涼宮ハルヒの抹殺
0-1.プロローグ「今回の事態は、この組織が対処できるレベルを超えている。よって、最高評議会においても明確な結論が出なかった。しかし、ゆっくり検討している余裕もない。よって、あなたの立案した暫定計画を実行することに決した。実行責任者はあなた」 暫定計画といってもたいしたものではない。現地の長門有希に情報を流して、あとは彼女に頼るしかないという、なんとも情けないものにすぎなかった。TFEI同士の抗争に、人間の出る幕などないのだ。 「はい。かしこまりました」 1.端緒 その変化は、突如として発生した。 情報統合思念体穏健派は、主流派より主導権を奪取。主流派と急進派の動きを封じ込め、他の派閥を勢力下に収めた。 穏健派は、クーデターを平穏に完遂したあと、配下のインターフェースに指令を下した。 喜緑江美里は、自宅のマンションの一室で、穏健派からの指令を受領した。 了解する旨を返答する。 情報統合思念体の存在及び宇宙の秩序を脅かしうる涼宮ハルヒの抹殺。 その障害となるのは、間違いなく、長門有希。 まずは、その注意を他へ逸らさねばならない。 彼女は、配下のインターフェースに、「機関」に働きかけるよう命じた。 0-2.プロローグの続き「もともと、この問題は、情報統合思念体の内部抗争が原因。本来なら、あなたがたの手を煩わせるようなことではないのだが……」「いいのですよ。『機関』時空工作部としては、先輩方の不始末については自分たちで処理したいところですから」「あなたの心情も組織としての面子も理解はできる。でも、無理はしないで」 2.接触 長門有希が学校に行くためにマンションの自室を出ると、そこに、一人の女性が立っていた。「お久しぶりです。長門さん」 長門有希は、黙って、自室に入るように促した。 「用件は?」 長門有希は、朝比奈みくる(大)に対して、端的にそう訊ねた。「今からデータを送信します」 長門有希は、送られてきたデータの内容を把握すると、わずかに表情を動かした。「すみませんね。なにぶん、こういう事態において頼りになるのは、長門さんしかいないものですから」「情報提供には感謝する」「よろしくお願いします」 立ち去ろうとした朝比奈みくるに、長門有希は質問をぶつけた。「あなたはこれからどうするの?」「『機関』への対処をとります。長門さんにばかり頼るわけにもいきませんので」「無理はしないで」 長門有希のその言葉に、朝比奈みくるは一瞬驚いた表情で固まった。 0-3.プロローグの続き「しかし、この任務が失敗しては……」 朝比奈みくるの言葉は、途中でさえぎられた。「最終的には私が直接介入を行なう」 3.狙撃 森園生は、自らの装備を確認していた。防弾チョッキ、拳銃、手榴弾。それなりの武装であったが、それらがどれだけ役立つかは分からない。 部下たちを見回す。新川、多丸兄弟。みな凄腕の戦士たちだ。「TFEIの支援があるとはいえ、ちときついですね。例の長門有希が敵に回るのは確実でしょう」 多丸裕がグチのようにそういった。「私たちは上部の命令に従うのみよ」「古泉が抵抗してきたら、いかがないさいますかな?」 新川がそう訊ねてきた。「任務の障害となるならば、実力で排除します」 森園生はさも当然のようにそう答えた。 「機関」の上層部がいきなり入れ替わった。そして、下された指令は、ただ一つ。 世界の秩序を脅かす涼宮ハルヒを抹殺せよ。 森園生たちがアジトを出た瞬間。 あたりに銃声が響いた。森園生が脇腹を押さえて倒れこむ。 とあるビルの屋上。 彼の手には、狙撃銃が握られていた。用いた銃弾は、防弾チョッキを貫通する特殊銃弾だ。「御先祖様を狙撃するというのも、あまり気分がよいものではありませんね」 そんな部下のグチに対して、上司である朝比奈みくるは、「あなただって賛成したじゃない」「将来結婚するはずの御先祖様お二人が殺し合いをするのを見せつけられるよりはマシですからね。