涼宮ハルヒの軌跡 機関の決断(前編)
「で、最初は誰から接触すればいいわけ?」 ハルヒは机の上に座ったまま、俺に言う。 さて、誰からにしたものか。本来であれば、俺の世界と全く同じようにしたいところだが、このハルヒはそれを却下したし、そもそもこいつが力を自覚している時点で、どうやってもおなじようにはならんおかげで、正直それで大丈夫なのかという不安があるのも事実だ。 だが、ここでふと思いつく。 とにかく、3人に接触して平穏かつ良好な関係が築けると証明してやればいい。それだけなら、何も3人同時に一緒である必要はないはずだ。その後、ハルヒに納得させた上でもう一度最初から――今度は3人同時に接触して、SOS団を結成すればいい。 そう考えると、まず一番接触しやすい奴から選ぶべきだな。宇宙人は、あのハルヒの情報統合思念体に対する警戒心から考えて、一番最後にすべきだろう。未来人ははっきり言って知らないことも多いことを考えると、予定外な事態に陥る恐れもある。こうなると最初は超能力者――古泉か。機関はまだうさんくさいところも多いし、わからない点も多いが、同じ時代の人間という点、さらに超能力はハルヒが作り出した閉鎖空間内だけという限定的なものだ。普通に接触する限り大した弊害が発生するとも思えない。 ……1番手があのインチキスマイル野郎なのは少々引っかかるが。 「超能力者……ねえ」 ハルヒはジト目で俺を見ていた。とは言っても、何もやっていないわけではなく俺の指示通りに時間平面を構築中なんだそうだ。全く長門並のことをやれるハルヒって言うのも妙な気分だぜ。「で、具体的に必要なものはあるわけ?」「閉鎖空間とその中で暴れる神人を倒せる力をそこらへんの人間にばらまけばいい」「閉鎖空間と神人って?」 ハルヒはそう首をかしげた。そういや、ハルヒはそのことは知らないのか?「お前さんがキレると、別の誰も入って来れない――今俺たちがいるところみたいな空間を作り出して、そこの中ででっかい巨人を暴れさせている」「あー、あれのこと」 思い当たる節があると、ポンと手を叩くハルヒ。「なんだ知っているのか?」「うん、たまに頭に血が上ったときとかストレス解消代わりに暴れさせているの。無人だから誰の気兼ねもなく暴れられるし、結構スカッとするものよ」「お前な……」 あっけらかんと言うハルヒに、俺はただただ呆れるばかりだ。「俺の世界だと、お前は無自覚にそれを作っているから、誰かが止めてやらなきゃならん。そんなわけで、その役割を与えられた超能力者がいるって訳だ」「ふーん、あんまり関係のない人間を巻き込むのは気が進まないけど、まあ仕方ないか」 そう言ってハルヒは目を閉じて、何やらつぶやき始めた。恐らく情報操作って奴だろう。こんな一美少女高校生にゲーム感覚に作り替えられる世界ってのもいろいろな意味で問題があると提言しておきたいね。 そんなわけでSOS団団長改め創造神ハルヒ様の作業完了後、俺たちもその時間平面――世界に入ることにする。時間は俺とハルヒが北高に入学したときからだ。もちろん、二人とも北高に入学する設定にした上でだ。ちなみに俺は全く別のボンクラ高校に入学する予定だったので、それをいろいろ改変して北高に入学させるのに苦労したとハルヒに散々愚痴られたけどな。 ◇◇◇◇ 「東中出身、涼宮ハルヒ! この中に超能力者がいたら今すぐ来なさい! 以上!」 俺の背後で威勢のいい声が響く。もちろん入学式、最初の授業での自己紹介だ。 俺の自己紹介の後、ハルヒは事前の打ち合わせ通りの言葉で自らをアピールした。宇宙人と未来人は前に述べたとおり、余り手を広げるのは得策ではないということで上げていない。ああ、ちなみに異世界人はもともと言う予定はないぞ。なんせ、今の俺が異世界人だからな。もうここにいるってこった。 周りの人間は苦笑・あるいは戸惑いの視線を一斉にハルヒに向けるが、ほどなくして担任の岡部の空気の流れを断ち切る咳き込みとともに、自己紹介は続行された。 俺はハルヒをちらりと見ると、厳しい視線のままじっと黒板の方を見つめていた。そういや、初めてあったときはロングヘアーだったっけ。このハルヒは俺の世界のハルヒと違ってどんな理由でこの髪型にしたんだろうな。 しかし、俺はすぐに別の視線を感じてそちらへと振り返った。そこには――「……ちっ」 思わず舌打ちしたくなるような女が一人。朝倉涼子だ。二度も俺の殺害を試みた猟奇殺人鬼である。柔らかで人当たりの良い笑みをこっちに向けてくるが、俺はできるだけ視線を合わせないように軽くうなずく程度の挨拶を返しておき、全く別の方向に顔を背けた。 俺とハルヒの正体――実態と言った方がいいか――をこいつに知られるわけにいかない。なおかつ、こいつから命を狙われる心配までしなきゃならん。ある意味、最大の要注意人物だ。 ◇◇◇◇ 俺とハルヒは昼休みこっそりと非常階段へ移動して、状況確認を始める。「で、あんな感じで良かったわけ? クラス中の空気が固まっていたけど」「本来なら、あれに宇宙人・未来人・異世界人がプラスされていたんだ。それにくらべりゃ、ショックも少ないだろうよ。それにハルヒが超能力者に興味津々であることも十分に示せたわけだしな」 そんな話をしながら、俺は校庭や周辺の民家を見渡す。ハルヒの言うとおり、どこに情報統合思念体の手先がいるかわからんおかげで警戒しっぱなしだぜ。万一、この話を聞かれれば一瞬にして全てがパアになっちまうからな。「安心して。監視はうまい具合にあたしがごまかしているから。で、あんたのいう古泉一樹ってのはいつ現れるのよ。休み時間の間に学校中廻って見たけど、該当するような人物はいなかったけど」「その前に機関の方はばっちり組織化されているんだろうな? それがいないと古泉も現れなくなる」「それは問題ないわ。過去3年間のあたしの周辺を活動している連中に、インターフェース以外にもう一つの組織が増えていたから。見たところ、普通の人間だから恐らくあんたの言っている機関っていう連中でしょ。しっかし、こいつらインターフェース以上にしつこいわね。3年間まるでストーカーのようにあたしを監視続けている。今だって遠近距離からこっちをじっと見ているし、クラス内にもエージェントらしき人間もいるわ」 なるほどな。なら状況は似通っているわけだ。となると、古泉はのちに転校してくることになるはず。いや待てよ……「古泉が転校してきた理由に、長門と朝比奈さん――ああ、宇宙人インターフェースと未来人がお前に接触してきたことが理由に挙げられていたっけ。それで転校を迫られたとか」 俺はふと思いつき、「なあ、今ならまだ俺のいうSOS団を作るのはまだ遅くないんだがやってみる気はないか? お前が文芸部室を乗っ取れば、そこに長門有希がいるし、2年に行けばきっと朝比奈さんだって――」「しつこいわよ。さっきも言ったとおり、あたしは全員まとめて接触なんていう危険なことはしたくないの。それにあんたの所の世界がのほほんと進んでいるからといって、成功例として見ている訳じゃない」 むすっと否定しやがるハルヒ。全くこのハルヒも変わらず頑固者だよ。 しかし、このままでは古泉は北高に転校してくるのか? あの時の話しぶりだと予定を繰り上げてまで来たとか言っていたが。 俺はしばらく考えてみたものの、未来の事なんて予知できるわけもないので、「とりあえずタネは蒔き終えているんだ。後は芽が育つのを待とうぜ」「全く脳天気な考え方ばかりだわ。ま、確かにこっちも動きようがないから待つしかできないけどさ」 素直にハイと言えんのか、こいつは。