キョンがヤンキー略してヤンキョーン 第二章
「きょ・・・きょ・・・きょん君・・・あ・・・朝だよ~う・・・はは」目が覚める。なんてだりぃんだ。まず一服。ぷはあ。ふと横に目をやる。妹が震えながら涙目で俺を見つめていた。まずい。俺は急いでタバコの火を消した。「あはは・・・おはよう・・・毎朝起こしてくれて・・・ありがと~う・・・なぁー♪↑」これが今の俺の全力だった。妹はなんとも複雑な顔をしながら、「キョン君おかしくなっちゃった」と呟き、部屋を出て行った。あぁ、確かに俺はおかしくなっちまったんだよ。洗面所の前で髪をセットする俺は、どっからどう見ても 「ヤンキー」だ。あぁ、そこのお前、DQNと呼んでくれてもいいんだぞ。日々ハルヒの無茶な要求にストレスを溜め込みすぎた俺は、ある日を境にぶっ壊れ、そして今に至る。ハルヒへの反抗からなのか・・・俺はヤンキーへと進化を遂げたのだ。ふと、俺の右腕へと目をやる。根性焼きやら壁を殴ったあとやら、ひどい腕だ。痛々しいってレベルじゃねーぞ。今の俺はひどい暴力癖がついており、痛みを感じていないとイラつき、そして暴力に走る。ほんとタチの悪いヤンキーだよ俺は。
俺はヤンキーになってから、この糞長くて糞だりぃハイキングコースを登るのに時間がかかるようになってしまった。タンを吐く。あぁ、タバコ吸いてぇなぁ。学校なんてやってられっかよ。何が授業だ。何が教師だ。糞くらえ。俺のタンでもくらえ。・・・いかんいかん、どうやら頭の中までヤンキー化が進行しているようだな。俺は・・・ようやく坂を登り終えると、時刻はHRが終わっている頃だった。遅刻だ。長い廊下を歩き進んで、2年5組へと辿り着く。俺は授業が始まっているであろう教室のドアをゆっくり静かに開け・・・しまった、つい癖で思い切り音を立ててしまった。 クラス全員+先生の目が俺に突き刺さる。そんな中俺はかかとを踏んだ上履きを引きずりながら自分の席へと辿り着く。ふと、ハルヒの方に目をやる。ふくれっつらをした団長様が俺のことをじとっと見ていた。「・・・キョン」「・・・あぁ?」おっと、間違えた・・・と思った瞬間、立ち上がったハルヒの鉄拳が俺の頬にジャストミート。何度食らってもこれは痛いね。まぁ、それがありがたいのだがな。「・・・ってーな・・・じゃない!すまん!」「キョン!!朝から『あぁ?』なんて言われて気分のよくなる人間は多分この世界のどこにも居ないわよ!!気をつけなさい!!」周囲の笑い声が聞こえる。本当ならイラっとするところだが・・・今の俺は冷静に安心していた。どうやらクラスの皆は俺の状況を理解してくれているようだ。俺が居ない間に、ハルヒが説明でもしてくれたのだろうか。まぁ、理解してくれていても迷惑をかけていることに代わりは無いので、俺は皆に向かって「ありがとう」をこめた視線を送った。 ―――キーンコーン。鐘が鳴って目が覚める。どうやら爆睡していたようだ。「キョン・・・授業は真面目に聞く、という努力を始めましょうね」後ろからハルヒが言った。はいはい。今の俺はそうとしか言えなかった。しばらくすると、古泉と長門と朝比奈さんが俺のクラスにやってきた。全員集合だ。長門と古泉はいつもと変わっていなかったが、朝比奈さんだけはしっかり古泉の後ろに隠れて、俺に警戒していた。そりゃそうだよな・・・「きょ、キョン君・・・その・・・涼宮さんから話は聞きましたぁ・・・うぅ・・・」「こらみくるちゃん!大丈夫よ!今はキョン正常なんだから!それにね、壊れだしてもあたしが一発ドロップキックを食らわせれば済む話なのよ」「ふ、ふえっ・・・暴力・・・ですかぁ・・・?」「すみませんね・・・朝比奈さん。自分にやれやれですよ。」見た目は変わっていても割といつもと変わらない俺に安心したのか、朝比奈さんは古泉から離れ、笑顔を見せてくれた。「よかったぁ・・・いつものキョン君、ですね」そう言ってにっこり笑ってくれた。あぁ、いつもの朝比奈さんだ。
