長門有希の手料理
俺はいつものように朝比奈さんに淹れてもらったお茶を飲みながら窓辺で本に目を落としている長門を眺めているとふと気になってしまった。長門、こっち向いてくれないか? 長門は俺の思考を読み込んだようにこちらを向いた。「…なに?」「長門、ふと気になったんだがな。お前は普段料理とかするのか?」「カレーなら…温めるだけ」それなら俺も食べた事あるな。朝比奈さんと長門と一緒に食べたカレーはいろんな意味で美味しかった。是非また食べたい。しかしそれは料理とは言えないんじゃないか?長門。次は手作りで頼むぞ。 「作り方を知らない」「そうなのか?是非俺が教えてやろう!と言いたいのだがな。料理は得意じゃないんだ」長門は少し残念そうに本に目を戻した。その時ハルヒが名乗りをあげた。「有希、料理出来ないの?器用そうだからなんでも出来ると思ってたけど意外ね!あたしが教えてあげるわ!任せなさい!」「みんな!今から有希の家に行くわよ!」「なぁハルヒ、長門の手料理は俺も食べてみたいが、今日はもう遅いぞ。幸い明日は土曜日だ。明日にしないか?」「…それもそうね!明日、9時に駅前集合!いいわね?遅刻したら有希の手料理食べさせてあげないからね!」俺がそう言うと少し考えた後そう言い放った。何故長門の手料理を食べさせてもらえなくなるのかは知らないが、ハルヒが言うんだからそうなのだろう。絶対に遅刻するわけにはいかない。今日は寝ないで駅前に行ってやる。「古泉くん!みくるちゃん!いいわよね!?」「僕は賛成です。長門さんが料理を学ぶというのは彼女にとって大きな事の気がします」「はぁい。あの、役にたつかどうかはわからないですけど…」古泉がハルヒの意見に反対しないのはいつもの事だ。気に入らん。朝比奈さんの作った料理なら例え納豆カレーだったとしても美味しくなりますよ。残すヤツがいたら言って下さい。殴り倒してやる。「ハルヒ、長門には聞かなくて良いのか?主役は長門だろう」「有希!良いわよね!私が手取り足取り教えてあげるわ!」「私も料理を学びたい。是非お願いする」「じゃ、決定!遅れないでよね!」と言った所で長門が本を閉じた。いつも長門が本閉じるのを部活終了の合図にしている俺達は帰り支度をして、着替えるという朝比奈さんを待った後帰る事にした。足早に帰宅して俺は早めに床についた。長門の手料理が待ち遠しかったからな。翌日、俺は8時に目覚めた。十分に間に合う時間だ。抜かりはござらん。俺が駅前に到着したのは8時50分。俺が最後なのはいつもの事だ。ハルヒは腕を組んで仁王立ちで待っていた。とにかく俺は長門の手料理にありつける。いやー楽しみだなぁ。「遅いわよ!キョン」「遅刻はしてないぞ」「キョン君おはようございます」「おはようございます。朝比奈さん」俺が長門を見ると長門は俺に軽く会釈した。いつもの制服姿だな。「みなさん揃いましたね。さて、どうしましょう」いつもながら爽やかな笑顔だな、古泉。「そうね。まずは買い物よ!有希の家に行っても材料が無かったら意味がないわ!」もっともな意見だ。俺達はスーパーに向かい買い物をした。ハルヒはカレーを作るのに必要な材料をカゴに入れ、料理のレシピなどが書いてある本を買いあさっていた。その金を払うのは誰なんだ?ハルヒ。お前か? 俺達は会計を済ませ、長門の部屋へ向かった。荷物持ちは俺だ。古泉、お前も一つ持て。「もちろんですよ。では、お一つお持ちいたしましょう」「長門さんが料理が出来ないとは、僕も驚きました」「そうだな。しかし前にコンビニ弁当を持って歩いているのを見たことがあるぞ」「そうなんですか。これからは長門さんも自分で料理をするようになると良いですね。コンビニ弁当では体に良くありませんから」「そうだな。しかしそれは長門に関係あるのか?」「わかりませんね。長門さんに訊いてみてはいかがでしょう」確かにそれは気になったが、訊くのはやめておこう。そこらへんの構造はきっと俺達とは変わらないんじゃないかとと思うからな。いや、はっきりとはわからんが…しばらくして長門の住むマンションに到着した。長門が無言でロックを解除して、俺達は無言で招き入れられた。 