まあいい。古泉に対してはしばらく様子見でいくとしよう。 俺はその他の話に移る。「情報統合思念体の方はどうなんだ? 何か動きを見せているのかよ?」「今のところは見ているだけね。わざわざインターフェースを同じクラスに送り込んできているけど、目立って何かをしようとはしていないわ。連中のことだからどんなことが起点になって考えを変えるかわかったもんじゃないけど」「クラス内ってのは朝倉のことか」 ハルヒは俺の問いかけに、ちらりと視線を外し、「そうよ。あいつ今まで何度もあたしを襲ってきた目を離せない要注意人物なんだから。何だか知らないけど、あたしが能力を自覚している・していない関係なく攻撃してくるみたいね。鬱陶しいったらありゃしない」「あいつは情報統合思念体の中でも過激派に属しているらしいからな。ハルヒを突っついて、何の蛇が出てくるのかみたいんだと」 俺は朝倉の事について、あっさりと教えてしまった。このハルヒになら別に隠す理由はないからな。多くの情報を渡して共有しておいた方が何かと動きが取りやすくなるだろうし。 その情報にハルヒは思案顔で、「なるほどね。あいつらも一枚岩じゃないってことか。そうなると、朝倉は一部勢力の意思で動くけど、その動きに過剰反応して、あたしのことがばれたら今度は情報統合思念体全体が……ああっ、もうややこしいわねっ! もっとわかりやすく動きなさいよ!」 俺に言われて困る。だが、ハルヒのいらだちももっともだ。これではろくに反撃もできない。 しかし、そんなときのための長門のはずである。「俺の世界じゃ、朝倉は長門――六組の生徒だが、それのバックアップってことだった。朝倉の一方的な行動はできるだけ奴らの内部で処理させる動きを取った方がいいと思うぞ。こっちから反撃もろくにできないしな」「わかっているわよ。とにかく、その古泉一樹って奴が来るのを待っていればいい訳ね」 そうハルヒは言いながら教室に戻った。 俺はそれを確認すると、独自の行動を開始する。どうしても確認しておきたいことがあったからだ。 まず向かったのが、一年六組――長門有希の確認だ。さっき朝倉の対処は長門に任せればいいと言ったが、肝心の長門がいなければ話にならない。 おれは教室の入り口から覗いてみると、ハルヒ以上に誰も寄せ付けないオーラを拡散させて、教室の一席でもくもくと本を読みふけっている長門の姿が確認できる。 ほっ。これでさっき言ったことに問題はなくなるな。頼むぜ、長門。朝倉が襲ってきたら助けてくれよ。 後もう一人。長門は情報統合思念体なんだからいる可能性は十分にあったが、問題は朝比奈さんの方である。この世界にも未来人はいるのだろうか? 俺は朝比奈さんのいる二年二組へ向かい、教室内を見渡す。見知らぬ下級生が覗いていることに、一瞬注目を浴びてしまうが、その視線を強引に無視していると程なくそれは収まる。その間に、俺は朝比奈さんの姿を確認したが―― いなかった。鶴屋さんは別の女子生徒の環に入ってけたけたとあの豪快な笑いを見せているが、朝比奈さんはいない。 なぜだ? やはりハルヒの介入がなければ未来人は存在しないことになるのだろうか? だがこれで一つ決定してしまったことがある。 この世界――今の状況でSOS団の成立はなくなった。事情を知らん人間が隣で聞いていたらこう言うかも知れない。似たような人を探して来いよ、ハルヒならすぐ見つけてくるさと。だが、俺にとってSOS団はもう誰一人の変更も許さない。朝比奈さんでなければならないのだ。 俺は激しい脱力感に身を引きずりながら、自分の教室の席に戻る。ハルヒは人の気も知らず、仏頂面で外を眺めているだけ。 ……一ヶ月か。昨日自宅で過ごしたが、今まで通りの家族がいて、俺の部屋も全く変わらない形であったため、別の世界に来ているという印象はなく、それなりに安心して過ごすことができた。 学校でも谷口・国木田コンビは健在だったおかげで、弁当をともにする関係は維持できる。そう言った意味で違いはそこまで大きくないのだが…… たった一つ、そしてもっとも必要なSOS団が存在しないこと――もちろん、俺が北高入学時にはまだできていなかったからなくて当然だが、あの長門の読書モード、朝比奈さんの温かいお茶、古泉とのボードゲーム……この世界にはこれらが一つも存在していない。 それを認識したとたん、俺は寒気を伴う寂しさに襲われて思ってしまう。 ――あのSOS団の部室に帰りたい。 ◇◇◇◇ 一ヶ月の待機後、ようやく変化が訪れた。俺の記憶通りに、古泉が転校してきたのである。ただ出会いは異なっていた。 俺がSOS団ホームシック状態のダウナーな気分で自転車を駐輪場に止め、とっとと早朝強制ハイキングコースに入ろうとしたとき、予想外の組み合わせに声をかけられた。「おはよう」 振り返ってみれば、そこには朝倉涼子の姿があった。いつもどおり柔らかな笑みを浮かべている。問題なのはその背後にいる人物だ。さわやかな容姿に、細身の身体、身長は俺よりもやや高く、柔らかい笑みと目、モデルに採用すればそれなりに注目を浴びられるレベルであろう北高男子生徒。「おはようございます」 続けて来たのは、あのニヤケスマイル顔の古泉だ。朝倉と古泉、まさかこんなコンビでファーストコンタクトになるとはな。明らかに俺の知っている展開とは違う。そもそもこの二人には接点というものが全くなかった。やはりこの世界は俺の時と同じように動いてはいない。欠けているものが多すぎるんだから無理もないんだが。「ああ、おはよう。背後のは彼氏か?」 俺はできるだけ古泉と初対面であるという様子を取り繕った。正直、古泉だけならいろいろ初接触時のやり方について、自分なりにシュミレートしていたんだが、朝倉がセットというのは全く考えていなかった。少しでも不審な行動や言動を取ればたちまち正体を見破られかねない。 朝倉は半分困り顔で手を振り、「いやだなぁ。あいにくまだ独り身よ。この人は古泉一樹くん。今日、わたしたちの学校に転入してきたんだって。でも、うちの学校って駅から遠いでしょ? 道に迷っちゃったらしくて困っていたところにわたしが通りかかったのよ。この制服で同じ学校の生徒だろうと思ってわたしに声をかけてみたんだって」 淡々とした説明だった。道に迷って偶然会ったのが朝倉。普通なら違和感を憶えることもないだろうが、宇宙人と超能力者が偶然に出会える可能性はいかほどものもだ? 少なくとも、年末ジャンボの五等より高いって事はないだろう。 結論。朝倉の言うことを信じない方が良さそうだ。となると、何らかの目的で俺に接触しようとしているってことか。「こちらはどなたですか?」「ああ、さっき話した彼よ」「ほう、この人が……」 朝倉と古泉の会話を聞くに、どうやら事前に俺の話をしていたようだな。ますます狙って二人そろって接触してきたとしか思えん。さて、どうしたものか。 俺は一つよろしくと頭を下げると、3人で学校に向けて歩き出す。 古泉は朝倉の背後から俺の顔をのぞき込むように顔を近づけて、「お噂は聞いています。あの涼宮ハルヒさんと大変親しいようですね。かなり気むずかしい性格のようですが、何かコツでもあるんですか?」「別に親しいってわけじゃねえよ。ただあいつが一方的に俺を振り回しているだけだ」 やれやれと俺の嘆息。これは実際事実だからな。この一ヶ月間、SOS団を設立したわけでもないのに、24時間態勢であちこち引っ張り回され、おかげでホームシック気味が少しだけうんざり分に変換してくれたほどだ。力を自覚していても、あの突拍子もない行動力は全く変わってねえ。