キョンに扇子を貰った日
『キョンに扇子を貰った日』(『扇子』のハルヒ視点です)今日は暑い。暑くて思考が鈍るわ。朝、教室に着いてすぐに自分の下敷きで扇いでみたけど、なんかしっくりこないのよね。やっぱりキョンの下敷きの方がいいみたい。だから時々、キョンの下敷き借りようと思って声をかけるんだけど、ぶつぶつ文句言ってなかなか渡さないのよね。じゃーあたしのと交換しましょ、って言ったらキョンは「そんな女の子チックなのは俺には似合わん。断る」って言うし。じゃー扇いでよ、って言ったらそれも断られちゃう。もー、この団長様がここまで譲歩してあげてるんだからそれくらい良いじゃない。キョンのケチ。ケチキョン。そりゃあ、あたしの使ってる下敷きは子猫の写真をプリントしてある可愛い物だけどさ。でも、キョンなら別に変じゃないと思うんだけどなぁ。あたしは考えてみた。例えば――もし、古泉君が猫下敷きを使ってたら、何となくキャラに合わなくて笑っちゃうだろうし。もし、谷口が猫下敷きを使ってたら、寒気がするほど気持ち悪い。でももし、キョンが【あたしの】猫下敷きを使っていたら……。ほら、やっぱり変じゃない。別に、「何それ? 似合わないわよ、アハハ」なんて言おうとは思わない。キョンが【あたしの】猫下敷きを使ってるところを想像すると、むしろ楽しくなる。それなのにキョンは、あたしの素晴しい計画をむざむざ却下する。まったくキョンは本当にバカね。バカキョンよ。それとも、あいつもやっぱり自分の下敷き気に入ってるのかしら? 何となく調子がいいのよね、アレ。だからあたしはこの前の休日に、キョンと同じような下敷きを探しにデパートの文房具コーナーまで行ったの。キョンの使ってるのは半透明のどこにでもあるような奴だから、直ぐに見つかった。あたしは試しに一つ手にとって扇いでみたんだけど、何か違うのよね。確かに風は送られてくるんだけど、何となくつまんなかった。折角の休日に、広いデパートの片隅で、独り、下敷き探して扇いで、何だか損した気分だった。やっぱりキョンのは、使い古しだから良い感じに手に馴染むのかしら。だからこそあたしに渡さないのかしらね、あのケチキョンは。「よう」キョンが来た。コイツも見るからに暑そうね。グダグダしちゃって、このグダキョン。ほんとだらしないわね。さっそく鞄を漁りだしてる。どうせ下敷きでも探してるんでしょ。そのくらいお見通しなんだからね。さー今日という今日は観念しなさい。あんたの下敷きはあたしが貰うわ。言っとくけどこれは団長命令なんだからね。拒否は認められ――ん? なに?「なにって扇子だよ。」そんなの見れば分かわよ。あたしが聞きたいのは何であんたがこんな物持ってるのかってことよ。見た感じ新しそうだし。もしかしてあんたあたしに内緒で独りで買いに行ったんじゃないでしょうね?あたしが独りぼっちでポツンと、つまんない思いしてた時に――ってコレ貰い物なんだ。そういえばそんな感じに見えなくも無いわね。そういえば、キョンも自分用のあるわよね? あたしだけ貰うんじゃ何か悪いし。「ああ、俺の分は家にあるぞ。何個も貰ってきたらしいから――……」なんであんた持ってこないの?「別に、なんとなくだよ。なんとなく男子高校生には扇子は似合わないと思ってな――……」そんな事ないんじゃないの? それに、何でコイツは直ぐ「自分には似合わない」なんていうのかしらね。なんか過去にトラウマでもあるのかしら?「まあいいわ、キョン。暑いからこれで扇いで」「断る。俺は下敷きで自分を扇ぐから、お前も自分を扇げ。 」ケチ最近ホント生意気ねコイツ。あんたがはじめっから素直に扇いでくれたら、あたしだって扇いであげるのに。そこんとこ分かってないみたいね。不思議探索の時だって素直に奢ってれば、あたしが奢らないにしてもたまには罰金チャラにしてあげようなんて気にならなくもないんだからね? 多分。まあいいわ。あたしはしょうがなく自分で扇ぐことにした。キョンに貰った扇子を開く。「ぉお!?」なによ? 変な声出して。「それテレビで観た事あるけど、どうやんだ? 