何か一言聞かせてくれないか?お前に喋らせるとなんか勝った気になる。というのはどこかで聞いたフレーズである。もちろんはちみつくまさん、ぽんぽこたぬきさんなどと言わせる気はない。ハルヒは既に長門の部屋に上がり込んでいる。一方朝比奈さんはいつものように落ち着かないようでオロオロしていた。無理して来なくてもよかったんですよ?古泉はと言うと…まぁこいつはいいか。長門、お邪魔させてもらうぞ。「入って」俺と古泉はテーブルに座るよう言われた。男である俺達は何も出来ないからな。テーブルの前に座った俺達に長門がお茶を淹れてくれた。長門の淹れたお茶は久しぶりだな。新鮮な感じがする。いや、けっして朝比奈さんのお茶が飽きたという意味ではないぞ。誤解するな。 「…飲んで」「ありがとう」「ありがとうございます。長門さん」「いい」ハルヒは朝比奈さんと長門を連れてキッチンへと向かった。キッチンはここから見えるようになっていたので、俺達はハルヒ達の姿を眺めるとしよう。三人はエプロンを着用し始めた。エプロン姿の朝比奈さんはとても良かった。このまま俺のお嫁さんになってください!一方長門のエプロン姿はなかなか似合っていた。結婚してくれ!長門!「さっそくはじめるわよ!有希!とりあえず包丁とまな板を用意して!」長門は頷いてどこからかまな板と包丁を用意した。一応持っていたんだな。「エプロン姿のみなさんも新鮮ですね。いい眺めです」「そうだな」「みなさんとても似合っていますね。あなたはどなたが好みですか?」 うるさい。バカ。黙れ。どうだっていいでしょ!んな事!と答えたかったがここは黙っておくとしよう。俺が黙っていると古泉は肩をすくめた。またか古泉、その動作は見飽きたぞ。別にやめろとは言わないがな。再びキッチンに目を戻すと長門が包丁を手にしていた。どうやら材料を切っているようだ。「有希!そんな手つきじゃ手を切るわよ!左手は猫の手よ猫の手!」「…猫?」長門は助けを求めるように俺に視線を向けた。いや、俺を見られても困るんだが。とりあえず俺は空中に猫の手を作って見せてやった。すると長門は理解したようで、材料に目を戻した。ハルヒは何か声をあげて長門に指示をしている。朝比奈さんはというと、する事がなかったのか俺達にお茶を持ってきてくれた。いつもはメイドさんの姿でお茶を淹れてくれているので、エプロン姿で淹れてくれたお茶はとても美味しかった。 ありがとうございます。少しお話がしたいですね。「朝比奈さんは普段料理するんですか?」「あ、お弁当とかは作りますよ。でも時々失敗しちゃうんです」朝比奈さんがおかずをお弁当箱に詰めている姿は容易に想像できた。朝比奈さんがどう盛り付けるかに悩んでる姿は実に似つかわしいじゃないか。朝比奈さんについて妄想の海へ船を漕ぎだそうとしているとキッチンから大声が聞こえてきた。「ちょっとみくるちゃん!サボってるんじゃないわよ!さっさとこっちに来なさい!」「あ、すみませぇん!今行きまぁす」朝比奈さんが悪の大魔王に連れ去らてしまった。助けに行くことは出来ないでしょう。すみません!許してください!俺が冒険の途中で力尽きてしまった勇者の気持ちになり、大きく溜め息をついた。再び朝比奈さんを見ると、長門が切った野菜の切り屑や皮などを片付けて、包丁とまな板を洗っていた。どうやらもう野菜は切り終えたようで、長門が鍋を用意していた。 先に言っておくが、作者の料理に対する知識は皆無である。多少違っていても軽く流してもらいたい。 長門はハルヒに言われた通りの順番で野菜を炒めている。古泉、カメラ持ってないか?この姿を是非写真に残したい!「残念ながら持っていませんね。」「これからは持ってくるんだぞ」「はい、そうしましょう。そういえば長門さんは好き嫌いとかあるのでしょうか?」「そうだな…気になる。肉はあまり好きそうじゃないな」「それはなんの先入観ですか?直接訊いてみてはどうです?」 そうだな。今度訊いて見るとしようしばらく古泉と会話をしていると、キッチンの方から良い香りが漂ってきた。その匂いを嗅ぐと途端に腹が減った。長門の手料理だ、どんな味がするんだろうな。とてつもなく甘いのだろうか?