Am I father ? 第四章後半
4-2
そして場所は移って俺の家の居間。
「夕飯はわたしが作る」
という長門の提案を俺と朝倉(小)はあっさり、いやむしろ大歓迎で受け入れ、今は父娘そろって台所から聞こえるトントンという軽快なリズムをBGMにして、ソファでのんびりしている。おいそこ、ぐうたらしすぎだとか言うな。
これはな、親子水入らずってやつだ。
だが、さすがにそろそろやることがなくなってきたが・・・。さて、どうしたものか。
「お風呂を沸かしてある。涼子といっしょに入って………あなた」
おう、気が利くな・・・・・っておい!今お前なんて言った!?
「なに?………あなた」
その言葉で俺の頭にズガガガガァァァァァァンと雷が落ちるっ!
「な・・・なななな・・・長門?頼む!もう一回!もう一回言ってくれ!」
「はい……あなた」
少し頬を染めた顔!上目使い!夕食準備で少し汗ばんだ肌!エプロン装着モード!そして微妙に漂う夕飯のいい匂い!
そしてそしてそしていつものやつとは意味からして違うあ・な・た!!!
ストラーイクッ!ストラーイクッ!ストラーイクッ!バッターアウトっ!!!
ブ・・・ブホォォォォォ!!!俺の鼻から鮮血迸るぅ。
だ・・・だめだ・・・。痛恨の一撃とはこのことを言うのか・・・。
俺は薄れ行く意識の中、コイツはいったどこでこんなのを学んだんだろう。とっても嬉しい・・・いやいや、とっても大変だ・・・、と思った。それにしても俺はこんなときにまで誰に話しているんだろうね。・・・・・バタッ。
「起きて。あなた」
はいっ!
復活。即行で復活。
「涼子のお風呂をお願いする」
了解したぞ、長門。恐らく俺は今のままではお前の頼みは全て受け入れてしまいそうだ。
そのためにもさっさと避難せねばなるまい。
「おい、そこの悪がき。風呂行くぞ~」
「むー、わたしわるがきじゃないもんっ!」
「いいや、父ちゃんのピンチをほっとくなんてそれだけで十分悪がきだ」
「えーーーー!!!・・・・・ごめんなさい」
おっと、地味にへこんでいるようだ。ちと悪いことしちまったか。
「すまん、父ちゃんが悪かった。お前は悪がきなんかじゃない」
少し拗ねた顔で俺を見上げてくる娘。そのほっぺたをつんとつつきながらこう言った。
「お前は俺の大事な娘だ」
ってな。うん、俺には合わないクサい台詞だ。
娘は娘で大きく目を見開いてから、
「おとーさんだいすきっ!」
と言って抱きついてきた。よしよし、いい子だいい子だ。ごめんな、あんな事言っちまって。
「わたしもごめんなさい」
いいっていいって。それじゃ、風呂に行くとするか。
俺は着替えとタオルを準備して、脱衣所に向かう。その途中で気付いたのだが、朝倉(小)の着替えとかはどうすればいいんだろう?
「なあ、お前、着替えはどうするんだ?」
「あとでおかーさんがもってきてくれるって」
そうか。ならいいか。
話は変わるが、俺は夏でもやっぱり風呂に入る派の人間である。
いくら暑くても、一日一回は暖か~いお湯につかるのが日本人てもんだ。
シャワーで済ますなんて許せん!まあ朝に浴びる分は俺も気持ちいいと思うが。
脱衣所についたとたん、朝倉(小)は我が妹のように一気にスポーンと服を脱ぐと体当たりをするかのように風呂場のドアを開けてその勢いのまま浴槽に飛び込んだ!
ばっしゃああぁぁぁぁああぁあんっ!!!
