Desire where it doesn't disappear (長門視点)
この作品は Desire where it doesn't disappear (古泉視点)を長門視点から綴った物語になりますのでご注意ください。
では↓から本編開始です。
地球時間に換算して、午後五時三十七分二十六秒時点で閉鎖空間の発生を観測。昨日の始まりから今に至るまで通算で四十五回目の観測である。
『あんたはみくるちゃんにデレデレしすぎなのよ、このエロキョン!』
この言葉により、彼は渋い表情になると口調にも熱が篭りだしていた。二人の口論は際限なくヒートアップしていく。最終的には理を排した水掛け論にまで発展し、涼宮ハルヒが部室から飛び出した事により一時的な終結を迎えた。
そして今に至る。
必要最低限の生活用品だけで構成されたマンションの自室で、わたしはただ涼宮ハルヒの閉鎖空間と発生と同時に観測される情報フレアのデーターを観測、収集、分析、報告のためだけに創り出された対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェイス。基盤の基礎は人間を模して製作されているため、食欲や睡眠も必要とされるが、こういった夜通しの場合には情報操作を使用することにより、それすらも不必要に調整することも可能だ。
エラーが発生する傾向は独りで思考する際に良く発生するように思われる。
あまりよくない兆候だ。任務に障害を来たす。
……四十六回目の閉鎖空間を観測。情報フレアの収集を開始する。
能力を最大限に行使しながらも、頭の片隅では思考を続けてしまうわたし。
……理解不能。
彼ならば分かりやすく噛み砕いて説明してくれるかもしれない。そう、今は無きいつかの世界で、退屈というものを感じていたわたしに手を差し伸べてくれたように。
……夜が明けていく。
次元断裂発生の予兆は確認できない。今日はこれでお仕舞いみたいだ。
……創造主である情報統合思念体はどう考えているのだろうか?
自律進化の閉塞状態を打開するために、涼宮ハルヒの観測を一任されているわたしに疑問が頭をもたげる。決して反逆心やたくらみからではなく、純粋に疑問が付き纏うのだ。
……後者だと判断する。
エラーが発生する。ズキリと胸に棘が刺さる感覚。
……違う派閥に所属していた対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェイスの朝倉涼子を思い出す。
以前は彼女の行動は理解できなかったが、今ならば少しは理解できるかもしれない。彼女が言っていた「やらないで後悔するより、やって後悔した方がいい」という言葉を。
……この思考は危険。
わたしは何を考えているのだろうか。去年の十二月に暴走した際に、首の皮一枚で繋がった立場であるわたしに次はない。今度こそ……完全に消去されてしまうだろう。彼女と同じように。
「こんにちわぁ~」
朝比奈みくるだった。
「長門さんだけですかぁ……」
目線を少しだけ合わせ、頷く。
「……やっぱり涼宮さんは来てないんですね」
なんて伝えたらいいか分からないため、わたしは無言で待つ。
「ごめんなさい、長門さん。今日は私もSOS団をおやすみしようと思います。鶴屋さんが心配してくれて相談に乗ってくれるっていうから。だから、もし涼宮さんやキョンくん、古泉くんが顔を出したら伝えておいてください」
そう言って、背を向けて退室しようとする朝比奈みくる。見るからに覇気が無く、意気消沈している姿を見ていると、また胸にズキリと痛みが走った。
……彼女は悪くないのに。
何かを伝えたい、とわたしは思うのだが言葉に出力することが出来ない。プログラム時のコミュニケーション能力の欠如と云えば聞こえは良いが、言い換えればそれは自分の言葉で話すのが苦手なだけだと、今までの学んだ経験から知ることができた。
「朝比奈みくる」
自然と、口から言葉を発していた。
「はぁい?!」
文芸室と廊下の境界線上を跨ぐ形で振り返った彼女は、必要以上にビクつきながら訝しむように表情を変えていた。瞳には驚きと困惑の光りが。
「どうかしましたか、長門さん?」
言葉に詰まるわたしを後押ししてくれたのは、脳裏を過ぎたあの台詞。それに身を任せるように、わたしは伝えたかった言葉を口にする。
「……気を落とす必要はない」
伝わってくれただろうか?