しかし、自分で撃っておいてこういうのもなんですが、彼女は大丈夫でしょうか?」 「大丈夫よ。『機関』の鋼鉄の女が、あれぐらいで死ぬわけないわ。森さんには『機関』総帥になるまでは生きてもらわなきゃ困るもの」 二人は、森園生が救急車に乗せられていく様子をただ眺めていた。 その間にも、情報通信デバイスを通じて、朝比奈みくるに部下たちから続々と報告が入ってくる。 経過はおおむね順調。 しかし、すべてが順調にいったとしても、「機関」を完全制圧するのは難しい。この作戦に投入されている時間工作員は、朝比奈みくるのチームだけだったから。 他のチームの投入も検討されたが、最高評議会の審議段階で、断念されていた。どのみちTFEIを相手にせざるをえない状況では、人員の大量投入は無駄に犠牲を増やす結果にしかならない。そういう判断だった。 0-4.プロローグの続き「……」 朝比奈みくるは絶句したまま固まっていた。「さきほど、私に情報統合思念体主流派から命令が下った。主流派としても、このような既定事項からの逸脱は容認できないということ」 4.偽りの平穏 放課後、文芸部室。「遅れてしまいました」 古泉一樹がそういいながら入ってきたときには、他の団員は全員そろっていた。「古泉くん。それ何?」 古泉一樹は、菓子箱のようなものを持っていた。「ああ、これですか。実は、親戚が旅行のお土産にと分けてくださいましてね。何の変哲もない温泉饅頭です。一人で食べるのもなんだと思いまして」 温泉饅頭はみんなに配られ、朝比奈みくるが入れたお茶とともに、それぞれの胃に収まった。 みんなが饅頭を手に取る前に長門有希が短く呪文を唱えたことに気がついた者はいなかった。 彼女は、饅頭に含まれていた青酸カリを分解して無害化したのだった。 そのことは古泉一樹も知らないことだろう。彼は道具にされただけだ。 その後は、いつもどおりの団活だった。 涼宮ハルヒはネットサーフィン。キョンと古泉一樹は、ボードゲームで対戦。朝比奈みくるはお茶をせっせと入れ、長門有希は読書に専念。 しかし、長門有希は、今日という日がこのまま平穏には終わらぬことを知っていた。 0-5.プロローグの続き「最終的な処理は私が行なう。だから、あなたが無理をする必要はない」「はい。かしこまりました」 5.襲撃 喜緑江美里は、SOS団のメンバーが下校したのを確認すると、配下のインターフェースにいっせいに指令を下した。 「機関」の人間たちは未来人たちの妨害工作のせいでだいぶ数を減らしていたが、彼女は気にもしなかった。人間ごときは捨て駒にすぎないのだから。 SOS団の集団下校。 その途中で、朝比奈みくるにいきなり最優先強制コードによる指令が入った。「えっ!」 朝比奈みくるが驚いたのもつかの間。彼女のTPDDが強制的に起動し、その姿が忽然と消え去った。 それが合図だった。 長門有希は、涼宮ハルヒ、キョン及び古泉一樹を強制的に眠らせると同時に、みんなを包み込むように防御フィールドを展開した。 その透明な防壁に、無数の銃弾と手榴弾が弾き飛ばされた。 彼女たちの正面から、武装した集団が襲いかかってくる。 そこに、また別の人間たちが忽然と現れた。 「すみません。長門さん。『機関』を制圧し切れてなくて、この有り様です」 朝比奈みくる(大)は、手にした光線銃で次々と「機関」の襲撃者たちを撃退していく。彼女に指揮された部下たちも、同様に光線銃を放っていた。 長門有希は、防御フィールドを拡大して、朝比奈みくるを保護下に収めた。「いい。それより、あなたの部下たちを撤退させてほしい。このままでは、巻き込まれる」「了解です」 朝比奈みくるは、部下たちのTPDDを強制起動させた。 