「こらぁ!風呂はちゃんと身体を流してから入りなさい!後入るときは静かに!」
それくらいのたしなみはもってくれい!俺は、脱ぎかけの服を素早く脱いで風呂場へと急いだ。
小一時間ほどしてなんやかんやで大騒ぎの風呂もなんとか終わったのであるが・・・。
着替えを持ってくるという大義名分で途中で長門がタオル一枚で入ってきて俺の背中を流し始めたり、それにどぎまぎして真っ赤になる俺がいたり、やめさせようとしたが新必殺技であっさり陥落したり、一人で浴槽で暖まっていたら何を思ったか長門があたりまえのように入ってきて・・・
あー、ちなみに言っておくがうちの浴槽は極めて普通の一般の家庭用のものであるわけで、育ち盛りの高校生が二人で一緒に入れるようなスペースは当然あるわけがなく、離れたくても離れられないというか・・・。と、違う意味で体中熱くなったり・・・。
詳しいことは後日に回すとしてだな、長門よ。お前狙ってるだろ。
これはこれでいいかもな、と頭のどこかで考えてしまっている俺もいる訳であるが・・・。
い、いや、いないぞ!そんなのはどこにもいない!とまあそんな事は一旦置いておくことにしてだな、はっきり言おう。全然休めなかった。
腰に巻いたタオルをかばいながら逃げるようにして風呂から上がったくらいだ。
せっかくの風呂なんだからせめてのんびりさせて欲しかったぜ。それくらいいいじゃないか。
ちなみにうちの女衆はまだ風呂に入っているようだ。朝倉(小)のキャッキャと騒ぐ声が聞こえる。
それにしてもな、俺だって健全な高校生なんだぞ。興味くらいあるつーのに。それとも俺は男としてみられていないんだろうか。それはそれで悲しいのだが。
ん?何の興味かって?そんなもん俺に聞くな。自分の胸によ~く聞いてみりゃわかるだろう。
やれやれだ。こんなんで俺の身がもつだろうか。
「・・・牛乳でも飲むか」
気を取り直して台所へ向かう。いつまでも根に持っていてもどうにもならない。
この一年でよ~く学んだ教訓だ。せっかく学んだことはちゃんと生かさないと勿体無い。
ん、勉強もテストに生かせよ、とか言う声が聞こえた気がするが。
うん。気のせいだ。間違いない。そんなことやってられるか。
台所に入ると、夏には相応しくないおいしそうな匂いが・・・。
「これは・・・おでん?」
コンロを見ると大きな鍋が火にかかっている。
ふたを開けるともわっとした湯気が立ちこめ、その中から予想通りおでんがひょっこり顔をあらわした。
「これは・・・うまそうだな」
つまみ食いするか・・・?いや、だめだ。長門に見つかったら情報結合解除とやらをされちまいそうだ。もしくは夕飯抜き。間違いない、後者だ。
「仕方ない、夕飯まで待つか。牛~乳にそ~だんだ~♪」
冷蔵庫を開けてパックを取り出して・・・
そのまま一気に喉の中心に叩き込むっ!
スラムドリィィィィィンック!!!
ごきゅごきゅごきゅごきゅごきゅごきゅ・・・
ぷっはあぁあぁぁあぁあ!!!
風呂上りはやっぱり牛乳だ。しかもパックの一気飲みなんて格別だ。今ならゴリだって1:1で倒せるような気分だ。
お袋がいるとパックで一気飲みできんからな。ガミガミうるさくてかなわん。別にいいじゃねえか、というとさらに怒る。一体何が気に入らないやら。
飲み残しをそのまま冷蔵庫につっこむと、俺は自分の部屋へ戻ってベッドにごろんと横になる。ただいま、マイベッド。会いたかったぜ。
一時間ほどごろごろしていると、誰かが階段をダダダッと上がってくる音が聞こえた。
間違いない、訪問者は・・・。
「おとーさん!ごはんだって!おかーさんがよんでるよ!」
バーンというドアを開ける音と共に入ってきたのは予想通り朝倉(小)であった。
もうそんな時間か。
「おう、分かった。今行く」
俺の返事を聞き遂げた朝倉(小)は来た時と同じようにダダダッと戻っていく。
おい、女の子らしくするんじゃなかったのか?
「ま、いいか。それより飯だ飯」
一階におりるともう夕食の準備は終わっており、長門と朝倉(小)は席について俺を待っていた。
もちろんテーブルの真ん中には大きな鍋。
「待たせちまってすまんな、それじゃ食おうぜ」
コク、と二人して頷く。
「それじゃ、いただきます」
「いっただきま~すっ!」
「…いただきます」
と言い終わったのと同時に朝倉(小)はおでん鍋のお玉に手を伸ばして自分の取り皿にじゃんじゃん乗せていった。おでんマウンテンができるのも時間の問題だろう。
「こら、こういうものは少しずつ取りなさい」
「え~?なんで?」
「だってそんなに入れちまったら最後のほうは冷めちまうだろ?こういう鍋ものはな、熱いのをふーふー言いながら食うのが一番うまいんだ」
「へ~。うん、わかった!」
と言って盛るのを止めた。よし、俺のターン!
