キョン1/2 デート編
今日はとびっきりの厄日に違いない。何故なら俺のワーストランキングでも上位に入るであろう出来事が現在進行形で立て続けに起こっているからだ。「次はあちらに行きましょう」隣を歩いているスマイル野郎が手を取って、また俺をどこかに連れて行こうとしている。そう、今日の災厄の原因はこいつなのだ。全ては今朝かかってきた一本の電話から始まった。
「緊急事態です。今すぐ僕の部屋にきてもらえますか?」なんて切羽詰まった声で電話がかかってくるもんだから、休日をだらだらと過ごそうと思っていた俺は身支度をそこそこにして家を飛び出した。「お待ちしていました」古泉の住むマンションの一室に到着すると、神妙な面持ちの古泉が出迎えてくれた。こいつがこんなマジ顔をするんなんざ天変地異の前触れでしかなく、事態が思った以上に芳しくないことを俺は窺い知る。SOS団に何か事件が発生したのか、はたまた橘のような機関とは違う超能力者の登場か。思い付く限りの厄介事を聞かされるとばかり思っていた俺は、最初古泉が言った言葉が理解出来なかった。「僕とデートしてくれませんか?」耳を疑った。「今なんっつった?」「僕と今日一日お付き合いしてください」真面目な声を出すな、頬を染めるな、俺を見つめんじゃねぇよ、気色悪い。生憎だか俺はまっとうな神経の持ち主なんだよ。男と付き合うなんざ俺の辞書には載ってない。「勘違いされているようですが―」と切り出した古泉の話の内容はこうだ。隣駅の現地調査を機関のお偉いサンに命令された古泉はパートナーである森さんと行こうとしたが急用で森さんが来れなくなってしまった。仕方無く古泉の事情を知る朝比奈さんや長門に連絡したが、2人とも用事があって付き合うことが出来ない。困った古泉が白羽の矢を立てたのが、現在女にもなる特異体質を持つ俺というわけだ。はい、説明終わり。「わかって頂けてましたか」事情は把握したさ。だが何故俺がお前とデートなんぞしなきゃならんのだ。「お前1人で行け」でなければ日を改めろ。「そう言う訳にはいきません。2人1組で今日調査を行うようにというお達しですから」まるで中間管理職の社員のような物言いだな。機関の命令は絶対って訳か。だがな、女に外見が変わるだけで中身は男のまんまなんだぞ?デートするなら上手く誤魔化してクラスの女子を誘ったほうが楽しいと思うが。「無理は承知しています。しかし今回の、これ一回きりでいいんです。お願いします」いつもの笑顔仮面を取り外した古泉は真剣な目で俺を見ている。もしかして俺が断ったら、こいつは命令違反とかで罰せられたりするのだろうか。咄嗟に社長っぽい人に糾弾されて頭を下げ続ける古泉を想像してしまい、断るに断れない心境になってしまった。何かと世話になってるし、たまに古泉の我侭に付き合ってやるのもいいかもしれん。「デート代は全部お前の奢りだからな」それくらいは当然だろう?「あ、ありがとうございます!」頭を下げて礼を言い、ほっとしたように微笑む古泉。やっぱりお前は笑ってるほうが似合ってるよ。しかし了承したものの服とかはどうすんのかね。古泉はご安心ください、と言って俺に中身が入った紙袋を手渡した。何が入っているのかと中を覗いて絶句したね。それは女物の衣装だった。「何だこれは」「ワンピースですよ」そういう事を聞いてるんじゃない。断るも何も最初から計画済みで行く気満々じゃねーか!数秒前まで感じていた同情の念を返せ。「着てくれませんか?」その捨てられた子犬のような目で俺を見るんじゃない!お前がやっても全く可愛くないが、こっちが悪いような気になるんだよ。あーもー俺も男だ。断言した以上は服だって何だって着てやる。「風呂場借りるぞ」間取りはこの間来たから覚えていた。こういう集合住宅ってのは何処も似たような構造だしな。