涼宮ハルヒの天気予報
いつものようにSOS団アジト唯一のドアはまるでSAT隊員に突入されるような勢いで開け放たれた。もちろん蹴破ったのは我が団長様であり、他の団員はそんなことしないのである。ハルヒはなにやら不機嫌な様子で団長席にあぐらをかいて座り、朝比奈さんに「お茶!」と、企業の上司が部下に使うような言葉遣いで命令を下した。おおかた不機嫌なのは今日がやけに寒いからか、雨だからだろう。それでも俺はこのピリピリした空気の緩和剤となるべく、ハルヒに声をかけた。「おいハルヒ、今日はやけに不機嫌じゃないか、なにかあったのか?」ハルヒは俺をキッと睨み、つばが飛んでくるような大声で「外見なさい外!」俺はこの雨は朝からだったので別段気にしていないが、頭の中が年中からっ晴れはこの女には癪なことなのかもしれん。「雨だな」当然の感想なわけだが、ハルヒはなにやら呆れたようだ。ふぃーっとため息をついて、こっちをジト目で見てくる。「アンタねぇ、今朝の天気予報見てないわけ?」「俺は朝はテレビ見ない派なんだ」「じゃああたしが代わりに教えて上げるわ、今日はね、雪だって予報で言ってたのよ!」「ほお」俺の反応が乏しかったのかハルヒはさらにがなる。「しーかーもー、朝から雪だって言ってたの!」「それで不機嫌だと」「そうよ! ここだと雪なんてなかなか降らないじゃない」「確かにな」もともと雪がふるような地域でもないし、仕方ないと思うのだが。「雪が積もったらみくるちゃんを芯にして雪だるまつくろうと思ってたのにぃ!」朝比奈さんが小さく悲鳴を上げた。おいおい、そりゃ可哀そうだろう。風邪はひいちまうぞ。「厚着してほっかいろ装備させればひかないわ、それにアンタも見たいと思わないわけ?」朝比奈さんの雪だるま姿ねぇ……きっと愛らしいだろうな。うん。 「黙ってるってことはイエスね。あー、雪降らないかなぁ」「どうだろうな、そのパソコンで見ればいいじゃねぇか、もしかしたら今日の夜降るかも知れんぞ」「そうね!」そう言ってハルヒはパソコンをつけた。だがこの時間になっても振らないのだから半ば諦めていたらしい。十分ほどしてスピーカーから音が流れた。なんだか懐かしいの見てるなハルヒよ。開国してくださいよぉなんてもう何年前だ?クスクス笑うハルヒの面を横目に、俺と古泉はいつものようにボードゲームに興じた。今日は人生ゲームのデラックスなやつで、俺は8人もの子供を抱える大家族になってしまった。ただマス目に大不況到来だとかブラックマンデーだとかあるのはどうなんだ。リアル過ぎではないだろうか。結果は俺の勝ちだった。古泉は最後の最後でテロに遭遇し、全財産の80パーセントを失ってしまった。「テロに合わなけりゃお前の勝ちだったな」「まったくです。次は勝たせていただきますよ」「それは楽しみだな」なんてちょっと小粋な会話を楽しんでいた俺達だったが、長門の本を閉じる音がした。お、もうそんな時間なのか。確かに時計をみるともう帰宅時間、といった頃合だ。相変わらず精確だな長門は。原子時計でも内蔵してるんじゃないのか?俺はイスから立ち上がって、コートを取ろうとしたときだ。液晶とにらめっこしていたはずのハルヒが嬌声を上げた。「雪が降ってるわ!」振り返って窓の外を見ると、白い点々がフラフラと落ちていくのが見える。だがさっきまで雨だったから、地面に落ちた時点で溶けてしまいさぞかしグラウンドはぐちゃぐちゃだろうと思ったら、だ。なんとグラウンドはまったく濡れていなかった。雪がうすく積もり始め、茶色い地面がやや白がかっているではないか。これは………と、古泉を見るとにやにやしている。またハルヒの超能力が発動したらしいな。 まったくもって便利な能力だよ。なにせ天気まで変えちまうんだからな。「明日は積もってるわね! みくるちゃん楽しみにしててよねっ!」「は、はぁ~ぃ…」力なく返事をする朝比奈さん。