Love Memory 後編
▼▼▼▼▼ 涼宮にキレられ、蹴っ飛ばされて文芸部室から放り出された俺は、行く所もなく、家に帰ることにした。突如、肩に何か軽いものが当たった感触を感じ取る。 「…待って。」 えーと…なんてったっけ。あのSOS団の内の一人の美少女が俺の肩を掴んでいた。 「長門さん…か?」「有希でもいい。」「有希?なんか馴れ馴れしくないか?」「…あなたの好きに呼んで。」「…じゃあ有希だな。それで、俺に何か用か?」「さっきの涼宮ハルヒの言動、あれは彼女が本心でやったわけではない。」「…涼宮のことか。それ、本当なのかよ。」「彼女の心は正常ではなかった。気を悪くしないで。」「有希、なんでお前そんなことが分かるんだ?」「…今は信じて。」 根拠もなく信じてと言われてもなぁ… 「わたしが伝えに来たのはこれだけ。」「ま、待てよ有希!」「…何?」「あれだ、朝とかさ、たまに…話に行ってもいいか?」「いい」「そうか、それじゃあな。」 どうして俺がこんなことを言ったのかは自分でも分からなかった。だが、俺の家へと帰る足取りは、どこか軽かった。 次の日のホームルーム前、俺は早速六組に居る有希の下へと向かった。 「よっ、有希。」「おはよう。」 読書をしていた有希は僅かに微笑んだ。 「昨日から本読んでるよな?楽しいか?」「…わりと。」「どんなところが?」「…全部。」「今度、なんか本貸してくれよ。いいだろ?」「いい」「そっか、サンキュ。…ところで、SOS団とやらに入ってるんだよな?」「そう」「今までにどんなことしてきたんだ?」「…上手く説明できない。でも、あなたは今までの活動を楽しんでいた。涼宮ハルヒ、そしてわたしたちと一緒に。」「涼宮もか…」「彼女を嫌ってはいけない。嫌わないで。」「な、なんで有希がそんなこと言うんだ?」「…分からない。でも、あなたには幸せでいてほしい。」 な、なんだこれは。新手の愛情表現か何かなのか…? 「おっと、そろそろ時間だ。俺戻るわ。」「また、放課後に。」 俺は教室へと戻った。『また、放課後に』…か。 放課後、俺は足が動くままに文芸部室へ向かった。ドアの前に立つと、手も自然に動いた。違和感なく、ドアをノックする。 「どうぞー」 朝比奈さんの声がする。ドアを開けて確認する。涼宮が居るか居ないか、ということを。…ん?俺は涼宮を軽蔑してるのか?でも無理ないよな。あんな蹴りをくらわされちゃあ…でも有希が言ってたことは… 「また来てくれたんですね。あの…昨日の涼宮さんの蹴りは…気にしないであげてください。」 あなたもその話ですか。 「きっとね、本心からじゃないの。いや、絶対そうよ?」「有希も同じことを言っていましたよ。今は居ないようですが、涼宮はそんなに大切な存在なんですか?」「有希…?ああ、長門さんですね。涼宮さんは…そう、とっても大切なの。」「もしかして朝比奈さん…そっちの趣味で?」「いいえ、ち、違います!その…そういう意味じゃなくて…涼宮さんは…その…」「朝比奈さん、その話は僕から彼に話しましょう。」 話に割って入ってきたのは古泉だ。ん、なんかこいつのニヤケ顔ムカつくな… 「では、椅子にでも掛けて下さい。」「あ、ああ…。」「ええとですね。どこから話していいのか…、とりあえず率直に言いましょう。」「なんだ?」「長門さん、朝比奈さん、僕はそれぞれ、簡単に言うと宇宙人、未来人、超能力者なんですよ。」 古泉一樹。こいつの名前を俺の辞書でひくと説明文は『ただのアホ』と表示されるだろう。んなもん、信じられるか。 俺は座ってて尻が痛くなるほど長々と古泉の話を聞いてやった。時間の歪みだか進化の可能性だか神だとか、もう滅茶苦茶な話をな。 「最後にひとつ。この話は、絶対に涼宮さんには内緒にしておいてください。」「…ああ、分かったよ。」 まさに半信半疑。いや、半分とも信用してなかったわけだが、涼宮には内緒にしておこう。そして奴が入ってきた。 「…キョン…!」「涼宮…。」 …分かった。