涼宮ハルヒの分析
ここは部室。いるのは長門と古泉と俺。いつもよりちょっと笑顔が偽者臭い古泉と会話をしている俺は今日も深い溜息をついた。 「またかよ」閉鎖空間。3年に進級した今もそんなものが発生しようとは疑問しか湧いてこない。その理由は古泉によると俺だけが知らない等と言いおった。イジメかよ。最近じゃ2人きりの活動も少なくないからな。勉強とか勉強とか・・・周りは冷やかしたりするがハルヒは恋人じゃないっての。間違ってもそんな関係になるばずがない。まぁとにかくハルヒと過ごす時間が一番多いのは俺だから最近のご機嫌なハルヒを見る限り大丈夫と思っていたのだが・・「では、よろしく頼みます」「何をだよ」「涼宮さんのこと です」そう言って古泉は立ち去っていった。バイト乙。・・・って他人事じゃないんだけどな。 俺はまた溜息をついて椅子にぐにゃりと座る。しばらくうなだれていると突然後ろから声がした「これ」「ぅおっ・・・長門!?」「あなたに」そういって差し出されたのは四角いケース。「必要な時だけ、使って。」「・・・これは?」「性能は保証する。宇宙人と発明家の太鼓判付き」そう言って長門は椅子に戻った。突っ込みぐらいさせてくれよな。俺は恐る恐る箱を開けて中身を見る。眼鏡だった。 かけてみようかと思った矢先にハルヒと朝比奈さんが戻ってきたので眼鏡ケースはバッグに入れた。ハルヒはやっぱり朝比奈さんで遊んでいたようだ。やれやれ・・・卒業した後も律儀に部室に顔を覗かせる朝比奈さんには平伏するね。 活動が終わった後、俺はハルヒと共に帰り道を歩む。厳密には帰り道ではない。これから俺の家に行って勉強するのだ。テストの赤点対策から始まり、宿題、試験勉強、そして今は受験勉強と、俺はハルヒと勉強するのは日常生活の1部になっていた。今では毎日ハルヒと勉強している気がする。ハルヒ曰く「教える側の方が勉強になるのよっ」だそうだ。まぁやる気が無い日というのも実は存在して、話をしたりゲームをしたりする日もあるんだがな。 勉強も一段落ついてハルヒの「ちょっと休憩!」の声がかかった。ハルヒは俺の布団にもたれて寝てしまった。ちょっとは状況を考えてほしい。俺の苦労や悩みを何も知らないんだろうな、こいつは。 お互い様か?そこで俺は鞄の中のケースに気が付いた。そういえば眼鏡貰ったんだったな。ケースを開けて眼鏡をかけてみた。おお、結構見やすい。視力は良い方だと思っていたが、そんな俺でも更に見やすくなったぞ。ハルヒの寝顔もばっちり見える。教科書の文字も読みやすいな。しばらく眼鏡で遊んでいると下に敷かれていた紙に目がいった。眼鏡拭きではないようだ。紙を広げてみると、見覚えのある整った字が目に入った。 左 不快指数 右 愉快指数 ・・・なんだコレは。どうみても普通の眼鏡ですよ長門さん。それに不快指数って気温と湿度の組み合わせで決まる人体の感ずる不快の程度のことだよな?と思いながらはずしてもう一度見ると耳にかける部分にスイッチらしきものを見つけた。カチリ、と押してみる。もう一度眼鏡をかけてみる。やっぱり何も変わらない。まぁ勉強するには最適の眼鏡かもな。 「キョン。どうしたのその眼鏡」げぇっ。ハルヒが起きよった。「お前はもう少し寝て・・・ろ!?」「なによその言い方!どういう意味よ!!」正直俺はそれどころではなかった。視界の隅に異変が起きたからだ。 73 49 左目のレンズに数字が出てきた。しかもハルヒは気づいていない。と思ったら気づいたらハルヒが目の前にいた。近いって。「キョン!聞いてるの!?」いかん。とにかくハルヒをなだめなくては。そこで俺は思いついた。あのわかりにくい10文字の説明文でもレンズに出てきた数字を見ればすぐに推理できる。「ハルヒ。お前の寝顔はなかなか可愛かったぞ。」「!?」 