『Hirundo rustica』
1去年の今頃…それは忘れたくても忘れられず、忘れるためには脳内の記憶をつかさどる分野…どこだっけな?海馬か脳下垂体か、まぁそのあたりを外科手術によって取り除いてもらわなければならないだろうが、当然、そんなことをするわけでもなく、俺の記憶に三つ又ジャベリンのように突き刺さっているのは、SOS団結成とそれにまつわる、「あの」日々だ。 今年はと言えば…同じように新学期早々に忘れたくても忘れられない事件が起こっているのだが、なんだ、俺の体質は毎年春にトラウマのように事件が起こり、それを記憶の深い領域へと保存され上書き不可となるようになってしまったのか?ということを誰に嘆くわけでもなく、あぁこれも全部自分の行いのせいなのか?懺悔の一つでもしてきたほうがいいのか?教会ってどこにあるんだっけ、町や村に一つずつあるんじゃないのか?なんて考えているのも、すべてはここSOS団のせいなのか?と、今日も今日とて部室に俺はいるわけである。 そんな、5月のある日の部室内の様子と言えば…、いつもと変わりない。とはいえ…ここ数日【変】というか、その手前の【気になる】レベルのことがあるのだが、本当に【気にすべき】かどうかはもう少し様子を見る、というのか、いざ事態が起ってしまってからでいいだろう。所詮、一般人たる俺が、本当に事態切迫急迫肉迫していたとしても、未然に防ぎきれたり対応を打つことなんて早々できるはずもない。というか、実はもうそんな事態は起こって欲しくない。達観とも諦めとも無駄な希望ともとれる一種、悟りに近い状態で、俺は、今日もアナログゲームをしている。もちろん、俺の向かいに座っているのはにやけ面の古泉で、朝比奈さんはいつものメイド服で漆器のカタログを、長門は定位置定業務、ハルヒはネットサーフィン、要は、俺の心情も、部室の様子も、「いつもと変わりない」のである。学校内非合法組織として運営されているSOS団にとっては、部費の流用や旧館や部室の使用規則、その他、諸々の学校側、一般常識が通用しない。いまや誰がなっても同じ、という某国の総理大臣と違って、トップの思惑がこれほど組織運用に直結している組織はそうそうない。一歩間違えば主義・主張のみで行動する過激派組織である。そんな組織で唯一の常識と良心は俺のみであるからであって、組織内の立場は下っ端と呼ばれていようが、俺に課せられている使命は重い。ふむ、だから気にしなくてもいいようなことを気にしてしまうのか。それが本当に【気にすべき】事なのかどうかは…、もうそろそろの《時間》だな。 パタン。長門の本を閉じる合図が我々組織の終了合図である。俺はちらっと時計を見やる。「やはり」最終下校時刻にはまだ早い。 「あ、ふ、もうそんな時間ですか?」 朝比奈さんが螺鈿の椀が表紙に写っているカタログを閉じる。 「着替えなきゃ」 「では、僕たちもそろそろ…」 古泉が手札をまとめ立ち上がろうとする。と、ハルヒが、 「あ、有希。先帰っていいわよ。もう少しネットしていくから、じゃぁね」 鞄に本をしまいながら、長門は一瞬「…」となったが、 「そう。」 とだけ言って音もなく部室を出て行った。 朝比奈さんは長門の音もなく閉めていった扉を見たまま、古泉は、少しばかり、いつもの優男スマイルに消費税分くらい困惑が上乗せされている。俺が聞くしかないんだろうな…。「おい、ハルヒ。一緒に帰ればよかっ」 「おかしいと思わない?」 言葉を遮ってハルヒが言い出した。パソコンディスプレイの向こう側から身を乗り出す。 「もう4日目よ。おかしいわよ」 思わない?と同意を投げかける疑問形が次の言葉では断定形になっているのはいつものハルヒだ。なのでいつものようにつっこむ。 「なにがおかしいんだ?」 「有希よ、有希。いつもなら時間ぎりぎりまで本、読んでるのに」 確かにそうなんだが、あえて、切り返す。 「そうか?」 「んもう!