小春日和
春一番も過ぎ去った3月半ば。俺たちはいつものように、街へと繰り出していた。ただいつもと違うのはここが隣町であることと日曜日であるということであり、更には俺とハルヒしかいないからである。つまりはそういうことだ。察してくれ。今日の探索は朝比奈さんや長門、古泉には秘密なのだがあいつらのことだ。どうせもう気付いているに違いない。ひょっとしたら今この瞬間だって俺たちの後をつけていて、明日辺りにからかわれるのかもしれない。それはそれで幸せかもな、なんて一人考えていると、「…ン!…ちょっとキョン!聞いてるの?」っと、今はそんなこと考えてる時じゃなかったな。なんだ、ハルヒ。面白いものでも見つけたのか?「なんだじゃないわよ!さっきからボーっとしてあたしの話聞いてたの!?」ちょっと気を抜くとこれだ。ちなみに今日だけで3回目である。もちろん俺にも非はあるのだがハルヒが付け上がるので認めないことにする。聞いてたよ。春休みの予定だろ?「ん。よろしい!でさ、キョンは何かしたいこととかある?やっぱりお花見は欠かせないわよね。あ、お酒は抜きだからね。」人に聞いておいて意見する間もなく100kWの笑顔でマシンガントークを繰り広げるハルヒを見ながら、俺は少し前のことを思い出していた。折角なので諸君にも聞いていただくとしよう。俺とハルヒが、こうして二人で肩を並べて歩くようになった理由を…。生徒会とのいざこざも無事に収束したことで、すっかり落ち着きを取り戻していた文芸部室ことSOS団室。いつものように長門は読書(恋愛小説らしい、珍しいな)朝比奈さんは編み物(マフラーらしいですよ:古泉談)俺と古泉は古泉お手製のボードゲームに勤しんでいた。今週ハルヒは掃除当番だ。ご苦労さん。教室を出るときも阪中と一緒に何やら文句を言っていたようだが、どうせ大したことではないので聞き流すように先に部室へ馳せ参じたというものだ。ここへ来ればマイスウィートエンジェルに会えることだしな。「最近涼宮さんの様子はいかがですか?」サイコロを振りながら古泉が言う。6だ。振り出しに戻る、さらば古泉。どうしたんだ突然。また閉鎖空間でも発生したのか?「その逆です。最近は全くといっていいほど閉鎖空間が発生しないのですよ。」4、と。階段から落ちる。1回休み。落ちたら先に進むんじゃないのか。いいことじゃないか。お前もバイトに借り出されることがなくなって一石二鳥じゃないか。「確かにその点は喜ばしいのですが」1だ。未来への時間移動、3マス進む。くそっ追いつかれるじゃないか。なんだ、他に喜ばしくない点でもあるような言い方だな。「いえ、そういうわけでもないのです。」はっきりしない言い方だな。あまり聞きたくないが言ってみろ。どうせ俺も関係してる話なんだろう。「ご察しの通りです。と言いたい所ですが、直接的な関係はありませんよ。いえ、ある意味直接的ではあるのですが。」毎回回りくどい言い方をしやがる。報告は結論からするものだと習わなかったか。「最近涼宮さんが放課後一人で帰っているのはご存知のはずです。」そう、最近ハルヒは何故か団活のあと用事があるとかで一人先に帰るようになったのだ。教室でも授業中はコソコソやってるみたいだし、休み時間になるとどこかに出かけて授業開始間際になって戻ってくる。一体何をしてるんだと聞いてみても「あんたには関係ないでしょ」の一点張りだ。やれやれ、人の親切をなんだと思ってやがる。それはもちろん知っているが、それとこれと何の関係があるんだ。「あなたならご存知だと思ったのですが…いえ、当事者だからこそ気付いていないのかもしれませんね」だから何の話だ。「涼宮ハルヒは貴方のことを調べている。」おお、長門。今日初めて声を聞いたぞ。って長門。そりゃ一体どういうことだ?「今日の昼休みに涼宮ハルヒが私の元へ訪ねてきた。そこで貴方のことを聞かれた。」ハルヒが俺のことを?なんでまたそんなことを。「あのぅ…涼宮さんでしたら、私のところにも来ましたよ?」本当ですか、朝比奈さん。「ええ。昨日のお昼休みだったと思います。鶴屋さんと一緒にお昼ご飯を食べてたんですけど、そこに涼宮さんが走ってきてキョン君のこといろいろ聞かれましたよ。キョン君の好きな食べ物は何かとか、好きな色とか音楽とか知ってたら教えて欲しいって。いろいろ答えてたら涼宮さんが突然何か思い出したみたいにこのことはキョン君に言っちゃダメだからって言いながら走って行っちゃいました。」あのー、朝比奈さん。そのことを俺に言ってもいいんでしょうか。「ああっ、ごめんなさいっ。今のは忘れてくださいっ」そう言って逃げるようにもとの場所へ戻っていった。うーん、少し抜けてるところも可愛らしいぜ。