さて、俺はどれを食うかな・・・。俺はお玉をもって鍋の中を覗き込む。
夏の夕食にはあまり相応しくないはずのおでんだが、そのおいしそうな匂いにいやでも食欲がそそられる。多種多様な具が自分を食ってくれい、と呼びかけてくるのが聞こえるようだ。
よしよし、ちゃんと全部食ってやるからな。
「それじゃ、まずは大根だ」
ほどよくきつね色に染まった大根を鍋からすくい上げて自分の取り皿に入れる。
それに箸を入れるといとも簡単に割ることができた。お、やわらかいぞ。
パクッ。
・・・・・・・・・・・!?
・・・美味い。普通に美味い。そうとしか言いようがないくらい美味い。
大根の芯までよく味が染み込んでおり、それでいて大根そのものの旨みもちゃんと残っている。こんな大根は初めて食ったぞ。
「………どう?」
長門が目をキラキラさせながら聞いてきた。もちろん、俺が言うことはずでに決まっている。
「美味い。ものすごく美味い。こんな美味いの初めて食ったよ」
と思ったことをそのまま口にした。
ええい、あまりの自分のボキャブラリーの少なさに腹が立つな。
旨みとつゆの大洪水や~、とでも言えばいいのか?もっともそんなこと恥ずかしくて言う気にもならんが。
「…そう」
と長門は満足げにつぶやくと自分の箸を取る。
なんだ、お前まだ食ってなかったのか。
「食べるよりもまずあなたの感想を聞きたかった」
そうだったのか。
「おでんというものは初めて作った。だから不安だった」
へぇ、そうだったのか。でも十分美味いぞ。俺的おでんランキングどうどうのNo.1だ。
「…良かった。あなたが喜んでくれて、わたしという個体はとても嬉しいと感じている」
おう。本当にうまいぞ。特にこの大根とかは最高だ。
「大根はつゆが染み込むのが遅いため、最初は他の具材とは別の鍋で濃度の高いつゆで竹串などで穴を開けてから煮込むのがコツ。そうすることによって一日目のおでんでも十分に味が染みた大根になる。そしてこれがわたしの一番の自信作」
そうだったのか。だったらうまいはずだな。
あ、そうだ。もしだぞ、もしよかったら冬にでももう一度俺におでんを作ってくれないか?
「…!?」
長門は目を一センチくらい見開きながら今までに無いくらい真っ赤になった。
どうしたんだ?まさか俺何か悪いこと言っちまったのか?
「いや、嫌なら別にいいんだぞ?俺が悪かった。無理なこと言っちまったな」
「………プロポーズ?」
・・・へ?
「今のは……………プロポーズ?」
どうしてそうなる!
「日本という国には古来より、求婚する際に自分の面倒を見てもらえないかと尋ねる傾向がある」
それがどうした!それとこれとは関係ないだろうが!
「先ほどのあなたの言葉は、『俺のために毎日味噌汁を作ってくれないか?』というものに酷似している。つまりこれはプロポーズ」
いや、全然似ていないぞ!そしてさっきのは断じてプロポーズなんぞではない!
「…嬉しい」
おい長門!人の話を聞けっ!
「式はいつ?」
そこぉ!勝手に話を進めない!
暴走した長門をなだめつつ夕食は進んでいくのであった・・・。
「「「ごちそうさまでした」」」
やれやれ。結局最後まで長門は壊れっぱなしだったな。
普段滅多に見られない、いや、100%見られない長門が見られて良かったといえばそれでおしまいなのだが。
とそこに、
「おとーさん、あそんでー!」
と朝倉(小)が飛び込んできた。
「おう、いいぞ。何して遊ぶんだ?」
朝倉(小)は、これー、と言ってからオセロを取り出した。
「おかーさんがね、おとーさんにこれであそんでもらいなさいって」
「お、オセロか。いいぞ。やろうやろう」
パチパチと一手一手打っていく俺たち。
朝倉(小)は飲み込みが早いのか、俺の戦略を次々とものにしていく。
最後のほうなんて俺と互角レベルになっていたからな。
悪いが古泉お前じゃたぶんこいつには勝てん。
「そうきたか。どうするかな・・・」
しばらく考え込む。古泉よ、前言撤回だ。お前じゃ絶対勝てない。なんせ俺が追い詰められてるくらいだからな。
だが、甘いぞ朝倉(小)!お前は決定的な失敗をおかした。それはここだ!
