それって迷信じゃないのか?
プロローグ ある冬の日の出来事。時刻は朝の九時。曜日は土曜。場所は俺の部屋。 「なあ、……何でお前がここにいるんだ?」 俺は何故だか知らんがそこに居るそいつに尋ねた。「何でって、そりゃ団員の世話をするのは団長の務めだからよ。それ以上でも以下でもないわ!」「俺が訊きたかったのはそういうことじゃないんだが……まあいい、団長の務めね。俺としては素直に『心配してた』とか言ってくれたほうが少しは体調も回復する気がするんだがな」「そんだけ減らず口が叩けるんなら心配される必要なんてないでしょ?」「いや、実は喋るのさえつらい状態なんだ」「だったら黙って寝てたらいいじゃない」「ああそうするとしよう」 そこにおわすはSOS団団長こと涼宮ハルヒであった。 さて、何がどう巡り合わさってこんなけったいな状況が生み出されたのか、わざわざ説明するのもすばらしく面倒なことではあるが、説明なくして語れないのが現状でもあるので、体調がよろしくないというのに否応なしに説明を強いられる俺のことを気遣いながら聞いてくれ。 とりあえず、今朝方のちょっとした異変から話せば十分だろう。 現在時刻は七時。いつもとは違い妙にすっきりと起床することができた。別にこんな休日に目覚めが良くたって報われるのは毎回恒例企画がごとく消失する罰金と冠せられた理不尽極まる俺奢りの茶店代くらいであり、だからといってこれが平日の出来事であろうとただただ学校滞在時間の間延びにしか繋がらないわけであるから、やはり朝は少しばかり寝遅れ気味のほうが何かとよろしい。 ふう、朝っぱらから何をごちゃごちゃと考えてるんだろうね、俺は。さっさと着替えをして今日こそはあいつの決め台詞をパクってやろう。せっかく朝早く起きたんだしな。 などと他愛もないことを考えながら俺は布団から這い出し、冷めきった部屋の空気を感じつつ朝一番の用を足しに行こうとした。 したのだが、何だ? 何かがおかしい。 ドアノブに手をかけたままその異変について考える。まず、足下がおぼつかない。それと、全身の倦怠感。加えて、体温の異常。 ……これは要するにアレなのだろうか? 俺のそんな疑惑は確たるものに変わることとなる。なぜならば、手をかけていたドアノブがひとりでに沈み、扉が開かれ、そこに現れた妹がこう騒いだからだ。「キャッ! もう、キョン君びっくりさせないでよー! ……あれー? キョン君顔真っ赤だよー?」 やはりか。どうやら俺は風邪を引いたらしい。「トマトみたーい!」とわめきながらまとわりついてくる妹を無視しつつ、俺は自分の体温を確認するために体温計のある居間へと下りた。 体温計が指し示す温度はなんとまあ三十八度一分。学校なら病欠してもなんら不都合ない体温を身に宿す俺はハルヒに不思議探索断りのメールを入れ、そのまま携帯の電源を切り、おとなしく横になることにした。 別に問題はないだろう。あのハルヒといえども病人に無理は言うまい。……なんて思うのはいささか短絡的過ぎたかもしれない。ま、その代償といっても目が覚めたときに少しだけ驚いたくらいのものなんだがな。 ここでようやく冒頭に戻る。 そういうわけで、現在俺の部屋にハルヒがいるのだが、一体何しに来たんだろうな、こいつは。何かしら看病するならまだしも「黙って寝てろ」と言われなくてもそうするし、お前のせいで俺の安眠が妨げられたんじゃないか、とまあとやかく言うつもりはない。俺はマジで喋るのもつらい状態なんだ。 ハルヒの命令に素直に従うみたいで癪ではあるが、それもいつものことなので俺は病人らしく眠ることにした。……のだが、「……ねえ」 ハルヒが話しかけてきた。だるいからここは無視だ。「……ねえってば」 しつこいな。「……寝ちゃったの?」 見りゃ分かるだろ?熟睡中さ。「……本当は起きてるんでしょ?」 そんなことないぞ。俺はぐっすり眠っている。「……エロ本、タンスに隠してあることくらい知ってるんだからね。ぜーんぶ見ちゃうわよ」 残念ながらエロ本はベッドのしt……て、何言わせる。「……よし」 何だ? よしって。一体何するつもrんむ!!!?「……ふう、これでよしと」「……何がよし何だ?」「え!? あ、いや、あ、その、あんた寝てたんじゃ……」「お前……今明らかにキsげふっ!」 ハルヒのボディーブローが炸裂した。 「お、お前今絶対にkがふっ!」 ボディーブロー再び。こいつ的確にみぞおちを狙ってやがる。「お、落ち着けハルヒ!」「あんたが落ち着きなさい! 落ち着いて寝なさい!」 と言いながらとどめの一撃とばかりに凄まじい速度で俺のみぞおちめがけ拳を繰り出してきたハルヒだったが……、甘いぜ。「なっ!?」 来る場所の分かっているパンチほど止めるのが簡単なものはない。俺はハルヒの拳を左手で受け止め、その勢いでハルヒを俺のベッドに組み伏せた。「ちょっとこのエロキョン! 離しなさいよ!」 