朝倉涼子の終焉
例えば、仮に運命と言う名のさだめがあるとしようそれは決してあらがうことはできないのだろうか
その問いに答えよう人は、運命に逆らうことはできる確実なものは、絶対に存在しない
ただ、あがらった先、運命が変わってもそれは必ずしもいい結果を産み出すとは限らない
そして、あいつはその先にあるものを知っていた知っていたんだ
だけど、あいつは運命を変えたんだ
‐ 朝倉涼子の終焉 ‐
死っていうのは一体どういうものか、一度は誰しもが考えたことがあるだろう
永遠の別れ哀しみに包まれた安息の眠り運命の終着駅
大抵の人間は、死を恐れているだろう実際、俺も死は好きじゃないじゃあ、もし自分の命が、一週間後、失われてしまうなら、どうする?俺は、その問いに対して、明確な答えを出す自信がないねその時にならないと、考えても無駄な気がするしな実感がわかないしな
じゃあ、もしそれがあがらえないものだったら?
考えたくもないねそうだろ?
思わず身震いするそんなどうでもいい事を考えながら、暇を潰していた
今は六時限目もうすぐ放課後だ
昔はあんなにもわずらわしかったのにな人の環境の変化に対しての順応力は凄いな自分の身体によくやったと努力賞をくれてやりたいそんな生命の神秘に感動しつつ、俺は時計を見やるSOS団が待ち遠しい
―――5―――
―――4―――
―――3―――
―――2―――
―――1―――
キーンコーンカーンコーン待望の鐘が鳴り響く終わった!俺はわけのわからん言葉の羅列の書かれたノートとシャーペンを投げ出した
後はホームルームで終わりだな――――
「ねぇ、キョン」なんだ?後方から言葉がかけられる俺にでかすぎて投げる程の刺激をプレゼントしてくれた張本人だ言わずもがな、涼宮ハルヒだ「みくるちゃんのコスプレ、今度は何がいいと思う?」なんだ、唐突に「たまには皆のリクエストも聞いてみたいと思ってね」そうか「なるべく簡単なもんにしてね、入手に困るから」お前なら願うだけで手に入るさ、と思いつつ考えとくよと無難な返事をしたごめんなさい、朝比奈さん「じゃあ、私は先に行くから」
ハルヒがそう告げると同時に、岡部の解散の言葉がかかるハルヒはいつも通り、一瞬で廊下に駆け出したその元気を少しでいいから分けて欲しい思わず呆れながら、後を追う「じゃーな、キョン」「また明日」おう、またな、国木田と谷口
クラスの連中に別れをつげ、俺はSOS団へと向かったもはや日課となった活動黙々と窓際で読書にふける長門やる前からすでに負けるとわかっているのに懲りない古泉メイド服姿で部室専用の空気洗浄機役の朝比奈さんそして行動の九割が思いつきと言ってもいいハルヒ
今日は何があるのかね?期待と不安を抱え、ドアを叩いた
――――結局、その日は何もなかった
いや、何も起こらないならその方がいいちょっと残念な気がするのは気のせいだと思おう俺はマゾじゃないからなうん、気のせいさ
なんてな
長門が本を閉じ、それと同時にハルヒが解散を告げた荷物をまとめ席を立つ
「じゃ、また明日ね!」一番にドアから飛び出していくハルヒまたな「では、僕も失礼します」古泉が爽やかスマイルで出ていく「着替えるので、どうぞお先に」朝比奈さんが俺と長門に告げるでは、失礼しますそう言って、長門と部室を後にする
下駄箱を通り、校舎をあとにする坂道の途中で長門の視線を感じ、振り返る長門が何かいいたげな視線で俺を見ていた
どうした?
しばらく沈黙が続く勘違いだったか?そう思って長門から目を反らす
「気をつけて」
不意に開かれた長門の口またか?
何かあるのか?俺が聞くと長門は少し迷うような仕草を見せるごくわずかだがな
何が起こるんだ?「すぐに、わかる」長門はまだ何か言いたそうだったが、沈黙を続けた
生命の危機とかは、ごめんだぜ?「大丈夫―――― ――――私がいる」
長門とはそのあとすぐ別れた「じゃ」またな
何かの違和感を感じる虫の知らせってヤツだ嫌な予感がするっていうのか、何か起こる気がした
――――そしてその予感は当たったそれは、よかったのか悪かったのかわからないがな
―――――朝日が昇る
カーテンが開かれた寝袋で床で寝ていた俺は眩しさに目を覚ます
「おはよっ」
いつもと違い、俺を起こしたのは妹じゃなかったそいつの無邪気な笑顔は、本当に、ただの少女にしか見えなかったさすが、谷口曰くAAランク+だな、とても殺人鬼の笑顔には見えないぜ?
昨日の朝まで俺の寝ていたベッドから身をのりだし、朝倉涼子が、俺の顔を覗きこんでいた
………………
俺が自宅の玄関についた時、そこにあいつがいた私服で、まるで旅行に行ってきたかのような大荷物を抱え、俺を出迎えた「久しぶり」朝倉涼子が俺を見て微笑んでいた
なんでお前がここにいるんだ?
思わずぎくりとしたが、俺は表情に出さなかった「あんまり驚いてないのね?」驚いてるさ「とてもそうは見えないけど?」ほっとけ、どうでもいいだろ、んなこと「まぁ、そうね」そうだ今俺が聞きたいことは別にある
なんで、お前がここにいる?先程の質問を繰り返す「カナダからね、両親残して私だけ帰省したの」と、いう設定か?「あはは、まぁ、そんなところね」そうか「いやー、理解が早くて助かっちゃった」んで?「何?」俺の家の前に居る理由はまだ聞いてないぜ?「ああ、そっか」そうだ「ふふ」もったいぶらずに早く言え
「前に住んでたアパートに戻るわけにはいかないでしょ?」
ん?「でもホテルに泊まるのももったいないじゃない?」おいおい「一週間だけ、泊めてくれない?」おいおい待て待て
普通の男子高校生なら泣いてとびつくようなシチュエーションだなしかし俺は別だそりゃそうだろ?朝倉涼子だぞ?次の朝起きたら頭と体が離れ離れ、ってことになりかねん勘弁してくれよほんとになそれに、情報なんたら体の力ならホテルに泊まることぐらい造作もないだろうが長門のところに泊まればいいまぁアパートの住人が朝倉が戻ったのをききつけ、どうやって引越し屋も呼ばずに全ての荷物を運び出したか聞かれたりしたら困るのだろうかならなおさら知り合いの誰もいなさそうなホテルに泊まればいいじゃないか「……」それに俺は自分の命を二度も奪おうとした奴と一週間も過ごす勇気なんてないそんなことになったらうまく死を回避できてもプレッシャーで俺の精神は崩壊しかねんムリだもう一度だけ言う、無理だ
「……そっか」