もっともその動機は不思議な何かを探す好奇心ではなく、不思議な何かから身を守るための警戒心であるところが大きな違いであるが。 これに朝倉は意外そうな表情を浮かべ、「あらそうかしら? わたしが話しかけてもなーんにも答えてくれない涼宮さんが、あなたとなら気軽に話しているじゃない。コツがあるなら本当に教えて欲しいな」 さらなる朝倉からの追求に、俺はここは一旦考える素振りを見せる。高校入学式で初めて出会って一ヶ月間程度の設定である以上昔から知っているような態度を悟られるとまずいからな。 上り坂の角度が急になった辺りで、俺は軽く頭を振る。「解らん」 それに朝倉は柔らかな笑いを一つ返し、「ふーん。でも安心した。涼宮さん、いつまでもクラスで孤立したままじゃ困るもんね。一人でも友達ができたのは良いことだわ」 そういや、以前――俺の世界の時も同じ事を言われたな。あの時は委員長になったから委員長らしいことを言っているんだろうと思っていたが、今思えばハルヒの安定化を望んでいたのかもしれん。一応長門のバックアップってことらしいから、情報統合思念体主流派の遠くから見守り政策に沿って動いているはずだし。 ――結局は暴走して俺を殺そうとしたが。「友達ねぇ……」 俺は首をかしげる。 俺にとってハルヒってのは何なんだろうか。元の世界だと友達って言うよりはSOS団団長だな。俺は雑用係としてこき使われているだけであり、またハルヒの暴走に歯止めをかけている唯一の良心と言ってもいい。 じゃあ、今いる世界のハルヒと俺は何なのだろう? 友達じゃないのは確実だ。馴れ合っているわけでもなく、一つの目的に向かって共同歩調を進めている。協力者と言った方が適切かも知れない。 そんな俺の複雑な気分を無視して朝倉は話を続ける。「その調子で涼宮さんをクラスに溶け込めるようにしてあげてね。せっかく一緒のクラスになったんだから、みんな仲良くしていきたいじゃない? よろしくね。これから涼宮さんに何かを伝えるときは、あなたから言ってもらうようにするわ」「さしずめ、あなたは涼宮さんのスポークスマンと言ったところのようですね」 おいコラ古泉。俺の反論台詞を封じるんじゃない。お前はしばらく黙っておいてくれ。 朝倉は俺の渋い顔を見て、納得していないことを悟ったのか、両手を可愛らしく合わせて、「お願い」 あの時と全く同じ事を言われた。まさか古泉とセットの状態で言われるとは思わなかったけどな。 俺が溜息+肩を落としていると、今度は頼んでもいないのに古泉が今度は自己紹介を始めた。「初めまして。僕は古泉一樹と申します。今日付で北高の一年九組に転校することになりました。これからいろいろとお会いする機会があると思いますので、どうぞよろしくお願いします。特に――涼宮さんに関しては」 ……やっぱりハルヒ絡みで近づいてきたようだな。意図をビンビンぶつけてきやがる。 俺はしばらく黙っていたが、やがて立ち止まって二人の顔を見渡し、「何が目的だ?」「……はて、それはどういうことでしょう?」 しらばっくれる古泉を俺は睨みつけ、「とぼけんなよ。どう見ても、二人してハルヒに対して興味津々じゃねえか。だったらハルヒに直接接触した方がいいだろうに、なぜか俺にそんなことを言ってきている。なら、俺に聞きたいこと、あるいは言いたいことがあるんじゃないのか?」「あら、思ったより自意識過剰なのね」 返ってきたのは朝倉の淡々とした声。わずかながら嘲笑じみた笑みも篭もっている。「あたしがさっき古泉くんに涼宮さんのことを話しただけなの。彼はそれに興味を持っただけ。どうしてそんなに警戒しているのかな?」 ぎくりと俺の心臓が破裂するほどにふくれあがり、全身に冷や汗が流れ出た。まずい、俺の疑心暗鬼が作り出した妄想に大きなミスをやらかしてしまったのか?「なーんてね♪」 そこで朝倉がぺろっと舌を出して、びっくりカメラでしたーと言わんばかりのおどけっぷりを見せた。この野郎、からかいやがったな。 ここで古泉が朝倉をフォローするように、「あなたのおっしゃるとおり、僕たちはちょっとあなたに話があります。それもそうそう信じてもらえるかどうかわからないようなレベルの話でしてね。唐突に出会っていきなり言うのも戸惑いを増幅させるだけなので、今日はちょっとばかり挨拶をと」「…………」 俺はいらだちを込めたうめきを上げる。古泉らしいと言えばそうだが。 こんな話をしている間に、すでに北高の校門に到着してしまった。話ながらだとハイキングコースも短く感じるな。 ここで古泉は手を振って、「では僕は転入手続きなどで寄るところがありますので、ここで失礼させていただきます。さっきの話の続きはまた、そうですね。今日の放課後にでもしましょう」 そう俺たちから離れていった。 朝倉はいつもの笑みを浮かべて、「じゃあ、わたしたちは教室に行きましょう」 そう二人で自分のクラスへと足を向けた。 ◇◇◇◇ 「ようハルヒ」「…………」 始業ぎりぎりに来たわけではないが、とっくに席について数十分状態に自分の席で気難しい顔つきで座っているハルヒに声をかけてみるが、まるっきり無視されてしまった。 と、ハルヒの視線が微妙に朝倉に向けられていることに気が付く。 ハルヒは朝倉が自分の席に座ったタイミングで、はあっとため息を吐くと、「朝っぱらから朝倉と二人で登校するとは随分堂々としているわね。あんた、あいつらの危険性を本気で認識しているわけ?」「おい、教室でその話は――」「大丈夫よ。ごまかしているから」 気にするなと手を振るハルヒ。なら、遠慮する必要もないんだな。「朝倉から接触されたんだよ。超能力者と一緒にな」「あんたの言う古泉――一樹だっけ? ついに転校してきたの?」 ああ、どうやら二人で何やらたくらんでいるみたいだがな。 ハルヒはキッと俺を睨みつけると、「何か余計なこと言わなかったでしょうね? 今のところ、奴らに動きはみえないけどさ」「挨拶されただけだよ。もちろん、お前絡みについて散々思わせぶりなことを言っているけどな。続きは放課後だそうだ。たぶんお前さんについてだろうよ」「ふーん、ってことはどうやら機関ってのが本格的に動きそうってことね。あんたの狙ったとおりに」「さて、それはどうかな」 俺はかいまつんで、自分の時との違いを説明してやる。あの時は、長門→朝比奈さんと告白されて、むしろ古泉は俺の方から問いつめたような展開だったからな。朝倉と一緒に来るなんて想定外も良いところだ。「本当に大丈夫なわけ? どうも信用ならないのよね、あんたの言っていることは」 何今更なことを言いだしやがる。とはいえ、ここまで違ってくると不安になるのは俺も同じだ。 ………… いいや大丈夫だ。出会いが違っても、古泉は古泉だった。あのうさんくさいスマイルも周りくどい言い回しもあいつそのもの。ならば、俺の世界と同じように古泉との関係を築けるのは不可能ではないはず。 俺は頭を振って仕切り直すと、「とにかく、俺ができるのはアドバイスまでだぞ。これをどう生かすのかはお前がやることだ。このままだと放課後に古泉から自分は超能力者だとカミングアウトされることになる。ついでに朝倉からも自分は宇宙人だと言われる可能性もな。どう動くつもりだ? 向こうが動いた以上、こっちも様子見って訳にはいかないんじゃないのか?」 それに対してハルヒは得意げな笑みを浮かべて腕を組むと、「もちろん考えているわよ。向こうの動きを待つ必要はないわ。まず古泉一樹って奴をこっち側に引き入れて、それをコネに機関って組織を乗っ取る。見れば、結構大きな組織に成長しているみたいだからね。