いつもと変わらない日常だ。変わったことと言えば俺の見た目くらいだった。だが、この時の俺はかなりの苛立ちを感じていたのだ。それは今俺を取り囲む奴らに向けられた苛立ちではない。そう、タバコが吸いたくてしょうがなかったのだ。「・・・ハルヒ、わりぃ俺屋上行くわ・・・」「ちょっと、タバコ吸うつもり?」ハルヒは怒ったような目で俺を見てきた。とめないでくれ。俺は今ただでさえイライラしているんだ。 ―俺の脳内で何かが膨らんでいく。「ダメよ。そうね、まずは禁煙から始めましょう。そうしないといつまでたっても更正できないわ。はい、タバコよこしなさい」そう言ってハルヒは手を差し出してきた。 ―それは更に大きくなる。いかん。イライラが限界だ。俺は黙ってその場を立ち去ろうとした。「待ちなさないよ!」ハルヒが俺のワイシャツを掴む。 ―大きく・・・・・・「離せ!!」それは爆発した。俺はついに怒鳴ってしまった。・・・俺達の間に沈黙が生まれる。「・・・ごめん」ハルヒが申し訳なさそうに下を向く。しまった。またこうなっちまった。「そうね・・・急に吸うなって言うのも無理があるわよね。少しずつにしましょう・・・」「ハルヒ・・・すまん」俺が怒鳴ってからぶるぶる涙目で震えていた朝比奈さんにも一礼し、俺は屋上へと足を運んだ。
煙を吸い込む。それを肺まで運ばれたのを確認すると、一気に吐き出した。もう何箱消費したかわからないぐらいタバコを吸ったが、それでもやはりおいしい物だとは思えなかった。でも、吸いたくなっちまうんだよな・・・どうしようもなく。 もう一度タバコを咥えて煙を吸い込むと、俺はそのタバコを右手の甲へと押し付けた。やけどの上からもう一度だ。熱さと痛みが俺の右手を襲う。思わず声が漏れそうになるが、俺はなんとなくそれを堪える。ゆっくりとタバコを離す。震える右手には、いつもよりもグロテスクな物ができあがっていた。・・・俺はこんな汚い手をさらしていてもいいのだろうか。この傷を見れば、一発でタバコを吸っているとわかるだろうし。しかし俺は隠す気にもなれなかった。なんでだろうな・・・。俺はこんな自分に嫌気がさしているにも関わらず、こういう行為を繰り返す自分を完全に否定したいわけでは無いのだ。タバコの火を消す。そして、また火をつける。いつまでこんな生活が続くんだろうな・・・。ハルヒ、朝比奈さん、長門、古泉、母さん、妹、クラスメイトの皆・・・すまん。ぼんやりしていると、ドアが開く音が聞こえた。それが教師だったならばだいぶまずいことだろう。だが、俺は急いでタバコを隠そうとはしない。バレたって別に構わないからだ。 重い体を動かすと、意外にもドアを開いた人物はハルヒだった。携帯を開いて時間を確認する。まだ絶賛授業中だ。「おう、どうしたんだ」「・・・あんたが一人で焼きいれたりしてるんじゃないか、って思って」おぉ、あたりだ。おめでとう。賞品は無い。「バカ」ハルヒは俺の横に腰を降ろした。「あのなハルヒ・・・お前まで俺に合わせて悪くなる必要は無いんだぞ。お前はちゃんとしっかり授業に出ろ。」「あのね、アンタに言われても説得力無さ過ぎるの。」ふんっ、と鼻を鳴らす。そのまま停止したハルヒは、しばらくすると膝を抱えた。「・・・アンタが一人で傷ついてると思うと・・・授業なんか受けてらんないわよ・・・」ハルヒがボソっとつぶやいた。俺はたまらずタバコの火を消した。「・・・すまん」「いいのよ。別にあせらなくったって。あたしもアンタも、できるだけ苦にならない方法で治していきましょうよ」ハルヒはそう言うと、少し笑顔を見せてくれた。いつものように100万ワットの輝きとは言えないが、それでも俺はひどく安心した。「あぁ・・・ありがとう、ハルヒ」 それからしばらくあたし達は他愛の無い話をした。ほんとに他愛の無い話よ。こうして普通に話しているといつものキョンと何も変わらない。ただ、違うのはタバコの臭いと、ツンツンしたキョンの頭ぐらいね。あたしはそう思った。そしてキョンの携帯で時間を確認すると、あたしはゆっくり立ち上がった。「さーて、あたし、そろそろ戻るわね」「戻るのか?」