はっとして見上げるそこに立っていたのは俺の知っている殺人鬼でも、谷口曰くAAランク+の美少女でもなかったまるで大切な人に裏切られたかのような、寂しげな顔をした少女だった「そうだよね」え?「迷惑だよね」……朝倉はほんの少しほんの少しだが、瞳が潤んでいるこいつにも感情ってのがあったのかそりゃそうか、じゃなきゃクラスで人気者にゃあならんしな「長門さんにプロテクトかけてもらったけど、実際私も自信ないしね」長門は知ってたのか「そりゃそうよ、同類だもん」……長い沈黙が場を支配する朝倉は今にも泣き出しそうだやばい、さすがに良心にちくちくくるはたから見ればいたいけな少女を追い出そうとする血も涙もない鬼畜生にしか見えそうもないな幸い人は周りにいないがそして沈黙を破ったのは、意外にも俺のほうだった
そういえば、まだ戻ってきた理由を聞いてなかったな
「え?」急に声をかけられあわてる朝倉なんでお前は長門と違ってこんなに人間らしいんだよ俺は落ち着いて質問を繰り返した「え、ああ、戻ってきた理由、ね?」そうだ、それを聞かせてもらってない「もう一度ね、チャンスを貰ったの」チャンス?「長門さんのバックアップとしてのね」……それと、俺の場所に泊まろうとする理由は?「………」再び黙り込む朝倉どーした?「迷惑?」そう言って上目遣いに俺に視線を送る朝倉やばい正直俺も健康な男子高校生だこんな視線を送られたらほんとにどうしようもないだが、俺は理性を総動員しただからってなぁ───
「あ、キョン君おかえりー!」
俺は言いかけた言葉を飲み込むしかなかった妹が玄関を開け俺にとびついたなんて間の悪い奴だもし神様が居るなら恨むませてもらう「あれ?お姉さんだーれ?」妹が朝倉の存在にきづいたそして当然のように浮かぶ疑問を語る「私は朝倉涼子」「涼子ちゃん?」「そうよ」妹の疑問に答える朝倉「キョン君のお友達?」妹は俺を見たそして俺は心底まいったのか、何を血迷ったのか、朝倉に助けを求める視線を送ってしまったそのせいで朝倉の表情をもろに見てしまった朝倉は、眉をしかめていたどこか寂しそうなその表情を見て、俺はとっさに言ってしまった「ああ、友達だ、元クラスメートだ」「そうなんだ」ちょっと後悔したねでもその時の朝倉の顔は、とても嬉しそうだったそしてなし崩し的に、妹に推されるように、朝倉は俺の家に入っていった
もしかしたら、任務のためにただひたすら活動していたのかもしれない
人気者になったのも、ハルヒに近づいても怪しまれなくするためだったのかもしれないもしかしたら、本当の意味での友達を朝倉は持っていなかったのかもしれないそして、本当は俺を、手にかけたくなどなかったのかもしれないでも、感情を押し殺して───
そこまで思うと、なんか自分が無性に情けなく感じた無理もないことだと思うが、俺は命を狙われたというだけで(それで十分なのかもしれないが)、朝倉を拒絶していたそして一度もまともに朝倉を見たことがなかったそういえば、クラスにいた時のあいつも、常に周りのために活動していて、自分のことは後回しだった気がする本当は、ただの殺人マシーンじゃないのかもな
少なくとも、長門はそうだからな
玄関で靴を脱ぐ朝倉に対して俺は口走っていたあとで後悔してもいいや、もう気にしないこいつの本音を聞くいいチャンスかもしれないしな
朝倉──「え?」わかった「何が?」泊まれよ
「─────ありがとう」
俺の家族ってなんでこう人づきやすいがいいっつーか、物分りがいいんだろうな?
事情を説明し、朝倉が泊まることをいとも簡単にオーケーを出した母親そしてずっと嬉しそうに朝倉にまとわりついていた妹なんとなく微笑ましくなったね朝倉が俺の命を狙ったことがなければ、もっとよかったんだがな
あまり部屋数にゆとりがなかったために、朝倉は妹の部屋で泊まることになりそうだった…が
なんでだ、おい「ごめんね、ベッド借りちゃって」まぁ寝袋で寝るのは別に構わないんだが「そう」俺が言いたいのはそういうことじゃないなんで素直に妹の部屋に泊まらなかったんだ?「おねがい」両手をあわせ、微笑む朝倉
反則だな、というかお前多少卑怯じゃないか?「えへ」舌を出していたずらっ子の顔をする朝倉お前笑顔のバリエーションありすぎだろ古泉といい勝負ができるんじゃないか?「お話もしたかったし」まぁ、それはいいが、ちょっと長門に連絡するぞ?「なんで?」プロテクト、だったか?直接長門の口から聞かなきゃ信用できんからな「あら、嘘ついてるんだったら、あなた今頃死んでたわよ?」そうだろうな、だが用心にこしたことはないだろう「信用ないわね、私」人の命を狙っといてよくもまぁ「いいじゃない、過去のことなんだし」過去のことですますなあれは軽~くトラウマもんだぞ「あはは、冗談よ」俺は携帯を持って、廊下に出た
プルルルルルル……ガチャッ
長門か?俺だけど『何?』朝倉のことなんだが『……』知ってたのか?『……』電話の向こうで長門が頷く気がしたお前のバックアップだって言ってたが『そう』そうか
『私が推した』
は?『だから彼女になった』ちょっと待て、マテマテマテお前が彼女がいいって言ったのか?『……』確かにお前とは馴染みらしいが
俺はあっちの世界の朝倉と長門の関係を思い出していた『ごめんなさい』長門の声に少し申し訳なさそうな雰囲気が混じっていたいや、まぁ、長門がそれがいいって言うなら、いいんだが
『そう』少し安堵したような声だったたぶん俺に怒られると思ってたんだな大丈夫なのか?『?』前みたいに俺の命を狙ったり、とか『それは大丈夫 現在急進派は動きが極端に制限されている』長門は続ける『もし一週間の任務期間中に急進派が優勢に立っても大丈夫 私が直接朝倉涼子にあなたに危害を加えられないようにプロテクトをかけた』さっき朝倉が言っていたのはそのことか『それに』ん?『プロテクトをかけるように提案したのは彼女』なんだって?『朝倉涼子は本来、誰かを傷つけることを好いてはいない』……『ヒューマノイドインターフェイスのベースは人間、だから個々に多少の個性がある』それはわかるが『そしてあなたを殺そうとした時、朝倉涼子は完全に自我を崩壊させられていた』何?それは急進派が、あいつを無理矢理ってことか?『そう』
そうか、ありがとなそう言って俺は携帯の電源を切った少し怒りがこみ上げてきた朝倉も長門も統合なんたら体がいないあっちの世界では、普通の人間だったそのことを知っている俺は余計腹が立った統合なんたら体がどれだけ偉いが知らんが、他人の心を無断で壊す権限があるのか?
