キョンの閉鎖空間
「閉鎖空間が発生しました。」問題が起きた時にかかってくる古泉からの電話。いつも通りの前置きだ。だが、今回はちょっと違う。「涼宮さんに変わったところはありませんでしたか」とか「涼宮さんと何あったんですか?」とかそういう言葉は続かなかった。続いた言葉はこうだ。「多分、涼宮さんの閉鎖空間ではありません」
はい、ナンダッテーとか言わない。現実ではそういうのを言わない。
「ハルヒ以外にも閉鎖空間が作れちゃうとは、仕事が増えて大変だな」と軽く皮肉り軽く同情する。これでいい。
「僕の仮説では、多分、あなたの閉鎖空間です」ここで言わざるを得なかった。ナンダッテー!?
さて、回想を始めようか。時間はちょいと戻って今朝。登校時のことだ。この暑いのに朝っぱらからウザいくらい爽やかスマイルな古泉とバッタリ会った。会ってすぐに掛けられた言葉は確かこうだ。「あれ?体調不良ですか?」はいそうです、体調不良です。どうもここ何日か、胃痛・頭痛・肩こりという地味にいやな症状が付きまとって離れない。「それはそれは、同情しますよ。ストレスでしょうか」ストレス。確かにストレスが無いわけではない。定期的にやってくる嫌がらせのようなテスト、谷口の阿呆な妄言に対して細やかに入れざるを得ないツッコミ、 行事に向けた団長様のやる気満々かつ無茶苦茶な計画案とその雑用職務。あと猛暑。
勿論、そんなにドンとでっかいもんでもない。結構平凡、適度に幸せな日々を満喫しているのだから。この程度のストレスやら疲れは大抵の学生なら戦わなきゃならないもんだんだしな。とは言え、ここ最近はそういう小さいアレコレが蓄積されっぱなしで中々発散されずにいる。暑さで寝苦しいからかもしれない。食欲も少ないし。
「にしても、お前の観察眼はハルヒ限定のもんだと思っていたが。」「そんなことありませんよ。僕は気がきく方なんで」「自分で言うな」
いや、本日もホントに太陽サンサンお暑いことです。坂道も長いことです。本当に肩が凝るな。頭も重い。ダルイ。
放課後は元文芸部室でいつもどおり過ごした。朝比奈さんの(やはり熱くて暑い)お茶を飲めば、この気だるい状態が治るかもしれないと思ったが、 残念ながら完治しなかった。いや、多少は心も体も軽くなった気がする。 朝比奈さんの美しい笑顔、愛らしい仕草に癒された気がする。否、大変癒されたのだ。…が、根本は解決していない。なんかこうモヤッとしたままだった。
「どうしたの、キョン。なんか顔色悪いわよ?」
意外なことに声をかけてきたのはハルヒだ。「ストレスか夏バテか、疲れが取れなくてな」と適当に答える俺。「ふーん、あんたにもストレス溜まるのねー」失敬な。俺は真っ当な人間だ。 多少気遣え。そこでいつもどおり笑顔の古泉が口を出す。「なにぶん暑いですから。そういうこともあるのでしょう」そこへ濡れたタオルを心配そうに持ってきてくれるマイエンジェル。むしろ神。全く暑そうじゃない長門。ていうか発汗器官は備わってるのか?まさか常温生物でもあるまい。
などと無駄な思考で日がな放課後を乗り切り、団長の「確かに今日は尋常じゃなく暑いから早めに切り上げ。 明日は土曜日ね!外に出てパーッとやるわよ!」というお言葉で解散。「みくるちゃんは絶対に、可愛くて胸が目立つヤツがいいわ。色は白?黒?」とか何とか元気に喋りまくるハルヒと、「でも、前に買ったのがまだ~」とおろおろ声の朝比奈さんを先頭に帰宅。どうせまた水着でも買う算段なんだろうが、本当に着せ替えが好きな女だ。
さて、思いのほか長くなった。で、今は…8時か?俺は肩凝りとそれから来る歯痛・頭痛に耐え切れず、妹におじいちゃんみたいとか何とか無意識的辛辣な文句言われながら薬を肩に塗ってもらって暑い中、ゴロゴロと転寝をしていたところだった。古泉からの電話に起こされるまでは。
「なんだ、またあの『わかってしまうんだから仕方がない』説か?」「いえ、今回ばかりは僕個人の純粋な推理です。」では、聞かせてもらおう。何せ俺は一般人。神でも何でもないのだから。
「まず先ほどの閉鎖空間は今までに無い程小規模でした。また、全てがこの近辺で発生している。あまり前例がありません。さらに言えば、発生時刻の涼宮さんは週末の計画を立て、朝比奈みくる、長門有希に電話までしています。上機嫌そのもので、例え意識下に苛立ちが溜まっていたとしても、閉鎖空間を発生させるほどの物ではないと推測できます。」
なるほど、確かにそんだけ元気なら、閉鎖空間で大暴れする必要はなさそうだ。だが、俺の閉鎖空間だった証拠が無い。そう言ったところで、電話越しにくすりと笑い声が聞こえ、それから「先ほどまで貴方は寝ていませんでしたか?」と尋ねられた。「か、監視カメラでもあんのか?」左右を見回す俺に、古泉は再び小さな、呆れたような声をもらす。「僕の推測でしかありませんが、どうやら涼宮さんは無意識的に貴方の体調不良やストレスを大変心配しておられるようだ。ストレスを発散できる週末企画を立てるのみならず、眠っている貴方がストレスを発散できる場所をも用意して下さっている。」