俺は明らかに涼宮を軽蔑視している。涼宮は悲しそうな顔をして奥の席に腰掛けた。それから五分ほどだろうか。沈黙の時が流れた。 「…キョン?ちょっと…ついてきて。」「……ああ。」 俺は涼宮に連れられて学校の屋上へと向かった。何が始まるんだ?俺は殴られるのか?蹴り殺されるのか? 「ええっと、昨日は…ごめんなさい。」 涼宮はペコリと頭を下げた。これは予測射程距離内を大きく外れる攻撃だ。 「いや、別に…俺も怒ってないからよ、いいって。」 軽く返答したつもりだったんだが、涼宮は今にも泣きそうな顔を上げ、俺を見つめた。 「ごめんなさい…あたしのせいで…ごめんなさいっ…」 あたしのせい?一体…何のことなんだ? 「キョンは…崖から落ちそうになったあたしをかばってくれたの。」「…俺が?」 俺がそんな勇気のいることをしたのか?…涼宮に? 「だからキョンは記憶喪失になっちゃって…それで…それで…」 涼宮は必死に言葉を搾り出すように話した。 「崖から落ちる前にね…?あたしとキョンは、二人っきりで…蛍を見たの。」「蛍…?」 どんなシチュエーションなんだ?全く見当がつかない。 「とてもきれいだった…そのあと、あたしとキョンは…うっ…うぅっ…」 遂に涼宮は涙を垂らし始めた。な、なんなんだよ… 「やっぱり…嫌だよぉっ…キョン、思い出してよ…」「思い出してって言われてもな…」「そうじゃないとあたし…もう、耐えられない…」「…涼宮…。」「…ごめんなさい。あたし、すごい我侭なこと言ってたね。じゃあ…戻ろう。」「いつも我侭なこと言ってこそお前だろ。こんな態度、似合わねぇぞ。」「…え?」 ん、なんだ、今の言葉は。俺が言った…んだよな?何故こんなことを…? 「…そ、そうね!あたしったら何しみったれたこと言ってたのかしら!」 声の音量が倍ほどになった。うむ、確かに涼宮は元気な姿の方が似合ってる。 「戻りましょ!ほら、早く!」 俺は涼宮に手首を掴まれ、部室の方へと引っ張られる。 「いだだ!手首を掴むなって!」「それくらい、我慢してよ!」 それは、俺にとって初めてな経験のはずだった…でも、どこか懐かしい感じがした。 そして今日のSOS団の活動が終了した。みんなが帰っていく中、俺は有希を呼び止めた。 「あのさ、涼宮のことで色々と聞きたいことがあるんだけど…」「くる?」「何処に?」「わたしの家。」 有希から初めて誘われた。い、いやいや、俺はそんな気は… 「以前のあなたは前にも何度か来たことがある。特別気にすることはない。」「そ、そうか。」 俺は有希の家へと向かった。いやあ、驚いたね。こんな高級マンションに一人暮らしとは。俺は殺風景なリビングに案内され、床に腰を下ろす。 「話って?」「ああ、記憶がなくなる前の俺と涼宮との関係って…何だったんだ?」「………」 有希は少し困ったように考え込んでしまったようだ。そんなに難しい質問だったか? 「…仲はとても良かったように見えた。それ以上でも、それ以下でも…なかっ…た。」 言葉が詰まるように有希はそう言った。 「…そうなのか。いやな、涼宮が今日、記憶がなくなる前に一緒に蛍を見たって…」「あなたの記憶がなくなる8分28秒前、涼宮ハルヒとあなたの心に大きな変化が観測された。」 大きな変化を…観測だって? 「そう。わたしの中でエラーと称される何かが、その時に起きた。」「な、何なのか分からないのか?」「…分かっているのかもしれない。でも、あくまで可能性の話。」「可能性の話だってなんだっていい。…教えてくれ。」「…あなたと涼宮ハルヒは、互いに…」 互いに…? 「………互いの好的感情を教えあった。」「なっ…それって、告白…ってことか?」「…可能性の話。」 涼宮と俺は両思いだったってことか?…確かにそれならつじつまが… 「わたしは…伝えたくなかった。」「ん?」「わたしはこのことを…あなたには伝えたくなかった。」「ど、どうしてだ?」「…分からない。エラーが発生しているせい。」 