涼宮ハルヒ― あるファンの日記 第2章
『第2章』
体育祭が終わると今度は文化祭。立て続けに大きな学校行事が行われるこの時期ならではの各人それぞれが放つ温度差にやや学内の空気も煮詰まりそうなダルさが漂うある日。 俺はもちろんそんな仲良し行事は学校生活には不向きだと考える派だ。準備やら何やら考えるだけで面倒くさい。そんな俺だからなのか、体育祭当日さえ歓喜のあまりに一升瓶をラッパ飲みで息継ぎ無く飲み干せそうなほど盛り上がっていたSOS団への興味も何故だか一晩寝たら薄れ、次の日から始めるはずの朝比奈さん捜査もせずなんとなく、何もしないまま、まったりとした日常を繰り返していた。これはきっと以前、情熱のままに行動して痛い思いをしたせいもあるが、思えば俺が俺の興味に引かれるであろうものを共有出来る人材がこの学校にいない為に興味対象を観察するとか、興味対象を徹底的に分析するなどの闘志がわかないせいでもあるのだろう。やはりこう言った事柄は他人の意見なども聞いたり出来たほうがより感情的にも盛り上がると言うものだ。一人ではなんだか自分が馬鹿に思えて来る。 そんなことを考えてボーっとしていると隣クラスのあのキノコ頭がやって来た。 どうやらノコノコ一人で別クラスにお出ましだ。あのアホ面の谷口は今日は別行動か? キョロキョロしている所を見ると誰かを捜索中のようだ。やがて目が合う。 まさか俺か? 「あ、久しぶり!」 何が「あ、久しぶり!」だよ。俺は今朝も昨日もその前の日もお前を見たぞ。 当然お前は知らん顔だがな。 「前にさSOS団のこと知りたがっていたでしょう?」 そう言いながら含みのない、まるで一人暮らしの老人宅に話し相手に訪れたヘルパーさんのような嫌味のない笑顔でズケズケと俺の席まで来るとチラシを一枚置いた。 手書きの小汚いチラシだった。 そのチラシのキャッチな部分に書かれていた文字はと言うと……、 『人に言えない相談 受け付けます』 ― このガキ、舐めてやがる。 一瞬にして沸点に達しそうな俺のマグニチュード8クラスの怒り。 久しぶりとはこのことか? ありがとよキノコ。俺は今無性に人を殴ってみたい気分だぜ。今朝方のホームルームでの面倒くさい文化祭についての担任の話も相まってイライラはピークだ。特に、俺は舐められるのが一番嫌いなんだよ。思わず拳を握る。が待てよ。と教室内の空気を読み取ること数秒。屈託なく話し掛ける隣クラスの男子に対する俺の反応を伺う雑魚キャラ数名の視線をキャッチしてしまった。せっかく大人しい空気キャラが定着しそうなこの頃なのに、そのクラスメートの前で「俺はオオカミだぁ!!」と叫ぶような行為はいささか不味い。やっと定着しそうな俺のクールでキッチュなイメージと平穏を好む仏陀のようなポリシーにも反する。平穏は世界共通の夢だ。そして俺の理想だ。 そこで脳内血管を破裂させようと怒涛のごとく押し寄せる灼熱の真っ赤な血液を感じながら、それとは真逆の極めて冷静な紳士を装うため無言のままその下の文字を読む。 『生徒社会を応援する 世界造りのための 奉仕団体(同好会)略称SOS団』 ― SOS団 ?! 「これさ、ずいぶん前になるけどうちのクラスのキョンが作ったチラシなんだ。 彼は知っての通りのSOS団のメンバーでさ。涼宮さんの挙動に振り回されている感じだけど、こんな活動もしていたんだね。じゃ、これ、置いて行くからさ。」 そう言うとキノコ頭の男は背中を向けて教室の出口へと向かった。 その先には入り口壁から無表情ながら間抜けな顔半分を出しこちらを見ている谷口。 てめぇ何してんだそこで。 キノコ頭の男の姿が見えなくなると同時に谷口の顔も消えた。 突然のSOS団チラシ、間抜け顔半分の谷口。これはなんだか罠のような感じがする。 だいたいなんだこれは? 俺が『人に言えない相談 受け付けます』の人に言えない相談を持つ相談者に見えるって言うのか? 俺はそんなに誰にも相手されず、誰にも相談出来ず、行くあてもないアウトローか? なんとなく当たってはいるけど、冗談じゃない。