納涼サプライズ
今日は年に一度の、町主催の納涼肝試しの日だ。ハルヒのやつは親戚の家へ行ってるらしいから今日はいない。つまりごく普通の日常的な夏のイベントとなるわけだ。いいことだ。ハルヒがいたりしたら、さまよえる本物の幽霊が出て来る可能性もあるからな。今日の肝試しは2人1組となって神社の境内に置いてある箱から、そこまでたどり着いたという証拠の物を持ち帰ってくればいいのだ。肝試しのパートナーは各自話し合いで決めるわけだが、ラッキーなことに朝比奈さんが俺のタッグパートナーになってくれた。 これを幸運と言わずして何と言おう。俺は何があっても必ず朝比奈さんを守り抜くという誓いをたて、夜の杜を歩き始めた。朝比奈さんは終始おどおどしているが、俺としては腕にしがみついてくれるだけで至福の極みを味わえる。肝試しがこれほどにまですばらしい催しだとは知らなかった。そして知らなかったら損してたな。 スタート地点から100mほど歩いただろうか。背後のしげみがゆれたかと思うと、突如として白い衣服を身に着けた落ち武者の幽霊が現れた!「うらめしや~!」「きゃー! おばけぇ!」世にも珍しいオールバックの幽霊が迫ってくる。なんてことだ。俺は涼宮ハルヒという人物を過小評価していたというのか。己の未熟さが悔やまれる。なんとハルヒは納涼肝試しに参加もしていないくせに本物の幽霊を創りだしてしまったのだ。そうでなけりゃ幽霊なんてものが実在するわけがない。いつもの俺なら間違いなくビビって逃げ出してしまうところだろうが、今日の俺は一味違う。朝比奈さんを守るナイトなんだ。彼女をおいて逃げ出すことなんてできるはずがない。 俺は果敢にも、幽霊の右足に鋭いローキックを放つ。ビシッという乾いた音を上げ、俺の足が幽霊の右足を弾き飛ばす。「ギャー! ちょ、キョン、お前なにすんだよ!? 俺だよ、谷口だよ!」「ひーん、キョンくん助けて~!」俺の拳がうなりをあげる。こざかしい幽霊が間髪の間合いでそれをかわす。たとえ幽霊だろうが魔王だろうが、朝比奈さんに害を及ぼすやつを、俺は許さない。
「朝比奈さん、キョンがキレた! 助けをよんでくれ!」「さ、さわらないでえぇぇ!」幽霊が薄汚い手で俺の朝比奈さんの肩にしがみついた。俺のコメカミの、血管的ななにかがブチ切れる音が確認できた。俺のフロントキックで、幽霊がもんどりうって倒れこむ。幽霊語は専門外なのでこいつが何を言っているのか分からないが、幽霊は必死な表情で何事かをわめき続けている。 なにを言っているのか理解できないが、おそらく助けてくれ的なことを言っているのだろう。ああ。わかった。俺が助けてやる。迷わず成仏しろよ。起き上がった幽霊は、脱兎のごとく走り出した。逃げる気か? 逃がしはしないぜ!俺はロケットダッシュで駆け出した。30mくらい走ったところで、足をもつらせて倒れた幽霊に追いついた。俺はその上に馬乗りになり、マウントポジションを確保する。 俺を引き離そうとする幽霊の額にある、幽霊の証ともいえる三角巾に手を伸ばす。幽霊の分際で朝比奈さんの純白パンティを三角巾代わりに使うなんて許される行いではない。 すったもんだの挙句、ようやく俺は幽霊の頭から朝比奈さんのパンティを奪還した!「とったど─────!!」「キョンのバカああぁぁぁ!」なにか断末魔のような雄たけびをあげ、幽霊は夜闇の中に消えていった。成仏したか。 俺の名は谷口。肝試しの幽霊役を買って出るほど、お人好しで気のいい男だ。だがそんな人間のできた俺でも、許せない人種というものはある。裏切りをはたらくヤツと、他人の下着を盗むヤツだ。俺が高校に入学以来、友と信じて疑わなかったクラスメイトのキョンは、俺の友情を裏切り、そして俺がバイトで一生懸命ためた、血のにじむ金で落札した朝比奈さんのパンティを、暴力にものを言わせて奪い去った。 ヤツは人間じゃない。人間の皮をかぶった悪人だ。俺から全てを奪っていったキョン。許せるわけがない。復讐するしかない。俺はフツフツと煮えたぎる思いを胸に、ホームセンターでナタを買ってきた。2chで復讐スレを立てたところ、安価でそうなったんだ。vipperにとって安価は絶対だ。 