」ん? これ? これは扇子の端をずらして、そこを持ってこうよ。あたしはもう一度扇子を開いた。「へー。ちょっと俺にもやらせてくれよ」いいわよ、はい。それからキョンは何度か、扇子をとじてバッ、を繰り返した。キョンは何だか嬉しそうだった。まるで子供みたい。ガキキョンね。あ、そうだ。せっかく教えてあげたんだから、そのお礼としてあたしを扇ぎなさい!キョンは少し考えてたみたいだけど、扇ぐ気になったらしい。よしよし♪でもキョンが「はいよ」って言ったところでチャイムが鳴った。むぅー。タイミング悪いわね。まあいいわ。次の休み時間にでも扇いでもらおう。「残念だなハルヒ。まあ、後で扇いでやるよ。」キョンはそう言いながら、あたしに扇子を寄越した。当たり前じゃない。せっかくキョンが扇いでくれるって言ったんだから。絶対扇いでもらうんだからね。あたしはキョンに貰った扇子を眺めた。キョンは自分には似合わないって言ってたけど……あたしはまた考えた。例えば、扇子を使うのがもし――もし、古泉君なら、やっぱり似合わない気がする。どっちかって言うと古泉君は、涼むなら高原でアイスコーヒーって感じかしら。まあ浴衣を着れば様になるのだろうけど。でも隙がないって感じ?もし、谷口なら、……バカ殿って感じね。でももし、キョンが扇子を使っていたら……。うーん。普通に似合うんじゃないかしら?暑い夏の日。キョンが部屋で「アヂー」なんて言いながら扇子をパタパタしてるのが簡単に想像できる。まぁアホっぽいけど愛嬌があってあたしは良いと思う。その姿は飾り気がなくて、ありのままで。あたしも家でも使おう。キョンみたいに「アヂー」なんて言いながら。キョンの姿を想像しながら。手に持っているのは、あたしとキョンと、お揃いの――……「なんか言ったか? 」べ、別に! なにも言ってないわよ! 早く前向きなさい!「そーかい」あたしは顔を扇いだ。知らないうちに声が出てたのかしら? 恥ずかしいわね。キョンじゃあるまいし。キョンの背中を見ながら、風を送る。ふぅ~暑い暑い。パタパタパタパタ――結構いいわね、キョンに貰ったコレ。キョンの部屋にも同じのがあるのよね。きっと、すぐ手の届く範囲に。ふふん♪ まぁいいわ。教えてあげる。さっき何て言ったか。あたしは扇子をピシッってとじて、柄の部分でキョンの背中をつついた。まずは三回、そして少し間を置いて、四回。キョ・ン・と―――お・そ・ろ・い授業終了のチャイムと同時に、あたしはキョンに扇子を渡した。「はいはい、ちょっと待ってろ。俺も暑いんだよ」キョンは首とワイシャツの隙間から何度か風を送り――なんだ、やっぱり似合うじゃない――次にあたしを扇いでくれた。あたしは机の上に腕を置き、指の上にアゴを乗せた体勢で目を瞑る。風があたしの頬を撫でて、少しくすぐったい。前髪が揺れるのが分かる。――心地良い。あたしは今笑っているだろう。キョン。なかなか上手じゃない。これなら新しい階級を作ってもいいかも――ってやっぱりキョンは雑用係よね。じゃあ、特別雑用係なんてどうかしら? SOS団じゃなくて、団長特別の。もちろん通常のと兼任でね。音楽が流れてくる。それは、とても優しい音色。なんか、眠たくなってきちゃうわね――って良い事思い付いた!「あああぁぁぁ」「扇風機じゃねーんだから」ふふん。やっぱり思ったとおりの反応ね。「なに得意がってんだよ。アホか」あんたの考えてる事なんてお見通しのパレバレよ。バレキョンね。――ってなにかしらこの音?あたしは少しだけ目を開けた。キョンがニヤニヤと笑いながら扇いでる。でもこの扇ぎ方は――。何よこれ? これじゃまるであたしが七厘の上で焼かれてる秋刀魚みたいじゃない! ……ってなに得意そうに笑ってんのよキョン!「別に」チャイムが鳴った。キョンはあたしに扇子を寄越し前を向いた。これはちょっとくやしいわね。まさかキョンがあたしと同じ手を使ってくるとは。あたしはやられっぱなしは嫌だから、何か考えないと。どうしてくれようかしらね。キョン、キョンに、キョンが、キョンへ、キョン、キョン――……。パタパタパタパタ。