その手には乗らんぞ! やさしく親切そうな顔して悪魔谷口の手先か、あの毒キノコめっ。 考えてもみなされ、皆の衆。誰が同級生の待つ部室行って、次の日には学年中の笑いものになるような行為をすると言うのだろうか。そんな切羽詰まった奴がいたら俺が相談に乗ってやるし、面倒くさくないことなら力を貸してやっても良い。それよりもまず、そんな奴らに相談するのは止めなさい、と、そう助言してやると言うもの。それにそもそもこのチラシはなんだろうか? 本当にSOS団なる奴らのチラシなのだろうか? キノコ頭の男の行為の先に谷口のツラがあったおかげですべてが疑わしく思えて来る。 俺の下宿先から学校までの往復歩数分譲って、仮にこのチラシが奴らのオリジナルだと信用したとしても、その内容には賛同できないね、これは。つまり、SOS団ってのはやはり美男美女の集団で、俺も少々興味が沸いたかも知れないが、結局はその一般領域から少々飛びぬけた見た目を利用して恋愛相談なんかを聞いて、ケラケラと他人の真面目な憂鬱を笑うために作ったような性悪クラブなんじゃないのか? そう思えて来る。 くっだらねぇーぜっ! まったくっ! 俺は心の中でそう自分なりに納得の出来る怒りの矛先と言うか言葉を作り上げると、チラシはクシャリと丸めてゴミ箱へと投げ捨てた。やがてチャイムがなり授業が始まった。相変わらず退屈だった。 放課後、半ば強制的だが名目上は自主的に行われた文化祭での出し物、と言う議題のクラス会議に途中まで出席した後、いつものように運動部の女子を眺めながら学校を出ようと下駄箱へと向かう。が、靴を履き替え校舎の外へ出ると少々足が重く、やがて立ち止まってしまった。それは決して文化祭でのクラスの出し物の会議を途中退場したからではなく、あのキノコ頭が持って来たチラシのせいでもない。そう信じたいが実はチラシのせいであった。しかし、同級生に相談なんて相談する内容も思いつかないわけだ。でも、もし、あの朝比奈さんとか言った上級生が相談を2人きりで聞いてくれると言うならこれはビッグチャンスかも知れない。 「やらして下さい」 「いいですよ」 って感じの会話にならなくもないのではないだろうか? 多分、上級生だし。 これは年上の女性を十分すぎるほど誤解した俺の解釈だとは思うが、それぐらいの包容力と言うか、母子性と言うかそんなものを年上の女性には感じたい年頃ではある。夢見がちなお年頃と言ってもいい。歳が一つ違うと聞いただけで同級生の女どもよりもずいぶんと大人に感じるのは不思議だ。ただ、実際はあの体育祭の時は上級生とは思わなかったし、そんなことも考えなかった。事実を知ってしまうとこうも見方と言うのは変わってしまうものだろうか。人とは勝手な生き物だ。いや、この場合、男とは……と言っておくべきか。あの日以降、あの朝比奈さんは俺にやさしく性の手ほどきをしてくれる素敵なお姉さまに該当する存在とまでなってしまっていたのだ。ごめんなさい。だが、もちろん、実際は顔も遠くからしか見ていないので覚えてなかったりしたが、それ故か、妄想はずいぶん膨らんで、すんごい美少女を思い浮かべるに至っていた。あぁ、もう一度会いたい。 見た目は出来るだけマジメな顔を作りながら、そんなことあんなことを悶々と考えること数秒。俺の足はいつしか文科系部室が詰まった旧校舎まで来ていた。いわゆる部室塔だ。 SOS団……。そしてマネケ顔半分の谷口入り毒キノコ……。 一瞬足取りが止まるが、しかしそこはエロパワーが勝る青春真っ盛り。 俺は迷うことなく中に入ることにした。 中は旧校舎らしいおもむきと言うか寂れた壁の感じなどがいささか心地よい。特に、木を使ってある部分の古びて朽ちた感じがこの校舎が現役だったころの当時の学生達の騒ぎ声などを耳に運んでくれそうな気がする。こんな感じも悪くない。 そう思いながらそれぞれのクラスの表札を眺めて歩く。気分は引退した校長先生かOBだ。 しかし、この学校は思いつきもはなはだしいほどの部活動があるようだ。