江美里と初デート
「以上で、今回の会議を終了する。各自解散してくれたまえ。」長かった会議が終わり、各委員会の委員長たちがぞろぞろと生徒会室を出ていく。全員が出ていったのを確認して、俺は制服の内ポケットから煙草を取り出し、火をつける。 ここは職員室の隣だが、一度も教師どもにバレたことはない。「会長、お疲れ様です。あ、また煙草ですか?もう、毎回言いますけど、喫煙者は各種ガンの発生率が非喫煙者の何倍も」「それは分かっているが、これが一度吸うとどうしてもやめられんのだ。そうだ、江美里、お前の情報操作能力とやらでニコチン依存を無くしたりは出来んのか?」「出来なくはないですけど…。それじゃ会長のためにならないじゃないですか。」「はは、それもそうだ。俺も肺ガンは嫌だしな。禁煙でもしてみるか。」「やっと分かってくれましたか。三日坊主にならないように頑張って下さいね。」「その点は心配無用だ。俺はやると言ったことは必ずやり遂げる人間だからな。まあ、どうしても無理だったら、その時はよろしく頼むぞ。」「しょうがないですねぇ。本当に、どうしてもって時だけですよ?」「ああ。感謝する。」二人きりになった生徒会室で、いつものように俺と江美里は会話を交わす。ん?呼び方は「喜緑くん」じゃなかったか、だって?ああ、説明が遅れたな。この喜緑江美里はつい一ヶ月前くらいから俺の彼女だ。どのようないきさつでこのような関係になったかは、話すと江美里が極端に恥ずかしがるので、ここでは割愛させていただく。 その江美里の事だが、実は人間ではなく、情報統合思念体とやらに作られた宇宙人のようなものらしく、同じく宇宙人のようなものである長門有希の目付け役としてこの学校にいるらしい。 最初、その話を聞いた時は頭の狂った妄想癖のある変質者かと思ったが、目の前で俺の煙草がニ○レットに変わった時にはその話を全て信じざるを得なくなった。宇宙人と付き合う事に最初は尋常ならぬ違和感を当然ながら抱いていたが、江美里の人間味溢れる仕草を見ていると、そんなことは全く気にならなくなっていった。まあ、情報操作能力とやらがある以外は人間と何ら変わりはないらしいしな。 「そろそろ帰りましょうか、会長。」「ああ、そうだな。」生徒会室に施錠をし、俺と江美里は昇降口へと向かった。 靴を履き終わり、外へ出ようとしたまさにその時!「あら、雨ですね。」結構な勢いで雨が降り始めた。厚い雲が空を覆っており、しばらくは止みそうにない。「江美里、傘はあるか?」「私は持ってますが…会長はお持ちでないんですか。」「ああ、情けなくもな。すまんが入れてくれないか?」「ええ、いいですよ。どうぞどうぞ。」「はは、すまないな。」「相合傘ですかあ。なんかいいですね。えへへ」「いままであまり恋人らしいことをしてなかったからな。たまにはこういうシチュエーションもいいだろう。」「恋人らしいこと、ですか…。そうだ、今度の土日に二人でどこかに出かけませんか?生徒会の仕事もありませんし、ちょうどいいんじゃないですか?」「お、いいな。映画でも見に行くか?ちょうど気になっていたのがあってな。」「はぁ。何て言うやつですか?」俺はためらいつつもその映画のタイトルを告げた。「えっ!会長もそんなの見るんですか!?甚だしく意外ですね。」「何もそこまで驚かなくてもいいだろう。…まあ以前の俺なら絶対に見なかっただろうがな。」「実は私もその映画見てみたかったんですけどね。実年齢は4歳ですから、恋愛のこととかよくわからないし、いい勉強になりそうですから。」「よし、きまりだな。詳しい待ち合わせ時間などは明日でいいだろう。」「そうですね。ふふ、楽しみだなぁ…じゃあ、私はここで。」「ああ。またあしたな。」「ええ。では失礼します。」江美里はぺこりとおじぎをすると、マンションの方向へ歩いて行った。しかし、一ヶ月で初デートとは何と遅いことか…。