55 61 なるほどね。長門。いいものを用意してくれたな。今ならわけのわからん太鼓判にも納得できるぜバーロー。「はは、冗談だけどな」「それであんたからかってるつもり!?しかも人の寝顔見るなんて趣味が悪いわよ。」68 43どうやら”からかい”はうまくいった様だ。それにしてもこいつめ、人の部屋で勝手に寝顔晒しておいてなにを言うか。・・・しかしここはとりあえず謝っておこう。俺はすごいもんを手に入れたのだからな。こいつの評価は530000だ。「すまんな。なんか気分が穏やかになってみただけだ」「なにそれ。気持ち悪い」嫌そうな顔を見せるハルヒ。でも内心はそんなに嫌ではないらしいな。 今日は古泉にも苦労させちまったみたいだしな。俺はその後かつてないほど真面目に勉強し、お茶を持ってきたり軽食を持ってきたりとにかく思いつく限りの気が利く行為をハルヒにしてやった。ハルヒは「今日のあんた変!」等と言ったが、数字は嘘をつかなかった。35 90ああ、こいつももっと素直に喜べばいいのに。内心はちゃんと嬉しいんじゃないか。何故隠す必要があるんだ。こいつの感情表現は素直な方だと思っていたのに、今までもこうやって嬉しさを隠していた時があるのかと思うと実にもったいない。でもいくらか不安になっているということはやっぱり俺を疑っているのは本当だということか・・?・・・当然といえば当然かな。 そろそろ時間だな。ハルヒを送っていく時間だ。俺達は自転車に乗って夜の道を進んでいる。「なんか今日は時間がたつのが早いわね。あんたのせいよ」「知らん。日によって気分はころころ変わるもんだ。それはおまえが一番良く知ってるだろう。」「じゃあ今日はどんな気分だったのよ」・・・・ここで俺は詰まった。ここで本当のことを言ったら当然地雷だろうな。でもハルヒを本当に喜ばせてみたい。なんて言えばいいんだろう。ハルヒを見ると言葉に詰まった俺を見てちょっと不安そうな顔をしている。不安の数値がちょっとずつ上がっている。そんなに不安か?何故そんなに不安なんだ。赤信号の前で止まり、もう一度ハルヒを見る。「だから、そういう気分だったんだ。」「そう」71 50・・・・やっぱりはぐらかすのは損なんだな。でもこれは多分いつもの俺だ。数字に惑わされちゃだめだよな。自転車が進む音と風を切る音が聞こえる。ちょっと心地よくなってきたところでハルヒの家に着いた「明日遅刻しないでよ。」「ああ。・・・あーハルヒ。今日も、あー、お疲れさん」「なによそれ」「だから、お疲れさん。明日も頼むぜ。」「何よ改まって。当たり前でしょ。」58 62ちょっとはましになったか・・・。でもこれで俺も古泉も、他の2人もちょっとは安泰か。今までの数値が気になるところだな。まぁ今更どうしようもないんだがな。 あれから数日経った。俺は長門に貰ったハルヒのご機嫌測定器のおかげで順調な毎日を過ごしていた。某新世界の神と某皇帝の息子も言っていたように、武器は知らねばならない。俺なりに調べてみたところ、どうやらあの眼鏡はハルヒ専用らしい。なので谷口を見ても長門を見ても何も起こらなかった。あとハルヒが視界に入っていないと数字が出てこない。後姿はOKのようだ。電池は長門曰く1年は持つらしい。流石というべきか。 そうして俺はこの眼鏡を、特にハルヒと勉強している時は絶対につけるようになった。なんせ眼鏡としての本来の機能も抜群だからな。次第に学校でも勉強中につけるようになり、そしてついに部室でも付けるようになった。気が付けば殆ど1日つけている気がする。ハルヒは思ったより不安を抱えているらしく、全体で見ると不安の数値の方が高い。驚いたのは俺と会話している時のハルヒは数字が常に変動しているということだ。