「キョン、週末、具合が悪くってなんて言わせないわよ!今日はすぐ寝なさい!命令だからね!!」ハルヒの声が脳内に響き渡りグワングワン反響している。……団長様は意外とお優しい人なのかもしれない。 お節介というのが憚れる程度に珍しく大変献身的なハルヒのその気遣いに胸が熱くならなくもない気がしなくもない。ともはれ、何と言えばいいのやら、呆然とする俺を置いてけぼりにして古泉は勝手に話を進めている。
「いつもより、神人の動きが、何と言えばよいのか…落ち着かない様子だったので鎌をかけてみたのですが。涼宮さんも面白いことをなさりますね。どうです?寝起き、多少いつもより目覚めが良いということはありませんか?」
困った末に俺が出せた言葉は、スマンという一応の謝罪と、それを俺に言ってどうするんだという疑問だ。 夜中にお前から電話が来るだけで俺的にはストレスだ。朝比奈さんを介すくらいして欲しいものだぜ。
「謝罪に関しては、お気になさらずとしか言いようがありませんね。仮に貴方の閉鎖空間だったとしたら、現在の落ち着き具合から言って、どうやら睡眠中にしか発生しないようですし、もとからそれを消滅させるのが我々の仕事ですから。それにこれはただの仮説なのです。」 次に溜息。「貴方にこの件を伝えたのは、もし今回の閉鎖空間が本当に貴方のものだった場合に、少しメンドウなことになりそうだからです。」
ああもう、通話料金は古泉持ちだ。ついでだから最後まで推理を聞かせてもらおう。「仮に今回の出来事が、涼宮さんが自分の力の一部を貴方に譲渡しているから起きているとしましょう。その場合、この現象を終わらせるには、涼宮さんが『あなたにはもう閉鎖空間が必要ない』と認識することが必要になってきます。すなわち、あなたがただ元気を取り戻すだけでは不十分かもしれないということです」
それはつまり、俺が涼宮ハルヒの目の前で「俺は超元気ですから何の心配もいりませんよ」というアピールをしろということか。「そういうことになりますね」と、生真面目な声が返ってきた。やれやれだ。やれやれとしか言いようが無い。「あのな、俺のちょいとした疲れのせいで結構な人数がそれなりに働かされてるんだろうかと分かるのは、何だか申し訳無いし、気疲れする。つまりお前の推理が間違えていて、俺がただ元気になるだけでこの問題が解決するんだった場合、この電話は全く悪影響だったってことになる」勿論、こいつが自分の推測にある程度の自信があるのはわかっているが、悔しいじゃないか。ただ納得するのは。まぁ、余計に気が重くなる結果になるのはわかりきっているのだが。古泉は納得とも不服ともつかないがとりあえず機嫌は良いという、まぁいつもどーりの声音で締め括った。
「おや、それは失礼しました。他意はありませんよ。あなたと涼宮さんが明るく仲良く楽しく幸せに過ごして下さると嬉しい、ただそれだけのことです。アドバイスですよ。友人としてのね。ストレス発散、のんびり過ごして下さい。明日もイベントがあるみたいですから。」
古泉に退屈を紛らわすアレコレを用意してもらってるハルヒが、今回は俺のストレス発散を買って出ることになったわけか。面倒なことにその俺のストレスもまた、古泉のお仕事になって帰ってくるところがニクいというか何と言うか。 いやなトライアングルを作りやがる。
そのどちらにも、借りを作りたいとは微塵も思わん。
通話の切れた携帯電話を手でもてあそぶ。「そうですね。この問題が解決しない限り、僕も夏バテしちゃいそうです」誰に言うとも無く携帯に言葉を落としてから、溜息をついた。
――俺のちょいとした疲れのせいで結構な人数がそれなりに働かされてるんだろうかと分かるのは、何だか申し訳無い
はて、誰かからその言葉を聴きたかったのかもしれないと思った途端、自嘲気味の笑いがこぼれた。
衝撃的な推理を一方的に聞かされるという、大変不本意な電話を終え、8時半ちょい過ぎ。ぬるめのお風呂にゆっくり入り、汗を流す。寝る前の暴飲・暴食は避け、寝る前に軽い運動をする。以上、古泉からの二つのアドバイスを実行。「明日、土曜日は10時から買物!待ち合わせはいつもどおり、遅刻厳禁!」我らが団長様からのありがたーいメールを読みながら布団に入った。で、明日の楽しそうなことを考えながら寝る。何をする気なんだろうかとか、朝比奈さんはどんな私服かとか。この程度で閉鎖空間という物の数が減るのかは知ったこっちゃないが、努力だけはしてみたつもりだった。
キョンの閉鎖空間2
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