キョン1/2 ハルヒ編
放課後部室で俺と古泉がオセロをし、長門が窓際で読書、朝比奈さんがお茶の用意をしていると俺より先に教室を出たはずのハルヒがドアから勢い良く登場した。そのままズカズカと入り込んで団長席に腰掛けると、ぐるっと椅子を回して古泉に視線を向けた。ハルヒの表情は新しい獲物を見つけたようにギラギラと輝いている。あー嫌な予感がする。「ねぇ古泉くん、土曜日川岸近くの遊歩道で一緒に歩いてた子って誰? 手繋いでたみたいだったけど、ひょっとして彼女?」土曜日っていうと俺が古泉に頼まれて彼方此方振り回されてた日だな。女になってショッピングしたり、昼飯食べたり、狙撃されて逃げ回ったりと散々な目に遭った。遊歩道ではクレープを食ったりしたな。食べ終わる前に襲撃されて、古泉が慌てて俺の手を掴んで――ってソレ俺じゃねーか!「御覧になっていたのですか」少し驚いた顔をしてハルヒを見る古泉。そりゃそうだな。俺達が狙われる原因であるハルヒが傍にいたんだから。ん、待てよ。連中はもしかしてハルヒがいたから古泉を狙ったのか?「ちらっと見かけただけよ。 なんか急いでるみたいで、すぐ二人ともいなくなっちゃったから。 で、どうなの? もしかして彼女って北高の生徒だったりしない?」ハルヒも女の子らしく恋バナが好きなんだな。少し意外だ。恋愛は精神病の一種なんて言ってたくせに、他人の恋愛には興味あるのか。古泉はこのルックスだし、浮いた話が1つや2つあってもおかしくはないが。「彼女はこの学校の転校生になるはずだった生徒です。 制服も購入して先日から学校に来る予定でしたが、 不幸にも地方に住んでおられるご両親が体調を崩されてしまい、 通学が困難となってしまった為に決まっていた入学を取り消されたのです」は? 突然何言い出すんだコイツ。それは対ハルヒ用に用意していたシナリオなのか。随分と用意がいい事だな。「それは可哀想ね。でもその子に兄弟とか親戚はいないの?」ハルヒが食いついてきたのをいい事に、演技がかった仕草で古泉は話を続ける。「彼女は年の離れた妹さんがいらっしゃるそうです。 親戚の方々は相次いで亡くなられておりまして、両親と妹さんの面倒を見るのは彼女しかいないのです」ふぅと肩を落として落胆の意を魅せるところまで完璧だ。釣られたハルヒは友達のように心配した表情を見せる。「じゃあその子はお世話をするために転入を諦めたってこと? なんだか理不尽な気もするけど仕方ないわね。 でもなんで土曜日は一緒にいたの? ってか古泉君とどんな関係?」それは俺も聞きたい。「ちょっとした昔馴染みですよ。なにぶん急な出来事だったので 荷物やら全部こちらに置きっぱなしのままだったそうで、 土曜日に引越し手続きをするために戻ってきてたんです。 あの時は久々の再会でしたから昔語りをしながら散歩をしてたんですよ」昔馴染みねぇ。彼女って言われるのは御免被りたいがちょっとだけ残念だと思うのは俺の気のせいだな。うんそうだな。「ふ~ん、それにしても可愛い子だったわね。 そうそう、ポニーテールがすっごく似合ってた」そのポニーテールは古泉がやったんだ。髪が邪魔だったからまとめてくれって言ったら僕が好きな髪型にしますね、なんて言い出して。俺もポニーテールは大好きだが、自分がやるとは思わなかったよ。「彼女が聞いたらきっと喜ぶと思いますよ。 今度会う機会があれば伝えておきましょう」今度どころか今聞いてるだがな。何故か古泉は何のサインか知らんが俺にウィンクを投げてくるし。だからその気色悪いのはやめろ! 男にやられても嬉しくねぇよ。
下校時刻になり、俺は古泉と2人で帰っていた。ハルヒ達は駅前に先日開店したケーキ屋に行っている。なんでも3人1組まで食べ放題らしい。食欲魔人の長門とハルヒにはうってつけの話だな。隣りを歩いている古泉はいつもより5割増しの爽やかスマイルだ。「機嫌よさそうだな」「そうですか? ふふ、そうかもしれません。僕とあなたが恋人同士に見えたんですから」ハルヒの話か。その時はお互いそれどころじゃなかったがな。ん? 俺と恋人同士に見られて何で嬉しいんだ?だって、お前は俺が男だって知ってるだろ?「ええ勿論知ってます。けど、今回ばかりは涼宮さんに感謝していますよ」なんだそりゃ、俺はさっさと普通の生活に戻りたいね。湯船から出たら冷水を浴びるのが習慣化してるし、お湯に対して異様に警戒するようになっちまった。ハルヒが望んだからこんな事になっちまった訳だが、一体何時まで続くんだろうね。「さぁそこまでは。それより」この手は何だね、古泉くん。「握手してくれませんか?」古泉が手を差し伸べてきた。何で今更握手なんだよ。しかも俺は女の子よりお前と手を繋いでいる回数のほうが明らかに多い気がするぞ。まぁ、握手くらいならしてやるけどさ。「うお!?」手を握ったと思ったら、今度は手をに引かれて奴の胸の中へと無理やりダイブさせられた。おいおい握手だけじゃなかったのか。しかもこの体勢は図らずもあのデートの日と同じ状況ではないか。あの時と違うのは俺が女の姿ではなく、生来の男の姿であることだけだな。「古泉?」台詞まで同じだよ。お前は最近突発的行動が多過ぎやしないか?「やっぱり抱き心地が違いますね」そりゃそうだろう。ガキの頃なら大差がないだろうが、齢16になれば男女の体つきは大分違う。同じって言われたら別の意味で泣くぞ。「でも、同じ匂いがします。それにとても暖かい」ぎゅっと腕に力が入る。古泉は俺よりほんの少しだけ冷たい気がした。奴に抱き締められるのは嫌ではないが、ここは往来なので誰かに見られるのではないかと気が気でない。ホモカップルとして北高に噂が広がるのだけは何としても阻止すべきだろ。俺が己の安泰な高校生活を送る為に無言で奴のブレザーを引っ張って抗議するが、哀しいかな古泉は俺の意図を読んではくれなかったらしい。それどころか俺の肩に頭を乗せると、耳元で「僕は男性のあなたが好きなんでしょうか? それとも、女性のあなたが好きなんでしょうか。 わからないんです、2人のあなたのどちらが・・・」と悩ましげに呟くと、古泉はいっそう強く抱きしめた。息遣いや心臓の音がはっきりと聞こえる。古泉の手が震えていることだって伝わっている。俺は何て答えてやればいいのか分からないまま、されるがままに突っ立っていた。ただ、そうだな。古泉が答えを見つけるまでは、ハルヒの気が変わらなければいいと思った。それまでに、俺もこの気持ちに対する答えを見つけておこう。終
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