人生最悪の四日間 第三章 ~ブラックホーク・ダウン~
六時二十五分。ホームセンターの駐車場にて。
長門が高速呪文を唱え終わると、空間が歪み始めた。今、ここで何が行われているのか詳細を説明することができる人間がいたら、ぜひ名乗り出てもらいたい。今すぐ。グニャリと世界が曲がり、周りの風景がもとに戻り始めた。体も動けるようになっている。目の前にいたはずの朝倉はいなくなっていた。「朝倉はどこに行ったんだ?」「逃走した。捜索している」逃げたのか。速いな……。「朝倉は何が目的だったんだ?」「この世界の改変を行おうとしていると思われる」なんのために?「改変して彼女がこの世界において力を持つことにより、この世界を操ろうとしている」
……世界征服?
「そうとも言う」マジか。
六時三十五分。長門のマンションにて。
「まだ朝倉は見つからないのか?」「彼女のガードが固く捜索が困難。もう少し時間がかかる」現在、俺と朝比奈さんと長門は長門のマンションにいる。たいした理由は無い。ここが一番朝倉を捜索するのに向いているからだ。「朝倉は世界を操って何をするつもりなんだ?」「わからない」
結局、神は朝倉か。最悪だ。このままじゃ世界が改変されるのは時間の問題だ。あいつは世界を改変してどうするつもりなんだ?インターフェイスの考えることはわからん。一度脳みその中身を覗いてみたいものだ。もしかしたら脳みそじゃなくてハードディスクかもしれないが。
「始まった」と長門。「なにが?」
「この世界の改変」
長門がそう言った瞬間、窓の外から轟音が聞こえた。恐ろしく大きな音。窓が衝撃でガタガタと揺れる。急いで窓のほうに目をやると、そこにはとんでもないものがあった。
~ちょっとキョンのまめ知識~UH-60は、シコルスキー社製の中程度積載能力を持つ多目的または強襲機であり、20ヶ国以上で使用されている。民間型として武装を省略したS-70も販売されている。全長19.76m、全高約3.7m、ローター直径16.36m、 最高速度約357 km/時 、戦闘行動半径約680 km、最大航続距離約2,220 km、実用上昇限度:5,790 m、上昇率:3.6 m/s、ドアに12.7mm重機関銃M2を装備可能・両側面の窓にMAG7.62mm機関銃を装備可能。ESSSを裝着することにより追加される左右2箇所ずつのハードポイントにAGM-114ヘルファイア対戦車ミサイル4連装ランチャー、2.75インチ(約70mm)19連装ロケット弾ポッド、ガンポッド、増槽などを搭載することもできる。航空騎兵隊(空挺部隊)、電子戦、MEDEVAC(医療救急)などの幅広い任務で活動することができる。エアフォースワンならぬマリーンワンとしてアメリカ大統領を運ぶことさえある。通称はブラックホーク。ブラックホーク・ダウンという映画を見れば、それがどんなものなのかわかるだろう。つまり、戦闘用ヘリコプターだ。俺がなぜこんなことを知っているのかというと、俺もたまにはウィキペディアを見ることだってあるってことだ。
007が兵庫で撮影されたことがあるのは知っているが、兵庫県内にブラックホークが配備されている自衛隊の基地があるという話は聞いたことが無いぞ?なぜ窓の外にブラックホークが飛んでいて、それが今にもこのマンションにぶつかりそうな近さで、進行方向がこの部屋を向いていて、パイロットの後ろの乗員が持っている機関銃の銃口が長門のほうを向いていて、その乗員の横に朝倉が座っているのか俺にはさっぱりわからん。 「危ない」「何!?」と右から飛んできたのは長門の膝。それが俺の顔面に直撃し、俺は左に大きく吹っ飛んだ……って痛ぇな、何すんだ!!連続する破裂音とともに窓が飛び散り、部屋の中の少ない家具が次々と吹っ飛んでいく。なんだなんだなんだ!? 何が起こってるんだ誰か説明しろ!!どうやら機関銃を撃っているようだ。何しやがんだこの野郎!!「朝比奈さん大丈夫ですか!!」朝比奈さんは泣いているが、見たところ怪我は無いようだ。銃声が止んだ。「きょ、キョンくん!!」「朝比奈さん! 急いで逃げて!!」長門は居間の中央に立ち、ブラックホークの方を向いた。「長門!! 逃げろ!!」長門は俺のほうを向き、何かを呟いた。プロペラの音がうるさくてよく聞こえなかったが、口の動きで「問題ない」と言っているのがわかった。ブラックホークは横を向き、側面の開いた場所から朝倉がベランダに降り立った。「彼を渡しなさい。そうすれば貴方たちには何もしない」と朝倉。神は本当に厄介ごとが好きなんだな。俺はブラックホークで連行されるのか。「安心して。彼には一切、危害を加えないわ」「彼は渡さない」美少女二人が男の奪い合い。そこに機関銃と自衛隊のブラックホークが無ければ、漫画のような素晴らしい状況だろう。しかし俺の目の前に広がる光景は、「ゴッドファーザー3」のヘリコプター襲撃シーンのような地獄絵図だ。あんな眼鏡で人を刺し殺すような映画は現実になってはいけない。現実になっていいのは「男はつらいよ」と「釣りバカ日誌」だけだ。「これは最後の警告よ。彼を渡しなさい」「それはできない」