「…………ふぇっ、ひくっ……うぇ~ん」
……困った事態になった。
高速演算プログラムデバイスを展開、実行――
様々な可能性を突き詰めた結果の証明により、自然とわたしは俯く姿勢になってしまった。朝比奈みくるを直視できない。
……ぶたれるのだろうか?
興味本位に読んだ少女コミックと呼ばれる媒介物に、今の状況と酷似したシーンがあった気がする。肉体的損傷などわたしに取っては意も介さないことだけど、朝比奈みくるに、SOS団に所属する仲間に怒られるのは……嫌だ。
「――」
朝比奈みくるが立ち止まった。
「ふぇぇ~ん。長門さんが……長門さんがぁ~……」
しゃくり上げながらも、必死で紡ぐ朝比奈みくるの声が耳元に木霊する。両肩には彼女の細く華奢な両腕が回され、胸部部分には自分には持ち得ない柔らかな膨らみが押し付けられていた。
「朝比奈みくる……説明を求める」
朝比奈みくるの呆けた声。
「確認する。あなたはわたしの言葉のせいで怒っていたのではなかったのか?」
黙ったわたしに対して朝比奈みくるはポツリと恥ずかしげに言葉を続けてくる。
「さっきも言いましたけど、私は鈍臭くて役立たずだから長門さんに嫌われてるんじゃないかなって思っていて……だから励まされて思わず涙を流しちゃって、それで……」
抱きついちゃいました、と微かな笑みを含みながら耳元で囁かれる。
「……あなたの事を嫌ってはいない」
そのまま無言になるわたし達。
「有機生命体であるあなた達の反応には驚かされる」
だからだろうか。
「……長門さんにも驚かされてばかりですけどねぇ」
いつの間にか落ち着いていた朝比奈みくるに聞かれていた。
「……うかつ」
抱き締められる力が強くなる。
……これは何?
エラー? だけど不快感はなく、好ましくすら思う。頻繁に発生するエラーと似ていて異なる何か。
……これが感情と呼ばれる物?
分からない。感情と呼ばれる概念の理論数値が定まって無い故に、比較の使用がない。
「あっ、ああぁっ、鶴屋さんを待たせているのを忘れていましたぁ~~!!」
振動音に驚き、蛙が跳ねるように飛びのきながら振動音――ケイタイを覗いた朝比奈みくるの金切り声。
「すすすみましぇ~ん、急いで行かなくちゃいけないのでお先に失礼しますねっ!」
慌しくケイタイに配置されたボタンを何度も押す行為を繰り返しつつ、朝比奈みくるは身嗜みを整えると一礼する。
「長門さん、本当にありがとうござました。勝手なお願いで恐縮なんですが、長門さんが嫌じゃなかったら、もっと今日みたいな姿を見せてくれると私は嬉しいですぅ。私だけじゃなくて涼宮さんも、キョンくんも古泉くんも喜ぶはずですよぉ。で、でも無理はしないでくださいねぇ。今のままの長門さんも素敵ですからぁっ!」
そう言い残し、やはり返事を待たずして駆け去っていく。
胸に生まれた温かさに思いを馳せながら。
●
「……」
扉の向こうに立ち止まる気配。
「おや。長門さんだけですか?」
入室してきたのは古泉一樹。
本から顔を上げ、少しだけ視線を合わせると下げる。伝われば問題はないはず。
「ふふっ」
それをどう解釈したのだろうか。
「……遅いですね」
推測するに、他のSOS団のメンバーの事を言っているのだろう。
「朝比奈さんも彼も今日は来ないのでしょうか?」
