鶴の舞 第七幕
OK、自分が今何を考えているのかは自覚している。『鶴屋さんの思い』という意味を。考えてみれば簡単だったさ。鶴屋さんへの感情がどこに向かっているのかは。ぶっちゃけた話、俺はそういう『こいばな』みたいなのは好きじゃなかったし、何より関わりが無かったからな。無縁で思考能力が低下していたことにその原因がある。『涼宮さんのこと、好きなんでしょ』なぜかその言葉を思い出す。・・・なんで俺がハルヒを好きになるんだ。たしかに信頼以上のこともあるが、それはまた別の話だ。「どうしたんだいっ、キョン君っ」そんなことはどうでもいい。今はこの人と一緒にいる時間を大切にしろよ俺。「鶴屋さん」「なんだいっ?」ああっ、笑顔がまぶしい、まぶしすぎるよ鶴屋さん。いかん、直視できん。言いたいことすらいえない。ウイルスよ、去れ!「あららぁ、どうしたんだいっ、そんな赤い顔してぇっ!」目を明後日の方向に向ける。うむ、北極星は健在だ。「もう少しだけ」鶴屋さんが優しく声をかけ、俺の顔の頬を両手で包み込むように挟む。そしてむりやり真正面を向かわされた。ちょっと医者を呼んできてくれ。こいつは重病だ。頭が働かん。「・・・わたしの話を聞いて」是か非を答えさせる余裕すらありません。もちろん是ですけれど。なんとか俺の頭が再起動した。今の感情は・・・。『もっと・・・知りたい。鶴屋さんのことを』よし、いたって正常。有無は言わせん。「私は強くなるために、通っていた私立の小学校で好きな人を探した。その人を見つけて、私が守る。そうすれば私はお母さんのような人になれる。そう考えた。でも、『男どもとはあまり仲良くするな』という家の言いつけを守らなくちゃいけないから、ターゲットは女の子にした。そうして私は何人かの親しい女友達は作った。でも、なにか問題を抱えているような子はいなかった。親の教養が行き届いているし、家庭内事情なんてある子はいなかったの」守りたい人が見つからない。幼いころからそんなことを考えていたとは。ロマンティックの嵐だぜ。「私立の中学校に進学しても、守りたい人はいなかった。そのころから私は、許婚を決めなければならなかった。その時は興味がある男なんていなかったわ。どうせ一人でも生きられるでしょ。そんな風に考えていたの。だから適当な男を呼んで家に誘って、さっさと帰ってもらったの。」意外とその時の鶴屋さん、黒かったんですね。「結局、九年間を棒にふってしまった私はある決断をした。公立学校にいって、守る人を見つける。ずいぶんと親に怒られた。『公立に行く必要はない』って。それでも行きたい私は、私の幼いころに決意したことを話した。その時に見た親の顔は今でも覚えている」確かに鶴屋さんのような人が、なぜこの公立学校に入学したのかは疑問に思っていた。 「そしてようやく承諾された。だけど条件があった。[下校時間になったら速やかに塾に行くこと]、[極力外へ遊ばない]。この二つ。でも私は苦じゃなかった。『これで守りたい人が見つかる』。その希望だけが見えていたからねっ」現代の女子高生が聞いたら卒倒してしまうだろう。現に、俺もしそうだ。・・・そこまで探したかったのか。その、守るべき人。「でも高一の時にもいなかった。ここは全国でも稀有な学校だった。いじめなんて無かったもの」 まあ、確かにこの学校でそんな光景を目にした覚えは無い。「がっかりしてしる自分が恨めしい。また無駄な一年が過ぎてしまった。でも、高二になって・・・ようやく見つけられた。・・・守るべき人が」鶴屋さんの目線は俺。・・・ここで俺にあるひらめきが発生した。「まさか・・・その守るべき人って・・・まさか・・・」俺!?「さすがはSOS団だねぃ!勘が鋭いっ。実はあのみくるさっ!」よし、今すぐ誰か俺をグレートキャニオンに落としやがれ。十万円から手をうとうじゃないか。カメラを用意しな。見事なバンジージャンプを見せてやるぜ。相変わらずな笑顔で鶴屋さんは話す。「最初みくるを見たときはねぇー、反射的に『守りたいっ!』って気持ちが噴出したにょろね~。だってあの娘、ちゃんと見ておかないと知らない男に連れて行かれそうになるからね~」朝比奈さんの話題になると急にテンションが上がるな。