第二章 セカンドイブ
第二章 セカンドイブ一年はあっと言う間に過ぎた。勿論、SOS団がなくなり、まともになったとは言ってもあのハルヒと行動を共にすることが多いのだから「平穏無事」な一年間だったとは言い難かったのは言うまでもない。しかし、それはまた別の話だ。この1年間で、俺とハルヒの関係は友人と恋人の間では後者に近いものに近づきつつあった。しかし、俺もハルヒも依然として「つきあっている」という状態にあることを公には断固拒否していたし、実際、強気のハルヒは俺に好意を持っていると言うことさえ公式には認めていなかった。イブが近づくに連れて俺は不安になった。ハルヒがイブに「いっしょにどこかに行こう」と言い出すのではないか。そのことだけで頭が一杯になった。『いい。行って。また来年も来て』そうなったら、長門との約束はどうなる?結局、恐れていた事態が起きたのは12月の初旬のことだった。「あんたには相手なんかいないからあたしがイブにつきあってあげるわよ。ていうか、あたしにつきあいなさい。どうせ暇でしょ!」「いや、ちょっとまずいんだその日は」俺がそう答えるとハルヒは頭をハンマーで殴られた様な顔をした。思い出せば、こういう言われ方をしてまともに断ったことなんか一度もなかったな。「なんでよ。予定でもあんの?」約束があるんだ。「そんな約束いつしたのよ!誰れと?」1年前。「はあー、1年前だ?どこの高校生が1年前にイブの約束なんてするのよ。どこいくの?どこの誰と?」それは、言えないんだ。「なんですって、キョン、ふざけないでよ。そんないいわけが通用すると思ってんの?断りなさい!そんな予定、あたしは認めないんだから」俺は二重の意味で後ろめたかった。全然、意味あいは違うとは言え、一人の女の子に黙ってもう一人の女の子とどこかに行くのだ。たとえ、俺とハルヒが正式にはつき合ってないにせよ、これは間違いなく「浮気」の類だ。更に、相手が長門なのに黙っているということはハルヒを長門に会わせないことも意味する。ハルヒが俺と同じくらい長門に会いたがっているのを俺は痛い程知っていた。でも、ハルヒと二人で会いに行ったら長門はどう思うだろうか?『今日は、あなたと、二人だけでいたい』俺とハルヒはいつでも会える。でも、長門は俺には1年に一回しか会えないんだ。イブに何があるかいつになく頑固に口を割ろうとしない俺を見て、ハルヒはマジでけたり狂った。で、結局、俺は折れてしまった。こうなった以上、最悪、ハルヒはイブの当日に俺をつけまわすくらい平気でするだろう。どう考えても長門に会いに行くのは無理そうだった。一年もあっていい言い訳くらい考えつかなかったのかって?そりゃ、いろいろ考えたさ。しかし、ハルヒの常識はずれの行動力の前には下手に嘘なんかついてもばれるのは見え見えだった。ばれて、俺と長門が会っていることが解ったら、ハルヒは上述のような二重の意味でけたり狂うだろう。その時に「本当のこと」を白状する自信は俺にはまだなかった。「涼宮さんはすっかり落ち着いていますが、本当に落ち着いたかどうか経過観察が必要ですよ。少なくとも高校を卒業するまでは刺激を与えないようにしてください」古泉にそう因果をふくめられていたことだし。ごめん、長門。今年はパスだ。来年はきっと行くから。イブにつき合ってやる、というとハルヒの機嫌はすぐに直り、また奇想天外な「クリスマスイブツアー」を考案して、俺に押しつけて来た。イブの日、俺は朝からハルヒにひきずり回されて夕方にはへとへとになっていた。夕飯のとき、ハルヒがトイレに立った途端、俺の携帯が振動した。取り出して開いた俺の携帯の液晶はしかし、まっくらで何も映ってない。「あれ?」ボタンをピッピッと押すと、字が浮かびあがった。YUKI.N> みえてる?あわてて返事を打ち込む。ああ、みえてるよYUKI.N> いま、どこ。ポートピアYUKI.N> 誰かといっしょなの?ハルヒYUKI.N> そう
すまん、今年は行けない。来年は行くから。YUKI.N> そう。楽しんでありがとう。そう入力すると応答は止まった。もう終わりかな、と携帯を閉じようとした瞬間最後のメッセージが浮かびあがった。YUKI.N> バカ慌てて、俺は返事を打ち込んだが、もう返事は無かった。俺はもう居ても立っても居られなかった。店のテーブルに備え付けの紙ナプキンを1枚取ると、ペンですまん、うめあわせはすると書き、テーブルに飯代とおっしょに置くと店を飛び出した。電車に乗りUSJにかけつけたときには、もう、閉園まで数時間しか残されていなかった。必死に長門の姿を探す俺。だが、こんなだだっ広いところで、少女一人をどう探すんだ。長門、頼む、出てきてくれ!あちこち走り回ってへとへとになり、呆然と立ち尽くしていたとき、誰かが、俺の右袖をすっとつかんだ。はっと振り向くとそこには俺にしか読めない無表情な悲しみと喜びがない混ぜになった表情をたたえた長門が立っていた。「すまん」「いい。来てくれたから」「でも、あとちょっとしか時間がない」「それでもいい。涼宮ハルヒには悪いことをした。謝っておいて」「おまえ、そんな」長門はちっとも怒ってはいないようだった。ほんの1時間弱しか残されていない時間を俺たちはただベンチに並んで座ってすごした。