それともとてつもなく辛いのだろうか?ルーは長門が選んだようだったので、食べてみるまでそれはわからない。極端なのはやめてくれよな、長門。「完成ね!有希!」長門はハルヒを見て頷いた。「お腹へりましたぁ。」「できあがりましたか。どんな味がするのかとても興味がありますね。早く食べたいです。」「腹も減ったし食べようぜ」「そうね!みくるちゃん、食器を用意しなさい」「はい」朝比奈さんが人数分の食器を持ってくると長門がよそってくれた。 ハルヒは全員にカレーが行き渡ったのを確認して口を開いた。「有希の手料理なんだからね!クラスの男子が泣いて羨むわよ!謹んで味わいなさい!」「長門さん、いただきますねぇ」と朝比奈さん。朝比奈さんはカレーを口に運んだ。…朝比奈さんの動きが止まった。みるみるうちに朝比奈さんの顔は真っ赤になり、汗が吹き出していた。「お…美味しいですぅ…感動しましたぁ!」朝比奈さんはお茶口に含んで涙目になりながら答えた。覚悟しよう。「長門、いただくぞ」そう言ってカレーを口に運ぶ。しかし、思っていたよりは辛くなく、俺としてはちょうど良かった。長門は感想を求めるように俺を見つめている。「とっても美味しいぞ。今までで食べたカレーの中で一番美味い!」 その言葉を聞くと、長門は一瞬微笑んだように見えたのは気のせいではないだろう。ハルヒは既に半分以上たいらげている。もっと味わったらどうだ?「だって美味しいんだもの」とハルヒ。「とても美味しいですよ。はじめて作ったとは思えませんね。将来カレー屋を開いてはどうでしょうか?」古泉は少し過大評価している気がするが、長門がカレー屋を開いたら是非俺も行きたい。市販のルーでどうやったらここまでの味が出せるのか教えてほしいね。「それは、禁則事項」長門は教えてくれなかった。まぁ、聞いたところで俺にこの味が出せるとは思ってないが「ご馳走様。美味しかったよ。ありがとうな」みんなが食べ終えた頃に朝比奈さんを見てみると、朝比奈さんは涙目になりながらまだ食べていた。その姿はとてもけなげで可愛く思えた。古泉、今すぐカメラを! 「ご馳走様でしたぁ。美味しかったです」朝比奈さんが食べ終えたようだ。どうやら辛いものは苦手らしい。しかし残すのは悪いと思ったのかきちんと完食していた。カレーを食べ終えた俺達は長門の淹れてくれたお茶をのみながらくつろいでいると、ハルヒは買ってきた料理本を長門に見せていろいろ教えこんでいるようだ。長門も興味深そうにハルヒの話を聞いている。そんなこんなでこの日は解散となった。長門、今度またなんか作ってくれないか?「…わかった」「きっとだぞ」そう言い残し、俺達は長門の部屋を後にした。長門がわかったと言った時、心なしか嬉しそうだった。それからしばらくたった日の事だ。朝の人が少ないうちに長門が俺を訪ねてきた。「今日の昼休み、すぐに文芸部にきてほしい」「見せたい物がある。授業が終わったらすぐに来てほしい」「わかった。お前の頼みとあっちゃあ断るわけにはいかないな」そう告げると長門は背を向けて歩いて行った。その足取りは軽いようだった。俺は昼休みになるのを待って、チャイムが鳴るのと同時に文芸部室へ急いだ。扉を開けると既に長門が待っていた。四角い包みを2つ抱えて。「お弁当…あなたに食べてほしい」「俺にか?」「…そう。あなたに、食べてほしい」長門は少し照れるように言った。その顔は少し不安げで、抱き締めたら壊れてしまうのではないかと思う表情をしていた。 「ああ。ありがとう。嬉しいよ」そう答えると、長門は微笑みながら俺にお弁当を手渡した。俺はとても嬉しい気持ちになった長門の弁当食べれるというのもあるが、それだけではない。長門に人間らしい一面ができた事が何より嬉しかった。 いつか。長門が俺達と同じ普通の人間として生活できる日が来ることを願いながら、長門と一緒に弁当を食べ始めた。あれからいろいろ練習したのか、それはとても美味しかった。 その一時が幸せだった。きっと長門も同じ事を思っているに違いない。 終わり
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