相手が江美里じゃなかったら破局なんてこともあったかもしれん。まあ、いまさら細かいことは気にせんことだ。土曜はゆっくり楽しもう。 ~翌日、会長のクラスの教室にて~ 「なあ」「なんだ?」朝教室へ行くと、隣の席のやつが話しかけてきた。「お前さぁ、最近…変わったよなぁ」「ほう。どのようにだ?」「ああ、前はいかにも冷酷そうな顔をしていたが、今は随分緩んだ感じがするよ。あと性格も丸くなったような…もしかして彼女でも出来たか?」「ああ。」「なっ、マジでか!?まさかいつも生徒会で一緒にいる、書記の喜緑さんという人か!」「しっ!大声で言うな!他のやつらに聞こえるだろうが!」「もう聞こえてるぜ?」背後から別のクラスメイトの声が。後ろを振り向くと、すでに女子を含めたクラスの大半が集まっていた… 「…というわけでな。今日はさんざんクラスのやつらにいじられたよ。」「それは大変でしたね。でも少し嬉しかったんじゃないですか?」「ははは、それを言われると否定できんな。」実際、彼女のいないやつからみたらこの上なく羨ましい光景だっただろう。「ふふ。明日はいよいよ、初めて二人でおでかけですね。ちょっと遅いような気もしますけど。」うっ!やはり江美里もそう思っていたか。「でも最近はずっと忙しかったかですし、仕方ありませんよね。だから明日は思う存分楽しんで来ましょう。ねっ、会長♪」可愛らしくウインクをする江美里。目眩がしそうなほど輝かしいが、「ああ。」とぐらいしか返せない自分が情けない。「可愛らしく」か。以前の俺からは想像もつかない言葉を使うようになったものだ。こいつと付き合うようになってから、あまりの自分の変わりように驚くことがある。以前は自分があくどい、冷徹な人間なのはある程度自覚していたし、周りもそう思っていたのだろう。 しかし今は、気が付けば江美里の事ばかり考えている。どうしたら喜ばせられるかとか、どうやってデートに誘うかなど…。周りからも、今日のクラスメイトのように、「優しくなった」「明るくなった」などと言われるようになった。 今の俺と以前の俺はまるで別の人間のようだ。誰かが俺が寝ている間にこっそり俺の人格を持ち出し、別の人格を入れたとしてもそれを否定することはできない。だが、俺は今のこの生活を楽しんでいるし、元の色のない生活には戻りたくないから、これが自分なのだと受け入れて行こう。冷徹な俺よりも、優しく明るい俺の方が江美里も好きだろうしな。 ふと、江美里が少し前に出て立ち止まり、後ろを振り向く。「ねえ会長。」「なんだ江美里。」「会長は私のことどれくらい好きですか?」「そうだな…あまりいい例えが見つからないから言葉では言いづらいな。これでいいか?」誰の目も届かない裏道。俺は江美里を抱き寄せ、その薄桃色の綺麗な唇に、自分の唇を重ねた。こういう時は目を閉じるのがマナーだと思い、俺はそれに則った。江美里を抱く腕に力を込める。しばらく離したくないね。本当は五秒くらいしか経っていないのだろうが、俺にとっては永遠にも感じられた時間のあと、俺は唇を離し、ゆっくり目を開けてみる。江美里は顔を朱に染め、びっくりしたのかしばらくオロオロしていた。そしてようやく落ち着くと、ぱあっと満面の笑みをつくり、「ふふふ。大好きです、会長。」と言って、ぎゅっと俺に抱きついてきた。そのまましばらく、俺達は抱き合っていた。 ~翌日、土曜日~ 俺は江美里との待ち合わせ場所に指定した駅前に着いた。辺りを見回す。どうやら江美里はまだ来ていないようだ。時計を確認すると、約束の時間まで30分あった。もうしばらく来ないかもしれないと思い、暇潰しを探し始めると、「ごめんなさい、会長。待たせましたか?」俺に五分ほど遅れて到着した江美里が聞く。身長差があるので必然的に上目使いになる。くっ、可愛い…「いや、俺もついさっきついたところだ。待ってなどいないぞ。」「そうですか。よかったです。