヒ、俺と結婚してくれ。」
アホな事を口走っていた。
どれくらいそうしていただろう。ハルヒは俺の腹上に馬乗りになって俺と唇を重ねていた。ハルヒが顔を離すまで俺は目を閉じることも忘れていた。「っぷう・・・ってどうして目ぇ開けてるかな、あんた。」「すまん。いきなりだったから。」あまりのことに俺はそれ以外何も言えずにいた。「好き・・・。」「あ?」「何度も言わせない!だーかーら!」ハルヒは頬を赤く染め、か細い声で言った。「好きよ、キョン。」そうか。俺も好きだ。「本当!?マジ!?」マジ。本当。俺は『答え』にたどり着いた。
俺たちはその姿勢のまましばらくお互い無言で見つめあった。というよりマウントポジションを獲得したままハルヒが動かないので、俺も動けなかった。「ハルヒ。」「何?」「そろそろ降りてくれ。重い。」「ああ、ごめん。」ハルヒは立ち上がってパイプ椅子に腰掛けた。俺も腰を上げる。よっこらっせと。頭の中は意外と冷静だ。「ああ、そういえば・・・。」そう呟いたハルヒは自分のかばんを引き寄せ中から何かゴソゴソと取り出した。ソレを俺から隠すように自分の背中に回し、俺の方に向き直るハルヒ。「あんたのプロポーズ、考えてあげてもいいわ!ただし!」ただし?「あたしと付き合いなさい!話はそれからよ!」ハルヒはいつもの命令口調+満面の笑みで俺にそう告げた。俺の返答は決まっている。
「わかったよ。団長様。」俺の答えを聞いたハルヒはニヒーッと笑い、「じゃ、はい!これ!」俺の目の前に先ほどかばんから取り出した何かを突き出した。マフラーだ。驚いたことに、「手編みなんだからね!大事に使いなさい!」ああ、大事にするさ。俺は両手でそれを受け取り、自分の首に巻きつけた。でもこれ、プレゼント交換用のやつだったんじゃないのか?どうしたんだ?「くじ引きでプレゼントを決めたらね、あたしったら自分のに当っちゃったのよ。せっかくだからあんたにあげるわ。」なるほどね。俺は急にハルヒが愛おしくなって抱き寄せた。「ちょ、ちょっと、何すんのよ。」「なあ、もう一回だけ。」「えっ・・・・?」俺たちは3回目のキスをした。ハルヒは1回目のキスを夢だと思っているから、2回目か?
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