SOS団プレゼンツ 第一回 涼宮ハルヒ争奪戦 ―エピローグ―
あの疾風怒濤の争奪戦から四日後のことである。俺は珍しく部室に二番手で入室し(一番は勿論長門だ)部室で花瓶の水換えをやっていた。本日は花火大会があり、その準備と第二回争奪戦の企画会議であった。全く、次から次へとよくやるよ。あの団長様は。「おや、あなたが花を持って来るとは珍しい。向日葵ですか」夏の炎天下をクールに決める、SOS団専属ナレーター(本人希望)は、部室に入るや否や、俺が花を持ってきた事に若干驚愕の顔を浮べていた。俺だってたまには花を持って来るさ。部室には一瓶の花瓶があり、季節によって様々な花が活けられていた。水の交換は当番制だったが、花を持って来るのは殆どは朝比奈さんだった。次点で古泉。たま~に長門もある。あいつも花に興味あるとはな。喜ばしいことだ。因みに、俺とハルヒは未だかつて一度も花を贈呈したことはない。だがこれで一歩リードだ。俺は、先日ハルヒにもらった花、つまり向日葵を活けていた。その間は家に活けていたが、俺の部屋に置いても役不足だ。向日葵が勿体ない。そこで、部室に活けることにしたんだ。ここなら見てくれる人も、手入れをしてくれる人も多いからな。「おはようございます。あ、キョン君、新しいお花さんですね。向日葵ですかぁ」部室に咲いた、一輪のマリーゴールドの如く、朝比奈さんの顔は花咲いた。「キョン君、どうしたんですか?これ?」争奪戦の後、ハルヒからもらったんです。頑張ったお礼だって言ってましたね。「そうですかぁ。…あ、うふふふっ!そう言うことですか」朝比奈さんは何かを思い付き、楽しそうに微笑んでいた。…何が『そう言うこと』何ですか?「涼宮さんが、その向日葵さんをキョン君にあげた理由ですよ」争奪戦のお礼じゃないんですか?「そう言う意味じゃなくて、何故『向日葵』をあげたか、ですよ。古泉君は分かりますか?」「…いえ、花に対する造詣はあまり深くありませんので」「長門さんは、分かりますよね?」「…分かる」「古泉君なら博識だから分かるかも、って思ったけど、やっぱり、男の子には分からないですよね。女の子の得意分野ですもんね」「……………」そう言って、朝比奈さんは長門にアイコンタクトを送っていた。長門は何もリアクションをしてないように見えるが、二人の間に何か通じ合うものがあったのだろうか。「ヒントはですね、向日葵の『花言葉』ですよ」向日葵の花言葉?何なんですか?教えてくれませんか?「それは「何してんの?みくるちゃん?」ビクッ!朝比奈さんの体が、音を立てながら凍り付いた。「なぁにしようとしてたのかしらね、みくるちゃん?いいなさい?今なら比較的軽い罰で済むわよ?」「ひぇぇぇぃああのあのあのわたわたわた……」「早くしないと、どんどん罪が重くなるわよ?」「ひぃぃごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!」朝比奈さんはハルヒの脅迫に泣きながら屈していた。おいハルヒ、少しやり過ぎじゃないか?朝比奈さんはまだ何もしてなかったんじゃないのか?「いいのよ。それだけ重大な罰を背負ったんだから。…それより、なんでその花もってきたのよ?」ああ、家に置いてると枯らす可能性があったからな。それよりここの方が花も長生きできそうだったからな。「……そう言う意味じゃないわよ……」何か言ったか?「へあぁ?な、何でもないわ。…それより、みくるちゃんをどう処分しようしようかしらね…」「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」ハルヒの言葉に、ひたすら謝り続ける朝比奈さん。…まあ、いつもの光景といえばいつもの光景だ。