じゃあ、行きましょうか。」「おう。今日は楽しむぞ。」「はい!」 俺達は二つ隣の駅までの切符を買い、電車に乗り込んだ。俺達と同じ目的のやつが多いのか、車内は結構混んでいた。俺達はドア近くの吊革につかまった。電車は加速し、やがてカーブにさしかかる。 すると、急なカーブなのか電車が傾き、激しく揺れた。俺はその拍子に少しふらついてしまった。その時!俺のあいていた方の手が江美里の胸にあたってしまった!「ひゃあっ!」「わ!すまん!ふらついた拍子にあたってしまった!」「いえ、べ、別に不可抗力ですから全然気にしませんよ!それに、会長になら何されても…ぃぃ…」ん?最後の方がよく聞き取れなかった。真っ赤になって下を向き、ゴニョゴニョ言っていたが何だったのだろう? しばらく気まずい空気が流れたがなんとかいつもの調子にもどることが出来、鑑賞予定の映画の話をしていると目的の駅に到着した。「あとはここから徒歩五分だな。よし、行くぞ江美里。」「………」無言?さっきのことを思い出して照れているのか?まあいい、とりあえず早く映画館を目指そう。俺は歩き出した。しかし江美里は着いてこない。なぜだ?「どうした江美里?早く行かないと映画が始まってしまうぞ。」「…手。」「手?」「手、つないでください。」…しまった。全く頭になかった。恋人同士の常識とも言えることを…!!「それは悪かった。ほら。」手を差し出すと、江美里の白く細い指がしっかりと絡まっていく。そういえば、手をつなぐのもこれが初めてだな。しかし、キスより後って…「こうやって手をつなぐのも初めてですね。キスはもうしてるのに…なんだか変な感じです。」なっ!今俺が思ったのと全く同じことを!まさか読心!?有り得る、情報操作能力とやらで…「もう、出来てもしないですよ、そんなこと。」「ははは、俺の考えすぎだな。すまんすまん。じゃあ行くか。」「はい。道順は分かってるんですか?」「ああ、その点はぬかりない。ちゃんと調べてあるからな。まずはあの交差点を左だ。」 こうしてようやく俺達は歩き始めた。映画館までは徒歩五分だが、上映まで小一時間ほどあり、なぜか二人そろって朝飯を食っていなかったので、途中にあった喫茶店に入った。ウェイトレスに二人とも同じものを注文し、届くのを待つ。 「会長も今日は朝ごはんたべてないんですか?」「ああ、昨日のうちにちゃんと準備していなかったから、今朝は服を選んだりするので精一杯だった。江美里はどうたったんだ?」「実は私もそうなんです。どの服を着るかさんざん迷ってこれにしたんですけど…。どうですか、この服。似合ってますか?」江美里は清楚な感じの白いワンピースという格好で、ただでさえ清楚なイメージのある江美里には格段に似合っている。「ああ。その服がお前以上に似合うやつはいない、というぐらい似合ってるぞ。」「ほ、本当ですか!?どうしよう、嬉しい…」ほのかに赤くなった顔を両手で押さえ、もだえている。どうやら褒められると弱いようだな。「だが、その格好では少し寒いんじゃないか?俺はどうもここは冷房が効きすぎているような気がするが…」最近は秋らしくなってきて、気温が30℃を越えるようなことはまずない。しかし、この店はなぜか真夏のようにガンガン冷房が効いている。きっと温度を設定したやつが暑がりなんだろう。 「確かにちょっと寒いですね。私が風邪をひくなんてことはないので大丈夫ですが…」とはいいながらも、よく見れば腕には鳥肌がたっているし、たまに小刻みに震えている。俺は見ていられなくなり、着ていた上着をかけてやった。「あ、ありがとうございます。でも会長も寒いんでしたら、風邪ひいちゃうんじゃ…」「俺はな、目の前で寒そうにしている彼女を放っておくくらいなら、自分が風邪ひくほうがよっぽどマシなんだよ。」「あはは、ありがとうございます。じゃあお言葉に甘えて借りときますね。でも、私は幸せ者ですね。