うーん。ってよく考えるとキョンも「不思議」なやつなのよね。何かキョンと居ると楽しいし、面白い。中学の頃はそんなこと無かった。そういえば、前にキョンが「青い鳥」がどうとか言ってたけど、それってキョンのことかしらね。まぁキョンはそんなこと考えて言ったわけじゃないでしょうけど。あたしは「不思議」なものと遊ぶのが目標だから、今日からは放課後までキョンと遊ぼうかしら。それともキョン「で」?とりあえず、そうねぇ――……。まぁ今日は暑いからとりあえずジュースでも買いに行こう。そうと決まれば――あたしはキョンの背中をつつく――キョン! ジュース買ってきなさい!ってあからさまに嫌そうな顔してるわね。まぁ暑いからね。ふふん、予想済みよ。キョンが何を言ってもとりあえず相手にしない。まったく、ウダウダグチグチ。……大丈夫よ、あたしは一気飲みするから。ってまだブツブツいってる。じゃあ、一緒に買いに行くわよ。それならいいでしょ?初めにちょっとキツめのお願いをして、相手が嫌がったら要求を軽くする。作戦通りね。(最初から一緒に行こうって言わないのは、もし仮にキョンが、じゃぁ俺の分も買ってきて、なんて言ったら授業中だろうがブッ飛ばしちゃうかもしれないからよ)授業終了のチャイムと同時に、「キョン。ジュース買いに行くわよ」「言っとくが奢らんぞ」あたしとキョンはジュースを買いに行った。あたしは自販機で買ったジュースを一気飲み。キョンはなぜかパックのジュースを買っている。果汁100%のグレープフルーツジュース。キョンには、ジュースをもう一つ買わせた。だって、本当にぬるくなるか試してみないとわからないでしょうキョン?そしたらキョンが「じゃあ、お前も買え」って言い出して、あたしはしょうがなく買う事にした。果汁100%のグレープフルーツジュースを。二人並んで歩く。あたしは何となく、キョンを眺めていた。ジュースを飲むキョンの口元を見ている間、あたしは前に見た夢を思い出していた。灰色の世界での、最初から最後まで。あの夢のラストシーン。あの時のあたしは、その唐突さに、驚きだけだ前面に出ていた。けれども、胸の奥の奥の、一番奥では、確かに別の感情の火種があって、それは今でも燻ぶっている。でもこの燻ぶりを、目の前にいる現実のコイツに向けるのは、それはきっと意味が無い(ポニーテールはしてみたけど)。それにあたし自身、これが何なのか、今はまだ掴みきれていないのだし。 キョンは飲み終わったパックを膨らませたりへこませたりして遊んでいる。ガキキョン発見。コイツもケチキョンになったりグダキョンになったり忙しいわね。「どうかしたか?」ん? あ、えと、「なんでパックのジュースなの?」キョンは、「誰かさんのせいで財布が……」などとブツブツ言い出した。今度はブツキョンかしら? ってこれは語呂が悪いわね。あたしは団員としての心得を教えてやった。まったくこの話何度目かしら?ってさっきからあたしが話し出すとパックをポコ、自分は文句を言うだけ言って、あたしが話すとまたポコ。なんなのコイツ?少なくとも、人の話を聞く時の態度ではないわよね。あたしはキョンを睨んだ。……ポコ。「!!」もう、加減鬱陶しいわね! ポコじゃないのよポコじゃ! ――って冷たい!あたしがキョンからパックをブン取ると、ストローに残っていたらしいジュースが数滴、あたしの顔にかかった。あたしはただ恥ずかしくて、慌てて顔を拭った。汚いとかは思わなかった。キョンが顔を拭いてくれるのが余計に恥ずかくて、あたしはハンカチをひったくる。まったく、まるであたしが子供みたいじゃない。何よ、あんたパパキョンにでもなったつもり!? 十年早いのよ。あたしは周りを見渡す。日の当たらないひんやりとした廊下には、幸い人影は見当たらなかった。ってなんで誰もいないのかしら――チャイムが鳴り出す。ヤバイわね。チャイムが鳴り終る少し前に、あたしは席についた。少ししてキョンも席に着く。もう! キョンのせいで余計に汗かいちゃったじゃないの。罰金ものよ!あたしはキョンに貰った扇子で扇いだ。キョンも下敷きで扇いでる。