その後、『SOS団プレゼンツ 第二回 涼宮ハルヒ争奪戦』の企画会議が始まった。前回よりも更に盛り上げようとハルヒは躍起になっていた。曰く、『ハイパー鬼ごっこ』やら、『デラックス愛妻料理当てクイズ』やら、『ワールドワイド宝探し』等々…そして、ハルヒの腕章が、いつの間にやら『エグゼクティブプロデューサー』になっていた。字が小さすぎて、分からなかったが。さて、昼ご飯の時間になった。本日は坂の下の弁当屋が新装開店、リニューアルオープンということで、全品半額である。そこにしようと全員一致した。ハルヒが『クジで買い出し係を決めましょ』と宣言し、いつものようにクジを作り始めていた。―どうやら、このタイミングが良さそうだな。俺は、ハルヒの目を盗み、長門に語りかけていた。「…………」長門の首が、いつもより大きく動いた。「さあー!引いて引いて!二人が買い出しよ!残りの三人はお留守番よ!」そう言って、ハルヒは俺にクジをつきだした。…結果が分かってるとはいえ、毎回緊張はするもんだな。微妙に手が震えている。えーい!ままよ!俺のクジは印なし、お留守番係だ。続いて、長門―あり、朝比奈さん―なし、古泉―なし、となった。つまり、ハルヒは当たり、買い出し係決定だ。「…炎天下の中、女の子二人に買い出しに行かせるなんて、なんて奴なのよ!」ハルヒは得意のアヒル口をしつつ、俺に向かって不満の声を漏らした。…何で俺が悪いんだ?古泉だって男だろう?「古泉君は副団長だからいいのよ!あんたは平団員なんだから、進んで団長の身代わりになるってのがスジってもんよ!」そうかい、じゃあ長門、一緒に行くか?「………?」長門は首を少し傾いでいた。俺と長門の買い出しは、さっき俺が頼んだ組み合わせじゃなかったからな。「ちょ!ちょっと待った!!」なんだハルヒ。「や、やっぱりあたしが行くわ!たまには団員の為に働くのも団長の努めだからね!」ふーん……。「な、なによその目!信じてないでしょ!」まあな、今更そんな事いうのは何か裏がありそうだからな。「ない!ないったらない!!あんた!団長を怒らせた罪は重いわよ!!」へいへい、申し訳ありませんでした。だからせめてもの罪滅ぼしで、長門と一緒に弁当の買い出しにいってきますよ。「ダメェー!!!」―ハルヒは花瓶が揺れるほどの大声をあげた。…一瞬、辺りが静まり返った。「あ、いや、その…、ちょっと驚かそうと思ってね…ゴメンゴメン」ハルヒは我に返り、皆に謝罪していた。仕方ない、俺も謝っておくか…ハルヒ。お前の気持ちも考えず、からかったりしてすまなかった。…買い出し、よろしく頼むよ。「…ようやく分かったのね。…あんた本当に鈍いんだから。もう少し人の気持ちを分かるようにしなさい!古泉君、キョンがみくるちゃんに変な事しないように見張っててね!それじゃあ有希、行くわよ!」「…………」…古泉は、二人が校庭を歩く姿を見守り、ようやく口を開いた。「…全く、あなたもいい加減素直じゃありませんね。好きな女の子を苛めることでアピールするタイプだったのですね」悪かったな。「―おや、否定しませんでしたね。どうやら少しは素直になったみたいですね。それで、いつするんですか?涼宮さんに―?」―次の争奪戦で優勝したらその時はちゃんと言ってやるさ。それがけじめってもんだ。「それはそれは。ですが、随分とゆっくりとされてますね。涼宮さんがそれまで待ってくれる保証はありませんよ?前回のように、あなた以外の人が優勝し、告白し、それを涼宮さんが受け入れるという可能性もゼロではありません」「―それは大丈夫だと思いますよ。古泉君」以外にも、口を開いたのは朝比奈さんだった。「涼宮さんは待ってくれますよ。キョン君が優勝するまで」「ほう。それはどうしてでしょう?