うまく扱えば、あたしの隠れ身として使えるかも」 おいまさか機関を自分のものにする気か? 関係ない人間を巻き込みたくないって言っていたのはどこへいっちまったんだよ。「関係ない人間を巻き込んでリスクを増やすのは嫌なだけ。これだけ大きな組織になれば、使いようによってはことをうまく進められるかも知れない。昼休みにこっちから仕掛けるわ。まずは古泉ってやつの身柄を確保する」 どうやらがぜん乗り気になってきたらしい。もっとも俺の世界とは違い、どうやらこのハルヒは機関を道具として使うつもりのようだが。 俺はイマイチ釈然としないものの、それに同意して頷くことしかできなかった。 ◇◇◇◇ 俺は昼休み弁当も食わずに非常階段のところでハルヒを待っていた。二人で行くのも微妙だから、ハルヒがとっつかまえてここに連れてくるんだそうだ。今頃、九組へ傍若無人に乗り込み、その辺の生徒を適当につかみ上げて、転校生はどこかと聞き出した後、恐らく顔の良いあいつのことだろうからお弁当がらみで女子に囲まれているところにダイブするかのごとく中心部に飛び込み、そのまま有無も言わさずにここまで引っ張ってくるだろう。 一気に九組の女子全員を敵に回したのは確実だろうな。いや、相手が相手だから野良犬にでもかまれたと思って諦めるか?東中時代を知っている奴がいれば、飽きるまでの辛抱よ、ぐらいで済ますかも知れんが。「ヘイ、お待ち!」 一人の男子生徒の袖をがっちりキープしたハルヒがやってきた。しかも、出前でも持ってきたような言葉まで言ってやがる。全く力を自覚していても基本的な性格はかわらんね。「一年九組に本日やってきた即怪しすぎて第1候補にしておけない男子生徒、その名も古泉一樹くん!」 朝に自己紹介なら済んでいるからもうしなくて良いぞ、ハルヒ。ただ、古泉はそんな俺の考えを無粋だと判断したのか、改めて俺の方に握手の手をさしのべて来て、「古泉一樹です。どうぞよろしく」 俺は自分の名を名乗りつつ、その握手に答える。 ハルヒは俺たちの手を遮るように割り込み、両手を上げて、「あたし、涼宮ハルヒ! 古泉くんは知らないだろうけど、現在絶賛超能力者を募集中なのよ!で、その第1候補にあなたが選ばれたってわけ」「んで、そんなこいつの偏執的妄想の確認のため、お――あんたはここに連れてこられたって訳だ。済まないな、昼休み中だってのに」「いえ、特に予定はありませんでしたし、転校生のせいかクラス中からの奇異の注目を浴び続けることに少々うんざりしつつしていましたので、ちょうど良い余興かと」 淡々と古泉はいつものインチキスマイルを浮かべ続ける。 しかし、ハルヒ。いきなり超能力者と決めつけて古泉に接触するなんてちょっとまずいんじゃないか?少なくとも俺の世界の時は、怪しい転校生と決めつけてSOS団に入れさせようとしただけなんだが。 超能力が使えるんでしょ、的な熱烈視線をハルヒから浴びせられ、古泉は困ったなと頬をぽりぽり書いている。実際に使えるのは事実だが、ハルヒにそれを教えるわけにも行かんだろうからな。ん、ということはこの時点で、機関はハルヒが力の自覚ができていないと認識しているのは確実か。 ハルヒはあの泣く子も逃げ出す強力熱視線を向け続けていたが、古泉のニヤケ微笑みを崩すのはすぐには無理かと判断したようで「ふん、黙っていれば疑惑が深まるばかりよ。絶対に化けの皮をはがしてやるわ。今日からあたしたちと一緒に行動してもらう。その中で隙を見つけてみせるから!」 めっちゃくっちゃな言い分だが、これぞハルヒと言えるだろう。 古泉は困ったポーズをとり続けていたが、「一緒に行動するのはいいんですが、具体的にどうすればいいのでしょうか?」「とりあえず、登下校は必ずあたしと一緒にいなさい。昼休みもここで必ず集合。お弁当もここで取るわよ。キョン、さっきからマヌケ面で聞いているけどあんたも一緒だからね」 うおいちょっと待て。これから俺のスクールデイズはハルヒ分100%かよ。ただでさえ、俺の後ろでむすーっとしているってのに、今度は唯一ハルヒからの解放時間である登下校と弁当タイムまで没収なんて残酷にもほどがある。ああ、さらば谷口・国木田、お前たちとの平穏な弁当時間は、唐突だがハルヒによってボッシュートされちまったよ。 あと今日放課後の古泉・朝倉との密談も後回しだな。 そんなわけで俺・ハルヒ・古泉の奇妙な関係で結ばれたグループが誕生した。 ◇◇◇◇ その日の放課後、SOS団もないため全員帰宅部である俺たちは、終業のチャイムが鳴ったとたんに一斉に学校から飛び出していく。もちろん古泉も一緒だ。「部活なんてやっても無駄なんていわないけど、あたしにとっては必要ないものね。ここの学校の部活は普通のばっかりだし。もっと超常現象研究会とかあるけどさ、他人がやったのとか写真とか集めているだけで自分で実戦しようとしないのよ。そんな研究に何の意味があるのかと問いかけたいわね。やっぱり自分でやれるようになってこそおもしろいものじゃない」「そうですね」 ハルヒは古泉をまくし立てるように話ながら、下校の下り坂を下りていく。俺はその後ろをコバンザメのようにくっついて歩く。当の古泉はイエスマン状態になってはいはいと頷くばかりだ。ただたまには聞き返したりもする。「涼宮さんは全ての部活に仮入部されたと伺いましたが」「そうよ」「何か良い部活はなかったのでしょうか? 僕のつたない耳のみの情報網でも涼宮さんは文武両道に大変優れた方であると聞いていますので、どこの部でも快く受け入れてもらえると思いますよ」 そう、古泉が来るまでの一ヶ月間の間、俺はつじつまあわせになるかもしれないと考え、ハルヒに全ての部活への仮入部をさせていた。俺の時とできるだけ同じようにしておきたかったというのが一番の理由だ。ハルヒの奴はツマランを連発して文句ばっかり言っていたが。「はっきり言って全然ダメね」「ほう、その理由とは」「ミステリー研究部はただの推理小説マニアの集まり、UFO研究会なんて新聞記事をスクラップしたのを見てニヤニヤしているだけよ。実際に探しに行こうとも思わないんじゃ、活動自体が無意味ね」「なるほど」 古泉はニコリと答えるだけ。 ハルヒはその後も一方的にべらべらとしゃべり続け、古泉はうんうんとうなずくだけの下校タイムとなった。 ◇◇◇◇ 「じゃあ、僕はここで」「うん! じゃあ、また明日の朝ここでね! あ、何かあったら電話で連絡するから」 別れ際に早速明日の古泉の予定を乗っ取るハルヒだ。何というか、いつも見ていたとはいえ、改めてみるととんでもない傍若無人ぶりだな。今更だが。 古泉は特に問題ないという感じで、気色悪い笑みを浮かべると手を振りながら人混みの中へ消えていった。 ハルヒはその姿が見えなくなった時点で、ふんと偉そうに胸を張り、「なっかなか、人間的にできている人みたいね、古泉くんって。話しやすいし」 どうみても一方的にお前が話すのを、うんうん頷いているだけにしか見えんが。お前にとってはこれ以上ないくらいにやりやすい相手かも知れないけどな。だからこそ、良心ストッパーの俺の存在が重要になるって構図だ。 まあそれはさておき。「で、初接触の感想はそれだけか? これからのプランはあるんだろうな? 俺が後できるのはせいぜいお前と古泉の間に入って微調整してやることぐらいだからな」「わかっているわよ、そんなこと」 ハルヒはふふっとあくどい笑みを浮かべて、「当面の目標は古泉くんをあたしの部下に仕立て上げた後、機関って組織の乗っ取り。