彼の情報網は他のメンバーの行動を把握してないのだろうか? 否、少なくとも涼宮ハルヒには監視はつけているはずだし、彼や朝比奈みくるにも護衛するための人員は動員されているはずだ。
……重要なのはそこではない。
重要なのは彼が問いかけるように言葉を続けた事。この場に居るのは彼とわたしだけ。ならばわたしに対する問いかけと判断しても間違いではない……はず。
「涼宮ハルヒは授業の終了と同時に帰宅している」
そう判断したわたしは朝比奈みくるの時と同じように、また自然と言葉を発していた。
「な、長門さん?」
彼の上擦った動揺を滲み出す声。
「朝比奈みくるは親友と評している同級生と帰宅。彼は学校に残っている。今は先生と補習している模様」
問いかけていた内容に応え終わるわたし。
「ありがとうございます、長門さん」
お礼の言葉を伝えてくれた。
「いい」
頷きで応える。
「でも珍しいですよね。長門さんがまさか僕の独り言にも似た問いかけに答えてくれるなんて」
彼の視線とわたしの視線が絡み合う。
「……ここにはわたしとあなたしかいない。だからわたしに問いかけているものだと判断した」
わたしは応える至った理由を素直に説明する。
「……違った?」
早とちりだっただろうか、と確認の問いかけを投げる。
「いいえ、そんなことはありません。本当にありがとうございます」
本当に良かった。不規則に鼓動が高鳴っていたのが落ち着いていく。
「ええ。僕も良かったですよ」
古泉一樹の微笑が深めながら、軽やかに口ずさみながら告げてくる。
「――長門さんとこんなふうに会話が出来てです」
落ち着き始めていた鼓動の高鳴りがまた大きく乱れていく。
「あなたの事を嫌っていたわけではない」
そう……恩人。
「長門さんには日頃から助けられてばかりでしたから、丁度いい機会だと思ってましたので、どうかお気になさらないでください」
頷くも、少しだけ不平があるのを古泉一樹は気付いているだろうか?
「ふぁ……」
古泉一樹が欠伸をしていた。
「……あなたは疲れている」
それが意味するところは、
「よってあなたの睡眠時間は、通常の有機生命体が必要とされる睡眠時間を考慮すると、大幅に足りていないと断定できる」
でなければ、古泉一樹が人前で滅多な隙を見せるとは思えない。
「あなたは休むべき」
余計なお世話かもしれない。
「それは出来ません。これが僕の役目であり、よっては世界平和にも繋がるのですから。僕以外の超能力者も、頑張っているわけですから、僕だけ泣き言は言えませんよ。お気持ちだけ頂いておきます」
やはり受け入れらはせず却下された。
……これ以上の干渉は不愉快な気持ちを与える可能性がある。
諦めるべき。冷静な思考はそう自分を諭してくるが、内側の深い深い部分はそれを拒否していた。
……迷ったわたしは学んだ経験からやりたい事をすることにした。
わたしはわたしの意志で物事を決定すると誓っているのだから。もちろん、命令違反にならない中での采配になってしまうが。
……いこう。
実行するに当たって確かな恐れも湧き上がるが、朝比奈みくるの言葉が背中を押してくれた。親友の同級生宅に上がりこんでいるだろう彼女に感謝を送る。
「あのー、長門さん?」
困惑した様子の古泉一樹。
「……寝て」
焦れたわたしは強引な手段を実行。
「な、なななな――っ!?」
何かの呪文だろうか……?