ご愁傷様だ。「楽しみねー、キョン」不意にハルヒが話しかけてきた。と、おいおい長門に朝比奈さんに古泉よ、なぜ部屋を無言で出て行く。ちょっと待て。しかしハルヒに返事をしなければならないので俺は止められなかった。なんてこった。「ん? ああそうだな」あーあ、これでハルヒと二人っきりだよ。「アンタ雪合戦ってしたことある?」雪合戦ねぇ……おもえば無いかも知れない。寒いのは好きじゃないんだよな。「つっまんないわねー、雪といったら雪合戦でしょう! 石詰めたりして」「それは危ないだろう……」なんだコイツは。そんな危険なことやってたのかよ。「冗談よ」にっこりと笑うハルヒ。ちょっと可愛いな、なんて思ってしまった自分が憎い。きっと明日の雪合戦では石入りのやつを投げてくるに違いないね。「ならいいがな。さ、帰ろうぜ、みんな先に帰っちまったし」「うんっ」なんだ? やけに機嫌が良い。なんだか嫌な予感がするぞ?それとも雪が降ったのがそんなに嬉しいのか?部室の明かりを落とし、戸締りを確認してから俺達は学校をあとにした。雪は光を吸収するのか、この時間にしては道が暗い。電灯がポツン、ポツンとあるだけで、その光景は神秘的でもあり不気味でもある。遠くに見える街の光が、今日はいつもより美しく見えた。隣を歩くハルヒは寒さですこし鼻を赤くしながら、雪を手のひらに積もらせたりしている。高校生には見えないね。妹を思い出させるような無邪気ぶりだ。「雪って冷たいわねー」当たり前だろう氷なんだから。 「アンタってロマンとかそういうの持ってないわけ?」アヒル口になるハルヒ。「あいにくそういった感覚は持ち合わせてないんだ」はぁ~、と大げさにため息をつくと、突然ハルヒは俺の手を握ってきた。なんだなんだ? 俺の手で暖を取ろうって作戦か?そんな脳とは裏腹に素直にビートが早くなる俺の心臓。おいハルヒ、なんか喋れよ。「あ、あんたにロマンってのを教えてやってんのよ」街灯に一瞬照らされたハルヒの顔は真っ赤だった。きっと寒さのせいだろう。いやそうに違いない。だが俺の顔まで赤くなるのはどういうわけだ。恥ずかしさをまぎらわすために、俺はわざとそっけなく返事をした。「ふーん」いかん。ちょっと声が上ずった。余計に恥ずかしいぞ。と、ハルヒが足を止めた。「どうした?」ハルヒは不安そうな顔でこっちを見上げる。大きな目がいつもより潤んでいる気がする。「アンタ…あたしと手を繋ぐのイヤ?」そんな健気な声を出すんじゃないハルヒ! 思わず可愛いなお前、なんて言いそうになっちまったじゃないか。「そ、そんなわけあるか!」「じゃあ、嬉しい?」「うっ……嬉しいに、決まってる…ぞ」これじゃあクレヨンしんちゃんじゃないか。なんてかっこ悪いんだ俺よ。途端ににっこり笑うハルヒ。「これがロマンってやつよ!」 なんだよさっきのは嘘かよ。こいつの演技はどこまで徹底してるんだ……女優にでもなったらいい。可愛いし人気でるだろうに。だけどこのままやられっぱなしなのは癪に障る。ここは反撃を繰り出してもいい場面だ。「ロマンか……だけどなハルヒ」「なによ?」「俺はおまえと一緒に歩けるだけでロマンを感じてるよ」ボン、ってな音が聞こえそうなくらい一瞬で顔を赤くするハルヒ。これは面白い。「そ、そ、そ、そうよ、あたしみたいな美少女と帰宅できるなんて、あんたは幸せ者だわ!」噛みまくりどもりまくりのハルヒ。「そうだな。俺は世界一の幸せ者だよ」「あ、あたしも……だよ」「ん? なんだ?」「なんでもなーい!! 寒いから明日に備えて早く帰るわよ! 風邪引かないためにね!」そういってハルヒは俺の手を握ったまま走り出した。余計寒いぞ。まぁ、幸せな気持ちなのは本心だから、嬉しかったりする俺がいるんだがね。
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