会長がこんなに私のことを思ってくださってるんですから。」「いや、俺は特にたいしたこともしてやれなくて、むしろ申し訳ないくらいに思っているのだが…」「いえ、たいしたことなんてしてもらわなくても、会長の何気無く発する言葉や、さっきのようなちょっとした行動のひとつひとつにすごく優しさが感じられるんです。」 「だから、それだけで私は会長に思われてるだなって、とっても幸せな気分になれますので、特別なことなんてなくても十分なんです。」「そうか。俺は全然特別なことなどしてやれなくて、ずっと江美里を満足させてやれていない、情けない男だと思っていたが、お前がそう言ってくれるのなら、俺も少し自分に自身が持ててきた気がするよ。」 「そうですよ。会長はとってもすばらしい人ですよ。それこそ、これ以上にないくらい。」「ああ、本当にありがとうな、江美里。だが、全く特別なことをしないというのはさすがによくないだろうからな。何か考えとくよ。」「分かりました。期待しておきますね。」 「期待にそえるように頑張るよ。そうだ江美里、お前の誕生日はいつということになっているんだ?」「誕生日ですか?一応情報統合思念体に作り出された日ということになってますが…実はもう過ぎちゃってまして。」「そうか、それは残念だな。誕生日についてはまた来年だな。次はクリスマスだ。」「そうですね。楽しみにしておきますね。」「ああ。お、ようやく注文の品が来たようだぞ。」俺達は軽食をさっさと済ませ、寒い店を出た。「さあ、改めて映画館に向かうとするか。と、その前に」今度は忘れずに手を差し出す。その手はすぐに握りかえされた。「ふふふ、今度はちゃんと覚えてくれてましたね。」「俺は同じ過ちは二度と繰り返さないように気を付けているからな。ぬかりはない。」「過ちってそんな大袈裟な…もしかして結構気にしてます?」「なんだかあの時お前が怒っているように見えてな。とんでもない過ちを犯したのかと。」「確かにちょっとすねた風にはしましたけど、別に怒ってはいませんよ。すみません、誤解を招くようなことしちゃって。」「いや、いい戒めになったよ。まあ、今回は両方悪かったってことでチャラだ。それでいいだろう?」「ふふふ、そうですね。」 そうしているうちに映画館に到着。チケットを買い、中に入った。結構席はうまっていたが、まるで俺達のために用意されたかのように、中央付近に二人分あいているところがあった。そこに腰かけ、上映開始を待つ。ふと館内を見渡すと、前方の席に見覚えのある二人組を発見した。俺はひそひそ声で江美里に話しかける。「なあ、あれってまさか…」「涼宮ハルヒさんと、その彼氏さんですね。」やはりか!これはまずい、彼女がいるなどと分かってしまえば、やつらの前で演じている冷徹な生徒会長キャラが使えなくなってしまうだろう。「ちょっとしたピンチですね。どうします?」「とりあえず上映が終わったら即刻ダッシュで逃げ出そう…と思ったが、江美里。」「なんですか?」「お前の情報操作能力で俺達の姿を見えなくするバリアとか張れんのか?」「あ、それがありましたね。今するとこの席があいているように見えて他の客が座ろうとする可能性がありますから、上映終了と同時に展開しましょう。」「よし分かった。頼むぞ。」全く、一番遭遇したくないやつらと居合わせるとはな。俺は江美里と二人だけの時間を楽しみたいのに…「まあまあ… あ、始まりますよ。」 いよいよ映画の上映が開始された。わざわざ細かい描写をしているときりがないので、ざっとおおまかな内容をお伝えしよう。互いに思い合う庶民の女と金持ちの男が、男の母親や婚約者の邪魔など、様々な試練を乗り越え最後は結ばれるというものだ。そういった内容だからか、観客は俺達のような若いカップルばかりかと思っていたのだが…これが、意外とオバサンや中年オヤジも多かったのだ。主演の男がアイドルだからオバサンは大方そいつのファンだろうが、中年オヤジは一体何が目的なんだ…?