雛見沢・SOS ~序章~
高校生になってから、2回目の夏休みを迎えた俺は、去年の夏の出来事を反芻した結果、到底平凡な日常にありつけないという結論にGSX1300Rの直線走行並の速さで到達したのは言うまでもない。なんとな~く察して貰えるとは思うのだが、そう。我らがSOS団長、涼宮ハルヒ殿が此度もこんな提案をしてきたのだ。 それは長い休みを目の前に、午前中クソ暑い体育館で、リアルに貧血になりそうな程長ったらしい校長のスピーチからやっとこ解放され、部室で朝比奈さんの恵みの一杯をありがた~く頂戴していた俺に降りかかった、ある種の災難であった。乱暴に開くドア。そろそろ蝶番が吹っ飛んでもおかしくない。 「みんないるーっ!?」 こうやってドアを開くのは一人しかいない。ハルヒだ。 「そんなに慌ててどうした。」「明日から雛見沢に行くわよっ!!」 ヒナミザワ?どこかのテーマパークか? 「ったく、キョンはひぐらしも知らないの!」 ちょっとカチンと来る俺。知ってるさ。夏の終わりにカナカナと鳴く、こう、なんとも郷愁を誘うセミのことだろ。 「それがそのテーマパークと、どう関係あるんだ?」「あー!アンタはもう、全っ然ダメ!!」 へいへい、俺なんぞハルヒから見たらどうせ、どこぞの万能猫型ロボットに泣き付く半袖短パンの眼鏡男みたいなもんでしょうね。ハルヒは俺を黙殺すると続けた。 「古泉くん!知ってるかしら?」 両肩をすくめ、0円スマイルをゆっくりと左右に振るニヤケ男。 「すみません。存じませんね。」 さしもの古泉でも分からなかったか。それみろ。知らないのは俺だけじゃないぞ。 「有希は?」 一応、という感じで聞くハルヒ。 「………」 液体Heアイでしばしハルヒを見つめた末、どうやら情報統合思念体データベースにもその単語は登録されていなかったようだ。首を横に振る。 「みくるちゃんは?」「はっ!?あっ、えっとぉ~。」 順番でいったら次はアナタですよ、そんなに驚かないで。気のせいか、朝比奈さんは心ここにあらず、といった面持ちでじっと床を見つめていたのだが、ハルヒに名前を呼ばれて我に返った様子。おいおいハルヒ、あんまり驚かすなよ。朝比奈さん少し涙目になってるじゃないか。 「な、何よっ、普通に呼んだだけだってヴぁ。」 みさお自重しろ。 「えっと、ごめんなさい。聞いたこと無いですねぇ~。」 「そう……、ま、いいか!おいおい説明すればいいわよね!」 ちぃっともよくない。よくないぞ。お前の口調から察するに、既に俺たち全員は、明日からの予定も聞かれないままにそのテーマパークもどきに拉致連行されることが、最早決定しているかのようではないか。 「拉致とは人聞きが悪いわね!」「ああ、スマン。確かに悪い日本語だった。それでも一応、全員の予定は聞くべきだぞ。」「まぁ確かに…。明日から予定ある人はいるっ!?」 静まる部室。当然だろう。Mr.イエスマン古泉、無口読書少女長門、ドジっ娘メイド朝比奈さん。この面々は様々な諸事情により、ハルヒに対して不利不都合が働かないようなポジションを陣取っている。まず予定はない。あっても無きものとするであろう。絶対。かくいう俺も、その3バックシステムに新風を巻き起こそうと新たなDFラインを提案し、4バックでこれからはゴールを守っちゃうもんね!な~んて気は全然無いのだが、残念なことに、明日の脳内カレンダーに赤いしるしが刻まれていることはなく、なんのかんので団長様の強引なツアーに参加させられることは明白であった。 と、思っていたのだが…… 「あっ、あのぅ!」 朝比奈さん、もしかして? 「じ、実はぁ~……。」「み・く・る・ちゃん!」「ハイぃっっ!!」「一応聞くわよ?SOS団の活動よりも優先しなけばならない程の、超重要事項の内容及び、言い訳をね?」「ちょっと待て!そんな言い方ないだろう。朝比奈さんにだって都合はあるんだろうし。」「だから、聞いてあげるって言ってるじゃない!」 アヒル口になるハルヒ。ええい、朝比奈さん。言ってやるんだ!