これで行くわ」 どうやら目的がはっきりして楽しくなってきたんだろうか、ここ一ヶ月むすーっとしっぱなしだったのは打ってかわって、俄然やる気になってきたようだ。 ん、待てよ? ひょっとして俺も明日の朝、ここでお前と待ち合わせなきゃなならんのか?「あったり前でしょうが。発端はあんたなんだから、きちんと責任を持って付き合ってもらうわよ。遅れたら死刑!」 ハルヒの笑顔を見ていると、明日から始まるドタバタ非日常が頭の中に浮かんできて疲れが何だかましてくる気がするよ。 ……やれやれ。 ◇◇◇◇ 「遅い! 罰金!」 翌日、眠い目をこすって俺的登校予定時刻-30分(ハルヒ指定時刻)にやってきてみれば、ハルヒと古泉はすでに到着済みだった。ハルヒに至っては待ちくたびれたと言わんばかりに腕を組んで俺を睨みつけているときたもんだ。ただ、久方聞いていなかった懐かしい言葉を言われて、ちょっとほっとしてしまう俺もどうかしていると思うがね。「まだお前の言っていた時間にはなっていないぞ」「あたしを待たせるなんて数十光年早いのよ。もっときっちり早く来なさいよね」 無茶苦茶な理論を並べるな。大体光年は時間じゃない。 そんな俺たちに古泉はただニヤニヤしているだけだった。 んで、俺たちはプンプンしながら歩くハルヒを先頭に、学校への道のりへと足を踏み出す。と、ここで隙を見つけたとばかりに古泉が俺に急接近してきて、「昨日はすみませんでした。まさか、初日の昼休みから涼宮さんに声をかけられるとは想定していなかったもので」「放課後の話の件か。気にしてねえよ。ハルヒの思いつきはいつものことだからな」「しかし、この分ではしばらく例の話はできそうにありません。こちらも時間を調整しますので、決まり次第あなたに連絡します」「こら! 二人で何こそこそしゃべってんのよ!」 俺と古泉の密談に気が付いたのか、ハルヒがこっちにつばを飛ばして怒鳴ってきた。 ◇◇◇◇ 昼休みだ。 ハルヒは弁当とボードゲームを取り出し、「昨日あんたと電話で話したときのものを用意してきたけど、本当にこれでいいわけ? 家の倉庫を引っかき回して、オセロしか見つからなかったんだけど」「ああ、それで十分だよ。あいつは思いの外ボードゲーム好きみたいだからな」 以前、ダイヤモンドゲームなんていう骨董品に含まれそうなほどのゲームで俺に対戦を挑んできたほどだ。暇つぶしの方法としてはそれなりに気に入っているんだろうよ。 ハルヒの持ってきたのは、ボードは折りたためる小型のタイプで、磁石でくっつけるタイプだから狭い非常階段でも問題なくできるだろう。さてさて、あとは古泉が素直に来ていることを祈るだけだが。 ずかずかと目的地に向かうハルヒに、俺も弁当を持って付いていこうとする。おっと、その前にメシの友だった谷口と国木田に一声かけておいて―― だが、察しの良いことに二人はにやけたツラをこっちに向けて、国木田は手を振り、谷口は手を合わせてナームーとかほざいてやがる。人をなんだと思っているんだ。 俺はそんな二人を無視して、とっとと非常階段へ向かった。 到着してみれば、すでに古泉は弁当を持ってスタンバイ状態だ。「あれ、もう来ていたんだ」「ええせっかく誘われたので、待たせるのも失礼かと思いまして。授業が終わり次第すぐこちらに」「へえ、感心感心。ほらバカキョン、あんたも古泉くんの姿勢をきちんと見習いなさいよ」 んなこと言われても困る。 さて、ここからお弁当+お遊びタイム開始だ。本来なら文芸部室でしているようなことだが、SOS団がないんだから仕方がないか。 ハルヒは古泉についてあーだこーだ聞き出そうとしている。やれ出身校は、誕生日は、趣味はなどなど。まあ、初対面の人間が親しくなり始めてから聞くような内容だな。それを面倒くさがってマシンガンのように質問攻めで聞き出そうとするのはハルヒの傍若無人ぶりがあってこそだし、それにネガティブな反応を見せず、かわすところはかわして答えるところはさらっと答える古泉は、まあ確かに良いコンビかも知れない。 ……ただ、古泉のこの振る舞いは演技らしいが。 で、昼休み終了後、ハルヒは弁当とボードゲームを片づけずつ、「古泉くん、弱すぎよ。本当にこれ好きだったわけ?」「いつまで経っても強くならないのがあいつの特徴だ。俺の世界じゃ、お前じゃなくて俺の相手をしていたわけだから、わざと負けている訳じゃないと思うが」 そんな俺の返答に、ハルヒはふーんと余り納得していない様子であった。 ◇◇◇◇ それから二週間、同じような日が繰り返された。 朝、古泉と一緒に登校し、昼休みは弁当喰ってボードゲームに興じ、下校も3人で返る。たまにゲーセンとかによってUFOキャッチャーや太鼓のゲームに興じたりもした。休日はハルヒがいつもの駅前に俺と古泉を呼び出して一日遊び倒して廻る。 ハルヒはことあるごとに超能力者であることを見破ってやるわと、古泉に勝負をけしかけていたが、元々そんなものを持っていない古泉がそれを発揮することもなく、一度も勝利することなく全敗街道まっしぐらである。とは言っても、ハルヒも古泉の超能力がどういうものだか知っているんだから、ただの演技に過ぎないが。 ただSOS団ではないとはいえ、俺は今の生活が多少マシになってきていると感じていた。古泉・ハルヒとつるんで一緒に遊んでいることはそれなりに楽しくなってきていたし、まあ退屈になることもほとんどなくなった。休日も、無駄遣いにならない程度に楽しめている現状だ。唯一の問題点と言えば、出費の大半が大半が俺の罰金おごりのおかげで懐具合が寂しくなる一方ぐらいである。軽い問題ではないけどな。 あと、少しハルヒの様子が明るくなってきたのも感じている。古泉が来るまでの一ヶ月間のむすーっ状態はどこへやら、ハルヒは毎日が楽しくて仕方ないようで、情報統合思念体の脅威をほったらかして、古泉と俺との遊びに時を忘れるほどにのめり込んでいるようだ。以前に聞かされた長門のパトロンの目的を聞いている以上、少々脳天気すぎやしないかとたまに不安にもなるが、逆に俺の言っているSOS団の存在――古泉のみでもハルヒは十分に楽しめると言うことが立証できているようで、内心俺もほっとしている気分である。 しかし、当然ながらそんな日々はいつまでも続くわけがない。保留となっていた古泉・朝倉からの話とやらをされるときがついにやってきたのだ。 いつものようにハルヒ・古泉と一緒に下校する際に、こっそりと古泉からくしゃくしゃに丸められた紙を手渡された。古泉と別れた後にその内容を読んでみると、
【今日の午後七時に甲陽園駅前公園に来てください】