映画が終了し、中年オヤジについての疑問を残しつつ、劇場を後にする…とその前に。「江美里、バリアを頼む。」「はい。遮音フィールド及び不可視フィールドを展開……完了しました。」「よし、ご苦労。じゃあなるべく早く駅へ行き、次の目的地へ向かうぞ。やつらが同じ電車に乗っていないことを確認したらフィールドを解除だ。」「そのことですが、さっき二人の会話を盗み聞きしたところ私達の目的地とは反対方向に向かうようなので問題ないと思いますよ。」「そうか、でかしたぞ江美里。お前は本当に気が利くなあ。」軽く褒めて反応を見る。「会長の役に立てて嬉しいです。えへへ。」服装を褒めた時とはまた違った反応。これはこれでいい…「えへへ」という笑い方は俺の中ではポイントが高いのだ。 劇場をさっさと脱け出した俺達は駅へ向かった。ちょうどやつらが俺達とは反応方向の電車に乗ったのを確認できたので、一旦物陰に隠れ、そこでフィールドを解く。いきなり現れると一般人どもがびっくりするからな。 「遮音フィールド及び不可視フィールドを解除。完了しました。」「ご苦労。じゃあ電車に乗るぞ…って、ん?どうした江美里。」江美里が急に顔を赤くしてうつ向きだした。「あっ、ごめんなさい!朝のこと思い出しちゃって…」ああ、映画館に行くときの電車の中で俺の手が…「そ、それ以上言っちゃだめです!」「おっと、すまんすまん。さあ、気をとり直して電車に乗るぞ。」「は、はい!」今度は朝よりも早く江美里は落ち着いたようで、俺達は映画の感想を語っていた。「シリアスなシーンもあったが、やはりコメディーだけあってギャグシーンが最高だったな。最後に間違えてお父さんに『結婚してください』っていう所では思わず吹いてしまった。」 「あそこはさすがに私も笑っちゃいました。シリアスとボケの使い分けが最高でしたね。」「ああ、きっとあの映画は大盛況に違いない。俺からも何か賞をあげたいくらいだ。」二人ともベタ誉めしているが、本当にそれくらい面白かったのだ。笑えて、しかも感動できる。なんと出来のいい作品だったのだろう。 「そうだ江美里、お前はあの映画を恋愛の参考にしたいと言っていたが、どうだ?参考になったか?」「うーん、なったと言えばなったんでしょうか。なんといっても映画の二人と私達とでは境遇が違いすぎますし…」「それはそうだな。まあ、楽しめたしよかったんじゃないか?」「ええ。いずれにしても見に来た甲斐がありましたね。」などと話している間に、電車は目的の駅に到着した。次の目的地は、駅のすぐ近くにある、最近出来たばかりの大型ショッピングモールだ。俺の家の近くにも大型スーパーはあるが、それとは比べものにならんぐらいにでかい。その分、迷うやつもいるらしいが、江美里がいれば大丈夫だろう。駅を出てものの二分ほどで俺達はショッピングモールに到着した。入り口付近にある、店内の売り場案内をみると、かなり広範囲のものが取り扱われているのが見てとれた。 地元の商店街の人たちには随分厄介な存在だろうが、俺達にはとても有り難い。しばらく案内板を眺めていると、ようやく目当ての売り場が見つかった。今回の目当ては若者用の服売り場である。言うまでもなく、江美里の新しい服を本人の希望で選びにきたのだ。 しかし、実は江美里には言っていないのだが、俺自身の希望もある。以前からに似合いそうな服をピックアップし、リスト化してあるのだ。それらを今日は着せてみたいと思う。 いやあ、実に楽しみだ。きっと本人より俺のほうが楽しみにしていたに違いない。しかしいつの間に俺はこんな変態になったんだ?以前のクールな俺からは想像もつかん。 はぐれないよう、しっかりと手をつなぎ、三階にある売り場へと向かう。途中、いかにもモテなさそうな野郎共がじろじろ見てきた。ふん、どうだ。うらやましいだろう。 