before generation
俺は今、夫婦水入らずで桜並木の下を歩いている。
「ねえ、あなた?」
突然妻が呼びかけてきた。
「ん?なんだ?」
「こうやって君とのんびり過ごすのも久しぶりだね。」
「ああ。本当に久しぶりだ」
最近は仕事に追われて家にも帰れない日があったくらい忙しかった。昨日とて帰宅したのはもう日付が変わっていた。
「僕は毎晩毎晩寂しくてたまらないよ。この気持ち、どうしてくれるんだい?」
と言って俺の腕に抱きついてくる。
「こんなところで何を言っているんだお前は。それと腕に何か当たっているのだが」
「やっぱり気がついたか。当ててるんだよ」
といってくっくっくと笑う。
妻は二児の母だというのに結婚当初からさほどスタイルは変わっていないでいる。
二十代後半、と言われれば信じてしまうかもしれない。
本人曰く、妻として夫の望むプロポーションを維持するのは当然だろう、だそうだ。
男として夫としてこれほど嬉しいことはない。
「それにしてもその喋り方、外では辞めないか?」
妻は元来俺の前では僕っこだったのである。結婚してからは家で二人っきりの時しか使わなくなっていたのだが、今日久しぶりに外で聞いた。
「どうしてだい?昔はそんなこと気にしなかったじゃないか」
それはそうだ。あの頃はまだ性別を越えた親友だと思っていたからな。それに・・・。
「お前の姿と言葉のギャップに悶えるのは俺だけで十分だからさ」
少しクサい台詞を吐く。
そう。学生時代は彼女の可憐さというものに気がついていなかった。いや、もしかしたら気がつかないふりをしていたのかもしれない。ただ一つ言えるのは、当時は俺と彼女との関係が壊れるのが怖かった、ということだ。
「はぁ。君は変わらないね」
「ん?何がだ?」
「昔からそうだった。予想もしないところで君は僕を喜ばせてくれるんだ。僕は君のそういうところが・・・」
妻はそこで言葉を切ると、小走りで俺の前に進む。
「そういうところが・・・大好きなんだ」
振り向きざまに、柔らかい笑顔を浮かべながらそう言った。
そういえば。
そういえばあの時もこんな感じだったな。
「そういえばあの時も今と同じような感じだったね」
俺が心の中で思ったのと同じように言う。まるで心が通じ合っているみたいだ。
「あんなに勇気を振り絞ったのはあれが最初で最後だろうな」
「くっくっく。僕は一生あの時ことは忘れられないよ」
といって妻はベンチに座る。俺もその横に座った。あの時も俺たちは今と同じように桜並木の下を散歩していた。
意を決した俺は彼女の後ろに回りこみ、抱きついたのだ。
「ど、どうしたんだい!?いきなり」
彼女は慌てている様子だ。でもな、俺は今人生をかけて抱きしめているんだ。
「振り向かないで聞いてくれるか?」
「いいよ。それで用件は一体何なんだい?」
ゴクリと唾を飲む。さっきから俺の心臓のバクバクは止まらない。もしかしてこいつに聞こえてしまっているのではないだろうか、と思うほどに。
「俺が最後まで言い終わるまで絶対に振り向くなよ?」
「ああ。お安い御用だよ」
その言葉を聞いてから彼女から離れて少し距離を作る。
「俺と・・・」
だがそこで、頭が真っ白になってそこから続けるべき言葉が出てこなくなってしまう。
ええい!しっかりしろ!彼女への想いはそんな簡単なものなのか!?
自分を叱咤激励して確かめるようにして言葉を紡いでいく。
「俺と結婚してくれないか?」
永遠にも似た時間が流れる。走馬灯のように彼女と出会ってから今までの思い出が流れていく。
出会い、別れ、再開、告白、初デート、初キス。
その悠久に続くかと思われた時間は、
「ば・・・ばかだな・・・君は」
という言葉によって遮られた。その後姿は震えているように見える。
そして俺のほうにゆっくり向いた。
「いいに・・・いいにきまっているじゃないか」
彼女は天使のような笑顔と宝石のような涙を浮かべていた。
俺は無意識のうちに彼女を抱きしめる。強く、強く抱きしめる。
しばらく抱きしめ続けてから、今度は彼女の顔は見たくなって少し抱きしめる力を弱めた。相手も同じことを考えていたようで、自然と見詰め合う形になる。
俺は彼女の目に浮かんでいた涙を指で払ってやる。
「結婚しよう」
もう一度言った。相手もコクリと頷き返してくる。
ゆっくりと近づくお互いの顔。
お互いを確かめ合うかのように時間をかけて唇を重ねる。
周りの世界では一陣の春風がびゅうと吹いて桜吹雪が舞っていた。
「大好きだよ・・・」
「俺もだ・・・」「もうこんな時間か。幸せな時間というものは常に早く進むものだね」
「ああ、同感だ」
懐かしい思い出話をしている間に結構な時間が経ってしまったようだ。
「そろそろ帰らないと時間的に子供たちが帰ってくる時間だね」
「それじゃあ帰るか」
「うん。そうすることにしよう」
ベンチから立ち上がると肩を並べて歩き出す。
隣にいてくれる。
それだけでいい。
パートナーとはそういうものだ。
「愛してるぞ」
気がついたら口にしていた。まあ本当のことだから訂正する気は毛頭無い。
「僕もだ。愛しているよ」
俺たちは、そんな他愛の無い話をしながら自宅へと帰っていった。
家に戻ると、子供たちはまだ帰ってきていなかった。
リビングで新聞を広げて、妻の入れてくれたお茶を飲みながら目を通す。
しばらくすると外から声が聞こえてきた。
「ちょっと・・・さんっ!ウチの団員を勝手に連れまわさないでくれる?迷惑なの」
「でも彼はあなたのものではないでしょ?なら私が彼をどう扱おうと彼が了解しているならあなたには口を挟む権利はないはずよ。そうだよね、・・・?君は僕と一緒にいるのが嫌だったのかい?」
「そんなわけないだろう。古い友人の頼みくらい聞けなくてどうする」
なんだなんだ?痴話喧嘩か?だったら他所でやってくれよ。面白いからいいけど。
「ほら、彼もそう言っているじゃない。だから・・・さん、これからは私たちの邪魔はやめてくれる?」
「きーっ、なんですって!聞き捨てならないわ!ねぇ・・・!団長であるあたしと・・・さん、どっちのほうが大切なの!?今すぐ答えなさい!」
「そうだよ、・・・。ちゃんと・・・さんに僕のほうが大切だって教えてあげなくちゃ。せっかくのいい機会だからね」
そうだそうだ。二股は良くないぞ。男のロマンだが。
「ちょっと二人ともおちつけって!な?」
「あんたは一体・・・」
「君は一体・・・」
「「どっちの味方なの、キョン!!!」」
「・・・・・」
やれやれ。若いっていいねぇ。頑張れよ、馬鹿息子。
窓から外をを眺めると、庭の桜の花が満開だった。
fin
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