書き初め
突然だが、正月というものは人によって様々な過ごし方がある。初詣に行く、親戚を回ってお年玉を集める、どこか旅行へ行く、などなど。で、我が家はというと、毎年特に何をするわけでも無く正月番組を見てグータラするのが恒例となっていた。所謂寝正月ってやつだな。まあ俺としてものんびりする方が好きだし文句は無くむしろ満足だった。満足だったのだが……どうやら今年はそれをすることは出来ないようだ。そういう「のんびり」だとか「まったり」などとは無縁の存在がいるからな。 「みんな~!あけおめ~!!」 というわけで、俺達は今部室にいる。ハルヒに呼び出されてな、正月も活動する部活があるらしく、学校は開いていた。 「突然だけどキョン!正月と言えば何!?」 ……出たよ。お決まりの質問だ。だが俺はこのハルヒの質問で正答を勝ち取れた試しが無い。もう正解することは諦め、素直に自分の思いつくまま言うとしようか。 「初詣とかか?」「バッカじゃないの!?」 ……まあ不正解は想定の範囲内だが、バカと言われるとは予想外だった。別に俺のも間違っちゃいないだろうと思うが、下手に反論しないのが俺の大人なところなのさ。 「正月って言ったら!書き初めに決まってるじゃないの!! 一年の最初に書き初めをすることでいい一年を過ごせるのよ!!」 ……決まってる、のか。ああ分かった俺からは何も言わん。どうせ他のヤツらも反対しないだろうからな。まず最初に古泉が「非常に良いアイデアかと」とか言いやがるんだ。このイエスマンめが! 「書き初めですか、それはそれは非常によいアイデ」「その通りです!!!」 ほーらいつものパター……ン?古泉のテンプレート的な返答を遮って叫んだのは、予想外の人だった。 「書き初めこそ日本人の元旦にふさわしい行事!流石涼宮さんですぅ!!」「み、みくるちゃん?」 ど、どーしちゃったんですか朝比奈さん。ハルヒも若干引き気味ですよ。 「お忘れですか?私が元書道部だと言うことを!」 そういえばそうだった。ハルヒに連れ去られる前は書道部にいたんだっけ。すっかりSOS団のイメージがついてしまって忘れていた。 「元部員の私が行けば書道部のみなさんも場所と道具を快く貸してくれるはずです! さあ行きましょう涼宮さん!!」「え、ええそうね……」 というわけで、ハルヒを引っ張る朝比奈さんという一生に一度見られるか否かという珍しい光景を眺めながら、苦笑を浮かべる古泉と無表情で立ちあがった長門と共に、俺も朝比奈さんの後ろについていくのであった。 「ユニーク。」 で、今俺達は和室にいる。こんな場所が学校にあったとは知らなかった。入ることも無かったしな……縦長の書道用紙に筆にすずりに墨汁と、既に書き初めをする用意は出来ている。俺、ハルヒ、長門、古泉の4人がそれぞれ横並びにセットされた用紙の場所に座る。んで朝比奈さんは一人立って全員を見渡すようにしている。そう、まるでいつものハルヒのように…… 「書道は心です!さあ皆さん、今自分の気持ちを文字にして、心を込めて書いてくださいね!始め!」 朝比奈先生の合図の元、俺達は一斉に書き始めた。しかしなんだ、今日の朝比奈さん、すげえイキイキしてるなあ…………それにしても、意外と難しいな、文字を書くだけってのに。 「ああ涼宮さん!ちょっと待って!」 朝比奈さんが叫ぶ。どうしたんだ? 「なによ、みくるちゃん。」「ダメですよ涼宮さん。そんなに急いで書いたら。もっとじっくりと……」「じっくりなんてあたしの性に合わないわ!あたしは勢いってのを大事にするの!!」「確かに勢いというのも大事なことの1つです。でも、慌てて書くのとは別問題ですよ。 書道というのは心を落ち付けて書くんです。こういう時ぐらい、ゆっくりやるのもいいと思いません?」「むう……分かったわよ。」 朝比奈先生の指導にハルヒも折れた!珍しい光景その2って感じだ。それだけ朝比奈さんの指導に熱がこもってたワケで、本当に教員のようだった。なんとなく朝比奈さん(大)になる予兆を感じさせてくれる。 「な、長門さん!それは一体!」 今度は長門の元に駆け寄る朝比奈さん。今度はなんだ。横目でチラッと隣の長門の書いたものを見たら……それはそれはもう綺麗な文字が書かれていた。まるでパソコンからプリントされたかのような、きっちりとした明朝体の文字が。