売り場に到着すると、俺は早速リストにある服を探し始める。今回リストアップしたのは厳選された五種類の服だ。本当はもっといろいろ着せてみたかったのだが、時間の都合もあるから仕方がない。残りはまた今度にしよう。「よし、まずはこれを着てみるといい。」「わあ、かわいいですね、それ。実は私もそういうのを着てみたいと思ってたんですよ。」よかった。江美里がひいたりしないか心配だったが、杞憂に終わったようだ。「じゃあ、着てきますね。」江美里が試着室に入り、俺は付近で試着が終わるのを待つ。途中、ぱさっ、と、服を脱ぎ捨てる音が聞こえた。俺はつい危ない想像をしてしまいそうになり、それを必死に抑えた。 「終わりましたよ~」「よし、じゃあカーテンを開けてみてくれ。」ゆっくりとカーテンが開かれる。「おお…」『萌え死ぬ』という言葉を聞いたり、目にしたりすると今までは「はあ?」としか思わなかったが、今ではそれが理解できる。まさにそんな感じだった。「あの…似合って…ます…か?」「似合っているどころの騒ぎではないぞ、これは。」「…?」「正直言おう。可愛すぎる。」「えっ…やだ、もう、会長ったら…そんな、可愛いだなんて…」赤くなってもじもじとする江美里。服装の可愛らしさも相まって、可愛さ五割増しだ。うん、たまらん!その後も残りの四着も試着させ、そのたびにこれでもかと褒めまくり、俺は耳まで真っ赤にさせることに成功した。最終的に、本日はスカートなども含めた計五着を購入。金額が万単位になり、二人で半分ずつ出し合った。江美里は「自分のものですから、自分で全部払います」と言って聞かなかったが、俺はなんとか「目の保養をさせてもらう料金だ」などと説得、半分ずつ出し合う、ということに落ち着いた。 予想以上に出費が多かったので、他の買い物は自粛した。電車代がなくなって帰れなくなったら困るからな。店内を適当にぶらつき、午後五時をまわったところで俺達は店を出た。少し早いが、これから夕食である。昼は何も食っていなかったので、腹が減っているのだ。あらかじめ調べておいた、駅近くのイタリア料理店に入る。 「さて、どれにしましょうか。」メニューを開き、ピザでも頼もうかとピザの欄を見てみる。しかし…「わけわからん名前ばっかりだな。どんなトッピングなのか名前からでは全く判断できん。」意味不明なカタカナばかり並んでいる。しまった、俺の来るようなところじゃなかったか?「私も全然分からないですね、これは…。店員さんに聞いてみましょうか。」「ああ、それがいいな。」店員からどれが一番ノーマルなやつなのかを聞き出し、俺達は二人ともそれを注文した。下手にチャレンジするとよくないことになりかねんからな。「なあ江美里。」「何ですか?」「お前の目から見ても、俺は変わったのか?」「はい、随分変わりましたよ。笑い方一つとったって、前は『フッ』みたいなクールな笑い方しかしませんでしたけど、今ではとても明るい笑い方をなさりますし…。」 「ふむ。」「言葉だって以前なら『可愛い』とか絶対に使わなかったでしょうしね。表情も豊かになって、笑顔も以前は不敵な笑みって感じでしたけど、今はすごく優しい笑顔だし…。完全にクールキャラは抜け切ってしまいましたね。」 「ははは」「でも、私はそんな今の会長が大好きですし、ずっと今のままでいて欲しいと思ってます。」 「少なくともお前といる限りはずっと今のままだろうな。」「じゃあ、私はこのままずっと会長と一緒にいますね。不束か者ですがこれからもどうかよろしくお願いします。」「俺の方こそ、これからもよろしく頼むぞ。」「はい、会長。約束ですよ。」「ああ、約束しよう。」俺達は指切りをし、生涯を共にすることを誓い合った。 ピザを食い終わり、俺達は店を出た。結構美味かったので、場違いかとも思ったが、是非また来てみたい。駅へ行き、電車に乗り込んだ。帰りは家の最寄りの駅まで直通である。今度は割とすいていたので、座ることが出来た。