これはあれか? 生徒会に申請したら顧問の先生とかなしで設立出来たりするのか? それだったら俺も何かクラブでも作ってみるかな。なにか面白そうなの……。 などなど、そんな独り言と言うか不満と言うか愚痴と言うか、生徒手帳を見るか先生に聞けば分かることを頭に巡らせながら俺はとうとう辿りついてしまったようだった。いかにも「最近出来たばかりです」と主張するような手書きの文字が目に入る。本当にあると言うことが恐ろしく感じた。思わず足が止まる。その名はもちろん言わずもがなであるのだが。 『SOS団』 溜息がでる。出ると言うか息を呑む。 ここで立ち止まってはいかにも「必死で探していました!」的な自分自身が許せないし、それこそ、こんな姿を誰かに見られでもしたら不本意だ。何が不本意なのかは別に考えないとして、とにかく今ここでこの場に立ち止まることを拒絶したい俺は他に何か良い部活は無いかと言う表情を作りつつ歩を進めた。すると、コンピューター研究会、いわゆるコンピ研があった。 一瞬扉の前を通った限りでは物音がしないSOS団部室とは違いコンピ研からは切羽詰ったような、まるで何かに怯えているような、それでいて理性的でいて且つ野生染みた男の泣き声とも笑い声ともとれない空気が漂っている。部室から聞こえて来るのはただ「カタカタカタカタ…… カシャカシャカシャ……」と言う音ぐらいだが、何やら殺気さえ感じる。 パソコンのキーボードを打つ音だとは俺にも想像できたが。しかし、コンピ研ってなんだ?何をしているんだろうか? それは気持ち悪いを通りこして不気味である雰囲気故の疑問。 コンピ研の部室ドアを眺めること数秒。俺は立ち止まっている自分に気がつくと、ふと我に返り、振り向きながら視線を上げた。視線の先には何故か申し訳なさそうな感じに見て取れる文芸部の文字、そしてずり落ちそうながらも主張はバッチリな『with SOS団』の文字。 正直に言うと、その表札を見るだけで心臓の鼓動が幾分早くなるのを感じていた。 実は幾分でもなかった。俺は意を決っして扉の前に立つ。と同時に、改めて考えてみた。何故ここに居るのか? 答えはない。答えなどあるわけがないが、一つ関連付けが出来ることがあるとすれば、それは罠だ。そうか罠だっ! 罠に違いない! と言う結論。きっと何処かに隠れて谷口が俺を見て笑っているんだろ! 畜生!その手に乗るかっ!! そう鼻息荒く周りを見回すも誰の姿もない。廊下にはコンピ研の殺気とカタカタ音が充満しているばかりだ。……ありそうな答えだと思ったんだが。 コンピ研の殺気と、不気味なほど静かな目の前の部室に神経をやられそうな俺は早くこの場を立ち去ろうとも考えたが、足がどうにも動かない。何故なら、俺がここにいる答えはまだ見つかっておらず、更に考えるのはこの扉の向こうに奴らは居るのか? と言う疑問がある。 あの朝比奈さんや古泉や足の早い背筋の伸びたショートカットの女や、キョンとか言うひょろっとしたアイツや涼宮とか言う威張った女が雁首そろえてこの部室の中に今、居るのか? 扉には無意識に手が伸びていた。ドアノブを回そうとしている俺がいる。俺の心臓はいつから小脳の辺りに移動したのか? 鼓動の音が爆音で聞こえる。心拍数は8ビートが4ビート、4ビートが今や2ビートになり脳内は横揺れ状態で倒れそうなほどグワングワンする。この状況、この現状、なんとかしたい。なんとかしたいが……、 どうする? どうするんだ? この扉を開けたところで奴らに何を話すんだ?「な、仲間にしてくださぁ~ぃ。」とでも言うか? なんで? なんで俺が仲間になる必要があるんだ? 俺は脚が早いか? 人の恋愛悩み相談なんて聞けるか? 面はどうだ? スタイルはどうだ? スタイルは普通だと思うが足は長くないぞ。 面は……これも普通だと思うがおばあちゃん意外にいい男だなんて言われたこと無し。 クッソ、いっそのこと窓から突入するか? 屋上からロープを使えば可能じゃないのか? えぇぃい! アホか俺はっ! キノコ頭の情報から推定される所の敵は5人だ。