長門が男子生徒になってしまったようです2
後日早速ハルヒに長門のことで、と相談を持ちかけ、昼食は長門を交えて三人で食堂で食べることにした。そしてその由を廊下で長門に伝えたついでに、AコースとBコース、どちらに決めたのかを問うと、長門はBのほうに決めたようだった。なんでも、
「そちらのほうが朝比奈みくると密着する確率が高いと判断した」
ということらしい。まあそうといえばそうなのだが、こいつは朝比奈さんに触ることしか考えてないのか。やれやれ、本当はお前はもともと男寄りのインターフェースだったんじゃないのか?とりあえずBコースだと古泉への要請が必要である。こいつはまあ休み時間の10分で話をつけてしまえばいいだろう。またあいつの変な理論を長々語られるのは御免被りたいからな。
「で、話ってなんなの?」
ハルヒは食堂のおばちゃんたちお勧めと銘打っている北高ランチをガツガツと貪り食べながら俺と長門を見比べた。4限目が終了して胃に空洞ができそうなくらい腹が減っているのは俺も重々承知である。何度椅子を引いたりして腹の音をごまかそうとしたことか。しかしな、女としてその食いっぷりはどうかと思うぞ。
「もうあんたはいちいちうっさいわね、あたしは有希に聞いてんの。 あの有希の悩み事だってときにあんたの説教を悠々と聞かされる暇なんてないのよ!」
その長門の悩み事を通訳するのが主に俺の役目なんだがな。まったく、お前は俺の地味な役割の有難みをわかってねーな。俺のような勤勉な雑用がいて初めてお前は団長として成り立てるんだぜ。
「だから、そういううだうだはいいのよ、ホントあんたってねちっこいわね。 で、なんなの?単刀直入に言ってちょうだい。あたしは遠まわしなのが大ッ嫌いだから」
じゃあ遠慮なく言わせてもらうぞ。心の準備は出来たか?じゃなきゃあと3秒待ってやる。いらない?だったらマジでいくぞ、言ってからちょっと待てとか言っても俺は知らんからな。
長門に好きなヤツが出来たそうだ。
そういうとハルヒは面白いくらいにピタリと静止した。あんなに高速で豪快に動いていた箸をこうも簡単に止められるなんてむしろ尊敬しちまうぜ。
「はっ・・?有希が?誰を?」
「お前もよーくご存知の朝比奈みくるさんだよ」
今度は目を見開いて口をあけた。そうだな、擬態語をつけるとぽかんというのがちょうどしっくりくるだろう。まあ俺はこのほかに長門が朝比奈さんを好きすぎて性転換しちまったという驚くべき事実を知らされたからな、その驚きに比べりゃお前のなんてミトコンドリア並に小さいもんだ。いやそれは言いすぎか。 ハルヒは再び箸を持ち直して長門を見た。長門はずっとハルヒのことを見据えたままだった。相変わらずまったく微動だにしないやつだ。普通こんな相談をしているときは当の本人はもっと顔なんかを赤くして照れているはずなんだが。そう思うのは妹が見てる少女アニメをたまたま一緒に見てしまったせいだろうか。
「ふぅん・・・有希がみくるちゃんをねぇ・・・意外だけど、あたしは応援するわ だって有希にも色々相談乗ってもらったしね」
ハルヒが長門に相談なんてしてたのか?朝比奈さんに相談とかならまだ分かるが、こいつらが二人で話している光景はあまり上手く思い描けない。しかも一体なんのことを相談してたのだ。一応高校に入ってからこいつの願望は叶いっぱなしだし、古泉の最近のバイト量も減っているらしいから悩みなどあまりないように思えるが。気になって長門に目配せをすると、口だけを動かして「ひみつ」といわれた。秘密といわれれば気になるのが人間ってもんだが、ここはぐっと抑えよう。当初の目的とズレてくるからな。
あらかたのことを説明すると、ハルヒは全面的に協力してくれるようだった。自分の恋愛は病気だとかなんとか言っていたが、他人の恋路は見ていて楽しいのだろう。変人だが一応女子高生に変わりはないのだ。俺だって長門のためとはいえ、このキューピッド役をどこかしら楽しんでいるのかもしれない。恋愛方面に関してこんなに積極的に動いている自分を見るのは初めてだからな。
とりあえず今度は古泉に話しにいく番だ。9組は特別進学理数コースという聞いただけで頭がふらつくようなクラスだからか、俺たちのいる教室とは少し離れた場所にあるから、5限目の終了をつげるチャイムを聞くと同時に教室を飛び出した。