洗面所に到着すると俺は靴下を脱いで浴室に入り、シャワーのお湯を頭からかける。長い髪が横から垂れ下がったのを視認すると、浴室から出て置いてあったタオルで頭を拭く。服を粗方脱いで、トランクスから苺柄のショーツを断腸の思いで穿くと紙袋から取り出したブラジャーを掴み、俺はしばし思案した。「どうやって着るんだコレ?」童貞にこんなもの渡すんじゃねーよ。紐を腕に通してパッドの部分に胸を当てるのは何となくわかったが、ブラジャーを固定する為の後ろに付いているホックがどうしても止められない。俺はそんなに体が固いほうではないのだが、これ止められるのか?何回やっても無理なんだが。このままでは埒が明かない。古泉にも手伝わせるか。「古泉、ちょっと来い」「何ですか――ってなんて格好してるんですか!」赤面すんじゃねぇよ気持ち悪い。「後ろ止めろ、俺にはできん」「あ、ああはい分かりました」背中を向けると古泉の冷たい指が肌に触れる。手が震えてるのは気のせいか?「出来ましたよ」ブラジャーが肌に密着して何となく息苦しい。女ってのはこんなものを毎日着けてるのか。俺は古泉に礼を言うと脱衣所に戻り、黒色のノースリーブを 着てから白いワンピースに腕を通す。足元がスースーして気持ち悪いし、こんなに足露出させる事 なんてないせいか気持ち恥ずかしいな。紙袋に入っていた黄色のボレロを羽織ると、俺は古泉が待つリビングへと戻った。「お似合いですよ」世辞はいらん。「いえいえ、本当によく似合ってます。 髪が邪魔そうですね。まとめますからそこに座ってもらえますか?」古泉が引いた椅子に腰掛けると、用意していたらしい櫛で髪を梳かし始める。少しだけ引っ張られて感じる小さな痛みで、髪が1つにまとめられているというのが分かった。「僕が一番好きな髪型ですよ」お前もポニーテール萌えだとは知らなかったよ。手渡された手鏡で自分の姿を見る。そこには美人というよりは可愛らしい女の子が写っていた。そう言えば女になった時の自分の顔をきちんと見たことがなかったな。「ご自分の今の姿をどう思われます?」心を読んだかのような絶妙なタイミングで古泉が問い掛ける。「ポニーテール、似合ってるな」まさか自分自身がやる日が来るとは思わなかったがな。けど、なかなかいいんじゃないか。鏡の中の俺は、自分でも信じられないような優しい笑顔になっていた。
古泉が用意した水色のパンプスを履き、俺達は隣駅の散策へと出掛けた。ちなみに古泉はホワイトシャツに灰色のベスト、黒いデニムパンツという様になる格好だ。土地勘があるらしい古泉は俺を色んなところへと振り回してくれる。「これなんかどうです?」「いいんじゃないか」俺が行かないようなオシャレな洋服屋に行っただろ。「如何ですか?」「うまいよ」昼は古泉が予約していたらしいレストランでパスタを食った。リーズナブルな値段だがシェフが元五つ星レストランで働いていたらしく(古泉談)、味・量共に大満足だった。調査というから怪しい路地裏とかを探すのかと思ったのだか、 古泉は普通にデート(不本意)を楽しんでいるような。「おいおい調査しに来たんじゃないのか?」「ちゃんとやってますよ。あ、あそこなんか怪しいと思いません?」そこはただのゲーセンだろうが。「いいから行きましょう」ちょ、手を握るんじゃない。お前と歩幅が違うから歩きずらいし、恥ずかしいんだよ。店内に入った俺達は真っ直ぐ写真機――ようはプリクラの目の前に立った。「さ、撮りましょう」ちょっと待て!何故お前とプリクラなんぞ撮らなきゃならんのだ。しかもこの姿、この格好で!「その姿だからですよ。いいじゃないですか、減るものじゃないですし」俺の神経は確実にすり減るんだが。後世にまで俺の恥ずかしい過去を残してたまるか。「っておい!」問答無用でカーテンの中に引きずり込まれる俺。