しかしなんだってハルヒは俺のことを調べてるんだ。朝比奈さんや長門に聞かなくたって直接聞いてくれれば答えてやるというのに。「涼宮さんも女の子だっていうことですよ。言ってみれば乙女心といったところでしょうか。」顔が近いぞ。離れろ。大体乙女心なんぞ知らん。俺は男だ。古泉はやれやれですねと言わんばかりに肩をすくめ、何食わぬ顔でサイコロを振りゲームを再開した。…世界崩壊、振り出しに戻る。さらば古泉。そうこうしているうちにハルヒも掃除を終えたのかぶつぶつ言いながらやってきた。やけに遅かったな、ハルヒ。「別にいいでしょ。」そういいながら団長席に座ってパソコンを起動した。目をあわそうともしない。一体なんだってんだ。「涼宮さん、お茶入れましたよ。」「ありがとうみくるちゃん。」朝比奈さんとは普通に話すんだな。昼休みには長門と話したっていうし一体どういうことだ。なあ古泉。お前は何か知っているんだろう。ヒントだけでもくれないか?「そうですね…いえ、やはりやめておきましょう。このことはあなたと涼宮さんとで解決しなければならない」くそ、古泉のくせに。1,2,3上がりっと。「また負けてしまいましたね。流石です。」さわやかスマイルで古泉は言う。こいつ本気でやったらかなり強いんじゃないだろうか。あの笑顔の裏にどんな顔を隠しているのか。いつか明かしてみたいもんだ。…パタン。長門の本を閉じる音。もうそんな時間だったのか。そう思うや否やハルヒは鞄を持って駆け出した。「それじゃみんな、私先に帰るから戸締りよろしくねっ!」おいおいハルヒ。ちょっと待て。と言う前に既にハルヒは姿を消していた。なんて速さだ。まったく、たまには人の話も聞けっての。部室を出る直前に妹から電話がかかってきた。なんだ妹よ。「キョンくーん。お醤油が切れてるから買ってきてっておかあさんが言ってるよー」そんなものは知らん。お前が行って来い。「ええー。おかあさーん。キョンくんがいじめるよー」断じていじめではない。社会勉強のために行きなさいと言っているだけである。その後も妹とのやりとりは続き、結局俺が行くこととなった。何故だ。朝比奈たちに別れを告げ、まだ冬の気配が残る商店街へと歩いていった。まあゆっくり考えたいこともあったし丁度良かったかもな。─涼宮ハルヒは貴方のことを調べている。何度考えても結論なんか出やしない。そりゃ原因がわからないんだからな。しかし古泉たちの話だと原因はどうも俺にあるらしい。一体何なんだ。「あっれー?キョン君じゃないかっどうしたんだい?こんなところでっ!」一人唸っていると後ろから声をかけられた。こんなに元気よく発言する知り合いなどハルヒを除けは一人しか該当する人はいない。「こんにちは鶴屋さん。今日は買い物ですよ。家事手伝いってやつです。鶴屋さんこそ珍しいですね。」「あっはっはー。キョン君は親孝行だねー。うんうん。わたしはみくると待ち合わせさっ。この後おでかけするんだよー」相変わらず元気のあるお人だ。この人が総理大臣にでもなったら日本は間違いなく明るくなるね。それはそれは。そういえば鶴屋さん、昨日の昼休みにハルヒにいろいろ聞かれたそうじゃないですか。「あれ?みくるから聞いたのかいっ?おっかしいなぁーハルにゃんは内緒にしててくれって言ってたはずなんだけど」いえ、今日たまたまそういう話が出ただけですよ。朝比奈さんはそれに便乗する形で教えてくれました。自ら露呈したとはあえて言うまい。朝比奈さんの尊厳を守るためにもな。「そっかそっかー。別にわたしは言ってもいいんだけどハルにゃんとの約束もあるからねっ。ここは黙っておくことにするよっ」む。そうですか。「大丈夫だよっ!キョン君にとっても悪い話じゃないのは確かさっ。むしろめがっさいい話かもしれないよっ!」俺にとっていい話?どういうことだ。「そのうちわかるってことさっ。キョン君はキョン君のままでいいってことだよっ」ますます訳が分からん。とにかく何もしなくてもいいということですか?「んー。どっちかというと何かした方がいいかもしれないね。おっと、これ以上は言えないよっ」ヒントを貰ったはずなのにますます謎が増えるとはどういうことだ。「そういえばさっきあっちにハルにゃんが居たんだけど、今日はSOS団の活動はなかったのかい?」いえ、ハルヒのヤツ最近放課後は一人で帰ってるんですよ。「ふーん。じゃあアレでも探してるのかなっ…」え?なんですか?「いやいやっなんでもないっさ!それじゃキョン君。みくるを待たせちゃいけないからわたしはこれで失礼するよっ」え…ええ。また学校で。「またねーっ」そういって見えなくなるまで手を振りながら鶴屋さんは走っていった。