パチ。
「よし、お前の番だ・・・ぞ?」
逆転を信じて一手を放ってから朝倉(小)に目を向ける。
スースー・・・。
あらら、寝ちまってる。今日は色々あったしな。疲れちまったか。
俺はオセロを片付けてから、朝倉(小)をよいしょとお姫様抱っこにして抱えてやり、妹の部屋のベッドに運んで寝かせつけた。
相変わらず幸せそうな顔してやがるぜ。
「今日は楽しかったか?」
そう問いかけてももちろん答えるわけはない。俺は妹の勉強机の椅子を近くに持ってきて、しばらく寝顔を眺めることにした。
「明日はどこかへ出かけよう。そうだな、遊園地なんてどうだ?」
柔らかい前髪を撫でると、サラサラと指の間を何の抵抗も無く髪が流れていく。
「おやすみ、涼子」
しばらくの間髪を撫でてから、俺は初めて娘の名前を口にして席を立った。
いくら小さくなって、いや、生まれ変わってはいても、本をただせばクラスメイトの女の子。
名前で呼ぶことに多大な抵抗を持っていたが、いざ口にするとそれが元からそうであったかのようにしっくりとくる。
「さて、それじゃ俺もそろそろ寝るとするか」
妹の部屋から出て、ドアを閉めようとして振り返りざまに愛娘を見ると、その顔には天使のような柔らかい微笑みが浮かんでいたように見えた。
そのまま自分の部屋に戻ると、長門が俺のベッドに腰をかけて本を読んでいた。
「なぁ、明日遊園地にでも涼子を連れて行ってやりたいんだが、どうだ?」
「わたしは構わない。それよりもあなたが…」
「俺がどうした?」
「涼子と呼んだ」
「そのことか。あいつは俺の娘だからな。それくらい当たり前だろう」
ちょっと照れるけどな。なんせ同じ名前だし。
「あの子が風呂場で言っていた。どうしておとーさんはわたしの名前を呼んでくれないのか、と」
あいつ、そんなこと考えていたのか。もう少し早くから呼んであげればよかったか。
「だから明日はちゃんとあの子の名前で呼んであげて欲しい」
「分かった。まかせろ」
「感謝する」
その後、俺たちは明日の予定について詳しく相談をした。さすがに行き当たりばったり行動は危険だからな。そして三十分くらいしただろうか。大体の予定が決まった。
これで明日の予定は万全だ。伝えるべきこともちゃんと伝えたし、今日は早めに寝るとしよう。
・・・と思ったが俺は重大な懸念事項があることをすっかり忘れていたのである。
もう寝る、という旨を長門に伝えると、長門はいそいそと俺の部屋に置いてある荷物を片付け始めた。片付ける、とはいっても元々きれいに置いてあったので、部屋の隅っこに寄せるだけだ。
「なあ、長門は布団とベッド、どっちがいい?」
お客だもんな、一応。聞いておいて損は無いだろう。
「わたしはどちらでも構わない。あなたが決めて」
「じゃあ俺、ベッドがいいんだがそれでもいいか?」
男臭のするベッドに長門を寝かせるなんてことはできん。それにもしそんな事になったら次から俺はベッドで寝れんだろうからな。色んな意味で。
「了解した」
そういうと長門はじーっと俺のことを見つめてきた。
「な、なんだ?」
…じー。
・・・・・ああ、そういうことか。よく見ると長門は腕の中に寝巻きを思われる服を抱えているではないか。
「着替えたいんだな?すまん、今出るからちょっと待っててくれ」
と言って俺はいそいそと自分の部屋から出て行き、ドアを閉める。
そうだ、今のうちに長門の布団を持ってこなければ。
「それにしても長門がうちに泊まるなんてな」
つい数時間前までは考えもしなかったぜ。
親も妹もいなくて、娘はすでに爆睡中。しかも寝るのは同じ部屋。
おいおい、どうすりゃいいんだよ。妙に気になっちまうじゃねえか。
俺は大きく一回ため息をついてから押入れに行ってお客様用寝具を取り出した。
そしてひとまず上のほうに乗っていたタオルケットと枕を引っつかんで自分の部屋まで戻る。
「長門、ドア開けても大丈夫かぁ?」
「だいじょぶ」
お、良かった。もう着替え済んでたか。
「なあ、お前、タオ・・・」
タオルケットでもいいか、と続けようとしたのだが、部屋に入った俺は中の惨状を見てフリーズしてしまった。
「・・・・・おい長門。なんだそれは」
俺の部屋にいつもあるべきのものが消え、そしてあるはずのないものが部屋の中央に存在してる。俺はそれを指差して言った。
「…ベッド」
「そんなの見れば分かる。俺が聞きたいのはな、どうして俺の部屋の中心にダブルベッドがあるかってことだ!」
「あなたがベッドがいいと言った」
いや、確かにそれは言ったが・・・。
「それに…夫婦が同じ布団で寝るのは普通。どこもおかしいところはない」
まずい!非常にまずい!ただでさえ気になっているというのに同じベッドで寝るなんてもはや自殺行為に等しい!
