マタ逢ウ日マデ
キョン君が長門さんと付き合いだして1週間。恐ろしく勘のいい涼宮さんがそれに気づくまで、そう時間はかかりませんでした。それに気づいただけなら、まだよかったの。涼宮さんは、見てしまったんです。キョン君と長門さんが指を絡ませあい、キスをしているところを。その瞬間、我慢ならなくなった涼宮さんは、今まで観測されたことのないくらいの大きな閉鎖空間を生み出してしまいました。もう・・・世界が灰色世界に覆いつくされるのも、時間の問題というところまできてしまったのです・・・。そんな危険な場所に、彼は行かなければならないのです。もう既に太刀打ちできる相手では無いのに、それを充分承知の上で、行くのです。私の大切な人、古泉一樹君。私の気持ちも知らずに・・・今、戦場へと向かおうとしている。「・・・本当に、行ってしまうのですか」「ええ。」古泉君は私の足元を見ながら、控えめな声で呟いた。
「古泉君だって・・・わかっているのでしょう・・・?」「わかっていますよ。もう神人たちは、我々の手に負えない数になっているということも」「だったらどうして・・・!!」「それが、我々の役目だからですよ」古泉君は顔をあげて、いつものように微笑んだ。その顔は、とてもこれから死にに行く人の顔には見えませんでした。「・・・しかし、僕は少々失望しています」「え・・・?」古泉君は、キョン君のまねをするかのように手を広げ、ため息をついた。「彼も、長門さんも・・・まさかこんなことになるとは思ってもみませんでしたよ。彼は涼宮さんの気持ちに気づいていながらも、長門さんを選び、長門さんは情報統合思念体さえも裏切り、彼と結ばれることを選んだのですよ。・・・もう、お二人にかける言葉も見つかりません」そして、小さな声で「やれやれ」と呟き、古泉君は何も喋らなくなった。・・・それは、違うと思うの、古泉君・・・。私は、手に精一杯力をこめたあと、真っ直ぐ古泉君を見つめた。 「古泉君、私には・・・わかるの」私の声色が変わったことに気づいたのか、古泉君も表情を変えた。「私も・・・色々と、任務があります。それは古泉君も、長門さんも同じだと思う・・・。私はこの時代の人間ではない・・・だから、この時代で恋愛なんて・・・許されることじゃないの。」私はそこまで言うと、もうまともに古泉君の顔が見れなくなって、顔を伏せる。「それは・・・長門さんだってそうだったはず・・・涼宮さんの観測が任務である彼女が・・・その涼宮さんの特別である彼に恋愛感情を持つことなんて・・・許されることじゃないはずです。」 涙がこぼれてしまう。ああ、何でこんなに私は泣き虫なんだろう?ちゃんと言わなきゃいけないのに。もう、最後になるのに・・・。「だからわかるの・・・私も・・・同じだから・・・」「朝比奈さん・・・」古泉君が私の肩にそっと手を乗せる。「だっておかしいじゃないですか・・・まるで運命みたいな出会いをした・・・その人と・・・決して結ばれることはないだなんて・・・」もうまともに喋ることすらできない。古泉君の手に、力がこもる。・・・それは限りなく優しく、暖かい力だった。
「古泉君」私は顔を上げる。古泉君も、真っ直ぐに私を見つめてくれていた。今、言うしかない。「私・・・古泉君が好きなの・・・」「・・・朝比奈さん・・・」告げた瞬間、足の力が抜けてしまった。バランスを崩す私の体を、古泉君が優しく抱きとめてくれる。初めて、出会った日のように。「・・・任務なんて、世界なんて・・・私は私なの・・・古泉君・・・好きなの・・・好きなの・・・!!」気が付いたら、彼の胸で声をあげて泣いてしまっていた。もう言葉になんてならない。ううん、言葉なんてもういらない。今はただ、私の頭を優しく撫でる彼の手のひらの温かみを感じていたい。
「・・・もう、時間です」どのくらいの時間そうしていたでしょう。古泉君が、低く静かに呟いた。「朝比奈さん・・・行かなくてはならないのは僕だけではない、あなたもですよ」「・・・え?」私の頭の中に、いつもの声が響く。―――朝比奈ミクル、至急コチラヘ帰還セヨ。「・・・どうして・・・?」どうして今、なの?困惑する私の頬にそっと手をかけ、古泉君が顔を寄せてくる。「朝比奈さん、お忘れですか?あなたは未来人なのです。この地球に未来があることを・・・他でもない、あなたが僕に証明してくださっているではないですか。だから・・・僕達がこれから戦場へ赴くことは、決して無駄なことではありません。僕達にしか・・・できないことなのですよ」古泉君は穏やかに笑いながらそう言った。まるで、私をあやすかのように。・・・これじゃ、どっちが年上だか、わからないじゃない・・・。 「・・・さぁ、本当に時間です。」古泉君が、私の頬から手を離す。急に離れていったぬくもりが、こんなにも愛おしい。―――イカナイデ。古泉君の少し後方に、空間のゆがみが現れた。それをくぐれば、すぐに戦いが始まるのだろう。彼は後ろを向き、ゆがみに向かって歩き出す。―――何カ言ワナクチャ。これで本当に・・・もう会えなくなっちゃうんだ。彼は・・・彼は・・・。―――嫌。嫌ヨ。ソンナノ嫌・・・「古泉君・・・!!」「おっと」彼がふいに振り向いた。「僕としたことが、先程のご返事をし忘れていましたよ。朝比奈さん、僕もあなたが好きでしたよ。」彼がにっこりと微笑む。「さようなら、朝比奈さん。・・・また会えるのを、楽しみにしています。」私に何も言わせることなく、彼は、空間のゆがみに消えた。
その瞬間、時間移動が強制的に開始された。襲ってくる、眩暈、耳鳴り、吐き気。この感覚にはやっぱり、いつまで経っても慣れることはないです。私は静かに目を閉じた。そして、古泉君のことを想った。・・・ありがとう。あなたが居たから、私が居る。そして、地球に未来がある。全部全部、あなたのおかげです。ありがとう、ありがとう、ありがとう・・・時間移動が終わり、懐かしい「故郷」の地に足をつける。周りを見渡してみる。ここで生まれ育ったはずなのに・・・変だな。私は、もうすっかりあっちの生活に慣れてしまっていたみたいです。今目の前に広がる町も、木々も、人々も・・・あなたが居たから、今ここにあるのですね。涙に濡れた頬を拭い、笑顔を作ってみる。お手本は、もちろん古泉君の笑顔。そしてそのまま、最後に言えなかった言葉を空に、ぽつりと呟いた。「さようなら、古泉君。」さようなら、愛する人・・・また逢う日まで。
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