あたしは隠れてジュースを飲んだ。爽やかな酸味が心地よくて、少しだけ甘くて、うん、美味しいじゃないのコレ。それにしてもあたしより足遅いのねコイツ。あたしは段々落ち着いてきて、休み時間の事を思い出す。キョンと並んで歩いた廊下。もし初めから、周りに誰も居ないって知ってたら、そのままキョンに顔を拭いてもらっても良かったのかもしれない。あたしは普段、誰かに頼ったりしない。そりゃあ有希や古泉君は頼りになるけど、それは団長として手助けしてもらってるだけ。あたし「涼宮ハルヒ」個人として、誰かに頼ったりはしてない。少なくとも今までは、そんな事してもらおうとは思わなかった。あたしは独りでなんでも出来たから。でもキョンなら、頼っても悪くないと思う。なんせ特別雑用係だからね――ってそれじゃあSOS団って事になっちゃうわね。そうじゃなくて。例えばさっきみたいな時に、まるで子供みたいに、キョンに優しくしてもらう。悪くない、かな? むしろなんだか嬉しいような――そんな気がする。 あたしはジュースを一口飲む。美味しい。――頭をよぎる灰色の夢。そしてさっきの、誰も居ない廊下。もしもあの時あそこで、キョンと唇を重ねたら、それはきっと、このグレープフルーツジュースみたいに、すっぱくて、でもすこしだけ甘くて――って何か暑いわね。汗は出てないのに体が火照る。顔が熱い。脱水症状かしら? なんだか思考が鈍ってきて、頭が回らない。あたしは顔に風を送った。パタパタパタパタ――……。「あああぁぁぁ」ん?なにやってんのコイツ? ……あ! これはひょっとして――プププッ♪「扇風機じゃないんだからね」あたしがそういうとキョンはバツの悪そう顔をした。何その顔? あたしはリズミカルに背中をつつく。まず三回、間を置いて三回。ア・ホ・キョン♪ ――ア・ホ・キョン♪キョンはしかめっ面だ。でもその顔は情けなくて、あたしは可笑しかった。「どうでもいいが俺のハンカチとっとと返せよ」後で洗って返すわよ。あたしが使っちゃったからね。とりあえずは団長様の綺麗なハンカチをありがたく使いってなさい。それともこのエロキョンは女の子が使ったハンカチが欲しいのかしら? もしそうなら変態ね。キモキョンって言われたくないなら自粛しなさい。あたしはキョンにハンカチを渡した。――って何考えてたんだっけあたし? まぁいいわ。さっきのキョンは面白かったし。次は何してキョンと――orキョンで――遊ぼうかしら?授業終了のチャイムが鳴った。あたしがキョンの背中を見つめながら、今度は何をしようか考えるていると、キョンが振り返った。「ああジュース? ま、飲めなくはないよ。」何だか、今日のキョンはいつもより可笑しい。不服そうな顔も可愛いと思ってしまう。……とりあえず、またジュースでも買いに行こうかしら? そうと決まればキョン、ブツブツ言ってないで早速買いに行くわよ!キョンが嫌そうな顔をした。何よ「腹壊すぞ」って。レディに向かってそんな事言わないの! 大体あんたの胃腸が虚弱すぎるのよ。「子供かお前は」ってそれはあんたの事でしょうがガキキョン。別にあたしは、そんなにジュース飲みたかった訳じゃなくて、キョンと……。キョンと遊ぼうと思っただけなの。それにそんなにお腹が心配なら、熱いのにすればいいじゃない。「いやほら、休み時間もうあんまりないだろ?」うーん、確かに。それに自動販売機にホットドリンクあったかしら?……そうだ、部室に行けば熱いお茶が飲めるじゃな!「決めた!」「何を?」それは、お昼御飯の時に熱いお茶を飲むことよ! 良いアイデアでしょ?扇風機は一つしかないから、使うのはもちろんあたしよ。もしキョンが暑かったら。しょうがないわね。今度はあたしが扇いであげるわよ。いい?あたしはパンを買ってから行くから、キョンはあたしが来るまでに熱いお茶を用意しておくこと!もしあたしが部室に来た時にお茶の用意が出来てなかったら――――――死刑だからね!!―おわりです―
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