目的達成と同時にスレに報告の書き込みをできるよう、携帯電話もしっかり常備している。この時間は、キョンは居間で家族と一緒に団欒している。俺はほくそ笑みながら、2階の窓からキョン宅へ侵入した。とりあえず手始めに、ヤツの妹のクマたんパンティを頭にかぶり、俺は 「あ~いま~い3センチ」 と口ずさみながらキョンの部屋のベッドの下にひそんだ。盛り上がってまいりました。 私の役目は、涼宮ハルヒの動向を観察し、その全てを情報統合思念体に報告すること。しかし今は観察対象である涼宮ハルヒが家族と共に他県へ移動しているため、一時的に任務を解かれている。現在の任務は、涼宮ハルヒの動きを観察する上で、彼女の次に重要と思われる人物、名前は 【禁則事項です】(通称:キョン) の動きを見守ることである。今日、彼は非常に大きなサプライズを受けることになる。このままでは彼の部屋はカオス的収集不能状態になってしまうため、それを食い止めるべく私と古泉一樹がこうして彼の部屋のクローゼットの中に隠れているのである。 しかしよく考えてみると古泉一樹は居ても居なくても一緒なのに、何故ここにいるのか。なぜ私と一緒に古泉一樹がクローゼットの中で、ノリノリのツイスター以上にくっついているのか。クローゼットの中は元来人間が隠れるのに適していないため狭苦しいのは当然なのだが、古泉一樹と一緒に閉塞された空間におかれていると、その不条理さゆえに腹がたってくる。 特にこのにおいがイライラする。ファブリーズを全身にふりかけろとまでは言わないけれど、もうちょっと消臭等に気を配るつもりはないのだろうか。本当の年齢をバラしてSOS団追放にしてやろうかと思うが、まだ古泉一樹には利用価値がある。ここは私が我慢するべき。 キョン妹と別れた後、彼女の家の前にあるゴミ箱に怪しげな人影がはいっているのを見て、私は驚いた。 オールバックのその男はいやらしい目でキョン妹の家の2階を眺めながら、ニヤニヤと携帯を握っていたんですもの。怖かった。本当はすべてを見なかったことにして走って帰りたかったけど、キョン妹は私の親友。親友の危機を見て見ぬふりをするなんて、私にはできないわ。電柱の影からそっとゴミ箱の人物を見ていると、そのオールバックはやおらゴミ箱から這いでて、周囲に人がいないことを確認し、塀を乗り越えたの。そして私は見たわ。ああ、なんて恐ろしい。その手には、大きなナタが握られていたの!すぐにキョン妹に知らせてあげたかったけど、ここで騒いで逃げられたら私が頭のおかしい人って思われかねないし。ヘタに刺激したら、ああいう人はどんな行動に出るか分からないじゃない? だから私は必死の思いで、あのオールバックの後をつけたわ。キョン妹の家の庭に忍び込み、こっそり裏口から2階へ上がらせてもらったの。私が2階に上がると、あのオールバックがキョン妹のキャラクターパンツをかぶって、キョン妹のお兄ちゃんの部屋に忍び込み、ベッドの下に入っていくのが見えたわ。 怖かった。けど、私がなんとかしないとキョン妹のお兄さんが恐ろしい目に遭ってしまう。震える足で私はクローゼットを登り、そこにあったダンボールの中に隠れた。なにかあったら、すぐにここから飛び出るの。 ダンボールの中に入ると、先客がいたのでひどく驚いたわ。この人の顔、どっかで見たことある。そうだ。キョン妹のお兄さんが中学生の頃に同級生だった、佐々木とかいう女の人だ。この人は、きっと私と同じ目的でここにいるのね。お互い言葉はないけれど、それは理解できた。私一人じゃないって分かって、心強かったわ。 昨日のキョンくん、格好よかったな。幽霊におそわれた私を、あんなに必死になって助けてくれたんだもの。本当に、うれしかった。前から私の心の中でモヤモヤしていたこの思い。昨日の一件があって、はっきり分かったわ。これは、キョンくんに対する愛情だったのね。私はキョンくんが好き。もうダメ。これ以上我慢できない。すぐにでも、この思いを彼に伝えたい。告白っていうのかな。照れるし恥ずかしいけど、言わなきゃ。そうしないと、私は前へ進めない。大丈夫よと、私は自分に言い聞かせる。彼は私に好意を持ってくれてるんだもの。 無下に拒否したりはしないはず。