古泉と会話している時も、朝比奈さんをいじくっている時も、愉快数値の方が上回っているのに俺だけはまるでシーソーのようにぐらぐらしている。そんなに俺の反応が怖いのか? むしろどちらかといえば俺がお前の反応にいつもビクビクする側だと思っていたのに。俺は若干の疑問を抱えつつ、ちょっと優越な日々を過ごしていた。 「長門。いいもんをありがとな。」「そう」そんなある日の昼休みの部室で、俺は改めて長門に礼を言った。いつもなら返事をした後読書に戻るはずなのだが、長門は顔を上げて俺を見た。「・・・」見詰め合っているのも変なので俺が話を切り出す。「どうした。俺の顔に何かついているのか?」「眼鏡」そうだな。何かついているとしたら眼鏡だな。流石長門 ・・・じゃなくて。「ああ、今もつけさせて貰っている。なんせ便利なもんでな・・・」「・・・」「長門?」「・・・使いすぎないほうがいい」長門は表情を一切変えずに、要はいつもと同じ調子で言った。そのはずなのにその一言は何故か俺のどこかを突き刺した感覚がした。「あ、ああ。そりゃ他人の心を覗くなんてのぁあんまり良くないとは思ってるが・・」「・・・そう」「いやすまん。これからは気をつける。」そう言って俺は眼鏡をはずした。遠くの景色がほんのわずかにぼやけたが、やはり肉眼で見るのが一番いいな。ここで予鈴のチャイムが鳴った。俺は教室に戻ろうと思ったが長門がまだこっちを見ている。「長門?ひょっとしてまだ何かあったか。」「・・・」「無いなら教室戻ろうぜ」「・・・情報の」「・・・?」「伝達に、齟齬が発生する。よって、伝えることは不可能。」そう言って長門は本を閉じた。それがジョークかどうかは最後までわからなかった。 俺は急いで教室に戻って授業を受ける。その次の休み時間のことである。「キョン。今日はSOS団の活動は中止よ」「おお、やっと休みになったか。流石団長様だ。団員の心疲れをわかっていらっしゃる。」「何言ってんの?SOS団は休みだけどあんたは違うわよ。」「は?」「あんたには放課後ちょっと付き合ってもらうから。 ふふん、大丈夫よ。単純なあんたなら絶対に喜ぶことだから。」そう言って不適な笑みを浮かべるハルヒ。なんて恐ろしい。そういう誘い文句で地獄を見たことが何度あると思ってるんだ。くそっ。眼鏡をかけて来ればよかったぜ。「何で俺なんだ」「だから喜びなさいって言ってるじゃないの。」だめだこりゃ。 気が付いたら放課後になり、俺はハルヒに手を引っ張られて昇降口を出ていた。手首ではなく手を掴むようになったのはいいんだがなんか周りの視線が痛い。また勘違いされるぞ。そんな俺の焦りも知らず学校の裏に歩いていくハルヒに俺は何も言わず引きずられるのみであった。 連れてこられたのは人の気配の無い駐車場。こんなところに俺を連れてきて何をしようというのだ。ちなみに俺は眼鏡をかけていない。ハルヒを見ると鞄をごそごそ探っている。俺をちらりと見てはまたにやりと笑う。「キョン、これ、なんだか分かる?」ハルヒは鞄からそのブツを取り出して俺に質問をしてきた。「分かる」「そうじゃなくて、これは何って聞いてるの」「だから見りゃ分かる。若葉マークだ。」そう、初心者マークの通称だな。特に自動車免許の・・・まさかな、と思う間もなくハルヒは目の前にあった車にそれを貼り付けた。おいおいお前・・・ 「そう!驚いたでしょ。これ、あたしん家の車だから大丈夫よ。教師の目なんてちょろいちょろい。」「いつのまに免許取ったんだ!?」「取ってないわよ。まだ通ってる途中よ。」「思いっきり違反じゃねーか!」「事故んなきゃいーのよ。ゴタゴタ言わずにさっさと乗りなさい。」そう言ってハルヒは車に乗り込みエンジンをかけた。薄いベージュの軽車。車に乗り込みシートベルトをつけたりミラーを確認したりする姿が初々しい。俺は仕方なく助手席に乗り込んだ。すごく変な気分だ。