決めた
俺は勢いよくドアを開けたその勢いで朝倉は目を見開いていたああ、お前は確かにただの人間だ、こうしてる限りでは、な「どうしたの?」朝倉に近づく俺はそうとう怖い顔をしてたんだろう、朝倉は少し不安そうな顔をしていたその顔を見て、ますます決意が固まる
俺は何を血迷ったのだろうだが後悔はしなかったむしろそうしないといけない気がしたこいつは、本当な孤独だったんだろう俺は朝倉を抱きしめていた「あ」細い、力を入れたら壊れてしまいそうな、そんな華奢な女の子の体俺は決心し、その決意を言葉に出して伝えた
「俺が、お前を守ってやるよ」
しばらく抱きしめ、俺は腕をといて朝倉の顔を見た朝倉の瞳が少し潤んでいたのは、見間違いじゃないだろうな
カーテンを開ける
久しぶりの朝日
私は帰ってきた、そんな実感を感じる太陽の光が、とても暖かかったとても懐かしかった
私、まだ生きてるんだ嬉しかったそれが、すごく嬉しかったすごく、すごく嬉しかった
『俺が、お前を守ってやるよ』
昨日の、彼の言葉がメモリに反芻される
ありがとう───
彼に聞こえないように、そっと呟く
「う…ん」
彼が目を覚ましたあ、まぶしかったのかな?妹ちゃんの話では、朝に弱いはずなのに
「………」寝ぼけ眼で私を見る彼まぶしいのか、目はほとんど閉じているけど
おはよっ
私はベッドから身を乗り出し、彼の耳元で囁くまるで、恋人みたいちょっと恥ずかしいかもねなんてね
彼が私を見た沈黙が続くその沈黙は長く感じられたけど、とても優しく感じた「ああ、おはよう」彼といられる一週間が、今始まった
───
「じゃ、行ってきます」
いってらっしゃい彼は学校へと向かうあとに一人残された私私は学校へは行かない
「ごめんね、涼子ちゃん」いえ、このぐらいは彼の母親の母親の家事の手伝いをするもし私がただの人間だったら、していたであろうこと
私がただの人間だったら、将来、誰かと結婚して、こうやって───
何かがこみ上げてきた「どうしたの?」ぁ、な、なんでもありません恐らく顔に出てしまっていたのだろう「少し休んだら?」はい、ありがとうございますじゃあ、お言葉に甘えて……
彼の部屋に戻る部屋に入ると同時に静寂が私を包み込む私はベッドに倒れこむ彼の匂いを感じる私を、守ると約束してくれた、彼の匂い嬉しかった彼の言葉が
そして、同時に、悲しかった
彼にはまだ伝えていないでも、伝えないといけない私がここにいられるのはこの一週間だけそれをすぎたら、私は消えなければいけない
じゃないと、私は……
今だけは、泣いてもいいよね?誰もいない彼の部屋彼の匂いにつつまれて私は、泣いた静かに、咽び泣いた
誰かに優しくしてもらったのは、初めてだった
ずっと、ずっと孤独だったから人気者を演じてはいても、本当の私を誰も知らなかった本当の私を見たら、皆私を嫌ってしまっただろうからでも、彼は違った彼は、本当の私を知った知ったのに、私に優しくしてくれた私が泊まることを許してくれたとても嬉しかった本当の、脆弱な私を、受け入れてくれたから私を守ると、言ってくれたから
でも、その彼とも、すぐに別れなければいけない
『あなたはとても優秀』あの時、長門さんに言われた言葉
────長門さん、私は、全然優秀じゃないよ
自分の感情を、押し殺すことができないからだから、私は優秀じゃないあなたほどに、冷静でいられない長門さん、あなたが羨ましいもし、長門さんが私の立場にいても、彼女なら淡々と過ごすだろう――――
────私は、人形になりきれなかった人形
────私は、人間には決してなれない人形
────私は、感情を持ってしまった人形
────私は、できそこないの失敗作の人形
────私は────
静寂につつまれ、窓から陽の光が差し込む、温かな部屋私の吐息と、時計だけが、音を刻む誰にも邪魔されることなく、私は感情をさらけ出していた
……一人で、誰にも知られることなく……
時を刻む音の布団の中で、私は呟いたそしていつしか、私はそのまま眠ってしまっていた────
SOS団の活動が終わり、家についた時、すでに外は真っ暗だったふぅ、疲れた
「キョン君、おかえりー!」おう、ただいまお前はいつになったらお兄ちゃんって呼んでくれるんだ?「おかえり」ただいま、あれ?朝倉は?「あんたの部屋で寝てる間に家事手伝ってくれたんだけど、なんか具合悪いみたい」具合が悪い?あいつがか?
俺は階段をのぼって、自分の部屋に入ったあいつは俺のベッドの上で寝ていたその顔は、ただの女の子だなんども言うようだが、谷口の個人的美的ランキングAAランク+なだけはあるいや、AAAランクと言っても過言じゃないかもなそれだけの魅力をこいつは持っている
行動は別だがな?
俺は薄暗い部屋の明かりをつけた「う…ん」起きちゃったか?「ぁ……ぉかえり」おう、ただいま───
俺は正直驚いた朝倉の目は赤く、まるでさっきまで泣いていたようだった目元からは、確かに涙の流れたあとがあった
俺の視線に気がついたのか、朝倉は慌てて目元を拭う泣いてたのか?「え、あ、うん、まぁ」あわてて答えるその仕草に不覚にもくらっと来てしまった油断してると惚れてしまいそうだなまぁ俺には朝比奈さんや長門で慣れてるからそれはないがあ、ハルヒは別だぜ?
「あ、今何時?」ん?6時半過ぎ…か「やばっ、お母さんの手伝いを」いいよ立ち上がろうとする朝倉の肩を押さえ、座らせるすると朝倉はキョトンした顔で俺を見上げるその表情は反則だ休んでな、具合が悪いんだろ?「あ、もう大丈夫だから」本当か?「うん、ありがとう」
ばつの悪そうな顔で朝倉は部屋を出て行ったなんか今は俺と二人きりは落ち着かないらしいなんでだろうかまぁいい今は朝倉が出て行ったから着替えられる、かまだ制服だったことにきづき、俺はズボンを脱ぎ、上着を脱いで――――
「あ、そうそう、洗濯物の───」
なんてタイミングで戻ってくるんだこのやろ!見る見る顔の赤くなる朝倉羞恥って感情もちゃんとあるんだな、こいつにはそのせいで余計に恥ずかしさが増す顔から火が出そうだ「あ、その、ごめん!」そう言い残し朝倉はドアを勢いよく閉めて階段を駆け下りた
…やれやれ
やっちゃったー、どーしよ
私は彼に洗濯もので彼に自分のを運んどいてという彼のお母さんからの伝言を伝えようと戻ったそしたら彼が下着一枚で立っていて着替えるところだったやっちゃったやっちゃったやっちゃったそうよね、普通なら帰ったら着替えるわよねノックしない私のほうが悪いんだもんねヤバい、私顔真っ赤じゃない?皆とご飯食べてるのに……やだそんな顔で見ないでよ
「どーしたの涼子ちゃん」なんでもないよ、妹ちゃん「顔真っ赤だよー?」気のせいよ、大丈夫だからね?
あー恥ずかしい昨日の今日であんなことしちゃうとかあーヤバいなんでこんなどーでもいい感情ついてんだろ
夕食をかなりのスローペースで食べて、私は居間に行ったとにかく彼と顔を合わせられなかった恥ずかしくて長門さんなら平気なんだろうな私やっぱりダメダメね少し落ち着いてきた後で謝っとこ
「朝倉ー風呂空いたぞ」うん、ありがとう風呂あがりの彼が私の顔を覗く何?
「いや、お前ほんとにこうしてるとただの女の子なんだな」
なっ!?落ち着いたはずなのにまたドキドキしてきたお風呂入ってくるそう言ってその場を立ち去る彼は確信犯なのだろうか
もお──思わず口から不平が出る『女の子なんだな』当たり前じゃない?確かに、私は彼と同じ大多数の人間と同じとは言えないけど性格だけなら、普遍的な女子高校生なんだし…
まあいいやお風呂入ってさっぱりしよう
「元気出たようだな」え、なにが?彼が部屋で聞いてきた「さっき泣いてたようだったから」あ、うん、もう大丈夫「そうか」うん「何かあったら俺に言えよ?」ありがとうでもね?
その優しさのせいで、私は泣いたんだよ?