隣に寄り添って座る江美里に話しかける。「なあ江美里。」「………。」返事がない。横をみると、俺の肩によりかかり、すうすうと寝息を立てていた。疲れて寝てしまったのだろう。俺は起こさないよう、そっと頭を撫でる。細く、柔らかい髪の感触が心地よい。 相変わらずな生徒会活動の忙しさも、こいつを見ていると自然に忘れられる。イライラしたり、むしゃくしゃしたりしても、いつも癒してくれる。こいつのお陰で、俺は変わることが出来た。こいつのお陰で、毎日を楽しく過ごすことができるようになった――。全く、こいつには感謝してもしきれないな。すやすや眠る江美里の愛らしい寝顔を見ながら、俺はそんなことを考えていた。 「もうすぐ着くぞ、江美里。起きろ。」もう少し寝顔を見ていたかったが、乗り過ごすわけにはいかないので、俺は名残惜しくも江美里を起こしてやった。「あ、かいちょう、おふぁようございまふ…」「何を言っている。今は夜だぞ。」「ふえ…?あ、そうだ、私、電車に乗ってすぐ寝ちゃって…!ごめんなさい、会長」「俺は謝られるようなことは何一つされとらんがな。さあ、降りるぞ。」俺はまだ足元のふらつく江美里を引っ張って電車を降りた。あとは自宅へ徒歩でかえるのみだ。初めてのデートが、まもなく終わろうとしている。「今日はありがとうございました、会長。今日はきっと、いままでの四年間で一番楽しい一日だったと思います。」「俺もお前のお陰でいろいろ楽しめたよ。それに俺がお前を楽しませてやれるのも、ひとえにお前のお陰なんだ。」「…え?」「お前がいるから、俺は今のような性格を獲得することが出来た。きっと、以前のような俺だったら今日と同じ行程をたどったとしてもお前をちっとも楽しませてやれなかっただろうし、俺も楽しくなかっただろう。」 「会長…」「お前のお陰で、俺は疲れとか、イライラとか、そんなものを全て癒すことができる。毎日を楽しく過ごすことができる。本当に、お前には感謝してもしきれないよ。」 電車でこいつの寝顔をみながら考えたことを、ほとんどそのまま伝えてみた。「私も、会長のお陰で毎日がとっても楽しいですよ。毎日の単調な生活にうんざりで、学校にいくのもおっくうでしたが、会長と付き合うようになってからは『会長に会える』と思うだけで学校に行くのが楽しみで仕方ないんです。」 「そいつは光栄だな。」「はい。クラスのみんなにも『明るくなった』って言われるようになりましたし…。会長ほどではないかもしれないけど、私も変わったんだと思います。本当に感謝してますよ、会長。」 お互いに感謝を述べ、街灯の下で立ち止まり向かい合う。しばらく見つめ合うだけの時間が過ぎた。永遠にも感じられる、長い長い時間のあと、最初に口を開いたのは江美里だった。「会長は…私のこと好きですか?」「ああ、好きだ。」「私も大好きです、会長。」 当然のことを問い、当然のことを答える。だが、大事なのは、交される言葉の意味などではない。一歩ずつ、ゆっくりと二人は歩みよっていく。ある程度近付いたところで、またお互いに見つめ合う。江美里の白い肌が、街灯の明かりに映える。汚れの一つもない江美里の心を表すかのような、綺麗な、白い肌。俺は江美里の肩を掴み、少しずつ顔を近付けていく。江美里も、背伸びをしながら俺に顔を近付ける。そして…… 二人の間の距離は、ゼロになった。 この世界が、俺達二人だけになったような錯覚を覚えた。だが俺はそれでもいい。江美里がいれば、それで…今唇を離せば、自分は一人になってしまう。だから俺は離さない。同じように、江美里も唇を離さない。きっと俺と同じことを感じているのだろう。夜の闇が優しいカーテンのように、そっと二人を包んでゆく。二人だけの時間が、ゆっくりと過ぎていった。
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