じたばたと暴れつつ顔が真っ赤っかなハルヒを見て、俺は何を血迷ったのだろうか。 ハルヒをいじめたくなっていた。 ふふん、どうだ? 抜け出せないだろ?「なにいい気になってんのよ! あんたキャラおかしいわよ! とっとと解放しなさい!このエロアホキモキョン!」 エロアホキモキョンて……、まあいい、それよりさっきのキs「あー!!! してないしてないしてない!! してないったらしてなーい!!」 じゃあ何してたんだ?「うっ……それは」 やっぱりしたんだろ?キs「違う!! 断じて違うわ!! あれは……」 あれは? 「わ、我が家に伝わる伝統的な風邪の治療法よ」「どういうこった?」 ハルヒはいかにもうぐぐといった感じのしかめっ面をしながらこう吐き捨てた。「キsじゃなくて……、マウストゥーマウスすることによって風邪を他の人にうつすのよ。あんたも聞いたことあるでしょ? 風邪はうつしたほうが早く治るって」「……なあハルヒ、それって迷信じゃないのか?」「め、迷信なんて失礼ね! あたしんちでは誰もが知る一般常識と化してるわよ!あんただってよく聞く話でしょ?」 えらく局地的な一般常識だなとも思ったがそこは敢えてつっこまないでおく。「確かによく聞く話かもしれんが、それにしたって相手の同意なしにいきなりキs「マウストゥーマウス!」するのはいくらなんでも短絡的過ぎないか?」「そ、それは……」「まあ別に悪い気はしないんだがな。こうやってもがもがするハルヒを見れたことだし」「もがもがって、あたしはそんなことしてないわよ!」「かもな」「かもじゃない!」「あひるか?」「あひるでもない! もう、なにくだらないことにつっこませてんのよ!」「ハハッ、違いねえ違いねえ」「? ……あんた今日何かちょっと変じゃない?」 「そんなことないぞー失礼だなー……て、あれ?」 ハルヒがひぃふぅみぃ、……三人いるな。どうしたハルヒ? お前忍者だったのか?「ちょっとキョン!? あんた大丈夫!?」 ハルヒは体を拘束していた俺の腕を払いのけて体勢を直し、マウストゥーマウスならぬおでことぅーおでこをしてきた。「! ヒドい熱じゃない! もう、だから黙って寝てなさいって言ったのに!」 何を言ってるんだお前はー……、情けないことに俺の意識は暗黒へとフォーリンダウンした。 いつつっ……、もうこんな時間か。 目が覚めると部屋はすっかり暗くなっており、部屋の様子もよく分からないほどだった。 ふぅ、それにしてもなんだかずい分楽になった気がする。まだ多少のだるさは残るものの、熱は引いたみたいだ。下腹部に妙な圧迫感も感じるが……て、「うおわっ!?」「痛っ!! もう、何すんのよアホキョン! いきなり起きあがるな!」「お前こそ何してんだよ? 何で俺の部屋にいるんだ?」「はぁ? あんた何言っt……もしかしてあんた、何にも覚えてないの? あたしんちの伝統分かる?」 いきなり何を言い出すんだ、こいつは。「分かる訳ないだろ、そんなの」 ハルヒは安堵と失望を足して二で割り、さらにその上全体を疲労感でまんべんなくデコレーションしたような表情をした。「あっ、そう……、なんだかすーんごく疲れたわ。……もう少し寝るからお腹貸しなさい」「お前が疲れているのはよく分かった。だが何故俺の腹をお前に貸さなければならんのか。別に貸してやるぐらいどうってことないが、生憎俺は腹が減って死にそうなんだ。だから」「これ」「だから有り難く頂きます、団長様」 ハルヒがぐいっと差し出してきたのはきれいにカットされたリンゴだった。「……あんたも現金なやつね。あたしが今日一日どんだけあんたに尽くしてあげたのかも知らないでさ」 うん、風邪引いた時はやっぱりリンゴに限るな。で、何か言ったか? ハルヒは肺にある空気をめいいっぱい吐き出しながら、「あたしはもう寝るわ。おやすみ」 と言って、俺の腹を枕にすやすやと寝息を立て始めた。 しゃくしゃくとリンゴを食べる音とハルヒの寝息が薄暗い室内を支配し、何だかよく分からんが風邪引いて良かったかもなと柄にもなく不謹慎なことを考える俺だった。「……(お疲れさま、ハルヒ)」 エピローグ 「……(お疲れさま、ハルヒ)」「……」「……おい」「……」「……おいってば」「……」「……寝ちゃったのか?」「……」「……本当は起きてるんだろ?」「……」「……」「……」「……ミッ○ー……マウス」「……」「……ミッ〇ーマウスミッ〇ーマウスミッ〇ミッ〇マウス、ミッ〇ーマウスミッ〇ーマウス」「ああもううるさーい!! マウスマウスうるさいのよアホキョン!!」「……ミッ〇ーではなく……マウスに反応した……」「うっ……あんたやっぱり……」「……」「……」「……ハルヒ」「な、何よ?」「……」「……」「……顔、真っ赤だぞ」「う、うるさい! この確信犯!!」 Fin
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