驚愕後の断章
*涼宮ハルヒの驚愕に関する独自の解釈を含みます。
驚愕後の断章 北高文芸部室。 長門有希は、いつもどおり、本を読んでいた。 今日は団活はなく、ここには誰も来ないはずだった。 しかし、それは、突如として姿を現した。光陽園学園の制服に身を包んだ天蓋領域製のインターフェース、パーソナルネーム周防九曜。 あのときは、渡橋ヤスミを名乗る涼宮ハルヒのインターフェースが「病み上がりの長門先輩は休んでいてください」といって、事態が収束するまで閉鎖空間内に入れてくれなかったが、もし入れていれば彼女との戦闘に至っていた可能性は高い。 でも、少なくても今のこの場所においては、彼女は敵性ではない。 SOS団構成員に危害を及ぼすなら戦闘も辞さないつもりではあるが、そうでないならコミュニケーション任務が優先されるべきであった。 天蓋領域と情報統合思念体との間の高度コミュニケーションの中継器たる任務は解かれたが、周防九曜の監視及び地球人類言語を介したコミュニケーションの任務は解かれていない。 「ようこそ」「ここは────面白い────」「情報統合思念体もこの空間を満たす情報混合体については解析し切れていない」「そう────」「今はよいが、他のSOS団構成員がいるときにはここに来ることは避けてもらいたい。他の構成員はあなたに対して敵対意識を抱いている」「拳で語り合う?」「その任務は朝倉涼子に任せられている。あなたが希望するなら派遣を要請する」「あなたは?」「無用の戦闘行為は命じられていない。ただし、SOS団構成員に危害を及ぼすならば、容赦はしない」「なぜ────?」「涼宮ハルヒ及びその関連事項の保全は、私の最優先任務のひとつ」「あははは、馬鹿みたい」 周防九曜をそういうと、忽然と消え去った。 その代わりとでもいうように、喜緑江美里がドアを開けて現れた。「お客さんが来ていたようですね?」「有意のコミュニケーションはとれなかった」 未来その1。「あれはどういうことだ! 何もかもぶち壊しだ! 次元断層のせいでもうあの時間平面には行けなくなったんだぞ!」 藤原は、殴りかからんばかりに周防九曜に罵声を浴びせた。「異時間同位体の行動には、関知しない」「あんただって、僕の行動を利用しようとする組織内の連中のことは知ってたんだろ!?」「組織内の通常の手続を経て立案された計画。私は、了承しただけ。私の主は、次元断層について、興味を示していた」「貴様!」 殴りかかった拳は、空中で見えない壁に阻まれ、周防九曜には届かなかった。 拳を下ろし、がっくりと頭をたれる。「このままじゃ、あっちの姉さんだって、いずれ……」「そのことについて、あちらの組織の長、長門有希から提案があった」 未来その2。 朝比奈みくるは、長門有希の部屋に入った。「失礼します」 朝比奈みくるの入室を確認すると、長門有希は読んでいた本を閉じた。「任務完了ご苦労様」「今回はさすがに焦りましたよ。で、ご用件は?」「まず一点目。人類標準時の明日午前9時、最高評議会において審問を行なう。審問内容は、工作対象に対するTPDDの設定ミスについて」 あのとき、キョンを一ヵ月後に時空転移させるはずが、三年後に時空転移された件についてだ。すぐにリカバリーしたとはいえ、問題には違いない。「あっ、あれは私じゃないです! 涼宮さんの力の干渉です!」「弁明は審問において聴取する。明日までに整理しておくように」「はい……」「心配する必要はない。シミュレーションした結果、あの事象によって、彼と涼宮ハルヒが同一に大学に進学する確率が90%から98%に上昇するという結果が得られた。既定事項に影響はない」 「はぁ……。なんというか、涼宮さんらしいですね」「二点目。将来予測される時間軸融合の融合点におけるSTCデータの調整について、あちらの組織の長である周防九曜に提案を行なった。返答は『検討する』とのこと」 これは、朝比奈みくるの命にかかわることだ。 融合点において両時間軸のSTCデータが相互に矛盾する場合に、どちらが優先されるか。それが問題となる。 あちらの時間軸のSTCデータには、朝比奈みくるという存在はすでにない。それが優先されれば、あのとき藤原がいっていたように、彼女の存在は消滅する。 人類のテクノロジーではその優先順位のコントロールはまだまだ困難だが、情報統合思念体や天蓋領域ならば容易なことだ。「よいお返事は得られそうでしょうか?」「周防九曜も天蓋領域も気まぐれ。予測はできない。合意が得られなかった場合は、こちらの時間軸のSTCデータによる上書きを強行する」 ある日の午後。 橘京子が街を歩いていると、古泉一樹と遭遇した。「これはこれは。奇遇ですね」 そのセリフは、彼女にはいかにもわざらしくにしか聞こえなかった。「白々しいですよ、古泉さん。私たちが『機関』に監視されていることぐらいは分かってます」 彼は、スマイルを崩さずに謝罪した。「気分を害されたら謝りますよ。お詫びにお茶でも奢りましょう」 連れ立って、近くに喫茶店に入る。 二人とも同じ紅茶を頼んだ。 カップを傾け、古泉一樹が尋ねる。「佐々木さんのご様子はどうですか?」 佐々木の動向は『機関』の方でも監視しているはずであるが、彼が聞きたいのはそういうことではないのだろう。「表面的には変わりはないですけど……」 彼女はいいよどんだ。「けど?」「先日、佐々木さんから相談を受けました。同じ学校の男子生徒から告白されたそうです」「そうですか。あなたは、佐々木さんから恋愛相談を受けるぐらいの信頼を勝ち得たということでしょう。いいことではありませんか」「よくないですよ。結局、私は何もアドバイスしてさしあげられなかったのですから。佐々木さんは迷っているみたいでした。キョンさんのことをまだ引きずっているみたいです」 「彼も罪な人だ」「そうですね」 彼女はそこでいったん言葉を切り、しばし間をおいてからこう続けた。「そのとき、私は初めて、佐々木さんが普通の女の子なんだって気づきました。馬鹿みたいですよね、そんなことは当たり前のことなのに……」「僕にも似たような経験はありますよ。当たり前のことを当たり前だと認識できたということはある種の進歩ではあるでしょう」
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