この馬鹿キョン!もっとねぇ、回りに気を遣いなさいよ!」 俺以上にこの部室内空間を気にしているやつなどいないだろう、いや、少なくともお前に言われたくはない。 「あたしもね、最初は何か用事があるんじゃないかなって思ってたの。それに、何かあるんだったら、と思って一緒に帰ってたわよ。でも、有希、何にも言わないしさ」 ハルヒは一方的にまくしたてる。蛇口の壊れた消化栓のようだ。 「何か言い出しにくいことでもあるのかしら?ううん、それかトラブルを抱えてるとか?でもね、有希にもプライベートがあるじゃない!だからあたしもどうしようかと思って…。でも、やっぱりおかしいわよ!」 ハルヒはバン、と立ち上がると鞄を肩にかけ、 「みくるちゃん!早く着替えて!古泉君、キョン早く!」 とだけ言い、さっさと部室を出て行った。 「え?あ?あふっ?ちょ、す、涼宮さん?」 慌てて朝比奈さんは、頭のカチューシャをはずしにかかる。 「おい!ハルヒ!パソコン消していけ!」 そう俺が言った時には、もう階段を駆け降りる上履きの音が聞こえていた。 「ちっ、あいつ。ちゃんと消していけよな」 団長席のパソコンを落とそうとするとディスプレイには、 【探偵講座:気づかれない尾行の仕方】 なるページが表示されていた。 暗澹たる気分になったのは言うまでもない。
2 長門有希。情報統合思念体製有機ヒューマノイドインターフェース。SOS団唯一の「人外」の存在なのだが、万能にして、超人、の彼女に俺は当初持つとは予想だにしなかった、信頼と信用を持っている。長門がなんども超人的活躍をした現場に立ち会ってきた俺、朝比奈さん、古泉の3人は、先に下駄箱で上履きを履き替え、仁王立ちになっているハルヒが宣言した、 「これから有希を尾行するのよ!疑ってるとかじゃないんだから!心配なのっ!」 の言葉の価値をよくわかっている。長門相手に隠し事が通用するはずがない。 それに…今の長門のことだ。どんなに…俺が【気にした】ところで、本当に問題を抱えていたしても、自分で片付けてしまうだろうし、そうでないのだったら、俺に黙っておくことはない。三年…いや四年前の七夕以来、あいつとは共通する出来事も思いもある。だから、気にしたところで始まらないと、言わんばかりに、気にしていても、何もしてこなかったわけだが。 が、確かに、ハルヒが気にしないわけはなく、気にしたらしたところで、こうなるのはわかっていたが、それが如何に無駄な行為かは、電信柱や壁の影に隠れているハルヒの後を付いていく俺ともう二人にも共通するようで、その二人は、ハルヒとは一定の距離を置いて、いかにもしょうがなくついていっています、という顔をしている。そのハルヒが一定距離を置く対象、長門有希は、尾行されていることを、気づいているはずなのだが、気づかないような、いつもの足取りで、あのマンション方向へと向かっている。 「とくに変わった様子は…ないわね」 電信柱の影で、無意味にひそひそ声で俺の耳元で囁くその主は、俺のネクタイを掴んだままだ。苦しいぞ。ネクタイを掴まれた理由は「あんた、馬鹿!早いって!」と、ハルヒを追い越そうとしたときに捕獲されたためだ。 「いい!?尾行ってのはね、距離が大切なのよ、距離。あんたみたいに考えもなしについて行ったら尾行にならないでしょ?」 「なぁいい加減ムダじゃないか?それに…疑うようなマネは…なんつーか、あんまりよくないぞ」 「疑ってるわけじゃないわよ。でも…ほら!気になるのよっ!つべこべ言わずに来いっ!」 「うおっ!苦しいって!」 振り返ると、他2名は苦笑ともとれる顔で俺を見ていた。 くそ、空気になろうとしてるな…。 3 結局…対象者、長門有希は途中、コンビニに寄っただけで、自宅マンション708号室へと帰った。コンビニのガラス越しに帰宅途中女子高生の買い物を盗み見している様子はもはや、変態、ストーカーだ。