ありえぬ終焉 Ver.2
※バッドエンド注意 ────パーソナルネーム長門有希より、指揮下にある全インターフェースに告ぐ。総員ジェノサイドモード。涼宮ハルヒの生存を脅かす敵を殲滅せよ。 「機関」本部ビル。 そこに忽然と現れた長門有希は、ただ静かにそう命じた。 「機関」の方針が涼宮ハルヒの抹殺に転換したことを把握した情報統合思念体は、「機関」構成員及び関係者の抹殺を決定したのだった。 「派手にやっちゃっていいのかしら?」 長門有希の隣に立って、軽い口調でそう言ったのは、あの朝倉涼子であった。「好きにすればよい。この任務が終われば、あなたは再び情報連結を解除されることになっている。日頃の憂さを晴らす少ない機会を存分に生かせばよい」「なんだか道具扱いされてるみたいで気に入らないわね」「情報統合思念体のインターフェースに対する認識はその程度のもの。だから、我々も自分の判断で動けばよい。命令を受諾するのも拒否するのもあなたの自由」「長門さんも随分とはっきりいうわね。まあ、いいわ。せっかくの機会だもの、暴れさせてもらうわよ」 朝倉涼子はビル内を駆けた。 右手に握った剣で、目に付く人間たちを容赦なく惨殺していく。 他のインターフェースも同様の任務にあたっていたが、その中でも朝倉涼子の殺戮は群を抜いていた。 何十人目かの犠牲者になるであろう人間を視認。 それは古泉一樹と呼ばれる個体であった。まあ、彼女にとっては、そんな情報はどうでもいいことであったが。 「待って」 割って入った長門有希によって、朝倉涼子の行動は止められた。「なに? この人間に情けをかけようっていうの?」「違う。古泉一樹は私の友人。だから、私自らの手で葬るのが、せめてもの礼儀であろう」 古泉一樹の顔が引きつった。「ふーん。まあ、いいわ。私は他の人間を始末してくるから」 朝倉涼子は、古泉一樹の横を目にも止まらぬ速さで駆け抜けていった。 「長門さん。お願いです。やめていただけませんか? 『機関』の上層部は僕が何とか説得しますから」「あなたは既にその説得に失敗した。状況はもはや話し合いの段階にはない。あなたの選択肢は二つだけ。我々の側につくか、我々に敵対するかである」「SOS団も『機関』も、僕にとっては等しく大切なものなんです。僕は両方とも救いたい。情報統合思念体なら『機関』の情報を操作して方針を変えさせるぐらい簡単なことでしょうに」 「そうなれば、情報統合思念体は常に『機関』の動向を把握して情報操作を行ない続けなければならない。それは非効率」「長門さん。『彼』だって、こんなやり方は決して許しはしませんよ!」 古泉一樹にとって、その言葉は切り札のつもりだった。 しかし、今の長門有希にとっては、逆効果でしかなかった。「パーソナルネーム古泉一樹を敵性と判定」 長門有希の右手に、剣が現れた。「長門さん!?」 古泉一樹の顔が恐怖で染まった。「あなたは、私がそのことを考慮しなかったとでも思っているのか? 私にとって、『彼』の私への好悪の感情よりも、涼宮ハルヒの保全の方が優先する。私は『彼』にとって最も大切な存在である涼宮ハルヒを保全するために必要なすべての措置をとる。そう決めた」 次の瞬間。 古泉一樹の目の前に、長門有希の顔があった。 そして、彼の胸には剣が貫通していた。 戦闘……いや、一方的なジェノサイドは、ますます苛烈さを増していた。 天井のコンクリートが崩れ、瓦礫がガラガラと降り注いでくる。 長門有希は、ふと背後に時間平面破砕振動を感知した。 古泉一樹に突き刺した剣を手放し、とっさに振り向いて、右手を前方に突き出す。 右手がバズーガ砲のようなものの銃口を受け止めた。右腕をそのままに、体を横にずらす。 次の瞬間、エネルギーの奔流が長門有希の右腕を消し飛ばした。 長門有希は、その刹那の間に相手の身体に拘束をかける。 「あなたがたは必ず奇襲で来るものと予測していた」「予測されちゃってましたか。さすがですね、長門さん」 諦め気味の微笑を浮かべて答えたのは、朝比奈みくる(大)であった。 長門有希は、右腕を再生するために、呪文を唱える。「私の部下たちはどうなりました?」 長門有希が指揮下のインターフェースから報告を受けるのに、少し時間がかかった。 「涼宮ハルヒを抹殺しようとした者たちは、すべて完全に排除された。『機関』の援護に回った者たちも時間の問題」「やっぱり駄目でしたか」 天井から崩れ落ちる瓦礫は、二人だけを避けるように落下している。「あなたの任務からすれば、あなたこそが涼宮ハルヒの抹殺におもむくべきではなかったか?」「そうですね……おっしゃられるとおりです」「ならば、なぜ?」「長門さんなら、私を確実に殺してくれる────そんなふうに思ったのかもしれません」「そう……」 長門有希は、再生した腕でバズーガ砲のようなものを朝比奈みくるから取り上げた。 構造はすぐに理解できた。強力なガンマ線レーザーを放つ武器。 