~またまたちょっとキョンのまめ知識~ヘリコプターはローターが回転し、揚力を生み出すことで浮遊するこのとき、機体側がローターを回転させることの反作用として、ローターが機体を逆方向に回転させようとするモーメントが生じる。これは反トルクなどと呼ばれる。この反トルクを打ち消すため、機体の後ろに備えたローターにより横向きの推力を生み出す。この推力によるモーメントで打ち消す。要するに、うまく飛ぶためには後ろについてる小さなプロペラが必要だってことだ。
ブラックホークには尾部にそのプロペラ(ローター)がついているのだが、俺が念じるとそれが急に止まった。大きい方のプロペラが回るスピードが段々ゆっくりになってきて、機体がプロペラとは逆の回転を始めた。ブラックホークは一度ベランダにぶつかって、そしてマンションに何度もぶつかりながら地面に落下した。神は便利だ。「やってくれるわね」と微笑みながら俺のほうを向く朝倉。今回はサバイバルナイフは持って無いが、それでも怖いものは怖い。長門が俺のほうを向いて、「逃げて」と唇を動かした。俺は立ち上がり、朝比奈さんの手を引いて玄関に向かって走った。人間の脚力でインターフェイスに勝てるわけが無いというのはわかっている。それでも長門が逃げろと言ったんだから逃げるしかないのだ。玄関のドアを開けると、そこにはとんでもない光景が広がっていた。まだ六時だというのに、空が黒い。ブラックホークが飛んでるのだ。ブラックホークは確認できるだけで四機、他にも知らないヘリコプターが三機はいた。空だけじゃない。道路は自衛隊の戦車や特殊車両が占拠しているし、道を歩いている人間は一人もいない。どうやらこの町は朝倉率いる自衛隊が包囲しているようだ。こんな光景は戦争映画以外には見たことがない。そもそも戦車やブラックホークを生で見るのが初めてなのだ。この光景に驚かずにいられるだろうか。俺がこの光景に驚いている間に、特殊車両とヘリコプターは俺たちを包囲していく。俺を驚かせて動きを止めるのが作戦なのか? そうなのか?特殊車両から出てきた自衛隊員は、次々とマンションの入り口に入ってくる。逃げられん。非常口のほうはブラックホークが飛んでるし、逃げ場が無い。「朝比奈さん、どこかに逃げ場は?」「な、ないですぅ」まあ、無いのは俺が見てもわかってることなので朝比奈さんに聞くまでも無い。特殊車両の一つから、拡声器を持った男が出てきて叫んだ。「お前たちは完全に包囲されている。降伏し、彼をこちら側に引き渡しなさい」立て籠もり事件のときの刑事の台詞と変わりは無い。別に立て籠もりをしているわけではなく、友人の家に立ち寄っただけなのだ。そのうち、俺のおふくろが出てきて、馬鹿なことはやめなさい的なことを言うのだろうか。多分そんなことはない。きっと今頃はフライパンの上のハンバーグを焼いて、夕飯に備えているのだろう。……まだそんな時間じゃないか。そもそもこの時間帯の俺は、家でテレビを見ている時間帯だ。それにしても、周りの住民はなにも思わないのだろうか。ブラックホークが街中で墜落したのにも関わらず、野次馬にもならない人間は日本人失格だ。もうちょっと人がいないと寂しいし、不気味だ。 まあ、そんなことを考えている場合ではない。階段からは小銃を構えた自衛隊員が突入してきたし、このマンションは完全に包囲されているのだ。俺がこんなことを考えている間に、自衛隊員はこの階まで昇ってきて俺たちをいつでも逮捕できる位置にいた。こんなところで捕まるくらいなら、長門と一緒にいたほうがいい。俺は朝比奈さんの手を引いて、長門の部屋に飛び込んだ。そこに待っていたのは、長門ではなかった。「おかえり」長門は部屋の奥で立ち尽くしていた。朝倉は俺の手を引いた。「行きましょ」なんとか抵抗しようと思ったが、体が思うように動かない。インターフェイスの力によって操られているのか。「何をするつもりだ?」「そのうちわかるわ」朝倉は満面の笑みで俺を見た。俺は朝比奈さんと長門を残して、連れて行かれる羽目になった。ドアが閉まる直前に長門が何かを呟いた。その言葉は「信じて」でも「大丈夫」でも「問題無い」でもなく、
「計画通り」だった。俺が長門のその満面の笑みの意味が理解できるのは、もっと先の話だ。
第四章 ~神の人質~
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