雄猫だった少女 第五話 「”Valse sans fin”」
「ねぇ、キョンくん、阪中さん」「なんだ、由良?」それは肌寒い日の夕暮れ時の病室。由良の見舞いに来た俺と阪中に由良はふと話しかけてきた。にっこりと微笑んで、何かすっきりしたような表情で。おかしかった。 第五話 「 ”Valse sans fin” 」 いつもいつもあんなにあれからどんなに笑っても暗かったのに。いきなりどうしてこんなに明るい表情を浮かべられるんだ?「私ね・・・解ったの。私が生き残った理由」「・・・は?」それはまるで子供が親に何か発見して無邪気に差し出すように。「私、やらなきゃいけないの」 ゾクッ、 俺はそんな無邪気が邪気に感じてならなかった。嫌な予感だけが冷や汗としてひたすら上から下へと流れていた。「何を?」聞かずにいられなかった。ただひたすらに怖かったからだ。突如生まれた禍々しい雰囲気が。「それは秘密だよ」その言葉で余計に俺は不安を感じずにはいられなくなった。ふと阪中の方を見ると俺と同じか。少し不安そうな表情を浮かべていた。同じ気持ちだとすぐに解る。何かが起こるような気がしてそれを払いのけるように俺は頭を振った。―――・・・出来れば、何も起こらないように。そう願わずには居られない。 <SIDE SAKANAKA> 由良さんのお見舞いに私とキョンくん来た。今日の由良さんは可笑しかったのね。にっこりと微笑んで、何かすっきりしたような表情。それが本当におかしかった・・・何ていうか異常だったのね。「私ね・・・解ったの。私が生き残った理由」どうしてそんなにもワクワクした表情をしているのか解らないのね。死んだ人達は死んだで、自分だけがここに居るという事を喜んでいるように。不謹慎だと言いたい。だけど言えないのね。だって、そういう顔をしてるんだもん。それすら普通だと言わんばかりの表情に。怖くなってキョンくんを見たら彼も不安そうな表情を浮かべていた。けど私に気付くとニッコリと笑ってくれたのね。やっぱり優しい。ちょっとだけ恐怖を拭えた。けど、まだ怖かったのね。だって、にっこりと微笑む度に果物ナイフを見てたから。「キョンくん」病院を出て、私は彼の腕に自分の腕を巻きつけたのね。「ん?」いきなり腕に腕をしっかりと絡ませた私を見てしばらく思考していたキョンくんだった。しばらくして理由を悟ったらしく、「・・・由良、異常だったよな、アレは」と言って頭を撫でてくれたのね。「やっぱりそう思う?」「あぁ・・・何ていうか、怖かった・・・・」「私もなのね・・・」ちょっとだけ怖くて、キョンくんに絡めてる腕の力を強めた。そうしたらそっと肩に手を回して抱き寄せてくれたのね。「怖くなくなるまで傍に居てやるよ・・・俺の家でなら」「・・・今日も泊まって良い?」「あぁ、構わない」「ありがとうなのね・・・」 <SIDE SAKAKI> 「っ・・・しつこい奴だ・・・!!」「くすくす・・・くすくす・・・・・」やや遅い夜の道。俺はただひたすらに走っていた。何があったかと言えば追われているの一言に尽きる。恐らく猫の耳に尻尾が生えた謎の女の子。見目こそ馬鹿馬鹿しいが恐怖そのものだ。俺には解る。あれは俺を殺す気だ。だからこそあれほどの笑顔を纏えるんだ。狂気に満ちている笑顔を。もしかしたら今までみんなアレに殺られたのか?岡部先生も、クラスの死んでいった同級生も。ふとそこで俺は気付いた。「運が悪いな・・・」この先は歩行者通行禁止になっている道だ。高い策があって通り抜けなんて出来たものではない。「ほら、早く逃げてよ・・・くすくす」「・・・仕方ない」俺は建設途中のビルへとその足を向けた。暗闇に紛れて逃げる為だ。ビルの四階。月明りが入らない暗闇が広がるそこで俺は息も、音も殺した。本当は呼吸音を上げて息を吸い、吐きたいところだがそんな事しては見付かる。奴が居なくなるまで俺はここに待機しなければならない。「何処に居るのかな~・・・くすくす」奴が、来た・・・!「・・・・・」静まり返った闇の中で足音だけが反芻して響く。こちらからは何処に居るかが音で解る。だから奴が近付いているのも解る。「何処かな~」見付かれば、アウトだ。「・・・・・」体の動きという動きを一切封じたまんま、立ち去るのを待った。しばらくして、足音がフェードアウトしていくのが聞こえた。 ―――・・・消えたか? まだ油断は出来ない。それ故、心で思っても口には出せない。更にしばらく待って、俺はようやく立ち上がった。「・・・ふぅ」ビルから出るべく歩みを進める。若干月明かりが階段には差しているおかげで降りるには不便ではない。そして、一階に降りた。何故か変な構造をしている建物で、階段のすぐそばに出口があるわけではない。階段は建物の中央に位置し、その階段に月光が刺さるように窓が作られているのだ。あとは、出口から出ればビルから出られる。ふと目の前にぬらりと光る二つの光る何かが突然現れた。「しまっ・・・!」それが双眸だと気付いて行動に移すまでのそのロスを許してはくれなかった。「見つけた♪」 ドスッ、 と腹を何かが突き抜け、引っこ抜かれる。液体が地面を穿つ音がして、液体が流れる感触が腿を伝わり、凄まじい痛みが襲った。「ぐ―――!!」思わず呻いた口に何かが流し込まれる。気持ちの悪い、液体。独特の匂いがする。そして噎せ返った俺に暗闇から伸ばされる爪が眼球を抉る為に差し込まれる。眼窩に入ったその感触は刹那、右目に激痛が走り、そしてぶちっという音と共に今まで何も感じた事もない部分が痛んだ。だが、まだ動けない事はない。早く逃げなければ。「駄目。逃げたら駄ぁ目♪」 ゴリッ、 足が無理矢理逆に折られた。しかも、両足。「あぁ―がぁ―ぐぁっ!!」腕の関節も、指も一本ずつ丁寧に素早く曲げられない方向へと向いた。「これで逃げられないね」「っ・・・ぐっ・・・・・!!」苦痛が頭を占める。何も考えられない。冷静になれない・・・!「バイバイ」ふと暗闇に一つの光が灯る。それが俺に押し付けられて、 一気に燃え上がった。 「あ゛ぁぁァァああァぁぁあアアぁアアぁあぁアぁァァぁあッッッ!!」変な液体の正体は、燃料だった。体内にまで侵入したそれのおかげで体内に火が進入する。焦げた匂い。内側から襲ってくる痛みと水分が抜けて硬くなっていく感触。「ご主人様から眼を逸らさせないといけないから死んでね。でも、早く炭になれるんだから良かったね」もう、呼吸すら難しい。駄目だ、もう・・・駄目だ・・・。胃が、肺が、舌が、眼が、髪が、皮膚が、焼ける。焼ける。焼ける。もう動けない。一つも動けない。俺は動けない。動け、な、い。動け、な・・・うご・・な、い・・・うご・・・ない・・・ごけ・・・い・・・う・・・・。・・・・・・・・・・・・・・・。・・・・・・・・・・・・。 ・・・・・・・・・ドサッ。
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