「どこに行くつもりだ」「そんなこと聞いてどうすんのよ。」質問に質問で返された。この理不尽さには慣れつつあるがやはり虫の居所が変わるのは実感できるな。「どこに行くかもわからん車に乗れるか。降りるぞ」「ダメ! ・・・わかったわよ。車で30分ぐらいのとこ!これでいいでしょ!」良くない と言いたいが、多分今日のためにハルヒはいろいろ準備をしたのかもしれない。車を借りるのだってそれなりに苦労するんじゃないか。そんなことをいろいろ考えてまたやれやれと言う余裕が出来た頃には車は学校から出発していた。車の中での会話がちょっとぎこちなかったから昨日やったところの復習というということで、俺は車の中で昨日やった問題をハルヒに出題してみた。ここで俺は鞄から問題集を出すついでに例の眼鏡をかけた。ハルヒは運転中なわけで俺がいくらハルヒを見ても気づかれにくいので好都合だ。62 75・・・・・・。こいつは何がこんなに嬉しくて何がこんなに不満なんだ。これから行く場所にもよるが・・・正直ハルヒの様子を見てるともっと楽しいのかと思ったので意外だ。もしかしたら俺が車に乗るときに言った言葉が突き刺さったのか? いやまさかな。数字だけじゃ何も分からない。むしろ数字が分かるからこそ分からなくなる。なんという矛盾。ハルヒを分かろうとすればするほど泥沼にはまっていく気がしてならない。元々ハルヒを理解するなんて無理だって最初にあった日からわかっていたのにな。こいつのおかげで高校生活における俺のテンプレートは皆無さ。あえていうなら・・・「次の問題まだ?いつまでボーっとしてんのよ。」俺は気づいたら自分の世界に浸っていたらしい。信号待ちでこちらを見たハルヒはそれなりに心配してるような、呆れているような顔つきだ。俺は慌ててページをパラパラとめくる。お前が即答できそうにも無い問題を探すのは結構苦労するんだよ。 そうやって車に乗って30分が経過した。ハルヒはまだ走り続けている。俺は少し酔ってしまったので問題を出すのは一旦やめようと提案した。それよりもな・・・「おい、本当にどこにいくつもりなんだ。いつになったら着くんだ」「もうちょっとなんだから辛抱しなさい。」そう言いいながらも焦らずに運転するハルヒに苛立つ。しかし苛立ちのなかにどこか心地よさを感じている気がして、俺は悶々とした気分になった。ハルヒの運転が心地よかったせいもあるな。免許もとって無いのにどうしてお前は上手に車を操れるんだ。・・・ダメだ。今日も1日学校で疲れたせいだろう、リラックスした俺は寝てしまっていた。 オレンジ掛かった光と心地よい音楽に誘われて俺は目を覚ました。ここはどこだ?日陰の駐車場か。それにしては周りに何も無いな・・。時間を見たら学校を出発してから1時間半。これじゃ帰りは夜だな。ハルヒは・・・と思って運転席を見ると椅子を倒して本をアイマスクにしているハルヒがいた。この状況から察するに、着いたけど俺が起きないから音楽をかけてついでに本を読んでいるうちに眠くなって寝てしまった、か?いや待てそれはおかしい。・・・ってそういえば眼鏡かけてねぇ。寝るときは確かにかけていた筈なのに。少し探した後、はっと気づいた。俺はハルヒの顔に乗っかっている本を奪い取った。「やっぱりこいつは・・・」ハルヒの顔には俺のメガネがまぁ見事にはまっていたというべきか。ゆすって起こそうとしたが、俺は体が硬直する感じがした。ついでに唾を飲み込む音が聞こえた。・・・本当にこいつの寝顔はかわいいな。これだけは評価せねば。本を取ったおかげで目を覚ましたハルヒは寝てしまったことを思い出すのに0,6秒の時間を費やしたのち、「あんた授業中も寝てたくせに何で寝てんのよ!」と叫んだ。おはようかそれに代わる挨拶なんて俺は期待してないからおkだ。