それと同時に、長門有希は、「機関」の襲撃者たちを遠隔地に空間転移させる。 その瞬間に、長門有希と情報統合思念体の連結が強制的に切断された。 彼女はすぐさま、個体単体の全力を用いて防御フィールドを強化する。 それはギリギリのタイミングだった。 上空からいっせいに光の槍が降り注ぐ。 「長門さん、いつまでもちます?」「私単体の能力では、5分が限界」「少し時間を稼がなければいけませんね」 朝比奈みくるの肩に忽然と、バズーガ砲のようなものが現れた。「長門さん。防御フィールドの外方向への透過率をあげてください。10秒でいいです」「了解した」 バズーガ砲のようなものから不可視の光線が放たれる。 放たれたガンマ線レーザーは、迫り来るTFEIたちを次々となぎ倒していった。 朝比奈みくるは、一掃射すると肩からそれを投げ捨てた。膨大な電力を消費するため、携帯型では一掃射が限度なのだ。 残ったTFEIたちが、空からこちらに迫ってくる。 防御フィールドに接触するかと思われたその瞬間。 彼女たちは、一瞬にして霧散した。 防御フィールドの前に、いつの間にか一人の小柄で老齢な女性が立っていた。「朝比奈みくる。ご苦労様」「すみません。結局、お手を煩わせてしまいました」「気にすることはない。インターフェースの相手は、私の役目」 長門有希は、目に前に現れた老齢の女性が、自分の異時間同位体であることを理解した。 0-6.プロローグの続き「それでは、行ってまいります。長門さん」「私の異時間同位体によろしく」 6.爆弾 長門有希(大)は、静かに右手を上げた。 そこに、猛烈な勢いで拳が叩き込まれる。長門有希(大)の右手は難なくそれを受け止めた。「なぜ、あなたがここにいるのですか?」 喜緑江美里は、拳の叩き込んだ体勢のまま空中に固定されていた。「私は、情報統合思念体主流派の命令を受けてここにいる。あなたがたは、主流派が主導権を奪われたままで黙っていると思っていたのか? だとすれば、愚かだとしかいいようがない」 「随分と親孝行なことですね。そこにいるあなたの異時間同位体は、親に反発してばかりだというのに」「あのころは、私は、人間でいうところの反抗期にあったものと理解している」「そうですか。でも、結局のところ、今のあなたも、命令にかこつけて、自分の守りたいものを守っているだけなのではないですか?」「否定はしない。でも、あなたの親──穏健派とは違って、私の親は寛大である。涼宮ハルヒ及びその周辺事項の保全と観測──その基本方針に反しない限り、私の我がままはたいていは許してくれる」 あの12月18日の暴走。あのときも、長門有希の処分を強硬に主張していたのは穏健派であって、主流派自身は寛容であったのだ。「酷い言われようですね。あれでも、一応私の親なんですけど」「あなたが親孝行なのは承知している。それを非難するつもりもない。でも、今は邪魔。後で再構成するから、消えて」 喜緑江美里の身体が一瞬光ったかと思うと、あっという間に霧散していった。 長門有希(大)は、地面を蹴ると、空に向けて上昇した。 そこには光り輝く球体が浮いていた。その周りには火花が無数に散っている。 長門有希(小)は、それが核融合反応によるものであると分析した。 穏健派TFEIたちの襲撃の瞬間にそれは忽然と現れ、起爆直後に長門有希(大)によって情報制御空間に閉じ込められたのだ。 その情報制御空間の内部で、核融合爆発による猛烈なエネルギーが暴れまわっている。 「あれは、未来から送りこまれてきたものか?」 長門有希(小)の質問には、朝比奈みくるが答えた。「ええ、そうです。未来側にもいろいろな考えの人がいましてね。時間航行技術の開発に関係する人物及びその先祖は、涼宮さんの半径50キロメートル圏内に集中してます。