ハルヒにとってはこういった変態行為自体が、なにやら形のない怪しげな探究心を充足させるのか、マンションのエントランス奥へと消えていく長門を見届けるとこうもらした。 「結局、なんだったのかしらね?コンビにでも特に変なもの買わなかったし」 元々コンビニには、そう変なものは売っていない。 「新聞と…お弁当だけでした…」 朝比奈さんは、長門の部屋辺りを見上げながら呟いている。 「ま、そういうことだ。きっと早く帰って本でも読みたかったのさ」 早々と切り上げないと、夜通し張り込みをするとか言い出しかねん。日中は暖かいとはいえ、この時期、夜はまだ冷える。それに、こんなところで夜通し過ごしていたら職務質問確実だ。国家と法の忠実たるしもべの公務員の皆様を納得させるだけの言い逃れは俺の辞書には登録されていない。ましてや、こいつの所属組織になんかもっとお世話にもなりたくない。 「なにか、ご自宅でしたいこと、でもあるのでしょう。本当に言わなければならないことなら、長門さんならちゃんと言ってくれますよ」 諭すように話す、古泉の意見を聞き入れたわけではないだろうが、探偵物語に今日は充足したのかハルヒはあっさりと、その意見を受け入れた。 「そうよね…。じゃ、今日は解散しましょ」 ハルヒの声を合図に、おのおの、自宅へと向かう。別れ際、古泉と目が合ったが、その視線には「機関にも特に報告はありませんよ」と言っているようだった。アイコンタクトだけでわかってしまうのも…なんだかな…、と思いつつ俺も自宅へと向かった。4 自宅へと帰り、いつものように夕食を済ませ、部屋に上がると、今日の出来事を思い返した。 長門が早く帰る理由…。ハルヒは気にしている。古泉、朝比奈さんがどうかは、わからないが、帰り際の古泉の視線、からすると、何か、またトラウマになりそうな出来事が水面下で進行しているわけではないようだ。 俺も気にしているが…、長門のことだ。わざわざ電話したりしても白々しいだろうし、それに…、あいつなら大丈夫だ。そう信じるに足る実績も思い出もある。大人しくしていることにしよう。 手元にあった携帯電話を充電器につなぎ、そろそろ風呂に入ろうかと思っていると、いつものようにノックなしに妹が飛び込んできた。 「キョーンくん、あのね、シャミのご飯がないんだよ?」 「ん?そうだったか?」 「カリカリがね、このくらいしかないのぉ」 妹は、片手で、手に丸を作った。小学6年生にしてこの、つたない説明の仕方は、兄の不安を呼び起こさせるが、シャミセンの餌がないのは、実は俺の責任だ。妹に言われ思い出したが、今日、帰りに買ってくる約束だったのだ。ハルヒの探偵ごっこのおかげですっかり記憶領域から飛んでいた。 「わかったよ、今から行ってくる」 愛用チャリにまたがり、行き先はホームセンターだ。この時間ならぎりぎりセーフだろう。 目論見どおり、ホームセンターでシャミセン専用カリカリ(サイエンスダイエット)を手に入れた俺は、ふっと、夕方のことが気になり…、あの公園経由で帰ることにした。誰かに会える、とか、そんなんじゃない。ただ、なんとなくだ。 公園の前を通ると。垣根の間からあのベンチが見える。いろいろなことが思い出される…と、思い出が呼び起こされたのも一瞬、次の瞬間には、俺は目を疑っていた。 公園の中、そう、あのベンチの辺りに長門がいた。が、ベンチに座っているわけでなく…えーと…なにをしているんだ?あれは? 長門は手にタモを持っていた。そう、蝉取りに使ったあれである。そのタモをあっちへふらふらしながら、ブンブン振り回し、こっちへふらふらしながら、ブンブン振り回している。2度3度、あっちこっちでブンブン振り回すと、何も入っていないだろうタモの網を覗き見ている。 一心不乱、そんな言葉がふさわしい。表情こそはこの距離から見ては取れないが、その行動からはそんな様子が見て取れる。 ふらふら…ブンブン。 ふらふら…ブンブン。 