「俺の眼鏡を返せ。ハルヒ」「あ、そうね。あんた眼鏡をかけたまま寝るんじゃないわよ。」何でそれをお前に言われなくちゃならんのだ。 俺たちは車を降りて、ハルヒ先導による道案内で目的地に向かうことになった。歩くのかよ。さりげなく確認したところ、当然ハルヒは眼鏡をかけても何も起こらなかったらしい。ただ見やすかったのでそれをつけて本を読んでいるうちに寝てしまったと。なるほどね。ちなみに車で50分くらいでここに着いたんだと。なにが車で30分だ。ということは俺は着いてからも40分寝てたということになるな。俺は最後までその疑問を口にすることはなかった。わざわざ聞くほど大した疑問じゃないからな。何故40分も待っていてくれたのか、なんてね。ハルヒも寝ていたのだから考えるだけ無駄だろう。ちょっと歩いたらここがどこなのかはすぐに分かった。いやすでに風の匂いでわかっていた。ここは海だ。 俺の手をひっぱるハルヒは散歩中に言うことを聞かない犬のようだった。片手でなんとか俺は眼鏡をかけてハルヒの後姿を捉えた。54 88なんというか、俺はほっとした。理由はどうであれ、ハルヒが本当に楽しそうにしている様子は俺にとっても救いだからな。「ハルヒ。急ぎすぎだろ。もっとゆっくり歩け」「あーもう、しょうがないわね」 海辺の茂みを俺たちは歩いていった。 太陽はもう水平線に届こうとしているハルヒはどんどん先へ進み、道は岩場独自のゴツゴツとしたものへと代わる。もうどれくらい歩いたんだろう。無言で進んでいくうちに数メートル先を歩くハルヒが立ち止まった。 「ここよ」ここって言われてもな・・・。そこから見える風景はなんともいい難いものだった。岩場と岩場の間にちょっと広い砂浜がある。僻地であまり人が来ないせいか聊か綺麗に見える。「どう?なかなかでしょ。教習中に走った道があの道路でね、通った時にここがちょこっと見えたからもしやと思ったけど、やっぱりあたしの勘はあたしを裏切らないわね。」「俺はお前の勘によく裏切られているんだが」俺の適切なツッコミをやはり無視してハルヒは手を広げた。「ここ、素敵でしょ!」そんな楽しそうに言ってくれるなよな。どんなに疲れてても首が縦に動いちまう。34 82「ここね、今度SOS団で来ようと思ってるの」「どうやって来るんだ。お前の車は軽だろ」「普通に詰めれば5人ぐらい乗れるわよ。ほんとにあんたは硬いわね。」俺は常識に則った発言を心がけているはずなんだが。 ちょっと座りやすい場所を見つけてハルヒは腰を下ろした。倣うように俺も隣に座り込む。丁度空がオレンジ掛かってきたようだ。「・・・でね、夕焼けがこんな風に綺麗に見えるようになるまで皆で遊ぶのよ。もちろん不思議探索も兼ねるわよ。ここの近隣は自然なままだからまだ人に知られざる謎が・・」ハルヒのトークは止まらない。こいつとしゃべってるとネタが尽きない。これは一種の才能じゃないか?俺の突っ込みだって負けちゃ居ないけどな。実はもしハルヒがこんなことを言い出したらこう言ってやろう、みたいな予習はしているからな。教科書が無い予習なのに結構楽しい。 「ほら見て、キョン。水平線に夕日が映ってなかなか綺麗じゃない。」そんなもん言われんでもわかっている。俺だってこんな光景滅多に見れんのだよ。夕日が沈む様をしばらく無言で眺める。ちょっと涼しくなったところでふと風が俺たちを強く吹きつけた。ハルヒはスカートを押さえていたつもりのようだが残念だったね。白だ。俺が鉄壁の表情を取り繕ってるのに安心したのか知らないが、ふっと息を吐く音が聞こえた。「さっすがは海よね。この空気が違うわよね。」ハルヒが独り言のように絶賛している。俺は・・・しょうがないので答えてやるとする。「ハルヒ。空気を一番大事に使う時はどんな時かわかるか。」「はぁ?」