赤色エピローグ 1章-3
空気が固まったかと思った。
時間も止まったかと思った。
でも、いつもの笑顔が副団長から消え、マスコットの瞬きの回数が尋常では無くなり、読書少女の表情にほんの少しだけ驚愕の意が入り混じったのが分かるということは、間違いなく世界中のアナログ時計の秒針が一分一周の終わりなき旅を続けているということなのだろう。かくいうあたしもどこまでいつもの表情を保てているのかが分からない。
……このアホキョンは今何って言ったの……?
『俺は……この五人でいるのが……めちゃくちゃ好きだ』
脳内リピート。間違いなくキョンの声……だけど……。
「キョ……キョン…君?」
長い静寂を破ったのは意外にもマスコットだった。だが、マスコットの役目はここまで。そこからバトンを受け継いだのはようやく笑顔を取り戻した副団長だ。
「実に興味深い発言ですね。理由をお聞かせ願えますか?」
ニコニコといつもと少し違った笑顔で問いかける副団長。それになんというか…嫌々応じてキョンは話し出した。
「取り立てて理由はねぇよ。ただ…」
ただ…?
「最近よく思うんだ。あの部室が恋しいってな」
「朝起きるだろ?そりゃあ学校に行くのは億劫さ。あんな早朝ハイキングコースなんか誰が望んで歩くかってんだ。頭痛いぜ。授業だって面倒くさい。できるなら一日中寝てたいさ…」
でもな、とキョンは続ける。
「最後の授業が始まるとな、どうしようもなく嬉しくなるんだよ」
ペットボトルを宙に放っては受け、放っては受けと繰り返しながら更に続ける。
「さっさと来いとか言いながらお前が真っ先に教室を飛び出していくだろ?んで、俺はゆっくりそれを追いかけるわけだ。お前が階段ですっ転んでもいいようにな。」
そんなこと…!と言いかけて止める。今は続きが聞きたい。
「んで、何事もなく部室まで着いたらドアをノックする訳だ。最近は受験で忙しいからなかなかいらっしゃらないけど、学校一のアイドルが着替えていらっしゃる姿をのこのこと覗くわけにはいかないからな」
あうぅ……と言いながらマスコットが顔を赤らめる。私がスキンシップをはかる時よりも赤い。
「で、入室の許可が出たら中に入る。そしたら窓際にいるわけだ。辞書みたいな本を持った読書ジャンキーがな。俺だったらあんな本持っただけで溜息もんだ」
いつも吐いてるくせに……。
「で、視線を窓辺から机に移すとな、忌々しい事に勝てもしないボードゲームをニコニコ顔で用意してる野郎がいる訳だ。更に忌々しいことに俺の指定席はそいつの真正面でな。逃げるわけにもいかない。…まぁどうせ俺が勝つからいいんだけどな」
おやおや……と言いつつもどこか嬉しそうな副団長が唸り声をあげる。
「んで……」
……んで?
「俺と同じ時間に授業を終えたはずの奴が何故か九割の確率でネットサーフィンを開始してるわけだ。お前韋駄天か?」
一瞬ムッと来てそっぽを向くが、別に嫌な訳じゃない。
「ま、そのせいで大体いつも俺が最後だよな。ほぼ例外なく」
私はそっぽを向いたまま向き直らない。直らないというか…直れ…ない。
「で、だ。その光景を見るとだな…。」
……。
「何かこう……どうしようもなく実感するのさ。ああ…今日も良い一日だ、ってな」
ズン、と胸に来た。別に自分の事を褒められた訳でもないし、物凄くいい事をキョンが言ったとも思えない。
でも……。
「そう……ですよね」
あたしの思考を遮断するようにマスコットが口を開く。顔は相変わらず真っ赤だが、うっすらと副団長のような笑顔が浮かんでいる。
「わたしも……何だかキョン君の言ってる事が…何となくだけど分かります…」「実のところ、僕もです」
副団長も続いた。
「言葉にはし難いですが……ね」
「そうだな」
そしてキョンに帰ってくる主導権。言いだしっぺだからそれはそうなのだろうけど。
「長門は……」
「……」
「……そうか」
今のやりとりで何が分かったのだろうか? あんた達そんなに深い関係だったの?なんて考えた時、また風が吹いた。例の柔らかい風だ。それにキョンの前髪がゆっくりと靡く。
「ハルヒ」
名前を呼ばれただけだが、どうしようもなく胸にくる。
「……何?」
その時のキョンの顔は、多分……ずっと忘れないと……思う。
「SOS団作ってくれて…ありがとな」赤色エピローグ 1章-4
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