「寝れませんっ!」
心配事は理解している。
「人の話に耳を傾けてください。お願いします」
耳なら傾けている。
古泉一樹は暫し言葉を詰まらしていると、
「……はぁ。長門さんは思ったより強引なんですね」
こうするまでに、普段にないほどの緊張感と覚悟が必要だった。強引ではない。
「閉鎖空間が発生したら必ず起こしてくださいよ?」
スカートから伸びる素肌の部分が、彼の頬の圧力により迎えるように形状を変化させている。
「おやすみなさい」
彼の右耳に囁きかける。
「ええ、おやすみなさい……」
強張っていた彼の体から、力が抜けていく。
「……ありがとう」
閉鎖空間が発生しなければいいと思いつつ、古泉一樹の寝顔をわたしは見守った。
古泉一樹が睡眠を始めてから二十二分十秒が過ぎた頃に、情報操作により張り巡らせていたレーダーが反応したのをわたしは確認した。
起こすべきなのだが、躊躇われる。
古泉一樹は起きる様子もなく、安心しきった素顔を晒したまま、膝元に収まっている。
……まだ寝かせていたい。
わたしは即断した。
体勢的に彼を起こさず身を動かすのは辛いが、屈むようにして首を伸ばせば届く。
……いい加減にして欲しい。
今日はこんな事ばかりだ。わたしが未熟なのは事実だが、何か特別な事をしようとするたびにエラーが発生するのは勘弁だ、と本気で思う。
噛み付き、ナノマシン注入実行。……終了。
――エラーが爆発。
頭の中に真っ白な閃光が迸った。
「起きて」
わたしは呼びかける。
「起きて、古泉一樹」
目蓋がピクピクと動く彼。 先ほどよりも強めに促す。
「起きて、古泉一樹」「ん――、うわっ?!」
覚醒した彼は驚きに声を上げながら、視線だけを周囲に飛ばしている。そして現状を認識したのか言葉をかけてきた。
「……おはようございます、長門さん」「おはよう」
挨拶を返す。
「どれくらい時間は経過しましたか?」「あなたが眠りについてから四十四分三十七秒が経過している」
確認と報告の遣り取り。
「閉鎖空間ですか?」「予兆を確認。そろそろ――」
言い終わる前に古泉一樹のケイタイに着信が入る。
「起きます。手を頭から離してください」「……」
言われたとおり、落ちないように抱えていた手を離すと、ふとももに圧し掛かっていた重さが消失していく。 起き上がった彼は組織の上司になるのだろう相手と情報交換をする中、わたしは黙ってそれを眺める。
「了解しました。では後ほど」
遣り取りが終わりケイタイをポケットに仕舞いこんだ彼はこちらに振り向いてくる。
「では長門さん。僕は行きますので」「そう」「もし彼がここに来るようならよろしく伝えておいてください」「……(コクリ)」「では失礼します」
学生鞄を持ち、背を向ける古泉一樹。 わたしはその背に、
「古泉一樹」「はい、なんでしょうか?」「……気をつけて」「――ふふっ、了解しましたっ」
彼は笑みで受け取ると、駆け去っていく。 その挙動からは不安定要素はない。ナノマシンは成果を発揮したようだ。 また独りの文芸室の残されるわたし。
……実は古泉一樹にナノマシンを注入してから記憶障害が発生していた。 爆発的に発生したエラーにより負荷処理が間に合わなかったと推測され、おかげでここ数十分の記憶が飛んでしまっていた。 緊急プログラムが咄嗟に働いたのか、情報フレアの回収作業に被害はなかったが、危険なのは変わりない。これからは慎重に行動しようと改める。