「うん。トイレ行ってくるって出てきたんだもの。そろそろクラスの何人かが茶色いものを連想してもおかしくないわ」「はいはい・・・わかったわかった」キョンは苦笑をもらした。しょぼい顔をくしゃっとさせたかと思うと、タバコに火をつけて、「俺も次の授業は出るから」と言った。「あったりまえよ。こなかったら連れ戻しにくるからね!」あたしは歩き始める。ドアを開けようとすると、キョンに呼び止められ振り返る。「少しずつ、禁煙するから!」そう、笑顔で言うキョンが居た。そんなキョンに、あたしは親指を突き出した。あたしは、教室とは違う方向に向かって走っていた。・・・どうしよう。涙が止まらない。止まらない。さっきキョンと話しててわかったの。確実に元のキョンに戻りつつある、ってね。でもあれはまだキョンじゃないの・・・キョンだけどキョンじゃない・・・まだ病気にかかったままなの・・・わかってる。でもあたしは一刻も早く前のキョンに戻ってほしいの。だって・・・だって・・・いくら顔は笑っていたってわかるの・・・あたしにはわかるのよ・・・。本当はすごく辛いんだ、って。 泣き止むことができなかったあたしは、しばらくトイレにこもって気持ちを落ち着かせていた。休み時間も終わりそうだし、なんとか泣いていたのがバレない顔になったところで教室に戻ると、でかい態度でキョンが椅子に座っていた。全く。何度見ても見慣れないわね。「よう。遅かったな。そろそろ茶色いものを連想し始めるところだったぜ」「バカ」あたしも席に座った。ようやく放課後になる。今日はやけに一日が長く感じられた。あぁ、タバコ吸いたい。ハルヒに先に部室に向かってくれと告げると、一瞬考え込んだように見えたが、すぐに「早く来なさいよ」と、返事をした。俺はまた屋上に向かい、タバコに火をつける。今咥えているタバコとあわせて残りは3本だった。3本なんてあっという間だ。俺はいつもより大事にタバコを吸った。最後の一本をギリギリまで吸うと、俺は急いで部室に向かった。しかし、部室棟への渡り廊下で、事件は起こっていた。 ハルヒが二人の男に絡まれていたのだ。なんて柄が悪いんだ。今の俺が言えることじゃないが。男達はヘラヘラしながら何かを話していた。俺は2階からその様子を見ていたため、会話は聞こえない。ハルヒはというと、怒りモードに入りかかった顔をしていた。どうやら楽しいおしゃべりではないようだな。俺は渡り廊下へと走り出した。近づくにつれ、ハルヒの声が聞こえてきた。ハルヒの奴は怒鳴ってやがる。糞、なんてしつこいんだ、あの男共は。この声を聞けばわかる。ハルヒは嫌がってるじゃねぇか。俺は無意識に拳に力を入れていた。視界が赤く染まっていく。渡り廊下へと辿り着く。男の一人が嫌がるハルヒの腕を掴んでいた。やめろ、汚ぇ手でハルヒに触るんじゃねぇ。―――その時、手を振り払おうとしたハルヒが、勢いあまってそのまま転倒した。思い切りコンクリートに膝をついたハルヒは、膝をすりむいていた。ハルヒの白い肌に、赤い血が浮かび上がっていた。ぶちっ。さっきの爆発とは違う。何か音がした。・・・ような気がした。「ハルヒ!!」気が付くと、俺は叫びながら走り出していた。「キョン・・・?!・・・だ、だめっ!!」ハルヒの制止する声はかろうじて聞こえていたが、今の俺は自分を止めることなどできるはずがなかった。まずハルヒの腕を掴んでいた男に殴りかかる。吹っ飛んだ男を尻目に、次はもう一人の男に周り蹴りを食らわす。男の歯が飛んだのを確認した。最初に殴り飛ばした男の首根っこをつかみ壁に押しやると、そのままみぞおちに何発も食らわしてやった。ハルヒの悲鳴に似た声が聞こえる。いや、知るか。次の行動に移ろうとしたとき、後頭部に激痛を感じた。それと同時によろけると、後ろから思い切り背中を蹴られる。力の入っていなかった俺はいとも簡単に壁に追いやられた。 そしてそれからは記憶が飛び飛びになるくらいの袋叩きだ。パンチ、キック、ハルヒの無限ループだ。あぁ、痛かったさ。でも冷静にはなれなかった。