この傲慢な女主人に対して(言いなりにはならないんですぅ!)の一言でも!! 「その…今晩から、ぁぅっ、親戚の家でお茶の勉強会があるんです!」 え、偉い!よく言えた!感動した!スタンディングオーベーション!! 「お茶の?みくるちゃんが?」「は、はぃ…。もう何ヶ月も前から約束してて…その…。」 はーっ、と溜息をつくハルヒ。感動でいっぱいな俺。朝比奈さん、後は任せて下さい。 「なぁハルヒ、随分前から先約があったんじゃしょうがないだろ?」「でも…みくるちゃんもいないとつまんないもん……。」 「お茶の勉強なんてなんとも健気じゃないか。朝比奈さんの煎れるお茶がレボリューションを遂げれば、 毎日の部室での活動がより一層輝くものになるぞ。」 この言葉は紛れもなく、100%まことの言葉だ。朝比奈さんのお茶がより一層グレードアップだなんて、もうボク、どうにかなっちゃいそう。 「鼻の下伸ばしながら言うんじゃないわよ。」 おっと、イカン。俺は真摯な顔にスイッチを切り替えた。ここが正念場。 「夏休みは長いんだ。そのナントカってテーマパーク以外でも 朝比奈さんとは遊べるだろ?」「うぅー…、わかったわよ…。 みくるちゃん!親戚のとこから帰ってきたら連絡しなさい!今年はガンガンいくんだからね!」「あっ、はい!わかりましたぁ!」「約束だかんね!絶対だかんねっ!!」 やれやれ、なんとか朝比奈さんは、それこそキュッとした、和服姿かなんかでお茶の勉強に励むことができるだろう。気兼ねなく、親戚の家で。ああイカン、また鼻の下が。 ん…、親戚?俺はハッとして朝比奈さんの方を振り向きそうになったが、ここで気取られてはマズい。非常にマズい。ハルヒの勘の鋭さといったらそれはもう、ギラッギラのアーミーナイフのようで…。なんで俺は自分でトラウマを掘り起こしてんだ。とにかく朝比奈さん一世一代の「嘘」を、なんとかハルヒから守ってやるのはなんとなく、そうした方がいいからそうする、といった感じで、だから俺はそうすることにした。そういうもんだろ? 「交通手段?なんとかなるでしょ!!」「宿泊施設?なんとかなるでしょ!!」 そんなんでなんとかなるもんなら、まずは留まる事を知らないこの地球温暖化でもなんとかしてくれ。いまや北極の氷は日々溶け続け、2040年には全て溶け切ってしまうという噂だ。そうなれば北極熊やペンギンたちは行き場を失い・・・ 「あ・た・し・は!神でも仏でもないわよっ! まずは雛見沢での滞在に関して考えるのが最優先事項よ!!」 このゲームを かちぬいたのは きみたちがはじめてです 古いネタをやってる場合じゃない。最優先事項と言いつつ、なんとかなる。で済ませるのは果たして矛盾じゃないのか? 「それも見通しての なんとかなる!なのよ。」 へいへい、神がそう仰るのならなんとかなるんでしょうね。 実際、古泉の知り合いの富豪が偶然にもその近辺の興ノ宮、という街のホテルの一つを経営していたらしく。あくまで偶然、な。寝食に不自由はさせないとの有難いお言葉を頂いたのだった。 「なんとかなったでしょ?」 ああ、大したもんだ。皮肉じゃないぜ。 電車やらバスやら船やら航空機を乗り継げばヒナミザワ、という所にはたどり着けるらしい。この辺は描写も面倒なのでカットだカット。こんなもん。なんとかなってしまうんだろう。こいつがそう望んでいるんだから。 結局、SOS団4名。朝比奈さんを除く全員は、夏休み初日からトンチキなテーマパークに向かうハメになったのだった。どうなることやら。 その日の帰り際。どうしても気になるものはなる。俺はそれとなく朝比奈さんに聞いてみることにした。 「あの、朝比奈さん。その…。」「勉強会、自体はあるんです。」「ああ、つまり…。」「ええ、そうです…。ごめんなさい…。」 親戚、ではないのね。ここで何か細かいことを聞こうとしても通例の四文字熟語が帰ってくるのは想定内で、B級アクションのラストシーンで「火薬って使います?」と聞く新米丸出しアシスタントの如き滑稽振りを演じるには俺のプライドは少しばかりの反抗を見せたらしく、沈黙を保つことにした。 