遠距離恋愛 第十八章 佐々木
第十八章 佐々木 卒業式も終わった3月中旬。大学の合格発表が行われた。佐々木はもちろん合格した。流石だね。伊達に3年間勉強に身を費やしていた訳じゃない。朝倉は予定通り、高校卒業後に海外の両親の元へと行くと言うことで俺たちの前から姿を消した。 俺はと言えば……簡潔に言うと、落ちた。いや、落ちたというのは正確じゃないな。補欠合格という曖昧な立場だ。合格したものの、他の私立大学等に行くために入学を辞退する人間が毎年多少居るので、次点の不合格者を補欠と言う形で「仮合格」させる。しかし、国内でも有数の超一流大学だから、毎年補欠で入学できるのは1人か2人なのだという。だからこの場合「落ちた」と同義な訳だ。 「キョン、残念だよ。キミとまた一緒に学舎に通いたかったのだが」「……そうだな。約束を守れなくて、すまない」 いよいよ向こうに出発する佐々木を見送りに来ていた俺は、搭乗待合室脇の喫茶店で佐々木の搭乗時間まで談笑していた。 「補欠でも一応合格だったのだから、僕との約束は守ってくれたと思うよ。一年前のキミからは考えられないほど、学力の面では成長したしね」「だが結局は落ちたのと変わらないからな。俺としては納得いかない部分もある。お前はそれで良いのか?」俺の質問に佐々木は寂しそうな微笑みで応え、目の前の紅茶を一口啜った。 「ところでキョン。キミはこっちの大学の2次募集に応募したと聞いた。一年浪人して、再チャレンジすると言う手もあったと思うのだが」佐々木の真剣な目つきを真正面に受けて、俺はつと目線を外した。 「う~~ん、それも考えたんだが、やっぱりやめとく。あの地獄の一年をもう一度繰り返すのは願い下げだ。お前や朝倉が一緒にいてくれたから俺は頑張れたのであって、一人でアレをもう一度出来るかと言われれば、そりゃ無理だ、と言う結論になるな」 「……そうか。それがキミが選んだ道ならば、僕としても何も言うことはない」「まあ、地方大学とはいえ一応国立の工学部だからな。かえってこっちの方がしがらみが無い分、やりたいテーマを見つけられるかもしれんしな」くくっ、と喉を鳴らす佐々木。あれ?俺なんか変なこと言ったか? 「そのポジティブな姿勢が、キミがキミだと言える証明なのかもしれないな。試験は何時なんだい?」「来週早々、だそうだ。ま、何とかしてみせるさ」「じゃあ、キミはこっちで4年間の大学生活を送るつもりなんだね」「4年かどうかは知らんが、そういうことになるな」「僕も、長期休みの時にはこちらに帰ってくるつもりだ。その時はまた、お付き合いしてくれないか」「ああ、もちろんだ。今年は勉強漬けだったから、来年はあちこち遊びに行こうぜ」「キョン、キミの心遣いには感謝するよ……ああ、いけない。もうそろそろ時間だ」佐々木は荷物を持って立ち上がった。 「キョン、今までありがとう」勘定を済まして出てきた俺に、佐々木はまるで慈母のような笑みを浮かべながら手を差し出してきた。俺も佐々木の小さな手を握り返して、しっかりと握手を交わした。「お礼を言わなければいけないのはこっちだぜ。お前もがんばれよ。頑張って、良い医者になってくれ」 「……そうだキョン。忘れ物があったよ」もうすぐ搭乗口、ここから先はチケットが無いと入れないので見送りもここで終わりだ。気をつけて行けよ、と声を掛けようとした瞬間、佐々木はふと何かを思い出したような顔で、とんでもないことを口にした。「何だと?これから家に取りに帰ると言うわけにはいかないぞ?」「それなんだが……悪いが、耳を貸してくれないか?」何だ?大声では話せないようなものか?俺はちょっと屈んで、佐々木に耳を向けた。 頬に当たる、柔らかな感触。あれ、この感触は……?って、佐々木!? 「これは君への忘れ物だ。今度こそ大学に受かるよう、おまじないだ」おまじないねぇ……って、丁度一年くらい前にも、反対側の頬に同じ事されなかったか、俺?相手は佐々木ではなくハルヒだったが。 「それと」佐々木は両手で俺の首に手を回し、いきなりキスしてきた。さ……佐々木さん?貴方はこの公衆の面前で、一体何をされてるんでしょうか?目の前に、顔を真っ赤にして目を瞑った佐々木が居る。柔らかい唇の感触と、さっき佐々木が飲んでいた紅茶の甘い香りが、俺の脳細胞を麻痺させていき、周りのざわめきが遠くなっていく。ああ、もうこうなったらどうにでもなれ。俺もゆっくりと目を閉じて、佐々木の体に手を回した。 と、その時、体に違和感を感じた。何だろうこの感覚は。何かが、変わっていくような……そう、気づかずに少しずつずれていた体の骨が、整体を受けて元の位置に戻っていくような、不思議な感覚。佐々木とのキスを続けながら、おれは頭の片隅でそんなことを考えていた。 名残惜しそうに顔を離す佐々木は、潤んだような目で俺を見つめている。逆に俺は恥ずかしくて、そんな佐々木をまともに見られなかった。しばらくして周りのざわめきが戻ってきた頃には、俺は茹で蛸のように真っ赤になっていた。ああ、俺は一体なんて事をしちまったんだ??思わず頭を抱えうずくまる俺に、佐々木は事も無げにこういった。 「そしてこれが、僕が涼宮さんに返すことを忘れていたものだ。悪いがキョン、彼女に返しておいてくれ」「涼宮さん?……ハルヒのことか??」まるで場違いなその言葉に、俺は現実に引き戻された。え、お前からハルヒに返すもの?何のことだ。しかもそれがその……キス??お前が何を言っているのか、せめて俺に判るように説明してくれないか? しかし佐々木はそんな俺の疑問に応えることはなく、荷物を抱えると搭乗口に向かって歩き始めた。 「さよなら、キョン」 たったそれだけの言葉を残して。
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