「それは空気を吸う時じゃなくて読むときなんだぜ。」「なにそれ。意味わかんない。あたしはいつだって空気読めてるわよ。」空気の読めない奴に自覚なんてないのさ。多分だがな。それにしても・・・ 「そもそもどうして今日ここに来たんだ。」気になっていた質問をぶつけてみた。ちょっとは心境揺らぐかなと思ったがそうでもなかったのはちょっと残念だ。「だから今度ここにSOS団で来るって言ったでしょ。その下見に決まってんじゃない。」眼鏡をちらりと確認。いかん、イライラ値が増えている。「お前が選んだにしてはいい場所なんじゃないのかここは。」ハルヒを見る。映し出された数値の変化は俺の思い通りにはいかなかった。何故?さらに目を細めたその瞬間に俺はハルヒに眼鏡をとられた。「おい・・!」「あんたに眼鏡は似合わないわよ。」ハルヒはなんとも言いがたい表情になっていた。「勢いにしても酷い言いようだな。」「あんたが眼鏡をかける時は最低でも勉強する時だけでいいのよ。 こんな綺麗な景色は裸眼で見なきゃダメよ。」俺にはわかる。これは口実だろう。なんとなくだが、やっぱり俺の考えていることはハルヒに筒抜けなんだろうと俺は感じた。 「あんた最近、あたしのこと品定めするような目つきで見てない?」ハルヒは前を見ている、と思う。俺も前を見ていてハルヒの顔がよく見えないからな。おまけに眼鏡も取られてハルヒの数値もわからないときた。「丁度あんたが眼鏡を使い始めた時期からよ。なんか目つきがやらしいのよ。 こそこそチラ見してるのばれてないとでも思ったの?」「思った。」ハルヒが今どれくらいの数値なのかが気になったが、わかっても無駄なんだろうと俺は思った。結局俺にあれを上手く使いこなすのは無理なのだろう。ハルヒのご機嫌メーターは最初を除いて一度だって俺の思い通りにはいかなかったのだからな。すまんな長門。 ハルヒは顔を伏せて「ほんとに・・バカ・・・」とか呟いている。俺は困るばかりである。 バカというのはいつもの聞きなれた罵倒だからいいとして、なぜハルヒは黙り込む必要があるのだろうか。こいつらしくもない。疲れているわけでもなさそうだ。眼鏡のことで気を悪くしたから?それもそうだがその前から閉鎖空間が出たといらない報告も受けている。最近はどうなのだろうか。いやまずこの空気をどうにかしないと。空気は読むもんだぜとさっき俺自身で言っただろうに。でもなんて言えばいいんだ。気まずい空気を一瞬で浄化できる魔法の言葉・・・俺に思いつくはずがない。だいたいそんな言葉は存在しない。そういうことにしておこう。 結局どうすることもできず溜息をつこうと思ったのだが、先に隣から溜息が聞こえた。ハルヒがいつのまにか顔をあげてこっちを見ていた。ちょっと睨みが効いている。「何考えてんのよ」第3者から見れば挑発しているような言動のハルヒ。しかし俺にとってはこの睨みは良い心のスパイスだったりする。「別に、なーんも。」いつぞと同じ返し方をしてしまった。多分ハルヒは怒るだろう。お前のこと考えてた、なんて本当のことを言うわけにもいかないけどな。「あっそう。あんたの相手するのも疲れたし、もう帰るわよ。」そう言って俺の手を掴んで立ち上がるハルヒ。怒ったというよりは呆れたような表情をしている気がして、俺は少し・・・ほんの少し動揺した。だから俺はハルヒの手を逆に掴んで、もう一度座るように促した。「せっかくだから太陽が完全に沈むまでいたらどうだ。」って言ってももうほとんど沈んでいるんだがな。それでもハルヒは「しょうがないわね。」と言ってまた腰を下ろした。手を掴んだままで。いやこれは俺が掴んでいるのか?もうこの際どうでもいいか。 夕日が沈んだ後も、俺たちはしばらく手を繋いだまま海を見ていた。軽く会話を交わしながら見た海は何故かは知らんがしばらく忘れそうにもない。 