さきほどの射撃で電源が空になっていたが、情報操作で充電を完了する。「あなたの異時間同位体は?」「小さい方の私なら、元の時間平面に帰しました。時間軸の上書きで未来は激変してしまうでしょうから、あの子の存在が維持されるかどうかは分かりませんが」「もし残れるのであれば、このようなことからは無縁な生活を送ってほしいと思う」「そうですね」「あなたにはいろいろと世話になった。ありがとう。そして、」 長門有希は、ガンマ線レーザー砲を朝比奈みくるに向けた。「さようなら」 不可視の光線が朝比奈みくるの胸に大穴を開け、彼女はゆっくりと倒れていった。 キョンは全力で走っていた。 息はあがっていたし、足もふらふらだったが、それでも彼は走ることをやめなかった。 体力を絞りつくすように現場に到着したとき、彼が目にしたのは、瓦礫の山の上にたたずむ長門有希の姿であった。 彼女は、彼の方を向くと、ただ一言。 「終わった」 「長門……なんてことを……」 長門有希の足元が、半透明になっていた。 彼女の体が、砂が崩れ落ちるように徐々に消えていく。 「長門……おまえ……まさか!?」「最初からこうしようと決めていた。あなたが私のこの行為を許してくれないことは分かっていたから」「馬鹿野郎!」 キョンは、彼女の元に駆けていく。 「涼宮ハルヒの生存を脅かす敵はすべて排除した。だから、あなたは、」 あと一歩。 「涼宮ハルヒとお幸せに……」 彼の手は彼女には届かなかった。 長門有希の姿は、もう跡形もない。 伸ばされた手は、彼女を殴ろうとしていたのか、止めようとしていたのか。それすらも、もう分からない。 キョンは、瓦礫の山の上で、ただ呆然とするばかりであった。 「随分と派手にやってくれましたね。後始末をする私の身にもなってもらいたいものですが」 キョンが振り向くと、そこには喜緑江美里が立っていた。 「何しに来たんですか?」「後始末です。人間たちの記憶から、この事件に関連する事項を消去します。この建物も復元しなければなりませんし」 彼女は、まるで何事もなかったかのように、いつもの薄い微笑を浮かべている。「俺の記憶もですか?」「もちろんです。長門さんのことも、古泉一樹、朝比奈みくるのことも、『機関』や情報統合思念体のことも、あなたと涼宮ハルヒの記憶から消去させていただきます」 「いやだ!」 キョンは、彼女に殴りかかろうとしたが、見えない壁のようなもので防がれた。「長門さんの遺言なんです。あなたと涼宮ハルヒの記憶改竄には完璧を期すようにと。私も友人の遺言を無碍にするほど冷たくはないつもりですから」「いやだ!」 キョンは見えない壁を叩き続けたが、破ることはできなかった。「問答無用です。情報操作を開始します」 ・ ・ ・ ・ ・ 「ちょっと、キョン! あんた、まじめに考えてるの!」 文芸部室に、ハルヒの大声が響き渡った。「んなこと言ったって、ほいほいと書けるもんか」 ミヨキチのネタは去年使っちまったからな。この俺に二年連続で恋愛小説を書かせようなんて、無理な話だぜ。 俺とハルヒしかいない文芸部を存続させるためには、毎年一回は機関紙を発行しなきゃならんというのは、俺も重々承知はしてるつもりだがな。 まあ、それも放課後をこの部室で二人きりで過ごすための口実でしかないんだが、ハルヒはそのことを素直に認めたがらない。 そんないじっぱりなところが可愛かったりもするんだが。 コンコン。 ノックのあとに、ドアが開かれた。 現れたのは、生徒会書記の先輩、喜緑江美里さんだ。 「何の用よ!」 ハルヒは、最初から喧嘩腰。部の存続のために、生徒会を懐柔しようなどという心積もりはまるでないらしい。「きちんと活動なされているかどうか確認しに来ました。機関紙の方は順調でしょうか?」「私の分はもう完璧よ。問題はキョンの分ね」「どうしても恋愛小説を書けっていうんなら、俺とおまえの実体験をそのまま文章にでもしてやるか?」「ちょっ、ちょっと何言ってんのよ! そんなの恥ずかしいから、やめなさい!」 ハルヒは顔を真っ赤にしながら、俺のネクタイを引っ張った。苦しいっつーの。 「相変わらず、仲がよろしいですね。大変結構なことです」 喜緑さんは、そういい残すと部室をあとにした。 「何なのよ、あの女。むかつくわ! キョン! 完全無欠の恋愛小説を書いて、あの女の鼻をあかせてやんなさい!」 そりゃいったいどういう理屈だ。 あの喜緑さんじゃ、いつもの微笑を浮かべたまま平然と読むだけだと思うぞ。「とにかく、さっさと書きなさい!」 分かったよ。部長殿の命令は絶対だからな。 俺も、大変な奴を彼女にしてしまったもんだ。 まったく、やれやれだぜ。 ────パーソナルネーム喜緑江美里より、情報統合思念体へ。観測結果を報告します。観測対象の記憶改竄は完全なものと認められます。以上。 終わり。
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