古泉はさっさとお金を入れると慣れた手つきで画面を操作していく。俺は妹とミヨキチにせがまれて撮ったことがある程度なので、被写体モードとか言われてもわからん。「はい撮りますよ」顔を強制的にカメラに向けられたと思ったら、シャッター音が聞こえた。抵抗する間もなく次々にポーズを取らされ、全て撮り終える頃には半ばヤケになっていた。「何か書きたいこととかありますか?」落書きタイムとなり、古泉がタッチペンをこちらに手渡そうとするがつい数十秒前の痴態すら見たくない俺は丁重に辞退する。「じゃあ僕が勝手に書きますね」「そうしろ」待つこと数分、やけに機嫌がいい古泉が撮れたプリクラの半分を手渡してきたが、ちらっとハートマークが見えた瞬間俺は全力で受け取りを拒否した。そんな見え見えの演技で泣き仕草したって可愛くないって言ってんだろうが。「で、次はどこ行くんだ?」俺としては久々にきたゲーセンで今受けた精神的苦痛を含めて憂さ晴らしをしたいところなんだが。「そうですね、少し歩きませんか?」立ち直った古泉が言うより早く手を引いて外に出る。今日の古泉はまるでハルヒのように図々しいし、いつもより表情が豊かな気がするな。こいつの素っぽいところが見えるのはいいんだが、振り回される俺の身にもなってくれ。
外に出た俺達は川岸にある遊歩道を歩いていた。途中の売店で買ったクレープを食べながら。「お前は何買ったんだ?」ちなみに俺はチョコバナナ生クリームだ。「僕はチョコミントアイスクリームです」うまそうだな。「一口くれ」そう言うと古泉は虚を突かれたように目を見開く。俺なんか変なこと言ったか?「い、いえ何でもありません。どうぞ」チョコミントを受け取ると口に頬張る。うんこっちも甘いな。何故か俺を凝視している古泉。あ、何だ食べたいのか?「ほら」俺は自分のチョコバナナを古泉に手渡す。何故か受け取るのに戸惑っているようだが、ただ食い物を交換しただけだろ?なんで顔が赤くなるんだよ。「…あなた、わかっててやってます?」何をだ?もう一口貰う。「これ、間接キスですよね」「ぶっ!」何言いやがる! おかげでアイスを吹き出しそうになったじゃねーか。「時々あなたって天然ですよね」「どういう意味だ」それがわからないから天然なんですよ、と古泉はさらに意味不明な発言をしたあとチョコバナナをパクッと口に含んだ。自分から間接キスなんて言ったくせに、お前は言ってる事とやってる事が微妙に違ってないか?「美味しいです」ああそうかい。俺はお前が変なこと言うから、妙に意識してしまって食べられないんだが。仕方無く横に並んで歩いている古泉にチョコミントを返そうと振り向いた瞬間、俺の視界が砂利だらけの地面に変わり、続いて後ろから爆竹がはぜる音が二度聞こえた。「な、なんだ!?」状況がさっぱりわからん。隣にいたはずの古泉を探して視線をずらすと、逆さまになったクレープが地面に落ちていたのが目に入った。「大丈夫ですか!」体温を感じる背中のほうから古泉の声が間近で聞こえ、俺はようやく何かから庇うようして抱き締められていることに気づいた。「逃げましょう!」立ち上がった古泉に手を引かれ、されるがままに走り出す。もしかして今俺達は銃撃に遭ったのか?あの爆竹みたいな音は爆竹じゃなくて銃弾だったんじゃないか?「こっちです!」急に背筋がゾッとし、恐怖で足が竦まないように必死で古泉の手を握り締める。履き慣れないパンプスと異なるの歩幅で何度も転びそうになるが、この時ばかりは神が味方してくれたらしい。転倒することなく古泉に連れられるままに何かの建物に逃げ込んだ。「はあ、はあ・・・・何なん、だ一体」「ふぅ・・・どうやら、敵対勢力からの、攻撃のようですね」鍛えているのか呼吸の乱れがあまりない古泉と、息も絶え絶えで倒れる寸前の俺はその場にしゃがみ込んだ。