そう心の中で呟いた彼には、まだ伝えられていない伝えなきゃ、伝えなきゃ『お前を守る』その言葉は、私にとっては残酷な優しさ嬉しかったけど悲しみもその分増える…
あのね…
「ん?」…言わなきゃ、伝えなきゃ…静寂が場を支配する昼間みたいな優しい静寂とは違うこの静けさは、私の心臓をキリキリと掴んでいくそして少しずつ握りつぶしていく
「朝倉?」はっ、として頬に手をやる濡れていたなんか、私、戻ってきてから泣いてばかりの気がするしかも、ほとんどが彼のせいで「どうした?」彼が心配そうな顔で聞いてくるごめんなさい、なんでもない
嘘
嘘なのなんでもないわけじゃないの、だけど彼には伝えられない彼に、伝えられる、わけがない私は知っていた黙っていることは、その時が来た時、ただ彼を傷つけるだけでも、今伝えて、愕然とする顔も、見たくはないの矛盾矛盾してる私は、やっぱり失敗作「朝倉───」急に、私に近づく彼あ──
また、彼が私を抱いてくれたその腕がとにかく暖かくて一週間後、消えてしまうというのに私は、偽りの命だというのにその暖かさは、全てを忘れさせてくれた彼の胸に、頭をうずめる私の涙が、彼の服を汚す
──ありがとう──
私は再び呟いたその言葉が、私にできる精一杯の、恩返し今私が言葉にできる唯一の、真実
そして私は彼の腕の中で眠りに落ちていった
朝倉が家に来てから、2日目の朝を迎えた泣きつかれたのだろう、俺が朝食を食べて学校の準備をしている最中、やっと起きた
「あ、今何時?」んー、7時半ぐらい「学校行く時間ね」ああ、今ちょうど準備が終わったところだ「そう」少し寂しそうな顔をしていたのは気のせいじゃないだろう恐らく俺が学校に行ってる最中、孤独と戦っているんだろう母さんは朝倉の本当の姿を知らない
俺は気づけば、朝倉に提案をしていたなぁ、久しぶりに学校を覗いてみないか?「え?」キョトンとした顔で俺を見るクラスの皆もお前に会えたらすっげー喜ぶと思うぜ?「でも、こんな急に…」帰省してて、急に懐かしくなって顔を覗かせた、で十分だろ「……」行こう、家にいても暇なだけだろ「いいの?」何が「迷惑じゃない?」迷惑?なんでだよ「……」今は自分のこと考えろ、な?たまには、他人に甘えてもいいんだぜ?少なくとも、俺のところにいる間は、俺に甘えろぶっちゃけ、今の俺には朝倉は妹みたいな存在だ妹につらくあたる兄なんていないだろ?「あり、がとう」
朝倉は大急ぎで飯を食べて準備をしたさすがに制服はなかったから私服での訪問者ってことになるだろうなでも、それでも十分だろ?こいつには孤独は似合わないやっぱ教室で人に囲まれて笑っているのが似合うな朝倉、本当のお前のことを知らなくてもな
クラスの皆は、お前が思っている以上にお前のことが好きなんだぞ
朝倉が準備するのを玄関で待ち、二人そろって家を出る「なんか恋人みたいだね」朝倉が少し頬を染めながら呟くああ、そうかもな確かにはたから見ればそんなふうに見えるかもなハルヒに見られたら、あいつどんな顔すんのかな
今は皆は関係ない少なくとも、今の朝倉を孤独から救ってやれるのは俺だけなんだから長門も、できると思うけど俺は朝倉を助けてやりたいから
朝倉「え?」行くか「うん」微笑む朝倉思わずこっちもつられて笑っちまう
本日は、快晴なり
────
ちーっす「おっす!キョ──」「あれ?朝倉さん?」固まる谷口と冷静な国木田開けるのはチャックだけにしとけ、口をしめろ谷口
「久しぶり」
朝倉が満面の笑顔で答える「え!?嘘!朝倉さん!?」「どこどこ?」急にクラスの女子に取り囲まれる朝倉お前にはそのほうが似合ってるさふぅ──俺は肩の荷がおりたような気分自分の席についた後ろを見るとハルヒが口をぽかんと開けて朝倉を見ている谷口とリアクションがおんなじだぜ?
ハルヒ「え、な、何?」口開けっ放しだぞ「な!関係ないでしょんなの!」そーだな
「キョン君」いつの間にあの囲いを脱出したのか、朝倉が目の前に立っていた「私、授業の間は適当にブラブラしてるね」ああ、わかった「そろそろホームルームだね、じゃね」朝倉はそう言って教室から出て行った
「なんであんた、朝倉さんと」ハルヒが話しかけてくるん?俺んちに泊まってるんだよ「聞いてないわよ!?そんなの」言う必要がなかったからなハルヒが席から立ち上がって俺の襟を掴むちょっと力入れすぎだ、苦しい……「何よ!謎の転校をした朝倉さんが戻ってきたのなら、十分SOS団に関係してるじゃない!」なんでだよ
「というか、泊まってるって何!?あんた朝倉さんと暮らしてるの?」
あー、そのな?大声で怒鳴るな、周り視線が痛いからおい、谷口、殺気が漏れてるぞチャックから一週間だけだよ、他にあてがなかっただけだ「ホテルにでも泊まればいいじゃない!」金がもったいないだろ?一週間もホテルに泊まるぐらいなら俺だって知り合いの家に泊めてもらうさ「そこでなんであんたんちなのよ?」
実際朝倉のあてっつったら長門か俺しかいないだろうからな長門のアパートに戻ったら住人からいろいろ聞かれるに違いないだけどそれを説明にハルヒに言うわけにはいかない
その、な?「何よ」こうなったら口からでまかせだ朝倉があわせてくれることを祈ろうそう願い俺は真っ赤な嘘を語った───実はな、朝倉とは遠い親戚なんだ「へ?」呆然とするハルヒちょっと突飛過ぎたか?生命の起源すら違うからな、俺と朝倉は信じられないのも無理はあるが
「そっか」待て、そんなすぐ納得するのか「違うの?」いや、そうだがハルヒは俺が説明したら納得したように席に座ったハルヒにしてはものわかりがいいな俺は掴まれた襟を正した
あとで朝倉に口裏を合わせてくれるように頼んどくか
朝倉は休み時間になるたびに教室に顔を覗かせたハルヒは朝倉に大量の質問を浴びせかけた
さすが朝倉、と言っておくかハルヒの質問の一つ一つに、矛盾点の見当たらない完璧な答えを返すそのやりとりに俺は舌を巻くしかなかったね結局朝倉は俺の母親の従兄弟の叔母の姪の娘の従兄弟の娘、ということになったよくそこまで一気に思いつくね断言できる、俺はそんな設定覚えることはできんハルヒもさすがにそこまでの事実確認は不可能と諦めたのか、おとなしく席に座る
退屈な授業中、俺は朝倉が校庭の隅のベンチに座り本を読むのを眺めなら、時が流れるのを待った
────キーンコーンカーンコーン────
最後の授業が終わり、俺は荷物をまとめ始める「キョン!今日は朝倉さんも臨時団員だからね!ちゃんと連れてきなさいよ?」ハルヒは一気にそう捲くし立てたそしてまだホームルームがあるのにもかかわらず、教室を飛び出るはやすぎだ、おい
ホームルームが終わり教室を出る「キョンー、今度お前んち遊びに行っていいかー?」「こんたんまるわかりだよ、谷口」そうだな、国木田それに谷口、あいつはあと5日しかいないぞ?「そうか、残念だ」ああ、んじゃな「また明日、ほら谷口、行くよ」国木田は谷口のおもり役なんだろうか思わず苦笑が漏れ出る
「お疲れ」
他のクラスメイトにも挨拶を返しながら廊下で朝倉が待っていてくれた
朝に言われたみたいに、
ほんとに恋人っぽい感じだな
俺がそう呟くと朝倉はちょっと頬を染めるその仕草がまた俺の脳を揺らした───
「遅い!私が来てから10分も経ってるじゃない!」ハルヒ、お前はホームルームの存在を知っているよな?「いいじゃない、別にホームルームぐらい出なくても進学できるんだから」何か大切な話があるかもしれないだろうが「そしたらあんたが教えてくれればいいわ」俺はお前の伝書鳩じゃない「私は団長よ?団員が必要な情報を届けるのは当然じゃない」俺とハルヒのいつものやり取りを朝倉は笑顔で見ていた「あら、朝倉さん、来てくれたのね!」ハルヒが団長席から飛び降りて朝倉を捕まえる「朝倉さん!コスプレしてみる気はない?───