未来からの既定事項なのでしょうか?」「いいえ、未来の事は禁則ですから言えません。でも、分かるんですよ。同じ女の子として」朝比奈さんは、いつになく自信たっぷりに言い切った。まるで、あの閉鎖空間での出来事を知ってるかのように。…閉鎖空間?しまった!こんな話をしている場合ではない!「朝比奈さん!未来との通信を!」「え…!?何でですか?」「早く!」「分かりました…え?最優先強制コードが入ってる…!?…内容は『何があってもキョン君の命令に従え』…!?ど、どう言う事ですか?キョン君、私どうしたら…」「先ず制服に着替えて!早く!」「は、はい!!」俺はメイド服姿の朝比奈さんに指示を出し、古泉を引っ張って部室の外で待機する。「…なるほど。あの時のあれですか」ああ。何となく、この時間が正しいだろう。朝比奈さん(みちる改)は四日後から来たと言っていた。何時頃来たかは聞いてないが、この後、飯を食べたらすぐさま浴衣に着替え、会場に向かうとハルヒが言ってた。そうなるとハルヒの目を盗んで制服に着替えることができない。実際朝比奈さん(みちる改)は制服だったしな。この時間しか合わなさそうだ。…まだですか?朝比奈さん!「も、もう少し…できましひゃっ!」俺は間髪入れず部室に入り込み、朝比奈さんを掃除用具入れのロッカーに押し込み、蓋をした。「な…!キョン君…ちょっと…」「朝比奈さん、今から言う時間―四日前の午後七時、鶴屋邸で行われた争奪戦の特設ステージに時間移動してください!」「でも…TPDDの許可がないですよ…?」「大丈夫です、許可はないですが今は使えるんです!早く!」「やってはみますけど…え!?使用可能!?許可がないのに何で…?」「俺からの最後の指示です!時間移動したあと、そこにいる俺を助けてください!過去の俺は、あなたに助けられました!あなたができる限りのフォローを過去の俺にしてください!願えば力が出るはずです!その後は、過去の俺の指示に従ってください!お願いします!」「…また、あの時のように、キョン君を、未来を助けることができるんですね…わかりました。頑張ります!」「…もう一つ。過去の俺にハッパをかけてください。ハルヒのことで」「わかりました。…キョン君が変わったように見えたのは、私が変えたんですね。なんだか、凄く重大な任務を遂行した気分です」「よろしくお願いします!」「わかりました…サー!イエッ、サー!」朝比奈さんの掛け声の後、ロッカーから人の気配が消えた。ハルヒ達が出発しておよそ13分後のことである。くそー、しまったなぁ、今度は間を空けすぎたか…ハルヒ達が買い物に出かけて17分後の事。未だ帰らぬ朝比奈さんを今か今かと待ちわびていた。前回は朝比奈さん同士のブッキングが心配だったが、今回はハルヒと朝比奈さんのブッキングが心配である。ハルヒが帰ってきた瞬間、ロッカーから制服姿の朝比奈さんが出て来るのはかなりまずい。坂の下まで5分。往復10分ちょいと考え、弁当を作ってる時間や待ち時間を考えると、そろそろタイムリミットだ。朝比奈さんを遡行前のメイド姿に着替えさせる時間も必要だからな。「…まずいですね。涼宮さん達が帰ってきましたよ」何!?外を見れば、弁当と持ち運び、お茶をぐるんぐるん回して運んでいるハルヒと長門の姿が目に入った。「古泉!スマンが時間稼ぎを頼む!」「了解しました」そう言って古泉はグラウンドに向かった。そのすぐ後、ロッカーが揺れ動いた。俺は一目散にロッカーに向かい、開けた。「あ…キョン君…」「お疲れ様でした、朝比奈さん。…ですが、もう一つ任務が残っています!」「…何でしょう?」「今すぐ、早急に着替えてください!」というわけで、またもや廊下に飛び出し、朝比奈さんを着替えさせていた。