そう書かれていた。この内容は長門からもらったものに似ている。 もちろんこの内容はハルヒの目にも入っていて、「……どうやら、向こうもぼちぼち動きを見せるのかしらね。あんたの世界だと、こういうイベントはあったの?」「イベントって……まあいい。確かにこの時期に呼び出しは受けた。古泉にではなく、何度か言っているインターフェースの長門からの呼び出しで、自分は宇宙人だと告白されたよ」「なるほどね。キョンをあいつら側に引き込むって事か……」 あごに手を当てて思案顔になるハルヒだが、それはちょっと違うぞ。「今回がどうかはわからんが、前の長門の告白は……そうだな、どちらかというと俺に対して警告がしたかったように思えた。実際にその後に朝倉のおかげで、命の危機にさらされたからな。後は俺はハルヒにとって重要な人物になっていることも伝えようとしていたようだし」「あんたが重要な人物ねぇ……確かに、今のあんたはあたしにとって重要な情報源ではあるけど、あんたの世界じゃあたしは力を無自覚だし、あんたは何でもない平凡な一般人。そんな重要だとは思えないわ。自意識過剰なんじゃない?」「知らねえよ。あの話しぶりじゃ、俺がSOS団を結成した――ようは、宇宙人・未来人・超能力者を集めるきっかけを作ったかららしいけどな」 ハルヒはうさんくさそうな目で俺を見つめるばかりだった。 ◇◇◇◇ 夏が近くなったというのに、やたらと冷え込む夜に俺は指定された公園へとやってきた。できるだけ、俺の世界の時と同じようにしておこうと思い――特に意味はないんだが――一旦家まで戻って当時と同じ服装に自転車でここまでやって来ている。 公園に設置されている時計の針は六時五〇分をさしている。まだ古泉の姿はなかった。 ちなみにここで話した内容は即座にハルヒに報告するように手はずを整えている。ただし、録音やこっそりと携帯で会話の内容を伝える案はハルヒによって即座に却下された。今日、俺がここに呼び出された理由について、俺が知っているわけがないというのが機関、ひいては情報統合思念体の認識であるはず。事前に準備をしていたら、怪しさ大爆発で即刻ボロが出るだけだと。事実確かにそうだろうな。あの時はかなり適当――というか理解できなかったが、今回はできるだけ話の内容を理解して、憶えなければならない。かといって興味津々全開で質問しまくるのも却下だ。凡人一般人の俺があの電波話を聞かされたときに取るべき態度というのは、理解できん知らんが正しいのだから。こいつは難題だぞ。いかん、何かテスト前みたいな緊張感に身が震えてきた。「あら、早いのね」 突如かけられた言葉に、俺は驚いて身を震わせてしまった。いきなり失敗だ。何をそんなに緊張しているんだと突っ込まれたらどうする。落ち着け落ち着け…… 俺は平静さを保つふりを心がけつつ、声の主の方へ振り返った。見れば、古泉・朝倉コンビが北高の制服のまま、それぞれの笑みを浮かべてこちらに手を振ってきている。 さて……ここからが本番だ。「まいっちゃった。まさか涼宮さんが一直線に彼の元にたどり着くとは思っていなかったから。何か感じるものがあったのかしらね?」 一瞬、知るかとか返しそうになったがすんでのところで喉の奥に引っ込める。ハルヒのことを何も知らないのに、その反応はないだろうからな。だから、こう返す。「……何の話だ?」 俺の反応に朝倉は一瞬きょとんとすると、ああそうかとポンと手を叩き、「そうね。最初から話さないとわからないか。ちょっと長い話になるんだけど、結構冷えてきたからわたしの家で話さない?あなたはどう?」「僕としては、円滑に話を進められればどこでも問題ありません」 淡々とその提案を受け入れる古泉。 朝倉の家か……あの時思ったのとは別の意味で、「マジかよ」だな。壁という壁にナイフコレクションでも飾ってあったりしないだろうな? 俺はうろたえつつも狼狽しないように心がけていたつもりだが、それを緊張と受け取ったらしい朝倉はにこやかな笑みで「そんなに緊張しなくても良いよ。罠とか仕掛けている訳じゃないし、取って食べたりしないから」 お前に言われると洒落になってねえよ、マジで。 とは言っても、ここでべらべらとしゃべるわけにもいかんだろうから朝倉の提案に乗って、マンションへ向かうことにする。そろそろ本格的に冷えてきたしな。 たどり着いた先は、あの長門も住んでいるマンションの505号室。朝倉の部屋だ。「遠慮なく入って。気にすることはないから」 そう朝倉は自室に俺たちを招き入れる。俺は古泉と一旦顔を見合わせるが、大丈夫ですよと言ってずかずかと上がっていく古泉の後に続いて、玄関から部屋の中に入った。 部屋の構造自体は長門のものと一緒だったが、あの殺風景で何もないリビングとは違い、テレビやタンス、戸棚などごくごくありふれた内装になっている。部屋の真ん中には冬にはこたつに変身するだろうテーブルが置かれていた。 俺と古泉はあらかじめ準備されていたようにテーブルのそばに置かれていた座布団の上に座る。「ちょっと待っててね。せっかくのお客さんだから、茶菓子だけっていうのも殺風景だし、夕食もまだでしょ?簡単なものを作るわ」 いつの間にやらエプロンを身につけた朝倉が、髪の毛を整えるようにばさっとそれを振り上げ、台所で料理作業を始める。何というか、本当に生活感あふれるその姿に、俺は一瞬感心と好意じみた感情を持ってしまうが、即刻頭からそれを振い落とした。あいつは二度も俺を殺そうとした危険人物だぞ、あっさり篭絡されてどうする俺。「いいですね、朝倉さん。器量よし、気配りよし、性格よし、おまけに才色兼備。付き合うなら彼女のような人物が理想的だと思いますよ」「……そう……かもな。俺の友人がAAランク+を付けていたよ」 谷口のランク付けを持ち出して、できるだけ俺の感情を出さないように心がけた。 ところが、これに古泉はどんな曲解解釈を行ったのか、「おっと失礼しました。あなたにはすでに涼宮さんがいましたか。別に浮気の勧めではありませんので、気を悪くしたのであれば謝りますよ」 何でそこでハルヒの名前が出てくるんだ。あのな、俺とハルヒは何でもないんだよ。元の世界ではSOS団団長と雑用係であってここではただの協力者だ。そもそも恋愛感情自体をハルヒは否定しているんだから、そんな関係になるはずもない。例え――絶対にあり得ない話だが、俺がハルヒにストレートな恋愛感情を持ったとしても、けっ飛ばされて終わるだけさ。 ――と言ってやりたいんだが、そうもいかん。仕方なく、「どいつもこいつも勘違いしているようだが、俺はハルヒに引っ張り回されているだけであって、別に男女の付き合いとかそんな関係じゃない。朝倉は確かに……まあいいやつかもしれないが、あいにく今はそういう気分じゃないんでね。ハルヒともどもお前に譲っておくよ」「何の話?」 気が付けば、湯気が立ち上る鍋を持つ朝倉の姿が。その中からは醤油風味の良い香りが漂ってきた。もう作ったのか? さすが宇宙人と言えばいいのか。 濡れたタオルをテーブルに敷き、その上に置かれた鍋の中には厚切り大根やはんぺん、こんにゃく――おでんが浮かんでいる。「あまり待たせるのも問題だから、あり合わせで作ってみたの。食べてみて」 そう俺たちの前に皿と箸を並べ始める。 朝倉の手料理。ナイフやカッターの刃でも仕込んでありそうで、口にもしていないのに口内に鉄の味がじんわりと広がった。 そんな俺の気持ちなんて全く気づかずに、古泉はいつもの笑顔でごちそうになりますと言って、箸を進め始める。「あなたも遠慮せずに食べちゃって良いわよ」 そう言って朝倉も自分の料理に手を付け始めた。毒は……入っていなさそうだな。いやまあ、朝倉の宇宙人的変態パワーなら俺を殺すのにそんな回りくどいことはせずに、血管に直接毒を注入してくるだろうが。 俺は一応の礼儀のつもりで軽く頭を下げ、無言のまま箸を取りおでんを口に運ぶ。「…………」 何だろうか。きっと感涙して津波が俺の背後から迫ってくるような旨さなんだろうが、あいにく朝倉に対する警戒心からか味わうことに全く集中できず、まるでインフルエンザに冒された舌で物を食べている感覚だ。 しばらく3人とも黙ったまま箸を進める。俺もようやく雰囲気に慣れてきて、味も認識できるようになってきた。うん、素直にうまいと言っておこう。 だが、このままただ朝倉料理の試食会を続けているわけにも行かない。 鍋の中身が半分になったぐらいで、俺は一旦箸を置いて、「で、俺に用事ってのは何なんだ? メシを食べさせてくれるのは嬉しいが、それだけなら全部喰ったらとっとと帰らせてもらうぞ。