流石長門と言ったところか。なんとも人間離れした文字を書くなあ。 「長門さん、これは?」「書道という作業において最も重要視されることは文字を綺麗に書くこと。 だから文字を丁寧に書くことを重視した。」「それは、正解でもあるけど間違いでもあります。確かに文字を綺麗に書くことは重要です。 でも、『綺麗な文字』ってなんだと思いますか?」「……見栄えの良い文字。もしくは乱れが無く整っている文字。」「本や書類で求められる綺麗さはそれで間違ってません。でも書道では違うんですよ。 力を込めて自分の気持ちをこめた「生きた文字」、それが綺麗な文字なんです。 きっちり整ってなくていいんです。自分の気持ちを込めて書いてみてください。」「……分かった。やってみる。」 なんと。朝比奈先生の指導の前では長門も従うとな。いつも「ふぇ~」とか言ってる朝比奈さんとは大違いだ。なんというか、「オーラ」を感じる。 そして俺達は、無事に自分の文字を書き終えた。出来あがった作品の鑑賞会へと移る。まずは俺だ。 「キョン君は『平穏』ですか……」「はい。俺の切実な願いを文字にしました。」「ええ。すごく気持ちがこもってて、いい文字だと思いますよ。」 やった!誉められた!後ろでハルヒが「キョン!SOS団に所属してる身で平穏を望むなんてなってないわ!」とか叫んでるが俺の耳には入らない。書ききったという達成感と朝比奈さんに誉められたという2重の喜びが俺を包んでいた。書道っていいなあ…… 「涼宮さんは……」「『不思議』!これしかないでしょ!!」「力強くてとっても涼宮さんらしい文字です。気持ちがこもってるのが分かります。」「でしょでしょ!あたしの強い気持ちは文字にも現れるの!」 朝比奈さんに誉められ、ハルヒは得意げにしている。まあご機嫌になったようでよかったよ。古泉の余計な仕事は増えなくてすみそうだ。 「長門さんは……『自分』ですか。」「そう。」「しなやかで綺麗な文字です。ちゃんとここに、長門さんの『自分』が表れてると思いますよ?」「本当?……うれしい。」 そう言った長門の顔は無表情だったが、俺には長門が喜んでいるのがはっきりと感じとれた。安心しろ長門。お前はしっかりとした『自分』を持っているさ。 「そして古泉君は……」「……」「……」「……」 古泉の文字を見て全員固まった。ぐにゃぐにゃの曲線にボタボタと垂れた墨汁の跡。なにかの文字らしいがまったく読み取れない。 「これは一体なんて書いてあるんだろうか……古代文字?」「きっと宇宙語よ!流石古泉君ね!既に宇宙にまで視野を広げているなんて!」「長門、これ解読できるか?」「……不可能。これはどこの星の言語でも無いと思われる。」「私もこういう文字は……」 古泉の謎の文字を全員で解読しようと試みる俺達。だが古泉の次の言葉は俺達を更に固まらせた。 「……あの、一応『調和』と書いたつもりなのですが……」 ……マジで? う~~~~~~~む、確かによ~く見れば『調和』の名残が見て取れなくもない。だがその文字はぐにゃんぐにゃんに曲がってしまっていて、とてもじゃないが『調和』なんて代物じゃなかった。 「すいません、こういうのは苦手でして……」 そういえば古泉は七夕の時も字が汚かったな。完全無欠に見える古泉だがこういう欠点もある。というか、演技でない素の部分が出ているのだろうか。まあ俺としては、完璧超人より多少の欠点がある方が人間味があって好感持てるがな。……言っておくが変な意味ではないぞ。まあともかく、古泉の数少ない「欠点」が浮き彫りにされたってことだ。 すると朝比奈さんは、古泉の場所に新たな紙をセットした。 「古泉君、筆を持ってください。」「……?はい。」 不思議そうな顔をしながらも、素直に筆を持つ古泉。……と次の瞬間、俺は衝撃の光景を目にした!! 「な……なななな!!」 これは古泉の声。キャラに合わない間抜けな声だ。だがそれも仕方あるまい。何故なら古泉の上に重なるように、朝比奈さんが乗っかっているからだ! 「み、みくるちゃん何してるの!?」 ハルヒも驚いた。だが朝比奈さんはお構い無しに、筆を持った古泉の手に自分の手を重ねた 「さあ、一緒に書いてみましょう。」 なるほど、つまり一緒に書くという指導をするつもりらしい。しかしアレだ、重なると言っても朝比奈さんには古泉にはない凸部分があるわけで…… 「まずは『調』からですね。