涼宮ハルヒの深淵 第三話 キョンの動揺
今、俺たちはとんでもない状況に陥っている、今朝、学校に来たら学校にいるすべての人間が、なにやら変な属性やら変革やら特殊能力を持っている状態になっていた。長門は雪女で、古泉は吸血鬼、朝比奈さんに至っては美少女ロボだ、しかも空まで飛べるおまけ付。で、部室の窓から飛び込んできた美少女ロボは、着地時に古泉を巻き込んでしまった。てのが前回までの出来事だ。 朝比奈さんは慌てて古泉の上から飛びのき、だ、だだ大丈夫ですか?、と古泉を揺り動かす。さすがに俺もちょっとやばいか?などと思っていたら、意外と平気そうに立ち上がる古泉。 「いやーこの吸血鬼の体、弱点以外ではダメージを受けないようです、 まったく、不幸中の幸いとはこのことですね」などといっていつもの微笑で頭を掻く古泉。「ほ、ほんとに何ともないんですか?」と、心配そうに古泉を見る朝比奈さん。「ええ、大丈夫です、それより朝比奈さんもずいぶん風変わりな改変をされましたね」 「はい、今朝学校に来たら何時の間にかこんな姿になってて……はぅ、 お嫁に…行けない体になってしまいました、うう……」「そんなに落ち込まないでください朝比奈さん、今の状態はきっと一時的な物ですから、 これからハルヒを探し出して、変な夢をみてんじゃねーってたたき起こしてやりますから、 そうすりゃ万事解決するはず……だよな、長門」と言って俺は雪を周囲にまとわりつかせてる万能宇宙人インターフェース雪女の方に向いた。 長門は「……おそらく」と一言いうだけだった。おいおい、もっと自信満々に言ってくれよ、不安になるじゃねーか。ほら、朝比奈さんも不安げな表情に戻っちまったぞ、まぁその顔もかわいいが。えっと、それにほら、長門だって雪女になっちまって、読もうとしてる本が凍り付いて困ってるし、古泉も吸血鬼に変わっちまって太陽の光やニンニクや十字架が苦手になってるし、二人とも早く元に戻りたがってるからな。みんなで協力すれば何とかなるはずだ。 などと言って落ち込んだ朝比奈さんを元気付けようとしていたのだが、次の朝比奈さんの一言で俺は窮地に立たされることとなったのだ。「あ、あの……それじゃキョンくんは何に改変されてるんですか? 見た目には変わってない様に見えるんだけど……」朝比奈さんはちょっとした好奇心のつもりで訊いて来たのだろう、妹のような無邪気な顔だった、しかし、俺はこの質問の答えに詰まってしまった。 その瞬間、この場の空気が変わった気がした、なんか体感温度も下がったような気がする。朝比奈さんの質問に長門と古泉が一斉に俺のほうを見た。な、なんだお前たち、変な目で見るな。特に長門、その雰囲気はとてつもなく恐ろしげだぞ。いやいや、まてまて、落ち着いてくれ諸君。俺はそう言って少し後退りしながら考えた。 そういえばみんな何かしら変な属性を付加されてるよな、見た目が少し変わったり、特殊能力をもっていたり、歴史上や想像上の人物だったり、で、今の俺はどうなのか、何か変化した所があるか?はっきり言おう、まったく変わってないな。いや、気付いてないだけでなにかあるのか? 「どうやら元のままのようですね、またあなただけ特別扱いですか、 まったく、うらやましいかぎりです」古泉が溜息まじりに言う。「そ、そうなんですかキョンくん、なんかずるいですよ、私なんて……」そう言ってまた落ち込み始める朝比奈さん。「いや、あの、そのですね……」言い訳を考える俺、これはなんかやばい雲行きになってきたぞ。「……不公平」と、長門。おいおい、長門までそんな目で見ないでくれ、凍死させられそうじゃないか。どうする?、どうするよ俺。何とかこの状況から抜け出せないか?誰でもいいから何とかしてくれ。 「まってくれ」三人ににじり寄られて身の危険を感じた俺は、とりあえず声を上げた。「まだ元のままだと決まったわけじゃないだろう、 見た目はそのままだが何か特殊な能力があるかもしれないじゃないか」まったく根拠のないでっち上げだが、ひょっとしたら何かあるかも、などと淡い期待と現状の打破を目論んでハッタリをかましてみた。だが、これはさらに状態の悪化を招く結果となってしまった。 