ふらふら…ブンブン。 で、網の中身を確認。 またふらふら…ブンブン。 ふらふら…ブンブン。……。声をかけたほうがいいのだろうか?自転車にまたがったまま、長門観察をすることしばし…、何も取れていないだろうタモを手に長門は帰っていった。 …何か見てはいけないものを見てしまった気がする 。5 昨夜の長門の様子が気になるまま…、上の空で今日一日を過ごし、上の空なのは別に今日に限ったことではないと自身に言い聞かせつつ、部室へと向かう。部室に扉をノックして、返事がないことを返事として、扉を開けると、長門が一人でいた。いつもの光景なのだが、昨夜のことがある。なんとなく…、聞いてみたいが言い出しにくい、そんな気持ちになりながらいつものように長門に声をかけた。 「よ、お前だけか」 そう、いつもなら、かくっと、頷くだけなのだが、返ってきた言葉は、 「…見た?」 だった。 「…なんのことだ?」 「昨夜のこと。」 と、定位置のパイプ椅子から俺を見上げた視線は、いつもの長門…の構成成分に「とぼけないで」的プレッシャーが小さじ1杯分くらい、攪拌されたようで…。やはり気づかれていたか。しょうがない。気になっていた、最近早く帰るということと、関係があるのかもしれない。ここは正直にいこう。もともと隠し事なんか出来っこないしな。「なぁ、あれは…なにをやっていたんだ?」 何かの怪しい儀式か?お前までハルヒ化して、どうすんだ? 「儀式ではない。」 「じゃぁ…なんだ?」 長門は、そこで「……。」となり、というか言葉に詰まったようで、 「……。」 と、無言の返事をよこし、本に目を戻した。 「…気になる?」 そりゃ、まぁな。 「不安?」 不安ではないが。 「安心して。」 そうなのか。 「見られたからには、しょうがない。」 ?なんだそりゃ? 「今夜、公園に来て。」 と、強引に会話は終わってしまった。その日のSOS団の活動は、活動日誌に前日の内容をコピー&ペーストすればいい、ようなものだった。 ハルヒは今日も尾行を宣言し、おそらく尾行を察している長門はまた、コンビニでお弁当と新聞を買って帰っていった。代わり映えのしないことを、必死にしている気がするが、目下のところ俺が気にするのは、今夜の呼び出しであって、尾行ごっこではない。 夜になり、昨日と同じ時間に自転車にまたがる。昨日はシャミセンの食料調達という大儀があったが、適当に、約束があって、とだけ言って、家を出た。嘘はついていない。 さてはて、厄介ごとではないような第6感だが、今夜はどんな光景が見られるのか。 公園に着くと、長門はやはり手にタモを持っていて、儀式の真っ最中だった。が、今夜は呼び出しだ。自転車をベンチの脇に止め、声をかける。 「長門」 昨夜は遠目から見ていたのでわからなかったが、タモを振り回す長門は楽しそう、とは言い難い、むしろ、必死、といった様子だ。長門が、これだけ必死な様子って…本当に魔人召喚でもするのか?一抹の不安を抱いていると、儀式を中断した長門がタモの先端を俺のほうによこした。 「これ。」 タモがどうしたんだ? 「見て。」 ん?なんも入ってないじゃないか?小さな羽虫くらいだぞ。 「そう。」 そうって…この羽虫か? こくん。頷く長門。いやいやわからんぞ。 「来て。」 と、だけ言って、自宅マンションのほうへと歩き出した。
6 708号室に上がった俺は、いつもならリビングへと通されるが、長門は素通りして、窓の外、ベランダまで俺を案内した。 「これ。」 俺は長門の指差した《もの》を見た。 「学名Hirundo rustica。」 「…つばめか」 「そう。和名、つばめ。」 708号室のベランダ上部には、つばめが巣をかけていた。雛が数匹孵っているようでピーピー声がする。足元を見れば、糞対策で、新聞紙がひいてある。 「そして、これ。」 長門は台所から炊飯ジャーの内釜を持ってきた。 「?」 覗きこむと、内釜の中には新聞紙をちぎったものと、 「落ちたのか…」 「そう。保護した。」 生後間もないだろう。産毛も生え揃っていない雛が一羽いた。 なるほど…。弁当、新聞紙、怪しい儀式と羽虫。合点がいった。 が、何故炊飯ジャー? 「保護に適する容器がなかった。」 まぁ、鳥かごをわざわざ買う大きさでもないしな、生まれたてだ。 「すぐに巣へと戻せると思った。」 そうか。 「一度は戻した。だが、翌日帰宅するとまた落ちていた。」