普段は一般の高校生男児並の体力しかないが、女になると体力も減っているらしい。冷静沈着な古泉は流石に動揺を隠せないようで、しきりにドアの向こうを気にしている。「はあ・・・何で拳銃なんか」「ああいう方々には日本の法律なんかありませんよ。とにかく移動しましょう」立ち上がった古泉が手を貸してくるので、素直に好意に甘えることにした。正直足がガタガタで今にも倒れそうなんだ。「ところでこの建物は何なんだ?」景色に気を取られている暇はなかったが、真っ直ぐこの建物に向かっていたように思える。「ここは機関の避難所みたいなところです。もう安心して大丈夫ですよ」成る程、それなら安全は折り紙付きだな。裏口から入ったらしいので廊下を歩いて開いた場所に出ると、そこはビジネスホテルだった。入った事ないから知らんが、結構高そうな雰囲気である。古泉は受付で何やら話していたが、やがて鍵を持ってやってきた。 「6階の603号室ですね。エレベーターはあちらです」案内されて、俺は悲鳴を上げる足をどうにか動かしてエレベータに乗り込んだ。
案内された部屋はベット2つに浴室がついた、なかなか綺麗なところだった。とりあえずベットに腰掛け、そのまま背中から倒れる。「疲れた」もう一歩だって歩けないね。古泉は何故か立ちっぱなしだが。「すみません、今日はお付き合い頂いたのにこんな結果になってしまって」幾分落ち込んだ声なのは俺を巻き込んでしまった自責の念からだろう。まったく、気にしなくていいのにな。悪いのは変な力を持ってるハルヒを悪用しようとする奴らなんだから。拳銃ぶっ放してきたのは流石にビビったが。「お前の所為じゃないだろ。それにお前がいなかったら俺は死んでたかもしれんし」「しかし・・・」あーもー疲れてるんだから長話させるんじゃねーよ。俺は起き上がって古泉の前に立つと、ポンポンと頭を叩いた。ついでにいい子いい子してやる。背伸びしても身長か足らないから前髪を撫でるみたいな感じだけどな。「え・・・?」「お前は頑張ったよ。ありがとな」だから座って休め。しかい古泉は何をトチ狂ったのか俺を引っ張り寄せると抱き締めたではないか。「古泉!?」咄嗟に離れようと服を掴むが、さらに強く抱き締められてより密着する格好となる俺。何なんだコレは。デートしろって言われた時も、プリクラ撮った時も、拳銃で撃たれた時もこんなに驚くことはなかったのに。「取り合えず離せ」「嫌です」即答かよ。だから腕に力入れるなって、息苦しいんだよ。「すみません、でももう少しだけこのままで」腕の力が緩むと古泉の右手が俺のポニーテールをゆっくりと撫で、もう片方の腕を背中へと回して抱き寄せる。普段の俺なら気持ち悪いと思うところだが、不思議と嫌な感情は湧かなかった。古泉からフローラルな匂いがしてお前はどこまで爽やか青少年なんだとか、髪が頬に当たってくすぐったいとか、身長高くていいなとか本当にどうでもいいことばかり考えていた。「僕はあ――」その時部屋に場違いな電子音が響いた。背中に回っていた古泉の手がゆっくりと離れていく。顔を俯かせたままで表情が見えない。携帯電話のコール音が3回鳴った後、古泉は顔を上げた。奴は笑っていた。「呼び出されたようなので、ちょっと席を外しますね。 シャワーでも浴びて待っててください。着替えもついでに持ってきますから」そういうと古泉は俺の返事も待たずに部屋から出て行ってしまった。1人だだっ広い部屋に取り残された俺はする事もないので、古泉の言うとおりにシャワーを浴びようと浴室へ向かう。「やれやれ」あの時古泉が何を言いかけたのかは分からない。だが、デートが終わってしまったのだけは確かなのだ。まったく、本当に今日は厄日だと思うね。
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