「し、指令が来ていたんですっ。」 少し慌てたように朝比奈さんは小声ながら早口で言った。どうやら明日のツアーには同行するな、と遥か未来のお偉いさん方は判断したようで、実際に何ヶ月も前から予定が入っていたのは事実だったらしい。 「俺は構いませんよ。少し残念でもありますが。」 なにしろ久方振りに傍若無人なる王女から解放されるのだ。 「少し羽根をのばしてきてください。」 俺はニヤケ野郎には劣るが、精一杯のスマイルでこう答えた。 「その、キョンくん。」 なんです?土産なら色々と買ってきますよ。 「……まを、し…じてね……。」「え?」 なんだか良く聞こえなかった。なんて言ったんです? 「ううん!なんでもないの。気をつけていってらっしゃい!」 いつも以上に眩し過ぎる笑顔にウィンク。しかし、瞑った目尻に涙が再び滲んでいるのを俺は見逃さなかった。 予感めいたモノが俺の背筋を這いずり回った。今回も何かあるんでしょうね。望もうが望むまいが、「非日常」ってやつが。やれやれだぜ。 で。やって来ました興ノ宮。なんてこたーない、どこにでもある普通の街だ。道中でのハルヒの話によると、雛見沢と興ノ宮が今回のメインの見学場所らしいのだ。なんだか同人ゲームとかアニメだとか、なにやらそのひぐらし、ってやつは相当流行っているらしく、社会現象に発展する始末らしい。中でもドラマCDのフリーダムっぷりがイカス、とかハルヒは熱弁をふるっていたのだが、俺にはちぃーっとも理解出来なかった。 猟奇的な村で猟奇的な奴らが猟奇的な迷信に揺り動かされて、なんだかわけのわからん病気に、身体も精神も犯されるとかなんとか。現実離れしてるわ妙にグロテスクだわで、俺は概要を聞いただけでなんだかお腹一杯の気分だ。そんなことを俺達に伝えたかったのか?お前は? 「ちがうわよ!ふたつあんの!」 一つは? 「もちろん、不思議探しよ!実在する村なら何か不思議があってもおかしくないわ! 火の無い処に煙は立たないのよっ!」 煙を無理矢理立たせるために火を放つのはやめとけよー。近辺の住人もさぞ迷惑だろうに。 「で、もう一つは何なんだよ?」「それは、っと、着いたみたいね!興ノ宮!」 ってなカンジで、俺は原作について9割9分理解出来ないままに、所謂聖地、ってとこに放り出された。古泉はハルヒの話をうんうん頷きながら楽しそうに聞いていたが、こいつだって大した理解をしているとは到底思えねーや。長門に至っては例の如く本の虫。話の内容をプリントアウトしたもんでも見せてやればよかったのに。こいつなら喜んで読み漁るだろう。活字には誰よりグリードなんだぜ。 「長門、話は聞いてたか?」 数ミクロン単位で頷く。 「どうだ?なんていうかー、面白そうだと思ったか?」「とても、カオス。」 まちがっちゃあ、いないよな。うん。 ってなことで冒頭。興ノ宮に立つ自信満々の団長1名、及びチンプンカンプンな団員3名。 「えーと、古泉くんの知り合いのとこへ行ってもいいんだけど。まずは見たいでしょ!?雛見沢村をっ!」「僕は勿論構いませんよ。知り合いにはそう連絡しておくとしましょう。」「決まりねっ!このままレッツゴー雛見沢よっ!」 へいへい、何処までもお供したしますよー、だ。俺達は村まで出ている定期バスの待合所へと向かう。運の良いことに、雛見沢へ向かうバスが到着したところだった。 「ん、あーーーーっ!!しまった!忘れてたわー!」 どうした大声で。 「カメラよカメラ!デジカメ家に置いてきちゃったわ! ちょっとその辺でインスタントの買ってくるから先に行ってなさいっ!」「僕らも待ちますよ?」「いいのよっ!降りたとこで待っててくれれば!じゃ、次の便で会いましょっ!」 言い残すとハルヒは猛烈な速さで近場の雑貨屋らしきところへ走り去った。アレは、カメラだけじゃないな。何か罰ゲーム的な小道具も買い揃える勢いだ。 「…乗る。」 「では、お言葉に甘えましょうか。」 まぁ村まではそう遠くはないようだし、アイツも一応気を遣うってことを覚え出したのだろうかね。