涼宮さんがいない今が絶好のチャンスだわ。この機会を逃したら、私は一生後悔するはず。だから私は、キョンくんの部屋に忍び込んだ。カーテンの後ろに隠れて、彼が戻ってきたら驚かせてあげるの。 キョンくん。私をはしたない女だなんて思わないでね? 昨日の納涼肝試し以来、彼の挙動に不審な点が見受けられます。圭一、裕、新川、準備はいい?なにか異常があれば事態はとりかえしのつかないことにもなり得ます。そうなる前に、彼の挙動不審の原因をさぐりだして対処するのです。なにかあればすぐ、この本棚の横から飛び出すのですよ。え、なんですか新川? 彼が、我々が部屋に忍び込んでいることに気づいたら?大丈夫です。心配いりません。彼は機関のことを知る人間です。「おちゃっぴ~☆」 と私がプリティーフェイスで微笑めば大目に見てもらえるはずですわ。キョンのやつ、夏休みだからダラダラと無気力に過ごしているに違いないわ。まったく許しがたいことね。あんな成績でよく危機感も持たずにいられるものだわ。やっぱり、ここは私が一発ガツンと説教してやるしかないわね。SOS団団長として。あいつ、私が親戚の家へ家族で出かけて、いないって思ってるでしょうね。でも甘いわよ。団員思いの団長さんが、高速バスを乗り継いで速攻で帰ってきてやったのよ。予想外の出来事に驚いて、右往左往するキョンの顔が目に浮かぶようね!え、なに? この体勢がつらい? バカ言ってるんじゃないわよ。天井に張り付いてまだ10分も経ってないじゃないの。だからルソーは置いてきなさいって言ったでしょ? まったく。どこまで愛犬家なのよ、阪中は。鶴屋さんも笑っちゃだめよ。私たちが天井から飛び降りる前にキョンに気づかれたら、せっかくの計画がパーになっちゃうんだから。うわ、顔がすっごい堪えてる。そう、それくらい我慢してて。もうちょっとだから。もうちょっとでキョンが戻ってくるから。そしたら天井から飛び降りて、笑ってもいいから。 それにしてもすごい我慢してるわね。そんなに笑いをこらえるのって大変? 眼球とびだしそうなんですけど。阪中もすごい顔してるわね。ルソーを口にくわえて。子猫をくわえる母親猫みたい。なにが彼女をそこまで駆り立てるのかしら。ああ、食った食った。たらふく食った。俺はシャミセンを追いかける妹の横をとおり、2階へ続く階段をのぼっていった。さあて、漫画でも読むかな。自分の部屋に入って電気をつけた俺は、少し違和感を感じた。それはほとんど無意識的な感覚にすぎないのだが、いつもと同じ俺の部屋が、なんだかいつもとは違うように感じられる。 表現が難しいな。なんて言うんだろう。誰もいないはずの俺の部屋に、何人もの人がひしめき合ってるような圧力が感じられるとでも言おうか。すまん。分かりにくいな。俺もわかってないんだ。 疲れてるのかな。今日は特に力仕事をした覚えはないのだが。まあいい。気のせいだろう。さあて、ベッドに寝転がって刃牙でも読むか。本棚から範馬刃牙の7巻を取り出し、ベッドに向かった俺は大きな違和感にぶちあたった。なぜだろう。何故か俺のベッドの布団が、すでに中に何人か収納しているんじゃないかと思われるほど、不自然にふくれていた。一瞬ドキリとした。なんだこれは。誰かいるの?こわごわとした手で、俺は布団に触れた。中学時代の修学旅行で買って以来、部屋の肥やしとなっていた木刀の出番かとも思ったが、俺にはストーカーにつきまとわれる心当たりもない。きっと気のせいだ。 そう自分に言い聞かせ、俺はバッと布団をめくった。呆気にとられた。なにをやってるんだ、お前らは。そこは俺のベッドだぞ?そこには、国木田、コンピ研部長、生徒会長、喜緑さんがダンゴムシのように固まって隠れていた。「ふっ。見つかってしまっては、いたしかたない」なんでこの状況下で偉そうなんだ。生徒会長。