「なるほど、その可能性はあるかもしれないですね、 しかし、自覚してない何かしらの能力を持ってるなんて、 元のあなたとさほど変わらない気もしますが、まあいいでしょう、 これから色々試していけば自ずと解るでしょうからね」なんだか台詞の最後の方で見せた古泉の笑みが本物の吸血鬼ぽく見えたぞ。 「それではまず、何から試していきましょうか、 長門さん、朝比奈さん、なにかありますか?」突然仕切りだす副団長古泉。くそ。「そうですねぇ、私はキョンくんの体が本当に元のままなのかちゃんと調べてみたいかな、 ひょっとしたらかわいい尻尾かなんか付いてるかもしれないし」いくら自分の体がロボットになってしまったからって、いきなりなんてこと言い出すんだ朝比奈さん。 「それはいい意見ですね、まずは身体的変化を見極めるのが先決でしょう、 長門さんはどう思いますか?」おいおい、変に乗り気じゃないか古泉、元に戻ったときに殴ってやる。こうなったら長門さまに助けを請うしか残ってない、頼む、助けてくれ。なんとか長門だけでも味方になって欲しくて長門の顔を見つめる俺。しかし、その表情は恐ろしく冷たいままだ。 長門は何回か瞬きした後。「……私という個体も少し興味があると感じている」姉さん、事件です。とうとうあのおとなしかった長門がSに目覚めてしまいました、俺はどうしたらいいんでしょう。なんか、長門の顔にあの時の森さん並に冷ややかな笑顔を浮かべた気がした、長門の無表情は相変わらずなんだが俺にはそう見えた、幻覚かもしれない。俺はあまりにも窮地に立たされるとよく幻覚を見るからな。あー幻覚だったらいいなぁ。 などと現実逃避してる場合じゃないな、どうすりゃいい?俺は周りを見渡した、なんとかこの現状を打破できそうなものを探してみた、机の上にさっきまで俺が着けていたトナカイの被り物が目に入った。そういや弁当を食べる時にはずしたんだっけ、忘れてたな。 俺は藁をもすがる気持ちでそのトナカイを掴み、すばやく頭に装着してこう叫んでしまった、「思い出した、俺はトナカイ星人だったんだ」「…………」静寂が辺りを包み込む、はい、スベってます、駄々スベリです。ホント、何を言ってるんだろうね、俺。「そんなのただの被り物じゃないですかぁ」おっしゃるとおりです朝比奈さん。「あなたはもう少し利口な方だと思っていたのですが、言い訳にしても少々稚拙すぎますよ」返す言葉も見つからん。「………失望した」俺は絶望してますよ長門さん。 宇宙人、未来人、超能力者、もとい、雪女、吸血鬼、美少女ロボに囲まれている俺。ほかに何とか逃げ出せないか考えてみた、本来なら朝比奈さんが一番の突破口なのだが、「さあキョンくん、今の私は無機質なロボットです、 恥ずかしがらなくてもいいですよ。 それに、何度か私の着替えを見たこともあった筈ですよね、 お互い様ってことで、大人しくお姉さんに任せなさい」と言って先頭に立って迫ってきている。なんか強そうだ。 あああ朝比奈さん、なんか姿だけじゃなくてキャラも変わってませんか?その朝比奈さんの右後ろに雪女長門、左後ろに吸血鬼古泉が控えている。完全に逃げられねぇー。「わ、わかりました、自分で脱ぐから、あとは勝手に観察でもしてくれっ」俺はやけっぱちにはき捨てて上着を脱ぎ始める。「だめです、私たちが手伝ってあげます」と言って朝比奈さんが俺の左腕をつかむ。な、なんだってんだ。 いつのまにか右腕には長門が、背後からは古泉が俺をがっちり押さえつけていた。「おとなしくしてください、でないとあなたの首筋に噛み付いてしまいますよ」お前は何を言い出すんだ、変態か古泉、長門ならともかくお前に噛み付かれるのは全速力で回避願いたい。ここで俺がポテンシャルパワーを発揮、絶体絶命の局面に陥った俺は、自分でも意識していなかった秘密の力を覚醒させ、惜しみなく潜在能力を開放させる……なんてことは起きなかった。 ……神様、お助けください。もう俺には祈ることぐらいしか残ってなかった。一瞬ハルヒの顔が脳裏に浮かんだが、これも幻覚なんだろう。
挿絵 つづく
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