そうなのである。俺は田舎に在所があって、じじ、ばばから話を聞かされたから知っている。 実は、つばめの雛は、よく巣から落ちる。はみ出したのか、そうでないのかは知らんが、聞いた話では、つがいのうち、どちらか片親が何らかの理由でいなくなると、新しい親が落としてしまうこともあるらしい。 子供心に可哀想と感じた俺は、じじばばに聞いたものだ。「それは戻せないの?」。答えは「人の匂いがつくのか、わからないけど、また落ちてくるよ」。「じゃぁ、育てちゃえば?」。「それも難しいんだよ。一応、法律ではだめなんだしねぇ」と。 いつものコタツ兼テーブルにあぐらをかきながら、俺は長門の入れてくれた茶をすすっている。向かい側には、ひざの上に内釜を乗せ、ピンセットで羽虫をつまむ、長門の姿がある。 いつもの無表情無感動の姿だが、している行為は母性に溢れるものだろう。ちょっと、笑ってみないか?長門、と言う代わりに、 「食べてくれるか?」 と聞いた。 長門は、雛をかまったまま答えた。 「少しは。しかし、落下したのは5日前。バイタルレベルが下がってきている。」 そうか、としか答えられなかった。俺のじじばばの話をするまでもなく、長門ならわかっているのだろう。長門が今まで読んだ本の中に動物図鑑があるかどうかはわからないが。 「お母さん、だな」 俺が言うと、長門は黙ったままだった。長門の部屋を、おいとましてから、道すがら思う。 俺は、あの雛の行く末を知っている。おそらく、長門も。 博愛?慈愛?どうなのだろう? 情報思念体製造の有機ヒューマノイドにそんな感情はあるのだろうか?いつしか思ったように、感情ってもんが宿ろうとしているのだろうか? 無駄なこと、とわかっていても、生への執着を示すのは…人間だからか?生物だからか…? わからん。正直、わからない。いや、わからなくてもいいのではないだろうか。 長門が雛を拾った、ほっとけなかった。団活を早く切り上げてまで気にした。その事実に理由付けや説明などいらないのじゃないか? 膝の上に雛を抱える長門の情景を思い出しながら、自転車を漕ぐ足を速めた。
7 翌日、不思議探索という強制スケジュールのない休みを、自宅で過ごすという、安易な選択で、これを満喫していると、夕方になって長門から電話があった。やはり、来たか。 「出来たら、で構わない。来て欲しい。」 いつもと変わらないトーンだが、昨日の今日だ。用件はわかる。 すぐいく、とだけ答え自転車にまたがった。 実績より若干早い時間で、マンションに到着。インターホンにいつもの番号をプッシュする。 「……。」 エレベーターでいつもの階まで上がる。 「長門、俺だ」 音もなく扉が開く。 「入って。」 いつもの長門の様子だ。 通されたリビングの机の上には、かつて炊飯ジャーの内釜、現在、雛のかりそめの宿となったものがおいてある。 「……。」 無言で机の脇に立ったまま、指差す長門。俺は、心境を悟られないように、宿の中をのぞいた。 雛は、やはり息絶えていた。完全に弛緩したその姿は、小さく、か弱い姿ながら、命、が消えてしまったことが一見してわかる。 「……そうか」 「17時02分36秒。」 と雛に目を落とし、 「生命活動が停止した。」 と言った。二人とも机を挟んで立ち尽くしたまま、今はもう動かない雛を見下ろしている。 とは言え…いつまでもこのままにしておくわけにもいかない。