おい、タバコ吸うなよ!「うわ、うわああぁぁぁ!?」俺は叫び声をあげた。生徒会長たちが俺のベッドから出てきたかと思ったら、今度は天井からけたたましい妖怪のような笑い声がふってきて、突然俺の横に犬を口にくわえた鬼のような形相の女が落ちてきたのだ。 それだけでも俺は十分に驚いているのに、さらに本棚の横からマシンガンを持った兵隊みたいな謎の4人組が現れ、クローゼットの上から見知らぬダンボールがドスンと落ちてきて、そこから女性のうめき声が聞こえてくる。 窓は閉めていて風もないのに唐突にカーテンが大きくめくれあがり、クローゼットの戸が勢いよく開いた。もうなにがなんだか分からず、言葉を失って立ち尽くす俺。そんな俺の脚に、不意にひやりとした感覚が感じられた。なんだ……? 俺は無意識に自分の足を見た。それがトドメだった。 俺の脚を、ベッドの下からのびている男の手が、ガシッと力強くつかんでいた。「ぎゃあああぁぁぁぁぁぁぁ!」俺が前後不覚のわめき声をあげた瞬間、廊下を走るバタバタという音が聞こえてきた。親が来てくれたのか!?足音が俺の部屋の前で止まり、扉が押し開けられた。「どうした、何があったんだ!?」「うおおぉぉぉ、あんたが何なんだ岡部先生!?」 俺が腕組みをして立っている。両親と妹には適当な事情を話して、下の階へ行ってもらった。俺の前には、もう何がなんだか分からない人数の関係者が軒並み、正座してうなだれている。ひとまず事情を聞かないことにはと思うが、もう誰に何を聞いていいかすらわからない。こんな時、一番頼りになるのはあいつしかいない。「おい長門、これは一体どういうことだ?」長門だけは、いつもと変わらない様子で無表情だった。って、なんで何事もなかったかのように俺の刃牙を読んでるの? なんで自分は無関係ですっていうポジショニングなの? 「………これは、サプライズパーティー」「長門さんの言うとおりです。せっかくの夏休みなのですし、みんなで楽しくパーティーなどやってみるのもいいんじゃないかと思いまして」長門の言葉を引き継いだのは古泉だ。「あんたのことだもの。ダラダラした自堕落な毎日をおくってたんでしょ? ここらでビシッと引き締めてやろうと思ったのよ」余計なお世話だ、ハルヒ。「そうなんです。古泉が日頃お世話になっているSOS団と北高の皆さんに楽しんでもらおうと、段取りをさせていただきましたわ。おほほほほ。オチャッピー☆」「森さん、もうオチャッピーの出番はなくても良かったかと…」「キョンくんに大事なお話があって、あの、来たんですけど……あうぅぅ、とても伝えられる状況じゃなくなってしまったんで、もういいです………」「キョン、俺の大事な純白パンティー返せよ!」もう誰がなにを言ってるのかも分からなくなってきた。 鶴屋さんが高い音量の笑い声をあげ、おめでとう、とか良かったね、とか誰にともなく言っている。俺に言ってるの? ねえ俺に言ってるの? 全然うれしくないんですけど。 「あの、キョン妹のお兄さん、私、見たんです、そのナタ男がここに忍び込んで……あ、私も忍び込んでるのか。てへっ☆」「忍び込んだのが僕だけじゃなくてよかったよ。キョン的には全然よくなかったかもしれないけど、僕としては心苦しさが紛れてよかったよ」分かった。お前らの言いたいことは大体分かったつもりだ。ようするに夏休みだから騒ぎたかったんだろ? なんで俺の部屋なのかは分からないが、それがサプライズなんだろうな。 お前ら全員バカだ。岡部先生まで一緒になってなにやってるんですか。「いや、俺はあれだ。あれだよ。1年5組の代表とか、そういう感じ」1年5組代表としてクラスメイトの誰かがくるなら分かるけど、なんで担任教師がきてるんだよ。ていうかハルヒと阪中も1年5組だろ。「まあまあ。いいじゃないですか。こんなお祭り騒ぎも。たまになら、ね」顔が近いぞ。 「ああ、サプライズしたサプライズした。10年分はサプライズしたね。目的も達成したし、そろそろ解散しようか」なんであんたがここにいるのかよく分からないんだが、コンピ研部長。SOS団の下っ端的立場での参加なのか? こうして、なんだか分からないまま俺が一方的にビックリドッキリさせられたサプライズパーティーとやらは終了した。みんなはワイワイガヤガヤ言いながら、各自帰路についたようだ。2階の窓からその姿を見ながら、俺は呆然としたままの頭で思っていた。夏休み万歳。 ~完~
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