有希は悲しそうな顔でうつむいた。そんな顔するなよ、有希。 「で、でも…今の俺の気持ちは…有希のこと…んぐっ!?」 いきなり有希に口を塞がれた。 「それ以上はいけない。絶対、言ってはだめ。」「ん、ん~、ん~!」 俺は有希の手をよける。 「なんで…どうしてだよ。」「あなたには幸せになってほしい。ただ、それだけ。」「だから俺はっ…有希、お前と!」「…もう、帰って。」「有希…!」「…っ…帰って…」 有希の言葉は重く俺の胸に突き刺さった。どうしてだよ、有希!その後、俺は有希にお茶を出されて一杯だけ飲んだ後、マンションを後にした。 「また、明日。」「…おう。」 帰り際に有希が流していた涙。透き通った、とてもきれいな色をしていた。…ちなみに明日は土曜だぜ、有希。 ▽▽▽▽▽ あたしは決意した。あの時は元気に振舞っていたけれど、やっぱり…あの日のことを思うと涙が出てくる。キョンの記憶を取り戻さなきゃ。そうでないと、あたしは一生後悔する。そう悟った。 土曜日。朝早く、あたしはキョンを携帯で誘った。 『駅前に一時集合ねっ!いい?』 頑張って誘って良かった。キョンは今日一日、付き合ってくれると言ってくれた。午後一時。あたしが着いて一分くらいしたあと、キョンが来た。 「よう、涼宮。」「う、うん。じゃ行きましょ。」 キョンはやっぱり、名前で呼んでくれない。 列車に揺られて時は午後五時。あたしたちが向かったのは、あの場所だった。 「こんな田舎に、どうしたんだ?」「ちょっと、ついてきて!」 あたしはキョンの手首を握って向かう。あの場所に。あの…湖に。 「もう…どうしてないの…!?」 あたしは泣きそうになっていた。だめ、泣いちゃったらキョンに格好が付かないじゃない。でも、蛍が居た湖は何処へ探しても見つからなかった。 「涼宮、大丈夫か?」「…っご、ごめんなさい…あたし…」「謝るなって。」 キョンに申し訳ない…せっかくこんな所まで連れてきたのに…どうして… 「…蛍の湖か?」「えっ…?」「…探し出すぞ。絶対な。」「キョン、覚えてるの?」「さあな、そんなことは分からない。でも…お前が探してるんだろ?そこ。」「う、うん…」「じゃ、もっと探すぞ!」 キョンの優しさは変わらなかった。この優しさ…いつものキョンだ。 夕焼けだった空もすっかり夜になっちゃって、時刻は8時を越えていた。 「キョン…もう、いいよ…」「涼宮…?」「ありがとう、でも…これ以上キョンに迷惑かけられない。」「お、おい…」「本当にごめんなさい…じゃあ元来た道に…」 あたしが帰り道への一歩を踏み出そうとした時。 ――それは、繰り返された。 一度、前に味わった変な実感。…あたし、また崖から落ちてるの?キョンとの距離がどんどん離れていく。落ちていくあたしにキョンが手を差し伸べてくれたけど、あたしは…掴めなかった。 「…ハルヒ!!」「…キョン!?」 キョンは崖から飛び降りて、あたしを抱きしめてくれた。だめだよ、また記憶なんか欠けちゃったら…ザボォーン!!という、土の地面ではなく水面へ落ちた音。大きな水しぶきをあげて、あたしたちは水中に落ちて、助かった。 「キョン…さっき、あたしのこと…」「…ハルヒ、見てみろ!」 あたしたちの周り一帯に、無数の蛍が自らの光を発して漂っていた。 「これって…」「少し上に上っちまってたみたいだな…だけど良かった。お前の記憶が消えちまったらどうなることかと思ったよ。」「ありがとう…キョン…それで、さっきあたしのこと何て…」「前からずっとそう呼んでただろ?ハルヒ。」「キョンっ…!!!」 あたしは思い切りキョンに抱きついた。キョンは優しくあたしを抱きしめてくれた。…そして、唇を重ねあった。何度も、何度でも。それからずっとずっと…あたしとキョンは、蛍の光の中で愛の言葉を言い合った。 ――大好きよ、キョン。――大好きだ、ハルヒ。 ~Fin
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