────そんなこんなで本日の活動は終了した内容はめんどくさいので省かさせてもらうたいしたことはしてないさただ部室専属メイドが二人に増えただけだ
俺は今家路を一人で帰っている朝倉は長門と少し話をしてから帰るらしい
朝倉のことだから道に迷う、ってことはないだろうさっさと帰って朝倉が帰ってくる前に着替えるか二度も着替えを覗かれちゃたまらんからな
「あなたはまだ、彼に話をしていない」
うん、伝える勇気が、なくて「そう」もうちょっとだけ、待って「いい、それであなたがいいなら」うん、ごめんね、長門さん「いい」
一般人としての彼から得た涼宮ハルヒの観察データ、この2・3日分、確かに渡したからね「受け取った、このまま情報統合思念体へと送信する」
今の私は長門さんの完全なバックアップ彼女が必要としている情報の収集を手伝うだけそれ以上の権限を私は持っていない少なくとも、この一週間は、だけど
長門さん「何」私、怖くなってきちゃった「……」一週間後、彼と別れないといけないって思って、怖くなったの「そう」ごめんね、あなたに言ってもどうしようもないのにね「いい」
沈黙が時を刻む私はただ待っていた情報の交信を終えた長門さんが不意に立ち上がったそして私を見た「朝倉涼子」え?「あなたはとても優秀」……「信頼している」そう言って、長門さんは立ち去ったその言葉で、私は少し救われた気がした
ありがとう、長門さん
わずかな声で呟き、私も場を立ち去るもう外は暗い校舎を出て、空を見上げる満面の星空夜空に浮かぶ月あの月が満月になる夜、私は……このまま感傷にひたっていたら、また泣いてしまうような気がして、私は家路を急いだ彼の待つ、彼の家へ私に優しくしてくれた、彼の元へ温もりをくれる人の所へ
今日は土曜日だ──
あのあと帰ってきた朝倉と飯を食いながら談笑し、テレビを見て、寝た帰ってきたときは少し寂しそうなふっきれたような顔をしていたのだが、寝る頃には笑顔に戻っていた
「おはよ」
昨日とは違い、元気に目覚めた朝倉その気配で、俺も起きるおはよう「お母さんの手伝いをしてくるね」働きもんだな、お前は向こうの世界だと長門のために鍋作って持っていくような奴だったしなどっかの暴走機関車に爪の垢でも煎じて飲ませてやりたいね誰とはいわんが
───SOS団を立ち上げて、いつの間にかかなりの時間が流れた
その時間は俺に何を与えたんだろうかその間に俺は何を、知ることができたのだろうか徐々に変わりゆくハルヒと戸惑い───
長門の本当はとても優しい心───
朝比奈さんの心情、そして役立ちたいという願い───
古泉との信頼、友情(?)そしてその本音───
谷口、国木田、鶴屋さん達皆との思い出───
そして、SOS団として積み重ねた日々───
でも、俺は朝倉のことは何も知らなかった
知ろうとすらしてやれなかった本当はとてももろく、壊れやすい心一人秘めた孤独と戦い、自分の意識を押し殺そうとする悲しみ決めたんだ、俺は朝倉を守ってやるって俺は、俺自身に、誓った誰も本当のあいつを知らないだから、俺しか守ってやれない
長門も知ってるか向こうの世界での二人の関係からそれがわかるいざとなったら長門と二人で、朝倉を守ってやればいい少なくとも、朝倉が俺と過ごす一週間の間だけは、な
このときの俺は、────なぜ一週間だけなのか───不覚にもそれを深く考えなかった考えて、やれなかった
「いってきます」
準備の終わった俺は、朝倉を後ろに乗せ、自転車でSOS団のいつもの集合場所へと向かった優しくしがみつく朝倉の腕は暖かく、それでいてか弱く感じた「初めてだな、こうやって自転車に二人乗りするの」そうだろうな宇宙人じゃなくてもあまり機会はない気はするまぁ、俺は夏にすでに一回、正確には何千回と経験しているが
ふと、腕の力が強まる
「ずっと、こうしてられたらいいのにな」不意に呟く朝倉別に、一週間が過ぎても、たまに遊びにぐらい来てもいいんだぞ?たまに学校に顔覗かせればクラスの皆も喜ぶだろうしな「うん……それムリ」久しぶりのセリフあの時はお前に殺されるところだったがなだけどあの時とは違い、暗く、沈んだ声
──朝倉?
その声色に思わず声をかける俺「何?」いや、なんか声が落ち込んでいる気がしたから「え?あ、やだ、そんなことないよ」そう、か?「そうそう、ちょっと嬉しかっただけ」それならいいんだけど「うん」
いつもよりは早く家を出た、にもかかわらず、俺は時間ぎりぎりで集合場所に辿り着いた「遅い!罰金!」んだよ、今日はちゃんと間に合っただろ?「でも私が来たときはすでに皆いたわよ」いーじゃねーかそれぐらい「団長を待たせるなんて百年早いわ!」「ごめんなさい、涼宮さん、私を乗せてたせいでちょっと遅れちゃったの」「う、ま、まぁいいわ今日は朝倉さんの顔に免じて許してあげる、もちろん昼はあんたのおごりだけどね」いつものような流れで俺は今日も財布係に任命されたまぁ朝倉のおかげでいつもよりハルヒの怒号が短めだったが
──あとでお礼ぐらい言っとくか
眩しい程に照りつける太陽の下髪を撫で指の合間をすり抜けていく爽やかな風人影もまばらな昼過ぎの公園
「ほい、買って来たぞ」
おかえり「リンゴジュースでよかったんだよな」うん、ありがと伸びやかな風に包まれた午後午前中、涼宮さんと二人でSOS団の哨戒を終えた後、皆で昼食をとったそして長門さんのはからいで今、私は彼と二人きりでベンチに座っている
涼宮さん、すごい元気だった思わず本音が出てしまう「大変だっただろ、あいつと二人きりなんて」ええ、でも楽しかった「そりゃよかった」実は女子ともあんな感じで出歩くの初めてだったんだ「へぇ、そりゃ意外だな」そう?「クラスにいた頃、女子達と出歩いたりはしなかったのか?」ううん、理由つけて断ってた「なんで?」なんでって、そりゃ、長門さんの手伝いとかもあったからそれにいつでも動けるようにしとかなきゃ何か突然の変革があったら困るでしょ?「そりゃそうか」そうよ彼が微笑むつられて私も…
静かな時間が流れていく彼と二人、川のせせらぎを聞きながら時を刻む不意に彼を見る遠くを見ながら思考にふけっている遠くを見つめる彼の顔優しくて、頼もしい彼の顔
「ん?どうした?」
私の視線に気がついたのか、ふと声がかかる私は、無言で彼にもたれかかる「朝倉?」もうちょっと、このまま「…わかった」
不意のわがままも聞いてくれる本当の自分を見てなお受け入れてくれるそれが何より嬉しくて、つい甘えてしまう
涼宮さんもきっと彼のこんな所に惹かれたんだろうな…
羨ましい長門さんもきっと幸せなんだろうな朝比奈さんも、古泉くんもきっと──
彼はとても不思議近くにいると全ての葛藤を忘れさせてくれる風、そう、彼は例えるなら、風
時には心を揺さぶる強い風
時には身を守ってくれる暖かい風
時には涙をぬぐってくれる優しいそよ風
彼の風に身を任せながら、私は心安らかになる風の一部として取り込まれていく
私は、彼のことが好きなんだろうか―――
ふと頭に浮かぶ疑問きっとそうなんだろうちょっと頬を染める長門さんも涼宮さんも、朝比奈さんもひょっとしたら古泉くんも彼にはそれだけの魅力があるどんな醜い部分もまとめて守ってくれるたとえ何もできない時でもそっと手を握ってくれるそんな頼りがいが彼にはある
ありがとう
そう心の中で呟くいつも言ってない?私自然と微笑がもれる「朝倉」突然かかる声何?私は顔を彼の肩に乗せたまま呟く「……」長い長い静寂どうしたの?顔をあげて彼を見た「いや、なんでもない」?首をかしげる私すると彼は微笑んで呟いた「おもしろいなお前」へ?彼が私の頭を撫でる暖かい掌で私は包まれる
言葉にはされなかったけど何となくわかる私は大事にされているハレモノに触るような不器用なものではなくまるで妹を可愛がるようなもの