ごんべんのここはこうやって……」 古泉の手を動かしながら文字を書いていく朝比奈さん。でも古泉は顔を真っ赤にしてうわの空。そりゃ朝比奈さんの特盛りのアレが自分の背中に押しつけられているわけだからな。だから…… 「あ……」 紙に赤い墨汁(?)の液が垂れたのを、一体誰が責められようか。俺?無理に決まってるだろ。 「こ……古泉くん?」「ティ、ティッシュティッシュ!キョン、持ってる!?」「あ、ああ!」 つまり古泉は鼻血を出したのだ。自分の背中に押しつけられた朝比奈さんの胸に興奮してな。古泉、すました顔したりホモ疑惑が出たりしているが、やはりお前も男だったんだな……本人が1番びっくりして呆然としている。そりゃそうだろうな……1番キャラじゃないことしちゃったもんな。 「……スケベ。」 長門が何かつぶやいていたが、聞かなかったことにしたほうがいいかもしれん。 そんな波瀾の書き初め大会も終わり、今は帰り道だ。古泉は一足先に帰った。というより、逃げたと言った方が適切か。こういう時にバイトって口実は便利だよな。もっとも今日は、ハルヒより古泉が閉鎖空間を出しそうな感じだが。安心しろ古泉、たとえ3人娘がお前を軽蔑したとしても、俺はお前の味方だからな…… ハルヒと長門は別ルートだから途中で別れ、俺は朝比奈さんと二人きりになった。 「それにしても朝比奈さん、今日ははりきってましたねぇ。」「はい。書道部の時やったことが生かされると思ったら嬉しくなっちゃって…… 元々涼宮さんのところへ行くことは決まってたから、書道部はあくまでそれまでの穴埋めだったんです。 でも、私は書道部にいたことをただの穴埋めにしたくはなかった。ちゃんとそこにいた意味を持ちたいなって。 書道部だけじゃない、この時代での出来事は私の本来の時間の流れとは外れたところにあるもの。 でもだからって無駄にしたくはありません。一秒でもこの時代にいる意味を作りたいと思ってるんです。 ……でもはりきりすぎちゃったかな?」「そんなことは無いですよ。俺も楽しかったし、また来年も……」 そう言いかけた時、朝比奈さんの顔が曇った。……何かマズイこと言ったかな…… 「また来年も……私もそう願ってます。でも私は今年の3月で卒業する。その後のことはわかりません。 来年の今、ここに居れるかどうかも……」「すいません、俺……」「いえいいんです。もしかしたらこれがみんなと書き初め出来る最後のチャンスかもしれない。 だからこそあんなにはしゃいじゃったってのもあるんですけどね。」 そう笑って、舌をペロリと出した。でもその笑顔には、少し悲しさも感じさせた。 「さ!湿っぽい話はここまでです!今年も一年、よろしくお願いしますね!それじゃあ!」 朝比奈さんはそう言って別の道へと走っていった。……大丈夫です。朝比奈さんがここにいることに、無駄な時間なんて一秒もありませんよ。だって、仮にこの時代からいなくなったとしても、俺達の記憶にはずっと残り続けるんですから…… ~~~~~ ああ、今日は楽しかったなあ。ちょっとはしゃぎすぎちゃったかも。特に古泉君には悪いことしちゃったなあ……でもこれで軽蔑したりはしないから安心してね、古泉くん! 帰り道のキョン君との会話で、あまり思い出したくないことを思い出しちゃいました。3月より後はこの時代に居られるかどうかわからない。仮にいられたとしても、卒業してしまうからみんなと一緒に居られる時間は少なくなってしまう。……なんとなくもやもやした気持ちです。こういう時は、アレをしましょう! 「ふう……」 書道部の時にあった書道用の道具をセットしました。自分の心を整理するには、これが1番なんです。今までもごちゃごちゃした気持ちになったら、コレをやってました。これをやると、不思議と心が整理されるんです。 「よし……出来たっ!」 我ながらなかなかの出来です。確かに私がこの時代にいられる時間は少ないかもしれません。だからこそ1番大事にしたいもの。それを文字に表しました。……ふう、気分がすっきりしました!明日も不思議探索があります。遅刻しないように、早く寝ようっと!おやすみなさい! 『今』 終わり
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