「じゃ、じゃあ俺はリビングで寝るわ」
長門に持っていたものを渡して、部屋から出る・・・はずだった。
「あれ?」
いざ部屋から出ようとすると、いつもあるはずのドアノブが無くなっていた。それ以前にドア自体がなくなっているではないか。
「この空間は今、何者かによって隔離されている状態にある。わたしではそれを破ることはできない」
嘘だろっ!絶対お前がやってるだろ!
「わたしじゃない」
その後、俺は何度も長門を問い詰めたが、答えは「わたしじゃない」の一点張りだった。
しかも終いには、
「気がついたらあなたのベッドまで情報因子の組み換えが行われていた。うかつ」
とまで言ってくる始末。
そして俺に追い討ちをかけるかのように、
「………もう寝ましょう?あ・な・た」
だと。長門さん、ほんとあなたのそれはどこで知ったんですか?
俺の男心が粉砕玉砕大喝采です。
とりあえず今はなんとかしてこのピンチを乗り切らないと、本当に同じベッドで寝ることになる。どうやら「あ・な・た」は俺のブロックワードらしいし、もう一度言われたらそれこそもうお終いだ。
ん?なぜそれがブロックワードかって?そりゃな、こんな事を考えているはずなのに身体が勝手にベッドの中に潜り込んでいくからさ。とほほ・・・。
「なが、なが、長門?お、俺は右半分で寝るから、お前は左半分で寝てくれ」
言うことを聞かない身体に鞭を打って脳の言うことを利かせて話す。
頼む。これだけは本当に頼むから受け入れてくれ!真横で寝られた日には俺の理性が崩壊する。
「…………………………了解した」
長門はいつもよりも微妙に長い沈黙の後、ぼそりとそう言った。長門がジト目で見ているような気がするが、それはきっと気のせいだろう。
はぁぁぁぁ。良かった~。ホッと胸を撫で下ろす俺。そうと決まればへんなことにならないうちにさっさと寝てしまおう。それが俺のためなのだ。
「それじゃあ俺はもう寝るぞ。おやすみ、長門」
「おやすみなさい」
俺は長門の方に背中を向けて目を閉じる。これで早く眠れるはずだ。
だが、その考えも甘かった。
「…くー。…くー。」
静かな部屋に響く規則正しい寝息。そう、長門の寝息だ。
ばくん、ばくん。
最初は気にならなかったのだが、一度気になってからは全く耳から離れない。
聞いてからずっと飽きもせずにその音ばかりを拾ってくる。
そしてそのおかげで俺の心臓がばくんばくんうるさいのだ!
しかも目を閉じれば今日一日で長門が見せた色々な表情が浮かんでくる始末。
「ええい、もう!」
だったら見てやろうじゃないの!あ、言っておくが別に変な意味ではない。
そんなに思い浮かんでくるのなら実物の顔を見れば落ち着くんじゃないだろうか、と思ったからだ。
意を決して反対方向を向く。そこには。
「・・・なが・・・と?」
女神が眠っていた。
雪のように真っ白な肌が窓から入ってくる月の光のなかでやさしく浮かび上がり、癖のある髪の毛がその光を優雅に反射している。まるで、星の中にいるかのように。
その姿が自分の隣にいる少女なのだとは全く実感できなかった。
近いようで最も遠く、触れたらすぐに壊れてしまいそうで。
俺にはただただ見つめることしかできなかった。
・・・・・・どれくらい経ったのだろうか。
時計を見ると、布団に入ってから二時間ほど経過していた。俺がどぎまぎしていたのが一時間くらいだから、眺めていたのも一時間か。
気がつけば、俺の心臓のどきどきも止まっている。
「・・・寝よう」
俺は、今までに無いくらい穏やかな心で眠りについた。
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