途中で何人かぶつかっていたように見えたが見なかったことにしよう。しかしハルヒの考えてることはわからん。朝比奈さんや鶴屋さんの話を聞く限りじゃ悪いことではなさそうだが…。いろいろ考えてるうちに雲行きが怪しくなってきたので、さっさと買うもの買って帰ることにした。考えるのは家でもできるからな。「ありがとうございましたー」元気なおばちゃんに見送られながら店を出ると、小雨がぱらついていた。こりゃマズイな。本降りになる前に急いで帰ることにしよう。商店街を抜けたところで雨脚が急に強くなってきた。仕方ない、近くのコンビニによるか。「「あ。」」…もうお分かりだと思う。まぁお決まりの展開だしな。そう、そこにはハルヒがいた。そういえばさっき鶴屋さんがハルヒを近くで見かけたって言ってたな。どうしたんだよ、先に帰ったんじゃなかったのか?「何よっ、別にいいでしょ」そりゃ構わないさ。ただ最近のハルヒの様子が気になってな。心配してたんだよ。「え…そ、そう。あたしは別にいつも通りだと思うけど?」見るからにおかしい。顔も赤い。まさか風邪とかじゃないだろうな。ハルヒ、ちょっといいか。「え、え、ちょっと!何するのよバカキョン!!」ハルヒの額に頭を近づけようとして止まる。…まぁいいか。そのまま額を近づける。ふむ、熱はないな。どうしたハルヒ、やっぱり顔が赤いぞ。風邪か?たぶん俺の顔も赤かったと思うんだがそれは夕日のせいだということにしておいてくれ。雨が降ってるのにそりゃないぜっていう突っ込みは却下だ。「風邪なんか引いてないわよっ。あたしが走り回ってるの毎日見てるでしょっ」…ごもっとも。世界で一番風邪とは縁の無いのがハルヒかもしれん。羨ましい事だ。しかし今の瞬間全て分かってしまった。何故分かったのかって、分かってしまうのだから仕方ないだろう。…この言葉便利だな、古泉。簡単に言うと俺の気持ちと同じだと分かったからさ。額が触れ合った瞬間ハルヒの想いが流れ込んできたんだ。ハルヒの力だろうか。まあ、折角だから本人に直接聞いてみるとしよう。全てわかっている分、俺のほうが有利に事を運べるに違いない。ところでハルヒ。最近いろんな人に俺のこと聞いて回ってるそうじゃないか。いったいどういうつもりだ?直球ストレート150km/h。変化球の投げ方は知らないんだ。スマン。「な、何よ。あんたには関係ないでしょっ」いや、大アリだと思うぞ。どうみても俺に関係することじゃないか。「う…そ、それはそうだけど…。」俺に言えない様なことなのか?追い討ちをかける俺。こんなハルヒの姿、滅多にお目にかかることが出来ないのでしかと目に焼き付けておくことにする。「そうじゃない…けど、そうなの、かも。」どっちだ。あんまりいじめるのもかわいそうなのでここで止めることにする。それに女の子に言わせるのはよろしくない。心を決めろ、俺。なあハルヒ。「な、何よ…」俺はいつぞやの閉鎖空間内でのやり取りを再現するかのように話し始める。俺、実はポニーテール萌えなんだ。いつだったかお前のポニーテールは反則的なまでに似合っていたぞ。「キ、キョン。それって…」─ハルヒ、好きだ。その瞬間、降り続いていた雨が止み、雲間から眩しい光が差し込んだ。春一番だろうか。柔らかな風と共に春の足音が聞こえた気がした。そんなこんなで現在に至る。あのあとハルヒを家まで送っていったんだが…ハルヒのヤツさっきまでのおしとやかさはどこへいったんだ。エンジン全開、フルスロットルである。機嫌が良すぎて閉鎖空間でも発生しているんじゃないだろうかと思うほどだ。まあハルヒの笑顔を見るのは悪くない。やっぱりこいつは笑ってなきゃダメだからな。「何ニヤニヤしてるのよ?」なんでもないさ。ハルヒとこうして歩くのが幸せだと思っただけだ。「な、何いってんのよ!バカキョン…」なんだ、お前は幸せじゃないのか。俺は悲しいぞ。「う、、そ、そんなわけないじゃない。あたし以上の幸せ者なんかこの世に存在しないわよっ」それはそれでオーバーだが、ハルヒらしいと言えばハルヒらしいので良しとしよう。「わ…ちょ…押さないで…。ダ、ダメ…」ん?朝比奈さんの声がしたような…?「ねえ、キョン。さっきみくるちゃんの声が聞こえた気がしたんだけど…」ブルータス、お前もか。やはりあの3人は俺たちの後をつけているみたいだな。だが折角のデートを邪魔させるわけにもいくまい。走るぞ、ハルヒ!「え、ちょ、ちょっと!なんなのよ急にー!!」ハルヒの手を取り走り出す。こんな日がいつまでも続くといいのに。そう思った小春日和の日曜日である。
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