今日は色々な出来事があった。 観測者としては失格の烙印を刻まれても、言い逃れできない選択を選び取ったりもしたが、同時に得がたい経験も勝ち得た。 それに現場の実動員という意味では、わたしの身分は最高責任者に値する。もし咎められるようなら適当な報告をでっち上げてしまえばいい。 ……おそらく情報統合思念体は重要視しないだろうが。 最重要観察対象である涼宮ハルヒと鍵である彼にさえ干渉しなければ、些細な事柄だと判断するだろうから。大体、ほとんど支援も施さない情報統合思念体にも問題があるのは事実。 たぶんに希望的観測を含んだ自己分析と愚痴を交えながら、今も尚拡散し続けている閉鎖空間の付属物である、情報フレアを回収していくわたししか居ない空間に、また近づく存在を感知した。 予測するまでもなく誰かは把握できる。ここに用があるのは所属するメンバーで残り一人しか居ないから。 彼が近づいてくるのを実感した時に、手を伸ばしてはいけない選択士が浮上してくる。 魔が差す、と表すのだろう。 だけど、それは出来ない。 朝比奈みくるや古泉一樹とは比較にならないほどの綱渡り。 矛盾を孕んだ二重螺旋に翻弄される。 螺旋ループに陥っている間に、扉が開いた。
「……よぉ、長門だけか」
文芸室を見渡してから、彼は気疲れするように嘆息する。
「今日もハルヒはこなかったようだな。古泉や朝比奈さんはどうしてた?」「……涼宮ハルヒは来なかった。二人は所用のために先に退室している」「そうか。……何かあったか長門?」「……なぜ?」「いや、お前の表情がそう見えただけだ」「……」「言いにくいことだったら無理しなくて良い。だけどな、俺に協力できることなら助けになるし、不本意だがあのニヤケ野郎もまた走るだろうし、朝比奈さんは言うまでもなく、ハルヒに至っては問答無用で先陣切って引っ張っていくだろうぜ」
「……」「だから言いたいことがあるなら言え。それによってお前の親玉が激怒するようだったら、それこそ俺の出番だ。核兵器をも凌駕する鉄砲玉をけしかけてやるさ」
安心させるように笑みを浮かべてくる。彼はどうしてこうも的確にわたしの心情を見抜いてくるのだろうか。不思議でならない。 揺さ振られる心。
わたしは――。
放課後の文芸室。 いつものように集まったメンバーの会話が、本を読むわたしの耳に流れ込んでくる。
「僕は嬉しいですよ。どちらから素直になられたかは把握していませんが。でも意外でしたよ? 昨日は希望はないだろうと悲観していたのですが、まさか仲直りしていただけるとは。お陰で僕も久々にゆっくりと睡眠を取れたというものです。ありがとうございました」
弾むような声音と僅かな含みを笑みとして表現する古泉一樹。
「っでどちらから仲直りしたのです?」「俺からだ」「ほほぉ。何度も言って申し訳ないですが、本当に意外でした。貴方は意固地ですから、僕たちからフォローもなしに仲直りして頂けるとは僕も嬉しいですよ」「あ……あぁ、そう……だな」
チラチラと彼がこちらを覗き見てくるが、わたしは視線を本からずらしはしなかった。
「そのだ、古泉」「はい。どうかしましたか?」
大きく嘆息した彼は、
「苦労をかけてすまんかったな。閉鎖空間の処理……大変だったんだろう?」
ぶっきらぼうを装いながらも、本音の部分では気遣っているのが隠しきれていないのが彼の良いところ。
「次がないとは言い切れんが、可能な限りは善処するから許してくれ。そうだ、帰りにでもジュースを奢るさ。だから今回の件はこれで不問にしてくれ」
古泉一樹もそれを理解しつつも、彼の豹変とも言うべき態度に驚いたのか、目を瞬かせている。
「お前な。俺が素直に謝ってるのに、まるで異性人に出会った時に浮かべそうな表情は止めやがれ」「これは失礼しました。まさか面と向って貴方からこれほど真摯な謝罪を頂けるとは思いませんでしたので……」