俺も暇じゃないからな」 俺の言葉に、古泉と朝倉は顔を見合わせると二人とも箸を置いた。どうやら余興は終わりのようだな。 さて、どう来る? 最初に口を開いたのは朝倉だった。正座したまま、てを膝の上に置き優雅に語り始める。「ねえ、涼宮さんのこと、どう思っている?」「またハルヒのことか。さっき古泉にも言ったが俺とハルヒは――」「そうじゃなくて」 凛とした朝倉の声。それは冷たくとがり俺の口を止めるには十分すぎる圧力を感じた。 そして、次に朝倉は核心について語り始める。俺が以前に長門にされた話だ……「涼宮さんは普通じゃない。そして、わたしも彼も」 ――朝倉涼子の正体と目的。つまり情報統合思念体の対有機生命体コンタクト用インターフェースであり、ハルヒの観察。 ――情報統合思念体の存在とその説明。 ――この地球に現れた正体不明の情報フレア、涼宮ハルヒ。 ――そのハルヒには、情報統合思念体の自律進化の可能性があること。 ――そして、最初の情報爆発以降この3年間何も動きを見せなかったハルヒに、強い影響を与える人物が現れた。俺のことだ。 俺はぼんやりと長門から初めて聞かされたトンデモ話に重ねてその話を聞いていた。あの時は全く理解できず、また受け入れるつもりもなかったっけな。 一通り朝倉が説明を終えるのを見計らって、俺は古泉を指差し、「こいつも同じだって言うのか?」「それは違います……」 続いて古泉が自分が超能力者であることを語り始めた。 ――自分は機関に所属している超能力者であること。 ――三年前突然超能力を持ったことを自覚し、同時にその役割を知らされたこと。 ――今、自分たちのいる世界は三年前にハルヒが作り出した物かも知れない。 ――機関はハルヒを神のようなものとして考えている。 ――そのため機関上層部は神の不興をかうことなく、ハルヒが平穏無事に過ごして欲しいと願っている。 ――自分の超能力は特定の条件下でしか発動しない。 ――ハルヒのストレスが最高潮に達したとき、現実から隔絶された閉鎖空間を作る。 ――その中で神人と機関が呼んでいる巨人が暴れるため、それを狩る能力をハルヒから与えられた。 ――ここしばらくは閉鎖空間も発生せず世界は落ち着いている。 ざっと話されたのはこんな感じだ。古泉から超能力者をカミングアウトされたときと実際に閉鎖空間に招き入れられたときに話したことと同じだな。わかりにくいたとえ話はなかったが。 二人が話し終える頃には、熱々だったおでんも冷たくなりつつあった。俺はただそれを黙ったまま聞いていただけである。一度聞いたことのある話だったから復習みたいなもんだったからな。呆れや衝撃よりも、そういやそうだったっけぐらいのなつかし話を聞かされた感覚だ。 しかし、この余裕の反応がちとまずかったらしい。二人は呆然と俺を見つめている。やばい。俺を凡人だと認識している以上、もっとオーバーなリアクションを取った方が良かったか?「驚きましたね。突然こんな話をしたというのに、あなたは全く驚いている様子がありません」「ホント。もっと唖然とした態度を取るかと思っていたのに。ひょっとして――」 朝倉はすっと目を細め、こちらを勘ぐる口調で、「もう知っていたとか?」 ぎくり。俺の心臓が飛び出るほどに激しく鼓動した。まずい……これはまずい…… だが、今までの超常現象遭遇体験のおかげか、自然と口が開いた。「……俺がそんなヨタ話を信じているように見えるか?」 自分でも驚くほどにけだるい声を上げていた。全力全開で呆れているぞ、俺はとアピールするには十分すぎるほど。 これに朝倉はニコリとちょっと困り気味の表情を浮かべて、「だよねー。いきなりこんな話をされても困っちゃうわよね」「ですが、今僕たちの話したことは紛れもない事実です。あなたが信じようと信じまいとその現実は変わりません」 珍しく真顔の古泉に、俺はやれやれと嘆息する。演技・本気、半々で。 さあ、ここからは俺のターンだな。聞きたいことは山ほどあるんだが、あいにく初めて聞かされた馬鹿話を俺は余り信じていないフリをしなければならない。それをコミで聞くことは……「とりあえずだ。おまえらの真剣ぶりはよくわかったよ。それを考慮して今の話を信じるかどうかは家に帰ってのんびり風呂に入りながらでも考えておいてやる。でだ、今から話すのは信じたからではなく、どちらかというと興味本位でエンターテイメント的に受け入れた上での質問だ」 我ながらよくわからん前置きをしつつ、続ける。 まず確認しておきたいことが一つ。「何で俺にそんな話をしたんだ? 俺はどこにでもいるような平凡な一般人だ。そんな話をされても正直言って困る。だが、言った以上何らかの目的があるってことになるんだが」「つまりですね、あなたは涼宮さんに誰よりも近い位置にいるということです。そのため、僕たちの協力者になって欲しいんですよ。機関が望んでいる涼宮さんの安定に貢献していただきたいと」 そう古泉が答えた。朝倉も同意するように頷く。 てか、朝倉は頷くはずがないんだがな。平穏どころか俺をぶっ殺してハルヒの動揺を誘おうとしたんだからむしろ逆だろ。そう突っ込みたくなるが、とりあえず言えるわけもないので腹の中に飲み込むしかない。「ようは俺にお前らの仲間になれと?」「そういうこと。あと涼宮さんの情報も逐一提供して欲しいわね」 朝倉の言葉に、俺は腕を組んで考えるフリをする。やれやれ、以前はただのカミングアウトに過ぎなかったが、この世界ではちと状況が違うようだ。俺が機関、あるいはインターフェースの手先になれってことだからな。 だが、こんな話をあっさりと飲むわけにも行かん。ハルヒと相談する必要もあるからな。「わかった。風呂の中でお前らの話を信じられたら、検討しておく」 この話はここまでだ。これ以上聞いておく必要はないからな。ここらでおいとまする頃合いだろう……ボロを出す前にな。 ………… ………… ……いや、一つだけ聞いておきたいことがある。さっきの話の中に欠けている物があったからな。 しかし、聞くべきか? 信じていない奴が聞くことなのか…… しばらく悩んだが、結局俺は聞くことにした。これは俺の命に関わることだからな。「情報統合思念体と機関、その中はきちんと思惑は一致しているんだろうな? 実は反乱勢力があって、そいつらがいきなり襲ってきたりするのは勘弁だぞ」「……痛いところをつかれましたね」 古泉は鋭い目を俺に向けた。朝倉も笑みを隠し、真剣な表情に移行している。「実のところ、機関の思惑は一致していません。大半が先ほど伝えましたとおり、涼宮さんの安定を願っていますが、中には涼宮さんの力に注目し、それを利用したり負荷を与えてどういった行動を取るのか知ろうとしている強硬派もいます。もちろん、機関内部でそう言う人たちは少数派であり、多数派によって厳しく監視していますので即座に何かをしでかすと言うことはありませんが、彼らがあなたに何かの危害を加える可能性はゼロではありません」「あら、あなた達も一緒なんだ。わたしたち情報統合思念体も一枚岩ではないわ。主流派は大人しく涼宮さんが変化を起こすのを見ているけど、中にはわざと問題を起こして強制的に涼宮さんに変革を起こそうとする急進派もいる」 二人の説明に、俺はため息を吐く。ようは俺の世界と同じって事だ。つまりこの先俺は命を狙われる可能性がある。ハルヒの付随物としてめでたく俺も認定されてしまったわけだ。 だが、古泉と朝倉はまた笑みを浮かべると、「ご安心下さい。機関は24時間態勢であなたと涼宮さんの安全を確保しています。強硬派の好きにはさせません」「あたしたちも同じよ。