日常じゃない日常―古泉サイド
一人で詰め将棋をしていた僕の手からこぼれ落ちた駒が小さな音を立てて、床に落ちました。 今は涼宮さんも彼も朝比奈さんもいない、僕と長門さんだけがいる静かな部室。 正直なところ、退屈な時間です。長門さんは自分からは話し掛けてきてくれませんし。 そんな事を考えていたせいだったのでしょう、駒を床に落としてしまったのは。 特に急いで拾い上げる理由もありません。ゆったりとした動作で駒を拾おうとした僕ですが、 その駒を拾ったのは僕ではありませんでした。
誰が拾ったかなどと言う事はそれこそ小学一年生の宿題並に簡単な事なのですが、 僕はその人のその行動が信じられませんでした。
SOS団員その2にして宇宙人である長門有希さんが、見慣れた無表情で僕に拾った駒を差し出していました。
「…あの、長門さん?」「落とした」
簡潔な会話です。しかし僕は動揺を隠し通す事が出来ません。笑顔はいつも通り保っていましたが。 長門さんが、僕に、落とした物を、拾ってくれた?
たったそれだけの事なのですが妙に気分が昂ぶっています。 そのせいか、僕はその直後に普段では考えられないおかしな行動を取っていました。誰か鈍器を貸して下さい。
「…ありがとうございます、長門さん」
僕は、感謝の言葉と共に。
…長門さんの頭を撫でていました。
「……………」
きょとん、とした顔で頭を撫でられる長門さん。 ああ、一体僕は何をやっているのでしょうか? 誰か即効性の毒薬でも持っていたら今すぐ僕に譲渡してくれませんか。お代は機関持ちで。
「…この行為にはどんな意味が」
首を2ミリほど傾けて長門さんが僕に問い掛けます。 2分前の僕に聞いて下さい。きっとさぞかし支離滅裂な答えが得られる事でしょう。 しかしそういう訳にもいかないので適当な理由を長門さんに話します。
「えーと…こう、相手の好意に感謝したい時に、相手の頭を撫でる事があるんですよ」「そう」
会話が終わっても、僕は長門さんの頭を撫で続けます。いい加減にしてくれませんかね僕。 5分くらい経った頃でしょうか、やっと僕は長門さんの頭を撫でるのを止めました。
「……」
若干不満気に見えるのはあれでしょう、目の錯覚というやつです、きっと。 と、軽い現実逃避を行っていると、今度は長門さんに頭を撫でられました。
「…あの、長門さん?」 台詞のバリエーションが少ない事に我ながら遺憾を覚えます。「あなたに頭を撫でられている間、わたしは奇妙な充足感を感じた。 わたしはこの充足感を与えてくれたあなたに礼をしたい。故にわたしは今、あなたの頭を撫でる」
……………この奇妙な光景は一体何なのでしょうか。 僕の身長は170以上あるんですが、そんな男性が身長150ちょっとの女の子に 頭を撫でられるというのは。誰か説明できる人がいたら来てくれませんかね、奢りますよ。
放課後、二人しかいない部室。 本来なら退屈以外の何でも無いはずのこの状況なのですが。
……僕は確かに奇妙な満足感を覚えていました。
さて、ここからは後日談なのですが、あの日から明らかに変わった事があります。 それは。
―――長門さんが、やたらと僕の行動を手伝ったり、先回りし、 事あるごとに「頭撫で」を求めてくること。
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