俺だってこんなことは言いたくなかったさ。 隠す気もなかったのだろうと思える愚痴めいた独り言をわたしの耳が拾い上げる。 彼らの話し声を拾い続けながら、わたしは昨日のことを回想する。 ……彼が涼宮ハルヒと仲直りをしたのは、昨日の放課後の文芸室でわたしが頼んだから。彼がなんでも相談してくれて良いと言ったから、わたしは彼にお願いをした。 そう。 わたしは統合情報思念体から命じられた観測者としての任務を放棄し、観測対象に影響を与えてしまった。 命を背き、魔の誘惑に靡いてしまったわたし。 ……だが、わたしはここに存在している。 もちろん、情報統合思念体からの意図を問うメッセージはあった。 何故、観測対象である“鍵”に影響を与えたのか。付属として古泉一樹や朝比奈みくるについても問われている。 その問いかけに対しわたしは、
――このパターンでの情報フレアをこれ以上に回収し続けても結果は変わらないはず。よって新たなパターンが見込めると検討し、“鍵”と涼宮ハルヒの仲を取り持った。古泉一樹や朝比奈みくるに関しては良好な関係を保つ事で任務に支障が出ることを減少させることができる。現場からの判断である。
常々抱えていた疑心をも含んだ答えを進言していた。 創造主に対する反逆は、どの時代でも粛清の名を持って行使される。 情報統合思念体の特性上、彼らは全にして個、個にして全のために、各派閥の総意を得なければ行動に移せないデメリットを持つために、即座に情報連結を解除されることは無いと判断していたが、それでも自立行動の選択を縛られる可能性はあった。 そして総意が得られ次第、情報連結を解除されていたのは想像に難くない。 彼の切り札も切り札に成り得ない。 情報統合思念体が本気を出せば、情報改竄された世界には、そんな事実がなかったことになるのだから。 だけど、わたしはわたしの選択に後悔はしない。それだけはしたくないから。 終焉の宣告を待つわたしに、創造主である情報統合思念体は告げた。
『了承した。――引き続き任務を全うせよ』
それだけだった。 咎めもなく忠告すらも一切ない。 そうして、情報統合思念体との遣り取りはあっけなく幕を閉める。
「先生からの呼び出しで遅れちゃいましたぁ。ぁっ、涼宮さんはまだ来てないんですねぇ」
朝比奈みくるが笑顔を携えながらやってくる。 彼と古泉一樹は彼女が着衣を変更するのを気遣って、何も言わず席から立ち上がる。彼らが出て行き扉が閉まると、彼女は急いで制服を脱いでいく。
「よいしょっとぉ」
着替えを終えた朝比奈みくるの一声。
「そういえば長門さん。昨日はありがとうございましたぁ」「……」「ふふっ」
わたしは目線を上げ頷いたのみなのに、朝比奈みくるは上機嫌で微笑んでいる。そして少し声を張り上げるようにして、外で待つ彼らに呼びかけていた。 その後は平凡とも言える日常だった。 朝比奈みくるはお茶を淹れ、彼と古泉一樹はボードゲームを楽しみつつ、わたしは読書をする。 そうして時間を過ごしていると、
「みんな、久しぶりっ!! ちょっとSOS団に顔を出さなくてごめんねっ! まったくバカキョンのせいなんだからねっ! それはそうと、今日は面白い企画を見つけてきたは。まずはこれを確認して頂戴――!」
扉の耐久テストでも兼ねているのか、扉を蹴り飛ばしながら入室してきた涼宮ハルヒ。彼との仲直りが嬉しかったのがよく分かる。 彼女にはやはりこういった表情が似合うのだと思う。彼を促してよかったとも。 突き出された企画表を見て、彼は嫌々な態度を示し、朝比奈みくるは怯え、古泉一樹は変わらない微笑を浮かべていた。 彼らを見て、わたしは命じられた任務という目的とは違う、自分なりの目的を確かめようと決意する。目的は二つ。 ……彼らと交流を交わすたびに生まれる謎のエラー――おそらくは感情と呼ばれる物をもっと識っていこう。 流されて関わるのではなく、これからは自ら彼らに関わっていき、より積極的に。 もう一つは隔離されていた謎のメモリーログの追及。 情報統合思念体は関係ない、自分だけの命題。 未熟なわたしだが、これは違えない。
――わたしはわたしの意志で、そう望むのだから。
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