涼宮ハルヒの夢幻 第五章
第五章 「喜緑です。覚えていますか?」「忘れる筈がありませんよ。」それにしても、どうやって此処へ入って来たのだろうか。「あばら骨にひびが入っていますね。今治してあげます。」喜緑さんは俺の胸をさする。すると、不思議なことに、痛みが退いてきた。「有難う御座います。」「次は古泉君を。」喜緑さんは古泉の方へ行って治療する。「大丈夫か?古泉。」「えぇ、なんとか。それより、気付いてますか?」何が?「長門さんが押されてきました。」「あのままでは、マズいですね。」「なんとかならないのですか?喜緑さん。」「今から、情報統合思念体とデータリンクします。5分程時間を下さい。」「分かりました。なんとか時間稼ぎをしますよ。」 「5分もつのか?10秒保たなかったお前が。」「やらないで後悔するより、やって後悔した方がましですよ。今は、僕が少しでもやらねばならないのです。」いつの日かどこかで聞いた言葉だな。「死ぬなよ。(嘘)」古泉はグッと親指を立て、赤い玉になり、飛び発った。「それでは、わたしも準備をします。」喜緑さんは、何かを唱え始める。「WORKING-STORAGE SECTION.01 EOF…………」全く理解出来ない呪文を唱える。しかも、だんだん早口になる。周りから見れば、頭のおかしい人みたいだ。俺は何をしようかな。 「ちっくしょぉぉぉぉぉぉぉー!!!!」いきなり奇声が聞こえた。びっくりして空を見上げると、古泉が幾つもの赤い玉を放っている。 頭が一番おかしいのはあいつだな。呑気にこの状況を眺める俺も十分おかしいが。「まだですか?そろそろやばいですよ。」「今データのサーチとダウンロードを同時にやっています。MOVE SIN-CODE(IDX) TO K-CO………」なんか、腰が抜けてきた。足がふらふらして、地面にぺたりと尻をつく。これでダメなら、どうしよう。「ハルヒ………」不意に、口から漏れた言葉に恥ずかしくなる。「END-SEARACHEND-READEND-PERFORMCLOSE SIN-FL KI-FLSTOP RUN.終わりました。」「そうですか。」「朝倉さん。降りて下さい。」朝倉は手を止め、降りてくる。長門と古泉は、じっと朝倉を見つめて動かない。「来てたの。」「来ちゃいました。」 「これが、情報統合思念体の意思ということ?」「そうです。」「わたしが抵抗しても、無駄ね……潮時か。」「大人しく、消えますか?」「おでん、食べたかったな。」「情報構成抹消開始。」「さようなら。みんな。もう、多分もう会わないけど。」朝倉が消えていく。「何をしたんですか?」「彼女を構成している情報自体を削除しました。修復はほぼ不可能です。」周りの風景が砂のように崩れ、俺が最初に見た荒れ地が姿を表す。「時間がありません。わたし達もこの空間から帰りますよ。」「わたしにつかまって。」俺は長門の小さな手を掴んだ。古泉は喜緑さんの手を掴む。「それでは、行きますよ。」喜緑さんがそう言うと、空間が歪む。目眩がしてきた。あぁ、気持ち悪い。 「………え?」 「やっぱり、やめた。」 夕日が差し込む。通い馴れた部室。長門の本が詰まった本棚や、朝比奈さんの身に着けたコスプレ衣装。古泉の持ってきた卓上ゲームとハルヒが強奪したパソコン達。全てが紅に染まる時。その中に、俺とハルヒは包まれる。生暖かい鮮血のような紅。 いや、 それは紛れもない血であった。「キョン……ごめん……ごめんなさい。」「何……故……?」「分からない。分からないのよぉ。」痛ぇ。状況を把握したいが、意識がもうろうとする。終わったな。俺。最後に見えたのは、ハルヒの切腹だった。唇にそっと何かが触れる。 「今、あたしも行くからね。」くそったれ………バカハルヒ。「大好き。………バカキョン。」視界が真っ赤になる。ハルヒの血だろう。そして、意識が途絶えた。 ……b……o………バ……ロ!!バーロー?「バカ、起きろ!!!」耳をつんざくような声がした。煩いぞハルヒ。「全く、仏になっても寝るとは、いい度胸ね。」仏が眠ってはいけないという規則は、聞いたことがない。そんな事より、人を仏呼ばわりするのは早過ぎではないか?すると、ハルヒは大きな溜め息を吐く。「呑気なものね。あんた、鈍感というより、マヌケよ。下見なさい。」「おぉ!?」下には俺とハルヒがいた。良く出来た人形だな。「これが人形に見えるなら、あんたの目はふしあなよ。」なら、ドッペルゲンガーか?「んな訳ないでしょ!!もういい。やめて。こっちが恥ずかしい。」こういう時は、状況整理が必要だ。 今日の事から思い出そう。 起きる。寝る。起こされる。朝は、パンに味噌汁がベスト。学校行く。手紙ある。(5時に教室)足し算を間違える。就職を漢字で書けない。5時に教室へ行く。ハルヒに襲われる。長門が止める。夢の中へ朝倉やっつける。ハルヒに刺される。パトラッシュ。僕もう、だめぽ。 と、いう訳で、俺達は死んでしまった。不思議と悲しくはなかった。ハルヒと一緒だからだろうか。実感が湧かない。 もし一人なら、死んだことに気づかず、地縛霊になったのだろうに。