俺達が帰りの車に乗った頃にはもうすっかり暗くなっていた。どうやらハルヒは俺の家まで送ってくれるようで、なんかムズ痒い気分だ。 「お前さ、最近いろいろと不安になってないか。」隣で丁寧に運転するハルヒにそれとなく聞いてみる。聞くんなら今日だ、と心のどこかで俺が言ったからな。「いきなり何よ。あたしが不安になるわけないでしょ。」そう言うだろうと思ったさ。閉鎖空間を量産しておきながらよく真顔で言えるもんだ。さっきだって憂鬱モードに入っていたくせに、もしかしたらこういうことを言われた時に返す言葉を用意しているのか。お前は。俺みたいに。「進路の事か?SOS団の事か?それとも今日の晩飯か?」ひょっとしたら俺のことか?なんて心の中で呟いてみる。それはないよな。そこで信号が都合よく赤になり、ハルヒは車を停止して俺を見て大きく溜息をついた。「・・・そうね。ここら辺の通りにも結構レストランがあるみたいだし、今度来る時は晩御飯つきがいいわね。 その方が楽しいしね。来週までにここらでいいとこ調べておきなさいよ。キョン。」「何で俺が」「わかった?」ハルヒはこちらを睨んでいる。きっとこの信号はハルヒの思い通りなんだろう。だから、「・・へいへい、わかりましたよ。」と俺が返事したとたんに青になるんだよな。 ほら、やっぱり。 ハルヒが俺の話をうまくかわしたとに気づいた時は俺の家が見えていた頃だった。なんだかこのまま帰ってはいけない気がしてならない。車がゆるやかに停止する。何故俺はこんなに不安になってるんだ。「着いたわよ。運賃は取らないでおいてあげるから感謝しなさい。」「何で無免許運転の共犯にさせられた俺が感謝しなきゃいけないんだ。」「ごちゃごちゃ言わないの。じゃあね、明日遅刻しないでよ。」そう言ってハルヒは手を振った。しかし車を降りようとドアに手を掛けたところでもう一声がかけられた。 「それと、あんたも早く免許とりなさいよ。」 暗くてハルヒの表情がよくわからない。それでも、俺はこの一言にかなりの意味が込められているのではないかと思った。いや、そうに違いない・・・こちらをちらちらと見ているハルヒに俺は語りかけた。 「ああ、必ずとるから、それまで待っててくれないか。」今日も借りができちまったからな。 「何それ。あと何年待てばいいのよ。」お前はそんな笑い方もできるのかよ。こんな時に限ってそれは反則だ。「さぁな、近いうち・・・かな。」そういえば俺は何の話をしていたんだっけ「ちゃんと保障してくれなきゃダメよ。」そして俺は何をしようとしている。止まらないんだが。 ドアを開けようとしていた筈の手はハルヒの手に添えられ、俺は顔を近づけて・・・。ってマジか。男のエスだがイドだかってのはこういう時に働くものなのかね。これじゃまるで安いドラマの1シーンみたいじゃないか。手の甲に接吻なんて柄じゃない筈なのにな。 ・・・ハルヒは黙ってしまった。今頃湧いてきた羞恥心を必死に押さえつける。保障印としては上出来だろう?なんて言葉が喉まで上がってきてはそのまま落下していった。車のエンジン音が唸り続ける中で、やっとハルヒの声が耳に届いた。 「・・・待ってあげるから。」 俺はハルヒと恋人関係にない。間違ってもそうなるはずがない。そうなる必要がないからだ。俺はそう思っていたし、ハルヒもそうだと思い込んでいた。互いに分かり合いすぎた。時間を共有し過ぎた。鈍感だと言われるたびに心の中で”鈍感なフリをしているだけだ”と不満を言っていた。ハルヒの気持ちも、俺が惹かれていく先もわかっていたからだ。でもここへきて、進路を考える時期になってハルヒが不安になっていた事に俺は気が付かなかった。あいつが俺にわからないように隠していたとしても、気が付かなかった時点で結局俺は鈍感なのだ。 