サムナンビュリズム-エピローグ-
あれから一週間が過ぎ去り、日曜日である今日、俺はバス停に来ている。 何故お馴染みの駅前ではないのかというと、そりゃあ俺にだって個人的な用事を済ませるくらいの権利はあるのであり、そんなことを疑問に思うことすらちゃんちゃらおかしい。今日はSOS団による不思議探索ツアーなどではなく、俺個人としてのイベントなのだ。 行先は先週と同じ場所。 あの事件の始まりであり、終わりである場所へと俺は向かっている。ここに来るのはこれで通算三回目。前回は走ってこの坂道を上ったわけだが、今回はそんなことはしない。一応、病み上がりだからな。 山頂には誰もいなかった。こんな天気のいい日に皆何をしてんだろうね。こういうときにこそ、この自然溢れる緑豊かな山頂公園が有効活用されるべきだというのに。 まあ、天気がいいといっても、その恩恵を与り知れる時間はあとわずかとなっているわけだから、当然と言えば当然のことなのかもしれない。 あの時の魔方陣はどこらへんだったっけ? 確かこっちのほうに……あった。 今はもう長門の力によって封印されてるけど、何となく不気味なオーラが立ち昇っていなくもない。大丈夫だよな? これ。 最後の瞬間、俺は気がついたら病院にいた。ハルヒが何か言いかけていたことを鮮明に脳内でフラッシュバックさせながら、俺の頭はどうしようもなくオーバーヒートしていた。 『さ――』、なんだというんだ、バカハルヒ。日本語っていうのは最後まで言わなきゃ正しい意味が通じない大そう不便な言葉なんだぞ。「ちゃんと言ってたでしょ? 先に行っててって。しっかり聞いてなかったあんたが悪いんじゃない」 つってもな、あの状況で思い浮かぶ『さ』から始まる言葉と言えば、やっぱり「さよなら」だろ。しかも直前に「ごめん」ときちゃあ誰だってそう思う。おかげで古泉に借りを作っちまった。「もうちょっと想像力を働かせなさいよね。それに古泉君への借りはあたしと全く関係ないわ」「そうかい。んでハルヒ、俺はこんな山の中であとどんくらい待たされるんだ?」「もうちょっと待って」「もうちょっとって……もうかなり暗くなってきたぞ。いつまでもこんな所にいたらいろんな意味で危ないんじゃないか?」 かれこれ1時間が経過している。「ふーん、いろんな意味って何よ?」「帰り道とかバスの時間とか大変だろ? そんくらい想像力を働かせろよな」「……相変わらずつまんないことしか言えない奴ね」 アヒルみたいな口をしてハルヒは湧き上がる不満を出し惜しみせずにそう言った。何が不満なんだろう。「まあいいわ、そろそろ行きましょ」「行くってどこに?」「こっち!」 そういってハルヒは俺の手を握り、もう真っ暗だというのに結構なスピードで走り出した。こいつ夜目が効くのか? いやそんなことより、なんでわざわざこんなに暗くなってから移動しなければならないのだろうか。相変わらず考えが読めない。「いいから黙ってついてくる。ほらこっち!」「へいへい」 ハルヒは夜目の効かない俺のことなんかちーっともお構いなしにグングンと先へ進む。そういえばこれって、去年のあれにちょっと似てるかもな。ハルヒと俺が逆になった構図だ。「ストーップ!」「うわっ!」 いきなり止まるな、転んだらどうするんだ……って、なんだそりゃ?「これ、付けて」 何故俺がそんな付けるだけで無理なく転べるようになるもんをつけなきゃならんのか、分かり易く丁寧な説明が是非とも欲しいところだね。「目隠しよ。見て分かんないのかしら。分かったらさっさとつける、ほら!」 分かり易いといったらそうかもしれないが、目隠しについての説明だけでその存在意義については一言たりとも触れないままそれがどうしたとばかりに、「早く付けなさいよね。時間が無駄になるじゃない」 と、ハルヒは宣った。「分かったよ、ほらよこせ」 抵抗するのも、ハルヒの言う通りそんなのは時間の無駄だってことは今までの経験則から嫌になる程学習してきている。「うん、素直でよろしい」 何が素直でよろしいだ。どうせ素直じゃなくても無理やり要求を押し通そうとするくせに。そう思いながらも、俺は従順に目隠しを装着した。……まさか、このまま俺を崖から突き落とすとかそんなんじゃないよな。「……違うわよ?」 ……その間は何だ?「さ、行こっか! こっちよキョン、手離さないでね、下手すると落ちるから」「落ちるって一体どういう意「いいからいいから、ぐずぐずしない!」 やれやれ、先が思いやられるね。 ハルヒに手を握りしめられながら、波瀾万丈だった人生に後悔しないためにも家族へのメッセージと警察へのダイイングメッセージを考えつつ、今日だけは機関の監視を外してくれと言ったことに早くも軽い後悔を感じながら、それでも何故だか知らんが握られる手に安息感のようなものを感じつつ、これもまた一つの形なのかもなとらしくなく感慨にふけりながら、いろいろなものを背に背負い、責任を感じつつ、法律の制約で待たなければならない一年ほどの期間などに考えを巡らせなどもして、その間の四季をSOS団のメンバーと一緒に、ハルヒと一緒に、一歩一歩進んでいけたらいいなと、俺のためにも、俺は思う。
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