エレベータ
『エレベータ』SOS団の雑用係に勝手に任命されている俺は、多くの買い物荷物袋を持ちながら、昼下がりの街並みを抜けて、やっと長門のマンションのエントランス到着 した。そんな俺の隣を、セーラー服にダッフルというこの季節の定番の衣装を身に着けた長門が、小さな袋をぶら下げてながら静かに歩いていた。スーパーアンドロイドとはいえ、見た目は小柄で華奢な女子高生である長門に、でっかい荷物を持たせるわけには行かないので、スーパーで買い込んだ物が 入った袋の大半は俺がぶら下げている。「ちょっとしたものなら一緒に買って来てやるのに」「涼宮ハルヒの依頼による買い物であなたはいっぱい。わたしの個人的な買い物までお願いするのは忍びない」俺一人で買い物に行くようにとハルヒに仰せ付けられたのだが、長門も買い物があるから一緒に、と言ってついてきてくれた。「すまんな、長門、いつもいつも」「いい」
すっかりSOS団の第二のアジトと化している長門の自宅は、今日はパーティー会場として徴用されている。もちろん、団長様のご命令にしたがって、だ。俺はそんな団長様から、ありがたいことに買出し係りを任され、今やっとマンションのエレベータホールまで戻って来たというわけだ。「どっこいしょ」乗り込んだエレベータの荷物を足元に置き、「7」のボタンと内側を向き合う三角形のボタンを押す。するすると閉まるドアを確認し、俺は目の前に佇む長門 に話しかけた。「この狭い空間ってなんか不思議だよな」ん? という感じで長門は俺を見上げている。「それまでに、どんなに大騒ぎしようがバカ話していようが、エレベータのドアが閉まった瞬間に、静寂に支配されるんだよな」わずかにぴくっと首をかしげる長門。「で、だ、みんながみんなして、階数の表示が変わるのをじっと見つめている……」といって見てみると数字は「2」を示している。「特にでっかいエレベータで満員近くの人が乗り込んだ時とかさ、その不気味な沈黙がおかしくって、思わず笑い出しそうになって、いっつも困るんだな」パチパチと瞬きする長門。「逆に、こんな風に二人だけの空間になった時は、内緒話を妙に大声でしてみたり、馬鹿なことをしてみたり」「カメラに監視されている」振り返った長門は、天井の隅で光っているカメラのレンズにチラッと視線を送っている。「うん、でもそんなカメラには、いたずらをしたくなる……」俺はカメラに向かってアッカンベーをしてやった。「お前もやってみろよ」一瞬の間のあと小さく肯く長門。「せーの」今度は長門と一緒に舌を出す。「ぷ、あははは」もちろん笑っているのは俺だけ。長門は今度は少し大きめに首をかしげるのみだ。バカにされたか? まぁいい。「そうそう、一度確認しようと思ったんだけど……」「なに?」「このマンションって、情報統合思念体が一棟まるごと借り上げてたりしないのか?」漆黒の瞳の輝きが僅かに増している。「いなくなったけど、朝倉も住んでたわけだし、他の住人も実はみんな宇宙人の手先だったりとか。結構、お前の仲間はこの世界にいるんだろ」「わからない」行き先ボタンの上で移り変わる数字をチラッと見た後、少しだけうつむいた長門は、「一部の例外を除いて、わたし達は相互に連絡を取り合うことはないし、お互いの存在を確認することもない」「そうなのか」「そう」「ふーん」俺は軽く腕組みをして、微妙に揺れるエレベータの振動を感じながら、話を続けた。「実はちょっとだけ期待していたんだ。だって、このマンションが情報統合思念体の借り上げ社宅だったりしたら面白いじゃないかって、ね」は? と、でも言いたそうな無表情の長門。「それにしても、こんな高級マンションを社宅にしてくれるような会社に勤めてみたいもんだな」俺はふと、週末に一週間分の買い物を済まして社宅に帰ってきた新婚夫婦になったような気になって、隣の長門を見つめて微笑んでいる自分に気付いた。俺のそんな視線に対して、長門もわずかに口元をほころばせたように見えた。誰か他のやつから見れば、俺が一方的にしゃべっているだけで会話なんてものが成立しているようには見えないだろう。だが、俺は確かに長門とのこんな他愛 もない会話を楽しんでいる。寡黙なアンドロイドのちょっとした仕草――右や左に僅かに傾ける頭も、くりっと動かす黒い大きな瞳とぱちりとする瞬きも、時折発せられる「そう」という 短い相槌も――その一つ一つに含まれる長門の心のひだを俺は理解できている、きっとあいつもこんなひと時を楽しんでくれているはずだ。うん、なんといっても俺は長門の表情の専門家だからな。「ん、それにしても」と、俺。「まだつかないのか、このエレベータ」ドアの横の表示は「6」から「7」に変わろうとしている。乗り込んでから結構時間が経過している感じがするのだが、ここのエレベータ、一階から七階に上 がるのにこんなに遅かったっけ? まぁ、おかげで俺はたっぷりと長門との会話を楽しむことができた。その長門は、俺の瞳をじっと見つめ、最後に右目だけで 一つ瞬きをした。「長門?」「あなたとの会話は、とても――」やっとエレベータが止まった。「た……、有益だった」――ピンポーン、七階ですFin.
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