なるつもりがなかったからだ。しばらくやられっぱなしでいた俺はスキをついて飛んできた足をつかみ、そして引っ張った。無様に倒れる男の腹に蹴りをいれてやりたいところだったが、何発も蹴って殴られていた俺は、 上手く体を動かすことができなくなっていた。もう一人の男から右ストレートをもらう。鼻が痛い。鼻血が出たようだ。俺はその振り切った右ストレートを逃がさず掴み、男を投げ飛ばす。運のよかったことに投げ飛ばした男はもう一人の方と上手く重なり、そして二人とも無様に崩れ落ちる。 しばらく蹲っていた二人は、よろよろと立ち上がると俺を睨み、そして退散していった。それを確認した俺は、力なくその場にへたり込み、壁によりかかる。「キョン!!!!」ハルヒが駆け寄ってくる。なんだよハルヒ、そんな泣きそうな顔するなって・・・「このバカキョン!!アンタがそんなことしてくれなくても平気だったのに!!このバカ!!バカバカバカ!!これじゃほんとにヤンキーじゃない・・・」今の俺はほんとにヤンキーなんだけどな・・・俺はずいぶんとボロボロになった体を動かそうとする。だが、全身に激痛が走り、呻き声しか出てこない。「う"ぁ・・・」「キョン!!動かなくていいわ!!今古泉君を・・・」「・・・ハルヒ・・・膝・・・膝は大丈夫か・・・?」ハルヒは「膝・・・?」と呟くと自分の足を確認する。まるで今まで怪我を忘れていたかのように驚いた顔を作り、やがてその顔はゆがみ泣き顔へと変貌した。あーあ。美人が台無しだぞ。「う・・・あ・・・あ・・・うわあああああああ!!キョンのバカ!!バカバカ!!アンタはなんでそんなに無駄にバカで優しいのよおおおおおおおお!!」さっきから何回バカと言われているのだろう。だが、十分ハルヒもバカみたいに泣きじゃくっていると俺は思うのだが。本当は抱きしめてやりたい所だが、生憎そんな力は無く、俺はとりあえずハルヒの頭を優しく撫でてやった。ハルヒに肩を借りながら文芸部室へ辿り着くと、古泉の驚いた顔、朝比奈さんの泣きそうな顔、長門の無表情が出迎えてくれた。「全くもう・・・ほんとにどうなるかと思ったじゃない。今のアンタはほんっとにもーその辺のDQNと変わらないわね!!あれくらいで大喧嘩なんてどうかしてるわ!!」 さっきまであんなに泣いていたハルヒも、見てのとおりもう泣き止んでおり、こんな可愛くないセリフを吐いていたりする。あぁ、さっきの可愛いハルヒはどこへやら・・・。 そして今こいつはなんて言った?DQN?俺は聞き逃していないぞハルヒよ。「まぁいーじゃねぇか。俺もあんな派手な喧嘩をしたのは久しぶりだったからな。少しはストレス解消になったってもんだ」「バカ」ハルヒはそう言ってそっぽを向いた。俺は、そんなハルヒを見て少し笑った。・・・あのな、ハルヒ。お前は俺が今こんな精神状態だからあんなことしたと思ってるんだろう。だがな、それは大きな間違いなんだ。俺は例え正常だったとしても、あの現場を見ていれば同じ事をしていたと思うぞ。男の方が力が強いのは、女を守るためなんだ。少なくとも俺はそう思っている。だからお前も、強がったりしないで・・・そういう時は男の俺を少しは頼れってんだ。・・・まぁ、そんなこと面と向かっては口が裂けても言えないけどな。「・・・何よ、さっきから。あたしの顔になんかついてるわけ?」いや、なんも。「もうっ!気持ち悪いわね!」朝比奈さんと古泉が笑った。俺もつられて笑う。長門は・・・つられない。ちっ。少し疲れていた俺はタバコが吸いたくなったのだが、不思議とイライラもしないし、今なら禁煙できそうな気がしていた。少しずつだが、前の俺に戻れてきているのかもな。ハルヒ。間違いなくお前のおかげだよ。・・・ありがとうな。今まで黙っていたハルヒが、思いついたように顔をあげた。そして、少し頬を染めながら俺にこう言った。「・・・でも、さっきのアンタは・・・ちょっとかっこよかった、かな」
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