長門は俺の脇でただ、だまってぶ厚い本を読んでいた。閉園の時間が近づくと、長門は本をパタンと閉じて立ち上がった。「長門」「いい。また、来て。来年。待っているから」「来年は朝から来るから。約束する」「そう」そうだ、長門にお願いしておかないと。「長門、情報操作はできるか?」「簡単なものなら」何せ、なりまくるハルヒからのコールを全部無視してるからな。よっぽどの理由が無いと明日からまともな生活は送れない。ま、夕方まではつき合ったんだ。土下座すればまあ許されるだろうな。次の日、俺はハルヒに会うと素直に謝った。「昨日はごめんな、実はさ...」長門に情報操作してもらって俺はすっかり安心しきっていた。が、ハルヒはこう言い放った。「有希と会いに行ったんでしょう。どこに居たのよ?」なんだって?長門の情報操作はどうなった?確かに俺は「お前と会わなかったことにしてくれ」とは長門には頼まなかったが、なんでハルヒがそれを知っている?驚きのあまり、俺は口を滑らしてしまった。「なんでしってるんだ」「やっぱり」なんと、ハルヒはかまをかけていたのだ。平たく言うと当てずっぽう。どうして解った?「なんとなく。じゃあ、説明してもらいましょうか。どういうこと?」「言えないんだ」「なんですって?あたしに黙って有希と会いに居っただけでも重大犯罪なのに説明もできないんですって?ふざけないでよ!」ハルヒはまくしたて始めた。カナダにいったはずの長門が、なぜ日本にいるのか。あたしには連絡がないのはなぜか。長門の連絡先は?知らない?んなわけないでしょ!どうして有希がUSJに来るのが解ったのよ?電話?手紙?去年約束した?ふざけんじゃないわよ、そんな話信じられるわけ無いでしょ!etcetc俺は観念した。この頭の回転の速いハルヒ相手につじつまのあった説明をすることは不可能だった。本当のことを言う以外には。「ちょっとまて」俺は携帯を取り出すと古泉にかけた。「古泉か?」「なんで古泉君がでてくんのよ、関係ないでしょ」俺は携帯に向かって言い放った「すまん、これからハルヒに本当のことを話す」『いや、ちょっと待ってください。そんなことを急に...』俺は携帯を切った。「ハルヒ」「何よ」「これから本当のことを話す。信じられないかも知れないが聞いてくれ」俺はハルヒをめぐる全てのことを話した。古泉や長門や朝比奈さんの正体。ハルヒの力。閉鎖空間。エンドレスサマー。長門が世界を改変したこと。などなどを。最初は真っ赤だったハルヒの顔は話が進むに連れて青ざめた。長門が待機モードになるところまで来た頃には死人の様に青ざめた顔色だった。「あんた、それ、マジで言ってるの?」「そうだ」「それを信じられると思う?」「解らない。だが、全部本当だ」「じゃあ、あたしの望みはとっくに全部適ってたのに何も気づかなくて全てが終わって、超能力者が超能力者でなくなり、宇宙人が眠りについて、未来人が未来に戻ってから、やっと今、それを知らされたってこと?」「そういうことになるな」「ふざけないでよ。いいかげんにして。あほキョン!」そういうとハルヒはいっしょに入った喫茶店から飛び出していった。俺はのろのろと勘定書きをとるとレジに向かい、金を払うと外に出た。とうとう、俺はハルヒも失ってしまったようだな。これで本当にSOS団はおしまいだ。家に向かって自転車をこいでいると古泉が道端に立っているのにでくわした。「よう」「話されたのですか」「ああ」「幸いにも閉鎖空間は出現しないようです。涼宮さんの力は本当に消失したのですね」「そうかもな」「涼宮さんは?」「出ていったよ。ショックだったんだろうな」「何がですか?」「多分、自分だけが何も知らされていなかったことがさ。一心同体だと思っていたSOS団の中で、自分だけが蚊帳の外にいたことにさ。すごく裏切られたような気分だったのだろう」「そうでしたか」「ああ。お前が言いたいことはそれだけか?」「はい?」「ばかやろう!」俺は思わず、古泉を殴っていた。「結局、ハルヒが一番の犠牲者じゃないか。望みもしない力を与えられて、力が無くなってから力について知らされて、最愛の仲間たちはただの監視者だったって知らされたんだぞ」古泉は黙って倒れたままで俺をじっと見上げた。「いいたいことも無いのかよ」俺は吐き捨てるように言うとその場を後にした。夜、まんじりともしないでベッドに横になっていると携帯にハルヒからメイルが来た。キョン、今日はごめん。ショックだったから。今すぐに全部信じるのは無理だけど、言われてみれば全部思い当たることばかりよ。ううん、本当は気づいていたんだと思う。でも、気づかないふりをしていた。気づいてしまったら何もかも変わってしまうような気がして。今日聞いた話しがどこまで本当かはあたしにも解らない。でも、お願いだから、もうあたしを仲間外れにしないって約束して。過去のことは仕方ない。でも、これからはおねがい、蚊帳の外は嫌よ。あたしに内緒で有希に会いに行ったりしないって約束して!『今日は、あなたと、二人だけでいたい』長門、俺たちは間違っていたよ。誰にもハルヒを仲間外れにする権利なんて無い。来年はハルヒを連れて行くよ。きっと。
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