身振り手ぶりが激しい。確かにあの方は、まるでシンデレラような麗しさを持っている。母性本能をくすぐられるのも仕方が無い。『知らない男に連れて行かれそう』とか言っていますけど、ぶっちゃけ、未遂が起きたんだぜ?「だから私は、みくるを絶対に守るって決めたんだ」なぜか最後の方では、心なしか声が小さくなった気がする。「でも、」いつのまにか、鶴屋さんの目が暗くなっていた。「みくるは、ハルにゃんに獲られちゃった」SOS団。その単語が俺の頭を駆け巡る。いろいろとおかしい目的を持ったサークルに加えて、宇宙人、未来人、超能力者の存在、そして、世界の神が君臨する部。鶴屋さんの顔に、憂いが漂っていた。守りたい人を奪われた、勇気ある女性の哀れみ。「私が目を離した隙に、いつのまにか書道部からハルにゃんの物になっていた」口調がやけに厳しい。もしや、の言葉が浮かぶたびに、俺の頭をリセットする。だが、発生は止まらない。「みくるは、私にいつもSOS団の話をしてくる。それが苦労話なら、私はみくるを助けられる、守れる。だけどみくるは、いつも楽しい出来事しか話さない。」一体何を考えているのですか、鶴屋さん。「私は絶望した。『守りたい人が、離れていく』。その失望感が、頭の中で繁殖した」すべては、SOS団のせい。そう、聞こえるようなニュアンス。希望を奪ったハルヒを、鶴屋さんはどう思っているのか?まさか、鶴屋さんはハルヒのことを、と言う前に鶴屋さんの話によって遮られた。「野球大会も本当は行きたくなかった。みくるの涙目でその時は了解したけれど、別荘なんてとてもとても。だから拒否した。ハルにゃんの顔を見ると、自分が何をするか分からなかったから」「・・・」「映画撮影の時も、私はみくるに、『止めてもいいよ。私がびしって言うから』と言った。だけどみくるは、『お仕事ですから』って笑っていた。本当はどう思っているのか、その心境をみくるは打ち明けてくれないと思った。だから、私はみくるにお酒を飲ませた。酔っているうちに、きっと本音を言うはず。それでみくるは助かる、って」まさか鶴屋さんが、そんな気持ちでやっていたなんて。たしかに、朝比奈さんがもし『SOS団が嫌だったら』という仮定の上であれば有効な手段かもしれない。だけど・・・「みくるは酔っている時でも、SOS団、もとい、ハルにゃんのことを考えていた。」『喧嘩は止めてください』。そんなにはっきりした口調ではなかったけど、確かにハルヒの事を大切に思う気持ちは伝わっていた。鶴屋さんの憂いが増す。「それが裏目に出て、もう完全にハルにゃんに獲られた。そう決定してしまった」風が急に強くなった。今日の天気は晴れのはずだ。「みくるは、私よりも、ハルにゃんの事が大切なんだ。つまり、私はどうでもいい友達。SOS団にいるときの方が明るい気がした。もう、みくるは、私のことを何にも思っていない。そんな気がした」映画撮影でのハルヒと鶴屋さんの笑い声が、俺をあざ笑うかのように思い出された。「もしかして」突如言ってしまった声。意識する前に出してしまった。迂闊だった。あまりにもショックがでかすぎたからだ。この疑問は、はたして言ってよいものなのか。言うべきか、言わざるべきか。俺の頭が煮えたぎる。だが、俺の口は止まらない。「ハルヒを」言うな言うな言うな言うな言うな「・・・恨んでいます?」空気が・・・一瞬にして激変した。重すぎる風圧。耳障りな葉の音。すべてが俺を拒否している。鶴屋さんは空を見上げながら言った。「最初は」(言わないで言わないで言わないで言わないで)そう想っていても、俺は口に出して言えなかった。鶴屋さんはゆっくりと、時間をかけて話し始めた。ハルヒへの思い、そして、SOS団のことを。
