ある曇った日のこと
教師も慌ただしくなる季節の真っ最中。あと10日もすれば赤い服に身を包んだ爺さんがトナカイを連れてプレゼントを配って回る。その1週間前には今でも総毛立つ思い出があるが、もう過去のことだ。そんな12月のある日、曇り空の下、俺はせっせと北高目指して急勾配を登っていた。口から息を吐けば、雪のような白い色をしている。今年はホワイトクリスマスになるだろうか。
見慣れた校門の前には、これまた見慣れた黒塗りの車が停まっていた。その傍らに立ち、ファストフード店員ばりの笑顔をした人物もまた、自分の知る人間だ。「お久しぶりです」「お前も変わってねぇなと思ったが、この車、お前のものになったのか」「ええ、まあ」新川さんの中古車ですがね、と微笑みながら話す古泉の吐息も白かった。こいつの事だから、俺がやってくるよりかなり前に到着して待っていたのだろう。「とりあえず入りましょう」「そうだな」
昇降口からは入らず、裏に回って旧校舎へ向かう。土の部分には霜が降りていて、ざくざくした感触が靴を通して伝わる。「駅からずっと歩きで?」「いや、坂の麓までタクシーだ」「久しぶりに歩いてみたくなった訳ですか」「そんなとこだ」そんな会話をしていると、旧校舎が見えてくる。「着きました」「鍵はあるのか?」俺が聞くと、古泉はコートのポケットから古びた鍵の束を取り出した。「一応、学校側からもらっておいたんです」ガチャリと音がして、ドアが開く。少し埃臭い。軋む音が年代を感じさせる階段を上がり、あの場所に着いた。「文芸部室・・・」誰に聞かせるでもなく呟いた。「開けましょう」そう言って古泉が文芸部室の扉を開錠する。ガチャリ。「さあ、どうぞ」古泉が俺に扉を開けるよう促す。「あなたが開けるべきでしょう」「・・・悪いな」扉を開ける。
一瞬、SOS団の私物、コンピ研から奪ったパソコン、朝比奈さんのコスプレ服各種が目に映った。が、実際にそれらはない。長机二脚とパイプ椅子が数脚。そして元・団長机。・・・それだけだった。
部屋に足を踏み込んで、本棚に目を向ける。長門の訳のわからない分厚い大量の本もない。古泉が持ち込んだボードゲームも。窓の外に映る曇り空がやけにさみしい。俺はパイプ椅子をひとつ引っ張り出し、かつての自分の定位置に椅子を置いて腰掛けた。「取り壊し、か・・・」「ええ、明日には取り掛かるそうです」
───そう。北高の取り壊しだ。
俺達の卒業式の日、ハルヒの世界改変能力は俺がハルヒに想いを告げ、二人が付き合うという形で消え去った。その日1日であっという間にクラス中にその事実は広まり、果ては鶴屋さんにまで広まっていた。俺とハルヒは別々の大学だったが、SOS団の集会が週に1,2回あり、それ以外でも休日は二人で出掛けたりしていたので、変にコンタクトを取ったりせずに済んだ。
卒業後、職についた俺達は結婚して一緒に住むことになった。これは互いの両親にはすでに話してあったし、妙に物分りのいい人たちなのですんなりと了承を得た。これでなにもかも上手く行って順風満帆かと思っていたある日、仕事場にいた俺はとんでもない凶報を聞かされた。
───ハルヒが交通事故で意識不明の重体。
俺はすぐさま病院に駆け付け、術後三日三晩付き添ったのだが、ハルヒは一度も目を覚ますことなく永遠の眠りに就いてしまった。
それから十数年。今じゃ俺も古泉もすっかりいい歳だ。「長門と朝比奈さんはどうしてるんだろうな」「連絡はしてみましたが、繋がりませんでした」すみません、といった様子で頭を下げる古泉。「気にすんなって。お前がただの人間になったところを見て、だいたい想像ついたさ」「気付きましたか」「もう赤い球にはなれないんだろ?」「そうですね。それが出来ていたという記憶はありますが、やり方はさっぱりです」両手を広げるオーバーアクションも懐かしく感じる。「おや?」古泉が窓を開けて顔を外に出している。「どうしたんだ。寒いぞ」「・・・雪です」俺も窓から顔を出す。空を見上げると、グレーの雲から白い氷の粉が静かに降っている。「長門かね・・・」長門が昔書いた小説を思い出した。自分を雪に見立てた、当時の俺には理解できなかった小説を。「彼女も、別れを惜しんでいるのでしょう」
窓を閉めて、俺はロングコートのポケットからあるものを取り出して元・団長机の上に置いた。「懐かしいですね、それも」ふふっと笑う古泉。「団長机」と書かれた三角錐。その頂点に指を置いてカタリコトリと揺らす。
───ハルヒ、見てるか?明日にはこの学校取り壊すらしい。ここには数え切れない思い出があるってのに。でも、お前がいたらきっとこう言ってただろうな。
「俺達SOS団は永久に不滅だぜ」
END...
「切なすぎる。救いが欲しい」というあなたへ
「大したことねーよバーローww」なあなたへ
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