この混乱に乗じて、あの爆弾一発で時間航行技術の完全消滅をもくろんでいたのでしょう」 時間航行技術の開発に関係する人物及びその先祖が涼宮ハルヒの半径50キロメートル圏内に集中しているという事実。 古泉一樹あたりに言わせれば、それも涼宮ハルヒが望んだからということなのであろうが。 0-7.プロローグの続き 朝比奈みくるを見送ったあと、長門有希は静かに計算を開始した。 介入のタイミングを1/10000秒単位でつめていく。少しでもずれれば、事態は最悪の結末を迎えかねない。 計算を終えると、彼女は自らのTPDDを起動した。 7.再生 長門有希(大)は、球体に手をかざすと、長々と呪文を唱え始めた。 呪文が終わったとき、球体はゆっくりと縮小し、やがて消えていった。 核融合爆発は完全に封じられたのだ。 長門有希(大)は、再び地上に降り立った。「朝比奈みくる。帰還してよろしい」「かしこまりました」 朝比奈みくる(大)の姿が掻き消えた。 その代わりに朝比奈みくる(小)が忽然と現れた。眠らされた状態であったが。 「この後は、どうするのか?」 長門有希(小)が、長門有希(大)に訊ねる。「涼宮ハルヒの力を用いて、世界を再構成する」 長門有希(小)の表情がわずかに動いた。 それには構わず、長門有希(大)が続ける。「この時間平面の現状は、私が記憶している既定事項から逸脱している。よって、私の記憶しているとおりの状況に復元する、あなたの記憶も含めて」「それは、未来人の傲慢ではないのか?」「否定はしない。私は、思い出をできる限り完全な形で保全したいと思っている。よって、私の記憶にない出来事は、あなたの記憶から抹消されなければならない」 長門有希(小)は、自分の体が圧倒的な情報圧力によって拘束されていることに気づいた。「抵抗は無意味」 長門有希(大)は冷酷にそう通告しつつ、涼宮ハルヒの体に手をかざした。「涼宮ハルヒとの連結完了。世界構成情報の改変開始」 長門有希(小)は、それを黙ってみていることしかできなかった。 8-1.エピローグ──平穏な放課後 放課後、文芸部室。「遅れてしまいました」 古泉一樹がそういいながら入ってきたときには、他の団員は全員そろっていた。「古泉くん。それ何?」 古泉一樹は、菓子箱のようなものを持っていた。「ああ、これですか。実は、親戚が旅行のお土産にと分けてくださいましてね。何の変哲もない温泉饅頭です。一人で食べるのもなんだと思いまして」 温泉饅頭はみんなに配られ、朝比奈みくるが入れたお茶とともに、それぞれの胃に収まった。 その後は、いつもどおりの団活だった。 涼宮ハルヒはネットサーフィン。キョンと古泉一樹は、ボードゲームで対戦。朝比奈みくるはお茶をせっせと入れ、長門有希は読書に専念。 そう。その日は、まったくもって平穏無事に終了したのだった。 8-2.エピローグ──平穏な未来 長門有希(大)は、原時間平面に帰還すると、すぐさま情報操作を開始した。 穏健派TFEIの撃退、核融合爆発の阻止、世界の再構成。「機関」時空工作部の人間たちには、それらすべてが長門有希(小)がやったものとして認識されるように情報をいじった。もちろん、自分の時間遡行記録も抹消する。 なぜなら、「機関」時空工作部の最高権力を牛耳る彼女がTFEIであるという事実は、組織の中では、彼女自身と朝比奈みくるしか知らない秘密であるから。 朝比奈みくるの部屋に入る。「ご苦労様です」「あなたこそ、ご苦労様」 朝比奈みくるが差し出したお茶を口につける。 いつ飲んでも、彼女のお茶はおいしい。 その後、二人は、たわいもない世間話をしてすごした。 その光景は、さっきまで自分たちの時空間が危機にあったことなどまるで感じさせない、のどかな光景であった。
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