9組に到着して教室内をぐるりと見渡しながら古泉を探すと、本人が横からぬっと現れるもんだから俺は思わず声をあげてしまったじゃないかこの野郎。休み時間の騒々しい空気が一変して視線が一気に注がれ、完全に俺たちは浮いてしまった。根本的原因である古泉本人はそんな空気を微塵も気にする様子もなくただへらへらと笑っている。元はといえばお前のせいなんだからな、なんでそういつも出だしからろくでもないことばかりするんだ。
「驚かせてしまって申し訳ありません、何かご用件でしょうか?」
クラス中のやつらが注目してるなかではさすがに居心地が悪かったので古泉を廊下にひっぱりだして話すことにした。古泉の意見や反論を聞く気はさらさらないので相槌をうつくらいしか隙を与えないようにしながら長門が朝比奈さんを好きになった経緯をこと細かに説明した。ふむ、と古泉は口もとに手を当てて考え込むようにした。
「確かに長門くんの言うことはよくわかります。あの朝比奈さんのバストは素晴らしいですからね、 しかし僕はどちらかというと大きさより形なタイプでして、こう、手のひらにおさまるくらいがちょうどいいですよね」
お前、一体どこに重点を置いて話を聞いていた。すると、あの日の長門と同じように首を傾げながら古泉は答えた。
「胸でしょうか?」
お前もかよ。一応男として理解はしてやるが、そんなことハルヒが知ったら幻滅して副団長の座なんて即クビどころか存在自体消失させられちまうぞ。俺は思わず閉鎖空間の神人にひねる潰される赤球を想像してしまった。ちょっとしたスペクタクルどころじゃ収まらんな、これ。
「あはっ、冗談ですよ」
ウィンクとかするな忌々しいその笑い方をどうにかしろ。お前は本当にナチュラルに気色悪い冗談を言うのが得意だな。笑えるか。9組の扉の隙間から時計を見やると残り少なくなってきた休み時間に俺は慌てて、長門の目的と、古泉、というより機関の協力が必要だということを説明した。長門と機関はそれほど直接的な関係はないし、長門の個人的な願望を手助けする義理もないだろうから、期待小さめのお願いであったのだが古泉は意外にもあっさりと了承した。
「いいでしょう。確かに我々は涼宮ハルヒ外のことでは基本的には動かないつもりですが、
長門くんとなると少し話は違いますね。長門くんの不満が涼宮さんに連鎖することも大いにあるでしょうし、
彼を敵に回すと少々やっかいですからね」
やっかいもなにも、こんなことで機関バーサス長門の戦争が勃発したら笑っちまうな。とりあえずBコースに必要不可欠なチンピラ組みは古泉のツテでなんとか用意してくれるらしい。いやあ、よかったよかった。無事話がついたことに安心して、鼻歌でも歌えそうな勢いで教室へ戻っていると急にチャイムが鳴って、俺は慌てて廊下を走り出した。
一方その頃、長門は授業中にもかかわらず、Bコースを脳内シミュレートしていた。
*
「ちょっと嬢ちゃんがぶつかったせいで肩が脱臼しちまったじゃねえか?ああ?」
「ふぇええ、怖いですう」
ここで朝比奈みくるが涙を浮かべて僕にしがみつく。その時にちょうど背中、そう丁度肩甲骨の下あたりにあのふくよかな胸の感触が伝わるはず。正直、たまらない。
「大丈夫、俺がさせない」
彼が男らしい一面を見せるときには一人称を『俺』に変更しろといっていた。なるほど、こうすれば全力で朝比奈みくるを守るということが強調されるのだろう。全力で朝比奈みくるを保護する自分・・そこに痺れる憧れる。
「ありがとう、長門くん・・・」
泣き笑いする彼女を見ればきっと思考回路はショート寸前。想像しただけであの日胸に触れた瞬間のエラーがぞくぞくと身体中を駆け巡っているような気がする。その彼女の微笑みにコクリと頷いて鮮やかに関節技で決めてしまう。そして腕にしがみつく彼女をゆっくりと引き離して、「行こう」と言って手をひく。彼女はやや目を伏せて頬を赤らめながら一言、
「・・結婚してください、有希くん」
完璧だ。全て、計画通り。
長門がシミュレートという名の妄想に浸っている間、教室はざわめいていた。教師が長門を当てたのだが、うんともすんとも反応しないからだった。
「おい、長門マジでさっきからピクリともうごかねーぞ、死んでんじゃないの?」「ほら、今まで真面目だった分のストレス発散とかさ、いわゆる一つの反抗期」
散々な言われようである。結局、長門のBコース妄想は結婚生活までに発展してしまったのか、終礼のSHRが始まるまでずっとフリーズしたままだった。
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