こんなふうにしてもらえるのも、あと4日…今日を抜いたら3日時は刻まれていく───彼といられるリミットが少しずつ忍び寄るでも、今は、今はもう少しだけ、彼のそばにその願いが、許されるのなら
だって、彼は笑っていてくれるから
あと三日──夜空の中の月明かりが私を照らし出す
私は一週間というリミットの中で時を刻むこと許された者
終わりゆく消えゆくその時まで彼のそばで笑顔を感じていたいそしてそれは、彼が許してくれたこと
もう少し、その優しさの元、私は彼を感じていたいそれが、別れの時に私の身を切り裂くと知っていてはいても────
「朝倉?」
カーテンを開けて夜空を見上げる私目が覚めてしまったのだろう私に声をかける彼「眠れないのか?」眠りたくないのそう、正直に答えるこの優しい時間の流れの中、少しでも生きていることを感じていたいそれが、私の願いだから「まぁ、明日は何の予定もないからな」今は晴れて、どこまでも見渡せる満面の星空でも明日、日曜日は雨───
近づく別れの時
彼にはまだ話していない多分、彼は私が一週間を過ぎてもなんらかの形で長門のサポートを続けるのだと思っているでも、それは違う私は消える課された使命を終えるための一週間それを終えると共に、私は消える消えなくてはならない
───怖い
恐怖この日常から消えることへの恐怖悲哀彼と別れなければいけないことへの哀しみなぜ、私には感情が持たされているのだろう私も、長門さんもなぜ、こんなものを持たされているのだろう便利だから?人とコミュニケーションをとるのにそのほうが便利だから?
私は、普通の人間に生まれたかった
普通に生まれて親に甘えて友達を作って恋をして結婚して子供を作って
でも、それは叶わぬ願い
涙を流すのは、3度目?4度目?なんで私は再び生きているの?なんで?ねぇなんで私なんか作ったの?誰か、答えてよ、お願い!私を、私を誰か、助けて!守ってよ!いや!いやよいやよいやよいやよ!いやなの!私は!私は!消えたくない!
「泣いているのか?」
彼がすぐ後ろに立っていた「どうしたんだ?」何、が?「来てから、ずっと泣いてるじゃないか」そう、ね「何か、言えない事があるのか?」……「俺が力になってやる、一人で抱え込むな」いいの?「当たり前だ」なんで?「なんで、って」
私は振り返り、彼を見つめた私は人間じゃないのよ?作られた人形なのよ?「そんなの……」それだけじゃないわ私はあなたを殺そうとした涼宮ハルヒを悲しませようとしたなんで?なんで私になんか優しくするの?同情なんかしないで!私をこれ以上―――
「いやだったのか?」
え?彼は悲しそうな顔で私を見つめる「俺がやってたことは、意味のないことだったのか?」………「俺は、誰かが苦しんでるのを見るのがいやなだけだ」……「同情なんかじゃない」…「俺は、約束したはずだ」何を?「お前を守る、俺が守るって」なんで?「俺が守りたいからだ!」誰のためによ「俺自身のためだ」……「泣いてる奴を見るのは、好きじゃないんだよ」
偽りのない彼の言葉「だから、泣くのをやめてくれ」その言葉が何より嬉しくて「な?」それが何より苦しくて「お前には、俺が、いるから」もう一度言おう今度は、心の中で呟くだけじゃくて彼に直接
私は、再び彼の腕に包まれたそして再び、私はそれを感じた
朝倉が俺の家にいるのもあと3日だけだ雨の降る日曜日今日はSOS団の活動もなかった
せっかくだから、どこかに出かけたかったな?「そうね」雨の降りしきる音の中、家族皆で朝食をとる「涼子ちゃん、卵焼き一つちょーだい」「はい、妹ちゃん」「ありがとー」いやしいマネするんじゃありません「まぁまぁ、私は構わないから」それならまあ、いいんだがあんま甘やかさないでくれよ?「ちょっとだけだもんねー」「ねー」二人で「ねー」するのはやっぱり女の子なんだなと実感する
このままは何もない日曜は少しもったいない気もするな
どっかでかけるか?「え?」どーせ暇だろ?「でも雨が」行き先が屋内だったらいーだろ?「別にいいけど、どこに行くの?」そーだなそれを考えていなかった「あ」なんだ?「予定が特にないのなら、行きたいところがあるんだけど」ん?行きたいところ?どこだ?「図書館」宇宙人って言うのは本を読むのがすきなんだろうか「そーじゃないわよ」んじゃなんで図書館に?「以前長門さんから聞いてね、どーせだから私も行きたいなっていうか」長門から聞いてたのか「うん、だめかな?」だめじゃないさ本がたくさんあるなら暇つぶしにもなるだろうしな「じゃ、決まりね」
いってきます
飯を食って早々と準備した俺達は、家を出て図書館に向かった雨だったから歩きだったが、たまにはこういうのも悪くはない「こっちによりすぎじゃない?あなた濡れてるよ?」構わんよ母親は買い物に、妹は友達の家に行く、というので必然的傘は一本になってしまったわけで今俺と朝倉は相合傘をしながら図書館へ向かっている男子高校生としては喜ぶべきことなんだろうが、あいにく一度ハルヒとやってるからそんなに感慨はわかない
雨の中結構歩いた気がする1時間後ようやく図書館に辿り着いた傘を差していたとはいえ、二人とも多少濡れていた「へぇ、ここが図書館ね」嬉しそうに周りを見渡す朝倉来たことないんだな「来る暇なんてなかったもん」そりゃそうか「そうよ」
喜ぶ朝倉を見ていると少し元気になる濡れた肩を朝倉があらかじめ持ってきていたタオルで拭うんじゃ、俺そっちで待ってるから
「わかった」そう言って楽しそうに奥へと歩いていく朝倉俺は適当に近くにあるライトノベルをとり椅子に座る雨のせいか、人影は本当に少ないおそらく片手の指で数えられる程度だろう活字という睡眠薬を投与した俺は、徐々に夢の世界へと入り込んでいった
俺は一体どれだけの間寝ていたのだろうふと目が覚めた腕時計を見るとすでに午後2時を廻って飯も喰っていないせいか腹が悲鳴を上げるそろそろ帰るか?そう思い立ち、重い腰を上げようとし───
俺のヒザの上に顔を乗せ寝息を立てる朝倉を発見した
思わず驚いたが、朝倉を起こさないようにじっとする気がついたが足がしびれている結構前からこうしているらしい周りに人が少ないとはいっても2・3人はいる、少し恥ずかしいだがかわいく寝息を立てる朝倉を起こすわけにもいかなかった10分ほど朝倉の寝顔を堪能していたその時俺は目の前に座って本を読む人物に気がついた
ボブカットよりも短いショートページをめくる細い指と文字を追う透き通った瞳そして、そのトレードマークとも言える無表情
長門有希がそこにいた
長門?「……」お前、どーしてここに?長門は本から目を放し、俺を見た「たまに来る」そうか確かにここに来れば山ほど本が読めるもんな閉館時間になったら借りればいいし「あなたのおかげ」え?「図書館という存在を知ったのは」ああ、そういえばそうだったな
朝倉の寝息
長門がページをめくる音
雨が窓を叩く音
それらに耳を傾ける俺
どれぐらいの時間がたったのだろうふと、長門が立ち上がった帰るのか?「……」無言で頷く長門そうか、また明日な「一つ」不意に長門が口を開く「あなたは、優しすぎる」へ?「それは朝倉涼子に対する救いであるのは確か」……「でもそれは、同時に───
───彼女を蝕む鎖でもある」
長門が一瞬何を言っているのかわからなかったそうだろ?急に口を開いたと思ったら絶対に言わないだろう抽象的なことを述べるどういう意味だ?「私は答えられない」……「その答えは、朝倉涼子本人が持っている」何?「また明日……」読んでいた本をカウンターに持っていき、外に出る長門
長門が立ち去ってしばらく、俺は呆然としていた朝倉を、蝕む鎖?意味がわからない救いってのはわかるんだが蝕む鎖と救いってのは真逆のもんだぜ?