急進派の動きはわたしたちの方で食い止めるから気にしなくて良いわ」 そう言うわけにも行かないがな。特に、朝倉の発言と行動には大きな矛盾があるわけだし。 おっともう一つ聞くことがあった。これはなにげに重要なことだ。「機関と情報統合思念体の主流派ってのは、きちんと思惑は一致しているのか? そこにも齟齬があるとか言うと話がややこしくなってくるんだが」 俺の指摘に、二人は顔を合わせて意思の疎通を図り始めた。そして、古泉が口を開く。「それも残念ですが、完璧にとはいきません。目的が似ているから、暗黙の協力関係が成り立っているだけです。状況によってはこの先どうなるか、それは涼宮さん次第ですね」 ◇◇◇◇ 俺は夕飯のごちそうを終えると、そそくさと朝倉のマンションから立ち去った。自分の秘密を悟られることなく、相手からできるだけ情報を引き出す。その重圧による疲労のせいか、俺の足はとんでもなく重くなり、自転車のペダルもまるで後部の荷台に力士でも乗せているかのような重みを持っていた。 宇宙人と超能力者が同時に俺に接触して、そして正体と目的を明かす。しかも、片方は嘘をついている可能性が高い。俺の世界の時とは明らかに異なっている。未来人がいないことやハルヒの力の自覚の時点でいろいろ根本から異なっているんだからそう言った違いが出てくるのは当然の話とも言えるが、ならばそれによってこれから起きることの何が異なってくる? 朝倉の言っていることが嘘ではないのなら、次に待ち受けているはずの朝倉襲撃イベントはなくなるはずだ。それがなくなれば、次にあったのは――ええと、古泉との閉鎖空間ツアーか。それがあるかどうかはハルヒ次第だな。ここのハルヒは意図的に閉鎖空間を作ってストレス解消に暴れているわけだし。その次はハルヒが世界に絶望して改変してしまおうとすることになるが、これは絶対にあり得ないと言って良い。力を自覚している以上、そんなことをやれるような奴じゃない。あれは無自覚だからこそできる芸当だろう。 そうなるとその後の野球大会やら七夕になるが、今から考えて結構時間が空く。そこまで本当に何も起きずにいるのか?イベント発生率が最大だったこの期間に何も起きないというのは正直想像しがたい。 ならば言えることは一つ。今後起きることは予測不可能と言うことだ。明日何か起きるかも知れないし、ひょっとしたらこのまま情報統合思念体はハルヒの力の自覚を悟ることもなく、平穏無事に事が進むかも知れない。「遅かったわね」 考え事に没頭していたせいか、気が付けば自宅前までたどり着いていた俺を自宅の玄関先で待ち受けていたのはハルヒだった。寒いせいか、私服に薄めのコートを羽織ってずっと待ってたわよと言いたげな顔つきで立っている。「なによ。人がこの寒い仲間っていたのに、朝倉の家でのんきにご飯までごちそうになっていたわけ?本当に状況を理解してる?」 そう俺を睨みつけてきた。何でメシを食っていたってわかるんだよ。まさか超パワーでのぞき見していたんじゃないだろうな?「あんたの口からぷんぷんおでんの臭いがしているのに、いちいちそんなことするなんて労力の無駄よ無駄」 確かに俺の全身からはおでんの臭いがプンプンだ。これじゃ気が付かれて当然か。 ハルヒは、歩きながら話しましょ、と言って歩き始める。俺は仕方なく自転車から降りて、手押し状態でその後を追った。「今は機関の目を捲いているし、情報統合思念体の監視もごまかしているわ。気にせず、何を見てきたのか教えて」 俺はハルヒに宇宙人・超能力者についてカミングアウトされたことについて適当に話す。すでに知っていることだったのか、最初は大して興味を示さなかったハルヒだったが、情報統合思念体と機関も一枚岩ではなく、ハルヒに対して強硬姿勢を見せる連中もいることを話すとやや顔色を変えた。「やっぱり……そう言うことを考えている連中も今回もいるって訳か」 ハルヒは立ち止まり、すっと空を見上げた。その目はどことなく悲しげで――寂しげでもある。 そして、続ける。「今まで何度もどうすればいいのか試行錯誤を繰り返してきた中で、必ずそう言う連中があたしにちょっかいを出してきた。その結果、あたしが力を自覚していることが見破られ、最後はリセットをかけることしかできなくなる。正直言って、あんたの存在を見つける前はうんざり気味だったわ」「…………」 俺は何も答えられない。「あんたを連れてきて、その話を聞いたとき最初は疑問だった。だけど、この二週間久しぶりに何もかも忘れて楽しめた気がするのよ。今までずっと――どこか情報統合思念体におびえて隠れていないとならなかったから。だからあんたや古泉くんと遊びまくっているとそんなこと全部忘れられた。あたしは今の状況が続いて欲しいと思っている。古泉くんもいい人だしね。そして、あたしがそんな脳天気な状態でも誰もちょっかいを出しても来なかった」 ハルヒはここまで言うと、俺の方に振り返りふふっと笑みを浮かべて、「あんたの言うとおり、超能力者の作ったのは間違いじゃなかったかもね。機関ってのがあたしを監視しつつも、手を出してくる脅威を旨くさばいているのかもしれない。情報統合思念体も意図はわからないけど、静観している。こんな状態は初めてよ。ありがとう、あんたのおかげで久しぶりにちょっと希望が持てるようになったわ。あ、でも乗っ取る野望は捨てた訳じゃないわよ? どうせなら完全にあたしの手中に収めた方がいいしね」 俺はその屈託のない笑みに俺は思わず目を背ける。いや、やましいことはないんだがなんつーかこっぱずかしい。だが、俺の言っていることを信じてもらえたのは、素直に喜んでおくか。俺の世界がそんなに簡単にぶっ壊れないと言うことをハルヒが一部とは言え認めたも同然だからな。 ハルヒは俺の方を振り向いたまま離れ、「そろそろ遅くなってきたから帰るわ。じゃあ……また明日、いつもの場所で古泉くんと一緒に」 そう言ってハルヒは小走りに家路についた。 そうか。ハルヒもこの世界がうまくいきつつあることを自覚しているんだな。それにしても、このハルヒは今までどのくらい苦難の道を歩んできたんだろうか。ずっと一人で情報統合思念体と戦い、その干渉から逃れようともがき続けていたのか? それがどのくらいの重圧なのか、俺には想像すら付かない。 まあ、どのみち今の状況が続けば、俺の仕事も思ったより楽に終わりそうだ。とっとと終わらせてあのSOS団団長涼宮ハルヒの元に帰らないと、罰金額が増加の一途をたどりそうだしな。 ……しかし、甘かった。 ◇◇◇◇ 翌日の朝もここ二週間と何も変わらなかった。朝、ハルヒ・古泉と一緒に登校して、授業を受ける。 しかし、昼休み前に状況が一変する。 教室中に広がる悲鳴。そして、それをかき消すヘリコプターから発せられるもの凄い轟音と暴風に窓が激しく軋んだ。「……なによなになに!?」 ハルヒが飛び上がって、窓から離れた。俺も抜ける腰を必死に支えて、逃げるように窓から離れた。 なんせ、俺たちの教室の窓に張り付くようにあの――戦争映画かなにかで出てきそうな戦闘ヘリがこちらを睨んでいるんだから。 そして、やがてその機体前面下部に付けられている回転式の機関銃みたいなものが火を噴く―― ~~涼宮ハルヒの軌跡 機関の決断(後編)へ~~
このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー と 利用規約 が適用されます。
1文字以上入力してください
本文は少なくとも1文字以上必要です。
1文字以上入力してください。