俺達はいそいそとバスへと乗り込んだ。車内には片手で数える位の人数しか乗っていなかった。その数人も近場で降りると、残りは俺達3人だけ。冷房の効いた車内はなんとも涼しく、俺はのほほ~んと… 「…古泉一樹。」「ええ、感じますね。」 出し抜けに喋りだす2人。なんだ、どした。 「このバスの進行方向。」 何かあるのか? 「局地的非浸食性融合異時空間の亜種となる存在を確認した。」「ああ、ええと。例のカマドウマ空間のことか。それの亜種が?」「そう。丁度、村全体を覆うように展開されている。」 ちょーっと待った。なんだその、このままバスに乗っているとその、ヘンテコ空間への突入は免れないってことなのか?はっきりと頷く長門。古泉は困ったような笑顔で 「そう、閉鎖空間の亜種でもあります。僕も空間自体の認知はしているものの、 いつもとは違うので多少動揺しています。現在、涼宮さんの精神状態は非常に安定しています。 アレは彼女自身が生成したワケではなさそうです。つまり神人もいない。 蓋を開けるまでは何が入っているかはわからないでしょう。」 俺は嫌だ。ゴメンこうむりたいね。大体あのワケの分からない空間にて良い思い出なんてひとっつもありゃしない。今すぐバスから飛び降りてでも逃げる。逃げてやる。 「果たしてあなたはそうするでしょうか?」 えらく意味深な質問だな。 「次の便には涼宮さんが乗っているのですよ。」 ああ、そうだが。うーん、ううむ。 「僕たちの任務には、」 古泉は長門にゆっくりと微笑むと続けた。 「涼宮さんの保護も当然含まれています。ここで僕たちは降りるわけにはいきません。 なんとしてでもあの空間の消滅、または隔離。 最悪の場合、彼女が入り込んでしまっても護衛を成し遂げなければなりません。」「だったらそうだ、ここで飛び降りて次の便を待つ。 ハルヒが着たら武田鉄矢もびっくりの、ボクはしにましぇーん!でバスを止めるってのはどうだ。」 長門は首を傾げている。ちっ、4歳児にはちと古いネタだったかもな。 「それでは問題の根本からの解決には至っていません。非常に情熱的で、見てみたい気もしますが。」 古泉はふふっ、と笑うと俺の提案を却下した。あ、なんか勘違いしてやがるな。そうじゃねーっての! 「どうやって理由をつけても、彼女は村へ入るでしょう。それで不思議体験をするのも悪くはないでしょうが、 機関、恐らく思念体にとっても少し状況は違います。それよりも僕らで素早くカタをつけて、 平穏なツアーを敢行するのが夏休みの有意義な過ごし方ではないでしょうか?」 一理ある。夢オチにもそろそろ限界があるだろうし、それこそトンデモ空間で能力を自覚したハルヒが、次々とカマドウマを量産している姿を想像したら、ホラ。鳥肌だ。 「あなたの助けも必要。」 俺の?俺にできることなんてそうそうないと思うが。 「そう思っているのはあなただけですよ。」 へいへい、やればいいんだろ。 「お互い助け合いましょう。僕たちは仲間なんですから。」 真面目な顔をするな、息を吹きかけるな、顔が近いんだよ気色悪い。ところで長門、亜種って言ってたっけ? 「そう。」「カマドウマの時とはどう違うんだ?」「端的に言えば、」 長門はふと消え入りそうな表情を浮かべて、俺の目を見つめた。嫌な予感が再び背筋を這い回る。 「とても、厄介。」 やっぱりバスを飛び降りちまうべきだった。ハルヒは担いででも帰る。ワガママ言う子は許しませんよ。危ないとこはメッ、なの!なんてことを考えても、実行に移せなかったのは、急激な眠気が俺を襲ったからであった。崩れ落ちる様に安物のシートに背中を預ける俺。何者かによって強制的に脳の電源を落とされていく最中で、同じように眠りに落ちていく宇宙人、超能力者を視界の端に捉えた。 運転手さん、アナウンスは大きめで頼むぜ。SOS団は朝っぱらから活動中で、お疲れなんだ。 序章終わり
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