「ん……」朝倉が身体を起こす起きたか「あ、ごめんなさい、上に乗ってた?」いや、いいそろそろ帰ろう、もうすぐ3時だぞ?「あ、うん」昼飯食ってないから腹減っただろ「そうね、もうぺこぺこ」じゃ、帰るか「わかった」俺は長門の放った言葉の意味を考えていたそしてその言葉の真実に、気づけないままでいた
「どうしたの?」帰り道の途中、声がかけられるどうやら思案が顔に出ていたらしいなんでもないと嘘をつく「それならいいんだけど…ケホッ」不意に咳き込む朝倉風邪か?「うん、雨だからね、実は昨日からちょっと調子悪くて」そうは見えなかったがそれにお前らも風邪ってひくんだな?「ううん、普通は、ケホッ、ひかない」は?どういう意味だ?「なんでもない」ふと朝倉を見る
そして、突然の異常に気がついた
朝倉涼子の震える肩その肌は、明らかに青ざめて見えたおい!朝倉、本当に大丈夫なのか?「うん、だから風邪だ、ケホッ、てさっき言ったでしょ?」嘘ださっき図書館を出たときは全然平気だっただろ?こんな短時間で明らかに変だ
「大丈夫だから」そう言って足を早める朝倉徐々に、セキの間隔が短くなっていっている気がする本当に、どうしたんだ?「明日は、エホッ、ずっと寝てたほうがいいわね」ああ
潤んでいる瞳───
青ざめた顔───
歩くのも、今はつらそうだ────
そして 家に着くと同時に 朝倉は 倒れた
迫る最期の時弱っていく身体終わりが近いことを感じるどうしようもない必死で私を看病してくれる彼
学校を休んでまで、私の近くにいてくれた彼今日は私が彼といられる最後の日
私は、明日、消える
「朝倉……」私を呼んでくれる彼手を握っていてくれる彼嬉しかったまだ、私を見捨てないでいてくれる彼がそして悲しかった彼に応えることのできない自分が私はなんて自分勝手な女なのだろう私は必死に身体を起こす「どうした?」彼は驚いて私に尋ねる
――――ごめんね?
私は呟く「なんでお前が謝るんだ?」私は、あなたに応えられない「は?」私は、あなたに何もしてあげられない「何を言って……」ごめんね、今まで黙ってて
――――私は、このまま消えちゃうんだ
私の手を握る彼の手に力が入る彼は驚愕で目を見開く「そんな、だって」ごめんね?もっと早く伝えなきゃいけなかったのに――もっと早く伝えられていたら――ごめんね?私、怖かったのずっと、ずっと怖かったの
言ったら、伝えたらきっとあなたは失望したからそれで傷つくあなたを見たくなかったから
ごめんね?「朝倉………」本当にごめんね?「………」ごめん「……」ごめん………なさい「…」私、私――――
本当は消えたくなんてない!
もっと、あなたの傍にいたかった!本当はもっと、あなたを感じていたかったあなたの笑顔を眺めていたかった「朝倉………」私ね?本当はね?「朝倉!」
あなたが好きだったの!
朝倉が、自分の想いを打ち明けると同時に俺はまた朝倉に抱きついていた俺には、他に何もしてやれなかったから
静寂が二人を包む
朝倉のむせび泣く声だけが部屋に響き渡る俺のシャツの胸元が朝倉の涙で濡れる
なんで、なんで俺は気がついてやれなかったのだろう
朝倉が泣いていたのは寂しいからだけだと思っていたいや、それもあっただろうだから、俺はずっと朝倉を大切にしてきたでも、それは―――
ごめんな?
「え?」俺は、本当の意味でお前を見てやれなかった俺は、わかったつもりになっていただけなんだ朝倉の、お前の本当の苦しみを理解してやれなかった「……………て」俺の自己満足だったんだ「………めて」俺は、口先だけだわかったふりだけしていたんだ本当は、何もできていなかった「………やめてよ」俺は偽善者だ何も知らない一人よがりだ一人で満足したつもりになっていたんだ俺は、最低の人間だ「やだ、やめて」
俺は、お前を守ってなんてやれなかったんだ!
「やめて!!」かすれた声で精一杯大きく叫んだ朝倉その反動で咳き込む「げほっ!げほっ…………」朝倉は一度声を落ち着ける「私は」朝倉は再び口を開いた「私は、それでも嬉しかった」………「救われたの」でも、俺は「あなたは、そんなつもりじゃなかったとしても」………「でも、私は嬉しかった」偽りのない本当の言葉哀しみに包まれた、だけども真実を写す言葉愛しくなる目頭が熱くなる
何か、できることは、ないか?
俺は、泣いていた自分の無力を嘆いていたそれでも、こいつを、朝倉を――――「え?」俺に、できることなんでもいい何か、少しでもお前の負担を減らしてやりたい「ありがとう」もう、自己満足でも構わない偽善者でも構わない
―――何かをしてやりたい
それだけはその気持ちだけは、本当のものだと思うから俺は抱きついていた腕を離したそして、朝倉の目を見据えた「いいの?」
二人を遮るものは、もう何一つなかった
―――刻まれていく印
―――刻一刻と近づく別れの時
―――俺と朝倉は互いだけを見た
―――そして互いのみを感じていた
―――二人でいられる最後の夜に
―――その深い深い闇の中で
――――真夜中
カーテンの隙間から差し込む月灯りの下俺は目を覚ましたいつのまにか寝ていたらしい十二時をまわっている今日は朝倉が消えてしまう日振り向くそしてようやく気が付く
――――朝倉?
俺の横月灯りに晒される空の布団朝倉涼子が寝ていたはずの場所にあいつはいなかった
開かれた部屋のドア廊下へと続く黒いシミ
まるで血の様な………
朝倉!
部屋を飛び出す血の跡を追う玄関の外夜の闇の中
俺は手掛りを見失う
朝倉涼子は 姿を消した
長門!
