第5章-21 The trouble of all
「あっ……」
身体が燃えるように熱い。けどなんだろう。額に冷たくて柔らかいものがある。とても心地良い気分だった。
「やっと、起きたー」
俺が本当に怖いのは--
「全く、これは何の悪夢だ?悪魔が家にいる……」
「第一声が……、悪態かい!」
「あだだだだだだっ!」
頭が割れるー!なんたるアイアンクロー!熊並みの握力だぞ、こいつは。頭痛がひどい~。
「今日は、これくらいで勘弁してやる」
「いてー。ナツキ……、なんでここにいるんだ?」
見上げた目先には、ナツキの顔。そして、目の上、つまり額には、ナツキの手が置かれていた。それで、額が冷たくて心地よかったわけか。
小学生、中学生と順番にきて、最後に高校生のナツキが現れた。やっぱり、今のこいつが一番しっくりくる。
「馬鹿が、風邪を引いたって聞いたから来たわけ。感謝しなさい」
「大きなお世話だ」
どこからどう見ても、俺の知っているナツキだった。調子の悪さを忘れて、思わず笑ってしまいそうだ。話をしているだけで、少し楽になる。下手な薬より効果があるな。
「ふふっ……」
んっ、ナツキが、少しだけ笑っている。なんだ、俺の不幸な姿が、そんなにうれしいのか?
「違うよ。懐かしいなと思ったの。覚えているかわかんないけど、あたしが風邪を引いた時のこと覚えてる?中学1年の時だったと思うけど」
そういえば、そんなこともあった。たしか、雨に濡れて帰ってきて、風邪を引いたんだったな。普段は、殺しても死なないような奴なのに、熱で顔を赤くしたナツキが、弱々しく布団で寝ていたのを覚えている。あれ、そういえば……
「あの時、熱出したのあんたのせいなんだからね。引っ越すかもしれないってことを黙ってただけで、喧嘩になってさ。雨なのに傘も持って行かず飛び出て、探しても見つからないから途方にくれてたんだから」
そうだ、そうだった。あの喧嘩の次の日、ナツキは風邪を引いて学校を休んだ。そういう理由だったのか……。すまない、俺のせいだったんだな。
「別にいいの。勝手に風邪引いたのはあたしなんだから。でも……」
「んっ?」
「風邪引いてあたしが寝込んでるとき、喧嘩してるのも忘れてさ。まるで死ぬんじゃないかってくらい心配して、看病してくれたよね。あんたが額に手を置いてくれた時、少し楽になったんだよ」
「そう……、だったか?」
そういえば、ナツキが風邪を引いたってことに驚き過ぎて、喧嘩したことすら忘れたんだった。そして、喧嘩がうやむやになって、風邪が治るといつもと変わらない付き合いをしていたんだ。
「うん、感謝してるんだ」
ナツキは俺の目を見て笑った。なんだよ、そんな顔して笑うなよ。気持ち悪いな。
「あの日も、こんな雨の日だったな……」
かと思えば、ナツキは窓に顔を向け、笑うのを止めて遠い目をした。窓に目を向けると、朝振っていた大粒の雨は、今は小雨になっている。
「今はなくなったけど、あの公園のこと覚えてる?あそこで、あの人と会ったんだ。最初は、お父さんが死んだ小学5年生の時、2回目はあんたと喧嘩をした中学1年の時」
「なんだよ、昔話でもしたいのか?悪いが……、」
「あれ以来会ってないなぁ……」
今度は、少しだけ悲しそうな目に変わった。なんだよ、年中無休で騒ぐくせにらしくない。今の天気と同じってのか?
「キョン君かと思ったんだけど違ったみたい。あの人と同じ名前で、雰囲気も似ていたんだけど、あたしと会ったことないんだって。そうよね、本当はわかってたんだ。小学5年の時には、北高の制服着てたんだから、とっくに卒業してるはず……」
公園で会った人?北高の制服?
「その……、公園で会った人っては何者なんだ?」
「あたしの憧れている人。優しくてかっこいいんだよ。あたしが迷っていたり困っている時、あたしが求めている答えを持ってきて助けてくれるんだ……」
「あ、ああ……。そうか……」
「何よ、変な顔をして。ぶっさいくね。あの人と大違い」
いや、そりゃ俺だ。あー、寒気がする。うん、少し寝て落ち着こう。
こうして、1つの事件は終わりを迎えた。古泉にしろ、朝比奈さんにしろ、それぞれに悩みを抱えている。こんな風に、誰しも悩みを抱えているんだろう。こう思うわけだ。ある人が真剣に悩んでいることが、ある人にとってはたいしたことじゃない。特に気にするようなことではなく、思い違いをしていることってあると思う。
でもさ、これはなしだろ?今回の事件で、1つ大きな悩みってやつができたわけだ。ナツキの憧れの人が俺だという、どうにもできない悩み。本当のことなんか言えるはずがなく、またひとつ悩みが増えることになった。
やれやれ……、困ったもんだ。
第4章後編へ続く
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