「免許、明日までに取るから。」 「勝手にしなさい。」 何かが割れる音が響いた。そのときの俺は全く気が付かなかったらしい。 俺はハルヒが帰った後も、格好いい口説き文句をずっと考えていた。 あれから数日経った。文芸部室ことSOS団の部室。俺はしばらく考えた結果長門に眼鏡を返すことにした。 普通に眼鏡として使っても良かったのだがどうも気が進まない。あの日家に帰った後机の引き出しに入れたままのご機嫌測定値だったが、今日になってやっと処分を決めたというわけだ。 ところが一つ問題が発生してしまった。今日の朝になるまで気が付かなかったのかが悔やまれる。 「長門、眼鏡貸してくれてありがとうな。結局俺には使いこなせなかったよ。」「そう」「というより、必要なかったんだ。それに気づいただけでも十分だった。」「・・・」「で、眼鏡なんだが・・・その・・・壊れちまった。すまん。」 朝、ケースの違和感に気づいて開けてみたら見事に割れていた。記憶を手繰り寄せて考えてみればすぐ分かるが、割れたのはあの時しかない。 「別にいい」長門はそう言って俺から眼鏡を受け取った。俺は思わずまた謝ろうと頭を下げたが長門は「大丈夫」と言って例の高速呪文を唱えた。薄々分かっていたが壊れた眼鏡を直すことなんて長門にとっては朝飯前なんだろうな。 「もう一度 使う?」 そう言って眼鏡を差し出してくる長門。俺は断ろうかと思ったのだが長門の表情を見て踏みとどまった。冗談をいう時の表情とはまた違う。俺が断るのをわかっていて聞いてる・・って取っても大丈夫なんじゃないかと思わせる些細な視線。なにかを理解しているのは間違いなさそうだ。なのでここはあえて乗ってみることにしよう。 「そうだな。もう一度だけ使わせてもらおうかな。」 長門は「そう」と言っただけだった。俺はとりあえずかけてみようと思い、スイッチを入れて顔の高さまで持ってきたところで ばーん と勢い良く部室の扉が開いた。団長様がおいでなすったようだ。途中で見つけたんだろうか、朝比奈さんも連れている。 いつものようにハルヒは団長席に座り朝比奈さんにお茶をせがむ。俺はそのまま外に出ようとしたところでハルヒに呼び止められた。「その眼鏡は何?」「前のは度が合わなかったんでな。長門に頼んで新しいのを譲ってもらった。」「ふーん、そう。」 本音を言えば数値が気になるから眼鏡をかけたい・・・が、やっぱりここは引くべきだろう。「俺に眼鏡はお気に召さないんだっけ?」「別にもういいわよ・・・」やっぱりお気に召さなかったらしい。いかんな。また古泉に苦労をさせてしまいそうだ。いや、古泉がどうとかは関係ないんだ。俺自身が・・・ 「ちょ・・っと・・・・。・・っ・・・ 何すんのよバカッ!」 椅子が派手な音をたてて俺は床に転げてしまった。なんだよ。ちょっとキスしてやろうと思っただけなのに。「そういう問題じゃないのよ!煩悩!ヘンタイ!」なんか知らんがここ数日そういう衝動が襲ってくるのだよ。すまんね・・・ああ、いかん。結構怒ってるな・・・ 俺はどさくさに紛れて眼鏡をかけることにした。ところが・・・ 「おい・・・眼鏡、また壊れてるぞ。」 眼鏡は綺麗にヒビが入っていた。机の上にあったので俺が倒れこんだ時のものではない。ちょっと考えれば理由はすぐに察せるな。長門もこうなるのがわかってたんだろう。まったく、ハルヒは幸せもんだぜ。そんな奴の想い人になっちまった俺もな。 「あんたに主導権を渡すのはまだ早いんだから!」 ああ、そりゃまだ仮免ということか。 こうして結局俺は免許をとりきっていない。それが生涯続いたとしても俺はこんなに心地よい気分なのだろうか。 ---end---
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