しかし、疑問が残る。何故、長門がいない。前回(夢の中)朝倉が言った事と関係があるのだろうか?気は乗らないがハルヒに聞いてみるか。「長門は?」「今日は一度も会ってないわ。」「夢を見たよな。」「は?見てないわよ。それってなんの話よ。」「だけどよ………」それで俺は口を止めた。これ以上、話をしても多分無駄だろう。「ごめん、キョン。」「謝る必要ないさ。」「ごめんなさい。あんな事して。」今日のハルヒは謝り過ぎだ。喜怒哀楽が激しい人間だな。こいつの場合ほとんど「怒」の割合が多いが。 しかしおかしい。何か変だ。どこかに矛盾があるような。その時、ドアが開く。「有希!?」長門が入ってくる。「…………。」部屋に入ると。辺りを見回す。どうやら、俺達には気づかないようだ。「…………。」長門は何か呟くと、その場から立ち去った。「何て言ったのかしら?小さすぎて聞こえなかったけど。」「分からん。」長門のことだ。もしかしたら、何か知ってるはずだ。しかし、さっきの様子は明らかに俺に気づいていない。期待と不安が入り混じる。あいつを使えばもしかしたら………「きゃぁぁぁぁー!!」 な、何だ!?「バド部の連中だわ。部活帰りに立ち寄ったのね。」 その後、救急・警察が来て、俺達の死亡が世間へ広まった。警察は俺達の事を、無理心中と判断した。どこぞの名探偵が来たが、お手上げらしい。世間もそれで納得したらしく、「可哀想」の一言で片付けられた。その後、ハルヒとこれからどうするかを話ていると、目の前に誰かが現れた。「こんばんは。」20代の女性だろうか。日本人に見える。この人も幽霊なのだろうか。「見えてるようね。あたし達のこと。」どちら様です?「簡単にご説明すると、あの世の者です。単刀直入に申し上げます。今すぐあの世に逝きますか?」いきなりそんな事言われても困ります。「大概の方がそうおっしゃられます。ですので、こちらの時間で、えーっと………49日程の死亡猶予期間が与えられています。それを過ぎると罰則が加担されます。」 「待て。何故俺達が、あなた達の規則に合わせねばならないのです。死んでも、誰かに縛られるのは嫌ですよ。」「ごもっともな意見です。しかし、本来死亡なされたあなた方は、下界に干渉する権利も御座いません。また、下界に霊がごちゃごちゃいても、困りませんか?」頷くしかなかった。「逝きましょう。キョン。あたし達がこの世にいても、邪魔なだけよ。死んだことは事実だし、それを受け入れるのが礼儀よ。」「宜しいのですか?」「だが断る。」「何で?」「俺の家族への挨拶はどうでも良いが、俺はお前の両親への挨拶くらいはしたい。」「それって……」ハルヒは顔を赤らめる。「うふふ、分かりました。では、また49日後に迎えに来ます。」「すみません。有難う御座います。」「お幸せに。」そう言うと、彼女はどこかへ消えて行った。「キョン……こんな…あたしで良いの?」「あぁ勿論。」 「うぅ……あ゛り゛がどう゛。」泣くのか?「な゛、泣いだりじない゛。ぢてないわよ。」「行こう。」「……うん。」そっとハルヒの肩を抱き、両親へと挨拶に向かった。「あったかい。」「おばけなのにか?」「気分だけよ。」 翌日、学校ではこの事を公表する。泣く人あれば、知らん顔ありだった。クラスで岡部が泣いたのには笑った。自分のために泣いてくれているというのに、不謹慎だな。俺は。女子の方々は、大体の人が泣いていた。男は、担任の岡部しか泣いていなかった。谷口の姿はまだ見えない。国木田は、どこか上の空だった。「あんまり面識の無い奴までが泣いてるなんて、変な気分ね。」「同情してるんだろうよ。バカなカップルが将来を苦にして、自殺。ロミオとジュリエットとは似て非なる話だ。だが、お涙頂戴な悲劇には、相当するんじゃないか?」 「カップルに見えてたのかな……あたし達。」おばけのくせに頬を赤らめてハルヒは言った。どう返答すれば良いか分からず、ぶっきらぼうな返事を返すと、ハルヒは「ごめんなさい」などと、謝る。今更謝られても仕方ない。「気にするな。」と頭を撫でると、今度は泣く始末。かなりの大音量だったので、誰か気付くのではと思ったが、やはり、おばけの声は気付かないらしい。この1時間後、ハルヒはやっと泣き止んだ。「今日は家に帰る。あんたも自分の家族に最後の別れくらい言ってあげなさい。それと、明日は10時に駅前ね。SOS団のみんなに会うわよ。じゃあ解散。」 俺の返事を待たず、ハルヒは帰ってしまった。俺が断る訳は無いけどね。前日は、家に帰らなかったから、久しぶりに見える。家に入ると家族全員が揃ってた。母親は洗濯、親父と妹はテレビ。休日と変わらないような生活。しかし、どいつもこいつも湿気た顔をしていた。見ていて、こっちまで陰気臭くなる。おっと、こんな事している場合じゃない。 ………いたいた。「みゃー。」よう、シャミ。見えてるみたいだな。シャミセンはじっとこちらを見つめている。悪いが、体借りるぞ。
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