「私、ハルにゃんのことを恨んでいた。・・・そんな悲しい顔しないで」「悲しい顔なんて・・・していません」今日の嘘はやけに下手くそだ。「だから、SOS団なんて無くなればいい。そう思っていた。ごめんなさい」女性に頭を下げられて何とも思わない奴、お前は男じゃない。ついでに言うと、俺も失格だ。鶴屋さんに頭を下げられるなど、何をしているんだ俺は。俺は鶴屋さんに頭を上げてくださいと六回繰り返して言ったが、顔には目に涙が溜まっていた。人生最大のミスを一夜にして二回も犯すとは。「ごめんね・・・」だからそんな目で俺を見ないで下さい。胸が苦しくなる。早く開放されたい。「それで私は、みんなが下校して誰もいない部室に忍び込んだの。塾をほったらかして親に怒られてもいい覚悟だった。大切な人を奪われるよりかはいいだろうと思って」そんな犯罪まがいなことをするなんて。「部屋に入った私に最初に飛び込んできたのは、メイド、看護婦などのコスプレ衣装。私の知らないみくるがここにいる。そう思うだけで暴れそうだった。」聞いていて、つらい。鶴屋さんの笑顔が見たい。あなたの顔は、笑顔が一番と言いたい。「その衝動を抑えた私の目に、机にある本が映った。その本の表紙には、『我らSOS団の軌跡』というタイトルが手書きで書かれていた。どうやらアルバムらしい。まずはそのアルバムの中に入ってあるものから消そうと思った」確かにアルバムはあったが、俺が見ようとするとハルヒが阿修羅鬼も真っ青な顔でにらんできたので見られなかった。今でも、そのアルバムはあるのか?というより写真は今もちゃんと残っているのか?寒気がした。春は遅い。「でも、それは出来なかった。最初のページを開いた時に、ある写真があったから」ある写真?鶴屋さんの怒りを抑えることができた時点で相当なものであろう。「その写真は、私とハルにゃんのツーショットだった」ツーショット?いつの間に撮ったんだ?「風景から見て、おそらくあの映画撮影の時だと分かった」ハルヒは、自分と仲良く話す鶴屋さんをどう思ったのだろうか。他人の本心を聞きたがる奴は恐ろしい。もしハルヒが、「なんで鶴屋さんは私とこんなにも仲がいいんだろう?」と鶴屋さんに聞いたら、今頃どうなっていたのだろうか。考えるな。「その写真には何か文字が書いてあった。」そういって鶴屋さんは、一枚の写真、いや、紙を取り出した。ずっと持っていたのだろうか、紙がやけにくたびれている。「さすがに現物を盗るにはいかないからコピーしたにょろっ」語尾で安堵した言葉ってそうそうないだろうな。その紙には、鶴屋さんとハルヒがおそらく映画について話しているのだろう、笑みがこぼれていた。鶴屋さんには二つの文章が書かれていた。『我らの名誉顧問!』もうこの頃から決めていたのか。字を見る限りハルヒによって書かれたのであろう。そしてもう一文まことに可愛らしいフォントで書かれていたのは、『私の一番の親友』周りには大量のハートマークが描かれていた。考えるまでもない。これは、「みくるがそんな風に思ってくれているなんて、思いもしなかった」ふと鶴屋さんの顔を見ると、みくるビームを超える衝撃がそこにあった。あの微笑が戻っていた。やばい、最強。まさかあれを超えるものがこの世界中にあったとは。生涯忘れることの出来ない感動を覚えたね。そして、この写真も。「私この写真をみて、一人でわんわん泣いた。そして気付いたの。『守りたい人がどんなに素っ気無くても、思いを伝え続けることが大事なんだ』って。私恥ずかしかった。『みくるの反応を私に向けてほしいというわがままで、どうしてこんな行動をしてしまったのだろう。自分を愛してもらえないという理由で、どうしてみくるの大切な存在を消そうと思ってしまうのか』って」もう心配事は蚊帳の外だった。杞憂にもほどがあったな。けれど安心してしまうのは、決して俺が臆病であったからではないはず。「私はSOS団のことを好きになった。こんなにもみくるが楽しそうな日々を送っているのを見て、『もっと関わりたい』、そう感じた」そして鶴屋さんは話し続けた。鶴屋さんが親に別荘を借りるとき、涙が出るほど説得したこと。ハルヒから『名誉顧問』の腕章をもらったとき、飛び跳ねたい衝動に駆られたということ。そして、「ハルにゃんは、私の心に生涯残る最高の友達にょろっ!」この言葉が一番嬉しかった。
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