長門の心情…もわかるが、このままでも可哀想だ。いくら…どうしようもなかったとしても。「公園に…埋めるか」 長門はいつもの無表情な棒立ちの姿のまま何も答えない。 「公園なら、近いし、俺もお前もいつでも行ける」 しばらく「……」と、間が空いたが、やがて、 「その必要はない。」 と答え、雛のなきがらをそっと、手に取った。 「長門?」 俺の呼びかけには答えずにベランダのほうへ歩き出す。 ベランダに出た長門の横に俺は並ぶ。 頭上には、親鳥の帰りを待っているのだろうか、雛がじっと、巣から顔を出している。 眼下の町並みが、オレンジ色に、赤く…きれいなほどに染まっていた。 長門の白い顔に、夕日が映りこんでいるようで、光の中、長門がベランダの手すりから手を伸ばしながら言った。「構成情報を一旦全解除し、再構築する。」 長門? 「…開始。」 短く、長門が何かをつぶやいた。 長門の手のひらの上の雛が小さく輝いたかと思うと…それは小さな白い羽根、たった1枚の羽根となって、オレンジ色に染まり、同じくオレンジ色に染まった長門が手にしていた。 「構成されている有機情報量が少ない。…1枚が精一杯。」 俺は、物言わず、長門の手のひらの羽根を見つめる。 長門は、その指先で羽根をそっとつまみ、風に舞わせた。 「飛べ。」 眼下へと風に運ばれながら、飛べなかった雛から再構成された羽根は空へ、舞っていった。俺は見えなくなるまで目で追っていたが、ふと、長門の横顔を見ると、いつもの無表情で…、 《そうか》、何かを我慢するかのように羽根を、街並みを見下ろしていた。 「なぁ、長門」 俺は言った。 「なに?」 「…泣いてもいいんだぞ」エピローグ 次の月曜日から、また、いつもの一週間が始まった。 火曜になっても、水曜になっても、長門は、もう、早く帰ることはなかった。ハルヒは「なんだったのかしら?」と数日間、気にしているが、まぁ、そのうち忘れてくれるだろう。 俺は…といえば、そんなに変わりない。長門の様子が…気にならない、と言えば嘘だが、あいつのことだ。本人が意地っ張りなんだから触れないに越したことはない。やはり、あいつもハルヒ化してきたのか?それならそれで困るが。変なとこは似ないで欲しいものだ。 「巣立ったか?」と、もうしばらくしたら聞いてやろう。 そしてその時に教えてやろう。 つばめは、毎年同じところに営巣する習性があるってことを。来年も、そして、《再来年も》。長門がそれを知っていたとしても…知識としてではなく、俺から伝えようと。そう、思っている。―――終―――参考文献:wikipediaの「つばめ(生物)」の項を参考にしました。あとがき兼言い訳:実は「まとめサイト」の過去作品を全然読んでいません。思いつきで書いた話なので類似の話があったら、ごめんなさいです。実は、つばめの生態についてはそんなに知りません。今年、近所のラーメン屋で見かけたのと、母方の在所に巣があったのを思い出して書いただけですので、文中で「うえっw実際と違うじょwww」ってなってもご了承ください。批判・アドバイス等お願いします。投下中、支援いただいた(いただく予定?の)皆様、ありがとうございます。まとめサイト、管理人・ご協力者の皆様、お疲れ様です。私の前作「ワードオブライツ」をまとめてくださった、ID:M/NM9dks様、この場を借りてお礼申し上げます。最後に読んでいただいたvipperの皆様、つたない文章・表現です。ありがちな話です。お付き合い、ありがとうございます。夏厨は宿題しなさいよっ!皆様の、この夏のご健勝をお祈りしております。【ヨーロピアンパフェ2007年7月22日】
このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー と 利用規約 が適用されます。
1文字以上入力してください
本文は少なくとも1文字以上必要です。
1文字以上入力してください。