第四章 テンスイブ
第四章 テンスイブそれからはいろいろなことがあった。あのハルヒがおとなしくしているわけは無く、そいつと結婚してしまった俺はいろいろなことに巻き込まれていろいろと大変な目にあった。それでも、大学を卒業し、実際にいっしょに暮らし始めた。その間も、クリスマスイブには必ずUSJに行った。ハルヒがいっしょとなると、さすがにベンチに並んでただ座って、長門が本を読む、というわけにはいかなかったがな。たまに古泉や、鶴屋さんを連れていったりもした。そのうち、ハルヒは妊娠して子供を生んだ。男の子だった。まあ、ハルヒの血を受け継いだ子だからな。歩きだすのも早く、話し始めるのも早かった。ようやく、歩きだしたばかりの息子を連れてUSJに行ったのはちょうど10度目のイブだったな。俺たちは徐々に年をとりつつあったが、長門は相変わらず、高校生のままだった。もっとも、仮に待機モードに移行しなくてももともと、長門には加齢の機能なんてついてなかったかもしれないが。「有希、見て。あたしとキョンの子供よ!」長門は不思議なものをみるような目で、息子をじっと見つめた。「ほら、有希お姉ちゃんよ。御挨拶は?」そう言われると、物怖じとか人見知りとか言う言葉とはおよそ無縁の俺たちの息子は、長門の方によちよち歩いて行くと、制服の裾につかまり立ちして長門を見上げて、ニコっと笑った。長門は相変わらず、無表情だったが、ふいに息子を抱きあげた。息子はキャッキャッと大喜びだった。まあな、俺とハルヒの大切な友達なんだ。なついてくれるに越したことはない。その年は、さすがのハルヒも生まれたばかりのこどもを引きずりまわすわけにもいかず、おとなしく過ごした。長門はベンチに座って本を読み、その周囲で俺たちは息子とたわいない遊びをした。驚いたことに、閉園時間が近づいてハルヒが「帰るわよ。有希お姉ちゃんにバイバイしなさい」というと、息子は火がついたように泣きだした。一体全体、座って本を読んでいるだけのこの美少女のどこがそんなに気に入ったのかさっぱり解らなかったが、ハルヒが抱きあげて、長門を置いてその場を立ち去ろうとすると、両手を長門の方にのばしてビービー泣いた。それでも、長門は相変わらず無表情なままで、「バイバイ」と息子に手を振っただけだったけどな。「驚いたわね。血は争えないわね」「何の話だ」「有希が好きなのまで遺伝したんじゃないの?」「ふざけたことをいうな。まだ、1歳にもならないんだぞ。女の趣味なんて関係ないだろう」「そうかしら?あの泣き方は尋常じゃなかったわよね」確かにそれは否定できない。実に不思議な話だ。息子が物心ついて駆け回れるようになると、イブのUSJでは長門を引きずりまわして遊ぶようになった。長門の手を引いて、だだっ広いUSJの中を駆け回り、アトラクションに乗って大いにはしゃいだ。あるときなどは、クリスマスイブじゃないときにUSJに行きたいとだだを捏ね始めた。毎年、クリスマスイブはUSJで過ごすなんて、なんて恵まれたガキだと思わないでもなかったし、その上、更にもう一回USJに行きたいと言うのはちょっと贅沢過ぎという気がしないでもなかったが、まあいいかなと思って連れていった。息子の目的がUSJそのものではなく、長門だと気づいたのは中に入ってしばらくしてからだった。「有希お姉ちゃんは?」俺とハルヒは顔を見合わせた。「あのね、今日は有希お姉ちゃんはいないのよ」「なんで」「なんででもいないの」「呼んで来てよ」「無理なのよ」そこまで答えたところで息子はとうとう大声をあげて泣き始めた。「えーん、有希お姉ちゃんに会いたいよー、えーん」その日、俺たちはどうやっても泣き止まない息子を連れて、何もせずに戻って来るしかなかった。せっかく高い金払って買ったフリーパスを無駄にして。「やっぱり、遺伝してるわ」泣き疲れて眠る息子をひざに抱いて帰る途中の電車の中でハルヒは口火を切った。「何の話だ」「有希が好き好き遺伝子の話よ」「そんなもん、あるか」「どうかしらね。USJで結婚式した日、あんたと有希にいっしょになる選択肢があるって聞かされたときは本当に心臓が縮み上がったんだから」「結婚したばかりのお前を置いてあっちへ行くって言うのか」「あり得ない話じゃないわよね」いくらなんでもそれはないだろう...そうでもないか。数年経つと二人目の子供が生まれた。女の子だった。こっちは兄に輪をかけてハルヒ似で、1歳にならないうちに、まるまる一歳年上の男の子を喧嘩で泣かせるという快挙をやってのけた。娘も毎年のクリスマスイブのUSJ詣でにほどなく参加したが、娘と長門の関係はいたって普通だった。物心つくまでは長門に興味なんてしめさなかったし、物心ついてからも長門に対する興味は通り一遍で、ごく普通の年上のお姉ちゃんへの興味以上は示しはしなかった。「みろ、有希好き好き遺伝子なんてないだろうが」「この子には遺伝しなかったのよ。それにこの子はあたし似だし」「お前に似ると、有希が好きじゃなくなるのか?」「あたしだって有希は好きよ。でも、あんたの場合はちょっと異常なのよ」おまえに異常呼ばわりされる筋合は俺にはまったく無いと思うがな、ハルヒ。別に俺はそんなに長門が好きなわけじゃない...と思う。あれは、子供達が小学生だったころのことじゃないかと思うんだが、恒例のクリスマスイブのUSJで、一心不乱に有希と遊ぶ息子を見て娘は言い放った。「なんでそんなに有希お姉ちゃんが好きなの、お兄ちゃんは?」娘よ、その話題は最近は禁句なんだがな。「有希好き好き遺伝子のせいよ」「何それ?」「それをパパからもらうと有希お姉ちゃんが大好きになるの」「ふーん。あたしはパパからもらわなかったの?」「そうねえ、あなたはどっちかというとママからいっぱいもらったほうかな?」「ママにはその遺伝子ないの?」「ママも有希お姉ちゃんは大好きよ。でも、『有希好き好き遺伝子』は持ってないわ」ちょっと勝ち誇った感じだったハルヒは次の娘の言葉で立ち直れないショックを受けた。「あたしも『有希好き好き遺伝子』欲しかったなあ」娘よ、あとでしっぺ返しをくうのはパパなんだからそれくらいにしておけ。長門は子供達とたんたんと遊んだ。もうベンチに座って本を読んでいるわけにはいかなかった。「長門、来年から子供置いてこようか?」「なぜ?」「おまえ、本も読めないだろう?」「別に構わない」「でもさ」「私はあなたたちと一緒にいたいだけ。こどもたちもいていい」いずれにせよ、連れていかない、なんてことになったら、息子が納得するわけないからな。もともと、無理な相談だったか。とにもかくにも、俺とハルヒの家庭は、クリスマスイブには必ずUSJに行く、という点(とハルヒがお母さんだと言う点)を除くと至って普通の家庭として営まれていた。俺はこれがこのまま死ぬまで続くものだとばかり思っていた。
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