満月の夜空に散りばめられた星の万華鏡の下消えてしまったあいつを探すために俺は長門に協力を依頼した
俺が自転車でいつもの公園にたどり着いた時あいつはいつもの服装ですでに俺を待っていてくれた北高のセーラー服に指定のカーディガン静かな公園に浮かびあがるシルエット
すまん、長門俺はあいつを守ってやれなかった
俺の言葉を遮るように「いい」夜の闇に開いた一つの穴のように長門は小さく、そして優しく呟いたそして俺の瞳を覗きこむ「あなたは悪くない」俺の気持ちをわかっているように語る長門有希「朝倉涼子はそれを望んでいた」……「あなたに責任は皆無」だけど、俺は――「それ以上は不可能だった」それでも――「あなたが哀しみを感じることは朝倉涼子の本意ではない」だけど――「やめて」
俺はその時初めて長門の表情を見た
哀しそうな寂しそうなあの長門がはっきりと顔に感情をうかべ俺を見ていた「お願い、やめて」長門――「あなたは何も悪くない」 悪いのは―――」……「彼女を連れてきてしまった私」は?「彼女はただ処分を待っていた存在だった」長門は小さく語り始めた
「彼女がかわいそうだった 自身は何も悪くないのに あの事件は彼女の意志ではなかったのに 急進派に所属しているというだけで全てを奪われた 私は朝倉涼子という人格が嫌いではなかった 私に持っていないもの持ち、誰にでも優しく 私もよく話しかけられた」俺はあの平行世界で仲良く鍋を囲む二人の姿を思い出した「だから、私は彼女を再び私のバックアップに推した 彼女自身の処分は止められなかったが、代わりに一週間の自由が与えられた」小さく、しかし力強く、それでいて優しく昔の長門からは想像できないような口調「だから悪いのは私 幸福を感じると、別れの時に苦しみが増すのだと知っていたのに 私はあなたに、彼女を任せた」
何も言うことができなかった長門自身こんなにも悩んでいたんだ俺はまた自分のことだけを………本来は優しいはずの夜の静寂が俺の身体を切り裂く喉が痛いやっとの想いで俺は静寂に言葉を置いた
―――朝倉涼子を探さないと
行ったところで何もできないかもしれない来てほしいとも思ってないかもしれないでも、俺はあいつのもとに行かなきゃいけないなぜかはわからなかったが、そんな気がした
「彼女の所在は把握している」長門が呟いた「彼女は情報封鎖を起こし自分を閉じ込めている」何処にだ?「かつてと同様の場所」それは―――「そう」
「あなたと朝倉涼子が初めて邂逅した場所」
――――――
「遅いよ」長門の力で教室に入りこんだ俺は朝倉涼子と再びあいまみえたあの時、俺の命を奪おうとした時と同様に今、再び俺と朝倉は互いに向き合っていた
「あなたを殺して、私は本来の使命を果たす」朝倉の手に握られたナイフ顔に浮かべられた微笑何もかもがあの時と同じ
――――朝倉の苦しそうな表情と、静かに涙を浮かべている瞳を除いては
「じゃあ、死んで」
ナイフを握りしめ、俺に走りよる朝倉俺は――――逃げなかった逃げる気になれなかった両手を広げ、目をつぶる迫る気配、覚悟を決めたしかし、ナイフは、身体にのめり込む寸前で停止した朝倉の顔には困惑の表情が浮かぶ「なんで、なんで逃げないの?」弱々しい口調で、疑問を口に出す朝倉なんでだろうな?刺されないと思ったわけじゃない刺されたくないと思わなかったわけでもない
――――でも、お前が望むなら、俺は――――
「―――っ」ナイフを落とした朝倉カラン、と渇いた音が響く俺は朝倉を抱き寄せる朝倉ははっと息を飲んだ
お前が望むのなら、俺も共に逝こう
お前が望むのなら、地獄まで共に行こう
正直に自分の想いを述べるそれほどまでに、俺は朝倉を大切に想っていた腕の中で首を横に振る朝倉「ごめんなさい、でも私――――」
暗かった教室に灯りが戻る腕の中で朝倉の力が抜けるのを感じる情報封鎖が解除された「ごめんなさい ごめんなさい… 本当に、ごめんなさい」涙を流して繰り返す朝倉俺は無言で、腕の中で朝倉が泣いているのを聞いていた
―――――カララ
突如金具の音が響く「長門………さん?」開かれたドア静かに長門が入ってきたそしてその手には、拳銃が握られていた長門?
「朝倉涼子のインターフェイスとしての機能を完全に停止させるプログラム」
淡々と、そして感情を亡くしてしまったかのように、長門は述べた
長門が構える
その銃口は朝倉を捉えていた
朝倉を抱く腕に力が入る
喉がカラカラに乾くのを感じる
なんでだ
なんで朝倉が
悔しい
守れない
約束したのに
ごめん
「放して」朝倉が俺の手をふりほどく俺は黙って、朝倉が歩き出すのを見た長門に歩みよる朝倉長門の顔に僅かに哀しみの色が見える―――5メートル
―――3メートル
―――1メートル
そして立ち止まる
「撃って、長門さん」
そして銃声が鳴り響いた
鳴り響いた銃声
胸を貫いた銃弾
飛び散る血滴
身体に埋め込まれたプログラムが発動するそれを感じとる「朝倉!!!」彼がかけよる倒れこむ私を支える彼の瞳から涙が溢れているのを見たごめんね?私は最期まで自分勝手だね「朝倉……」名前で、呼んで?「涼、子?」
名前で呼ばれるのを感じる
嬉しい
哀しいはずなのに悔しいはずなのに苦しいはずなのに
それでも、嬉しかった
ありがとう―ありがとう――ありがとう
ねえ「なんだ、涼子?」優しく答える彼笑って?私の言葉に一瞬困惑する彼けど、次の瞬間には笑ってくれた嬉しかった私は生きていた人間として生きていられたんだ彼は愛してくれたんだ
最期にもう一ついいかな?
「ああ」
願いを語る
ひとみを閉じる
そして
互いの唇が重ねられ―――
「涼………子?」
‐END‐
~エピローグ~
彼は朝倉涼子の亡骸をずっと抱えていた「涼………子?」
彼女の瞳はもう開かない
静かな教室彼は声を出して泣かないただ涙を流れるままに何も語らないただ亡骸を眺めるだけ彼がふと、私を見た
「長門、泣いてくれてるのか?」
彼に言われ初めて自分が涙を流しているのに気づくなぜ?そんなことわかっている悲しい私も、彼女とわかれたくなかったそれだけじゃない言語化できない私の中で致命的エラーが蓄積していくのを感じた
「ありがとうな」何が?
「あいつを楽にしてくれて」
私が撃たなければ彼女はインターフェイスとして活動を停止し、亡骸すら残さずに消えていたそれが耐えられなかった私が引き金をひいたのは自分のためだった礼を言われるようなことはしていない
彼女の亡骸は私が引き取る「ああ」彼女は幸せだった「そうか、な」断言する
あなたは約束を果たした彼女の心は、守られた
あの時から数年の月日が流れた
いろんな思い出を手にした俺はハルヒと結ばれていた春には新しく家族が増える予定だ
普通の人間になり、俺の友人として活動している古泉未来に帰った朝比奈さんそして長門はたまに情報統合思念体の使いとして顔を出す当然ハルヒには秘密だがな?
そして今日、久しぶりに俺は長門と会う
高鳴る鼓動を抑え、待ち合わせ場所で待っているあいつが俺を待たせるなんて珍しい――――
「お待たせ」
数ヶ月前とほとんど変わらぬ格好で長門は現れた大分感情も豊かになり、多少の感情も表現できるようになっていた
「この子の準備で遅れちゃって」
長門の姪
数年前から長門の所で暮らしている
「こんにちは!おじさん!」
元気に笑顔で挨拶してくる
思わず苦笑する
似合ってるぜ?その服
でもな?
おじさんはないだろ?
――――涼子
‐ True End ‐
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