メイド服に。先ほど窓を見たところ、古泉と長門がハルヒに熱心に語りかけていた。ハルヒも何やら熱心に答弁をしていた。スマン、古泉、長門。「…キョン君、あの後、向日葵をもらったんですよね?」唐突に、朝比奈さんの声が壁伝いに聞こえた。ええ、そうですが。「どんなシチュエーションでもらったんですか?」ええとですね、第二回争奪戦を、参加者側でやるから、とハルヒに宣言した後でしたね」さすがに優勝したら云々の部分は恥ずかしくて言えない。「ふふふ。やっぱり」朝比奈さんは小鳥が囀るようなキュアーボイスを発した。「さっきは涼宮さんが来て言えなかったんですが、涼宮さんがキョン君に向日葵を送った理由は、やっぱり花言葉に関係しますね。聞きたいですか?」ええ。どんな意味があるんですか?「それはね―――」時は経って、夜。SOS団五人は河川敷で行われている花火大会に興じていた。場所は花火大会から少し離れた場所。少し見えにくいが、混雑するよりはましだ。それに、自分達も花火を楽しみたいからな。「みんな―!線香花火やるわよー!一番長く持った人が優勝よ!!」浴衣姿のハルヒの宣言により、線香花火チキンレースが開催された。朝比奈さんは物珍しげに、長門はじっと、線香花火が作る火花を見つめていた。勿論二人とも浴衣姿である。ハルヒと俺が最後まで残り、どちらが最後か、という勝負をかけていた。俺は、ハルヒが「あ!三尺玉!」と言って指差した方向を見た瞬間、線香花火を叩かれて撃沈した。勿論文句を言ったが聞く耳を持つ団長様ではない。「あ!あれ!」今度はそんな手には乗らん。「今度は本当よ!見て見なさい!」ハルヒは俺の首を無理矢理曲げ、ハルヒが指差した方向に向けていた。ド~ンこの距離だと音は大分小さいが、かなりの大きさだろう。夜空いっぱいに花火が広がった。「向日葵みたいな花火だな」「…そうね」「…向日葵で思い出した。花、ありがとな」「何よいまさら」ハルヒは口を曲げていた。「…第二回争奪戦、楽しみだな」「あら、やる気満々ね」「ああ、誰かさんからあんな花をもらったからな。嫌でも優勝しなきゃいかんな」「え…!?どう言うことよ…!?」「スマン、朝比奈さんから聞いたんだ。向日葵の花言葉の意味をな」「……!……」ハルヒはそれを聞くや否や、うつむいてしまった。暗くてよく分からないが、恐らく顔中真っ赤だろう。…人の事は言えないが。「…みくるちゃんの…おしゃべり…!!」「怒るなよ。俺は感謝してるぜ。お前の気持ちがよくわかったからな」「……………」「だが、その気持ちに答えるために、なんとしてでも優勝するからな。そして、みんなの前で宣言してやる。ちょっと恥ずかしいが、俺も男だ。言うべきところでは言ってやるさ」「……あたしの七夕の願い、叶えてよね…絶対……」「…ああ。必ずな」「…あんまり、待たせないでよ?」「ああ、次の争奪戦で優勝してみせる。お前だけのために」「………うん………」―俺はハルヒに約束した―「あの二人、うまく行きましたかね?」「大丈夫。きっとうまく行く。私たちが少しずつ遠ざかっていったこともプラス要因」「涼宮さんがそう願っている限り、大丈夫でしょう」「…涼宮さん、ごめんなさい、キョン君に花言葉教えちゃって。…後から私をあまりいじめないでくださいね?」「はははっ、それは正解だったのではないのですか?彼の態度がさらに前進したように見えましたから。結局、向日葵の花言葉は何なのでしょうか?」「それはね、古泉君、」「向日葵の花言葉は…」二人は、向日葵の花言葉を同時に口にした―『―いつも あなただけを見つめています―』 ~fine~
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