しかも女3人、男は同級生が2人だ。弱小じゃないか! こんな場面でビビッてどうする? そうさ、これよりも修羅場と呼べる、誰が見ても修羅場と呼ぶにふさわしい修羅場は何度と無くあったはずだぜ。ただな、質が違うんだなこれは、質が。どう違うかって言うと……。なんか面倒くせぇなぁ。うーん、俺は今、半笑い浮かべているか? これは照れ笑いか? 誰もいない廊下で物静かな部室の扉の前で、一人で半笑いか? 俺。待て、落ち着け俺っ! こんな時はあれだ、いつか胡散臭いサバイバル雑誌か漫画で読んだパニック時に落ち着くと言うあの方法だ。そうだ、男子ならチンコ握れ、チンコ! キュッと握って……、あ、閃いた! 俺、良い案思いついた。どんな活動しているんですか? とか聞いたらどうだ。 いや、それもどうかと思うぞ。だいたいこの部のボスは涼宮って女でそいつも谷口と同じクラスだって言っていたし。 イカン、イカンよ~、これはイカン。ほら見ろ! って感じで爆笑のネタにされるって落ちだろうぜ、これは。なんつーの、これ、この感じ……、惚れた弱み、憧れ故の盲目、自己顕示欲の暴走、その他もろもろ……。 俺の低スペックな脳内は問答を続ける。 そうだ、アレだ!「俺は連邦捜査官だっ! 今すぐこのドアを開けろ、ビッチどもっ!」とか言ってみようかな。 待て待て、とってもキャラじゃないし意味不明だし。ビッチどもっ!! は余計だし。 クッソー!どうしたらいいんだっ! どうすんだよっ、俺っ! と、ブツブツ言いながら片手にドアノブ、片手にチンコを握り締め悩んでいる姿こそ誰にも見られたくないわけであるのは当然で、それこそ俺のクールでキッチュな横顔にはふさわしくないのである。脳内はすでにビジー状態。今この場にいる俺を見た奴は殺すしかない。そんなことを考えていると、コンピ研の部室がガチャリと開いた。 ― クッソ!!見られたっ!! 目が合ったのはお河童カットのメガネの男。俺を見て驚くでもなく立っている。 しかし、その男の雰囲気はまるでこの世に現存してはいるものの、すでにその存在の半分はどこか違う世界へと逝ってしまっているような。 疲労、その言葉は高校生には似使わないが今のこの男には恐ろしいほどマッチしている。 「SOS団なら居ないぞ。」 こいつ超能力者か?それとも俺の思考を読み取った? 読心術かっ?! 気持ち悪いっ! と一瞬思ったが、思いっきりSOS団部室のドアノブに手を回してフリーズしている俺の姿はその扉の向こうに御用時のある人物そのものか、不審者のそれで間違いないのは確かだ。しかもチンコ握っているし。 現状の自分の姿を幽体離脱して眺めたがごとく我に返り慌てた俺は、こともあろうか手にしているドアノブを激しく回してしまった。 ガチャガチャガチャ! お河童カットのメガネの男が見ている。焦る俺。が、ドアは開かない。 どうやら鍵がかかっている。 「……さっき出て行ったようだぞ」 そう言ってお河童カットのメガネの男はふらふらとトイレ方面へと歩いて行った。まるで俺のことなど気にしていない様子だ。 あいつ、生霊じゃねぇのか? それか呪縛霊とかかな? ドアノブに凍りついたように離れなかった手であったが、その男のおかげと言うか、留守だと聞いて力が抜けたと言うか、スッとドアノブから手を離すと俺はなんとなくだがその男が気になったので後を追ってトイレに行くことにした。中ではお河童カットのメガネの男が用を足している最中だった。 俺は奴の横に並びチャックを下ろし、どうぞ見てください。と言わんばかりに股間を露出すると小便を開始した。音は俺のほうがデカイ。勝ったか? それは良いとして、こいつが生きている人間だと小便の音で確信した俺は質問をしてみた。 「コンピ研って何やっているいんですか?」 奴は少々驚いた様子で俺を見つめた。 俺は彼に背を向け手を洗いに向かった。 「な、何故それが気になるんだっ!? 」 奴は男児たるものを露出したまま真顔で聞いて来た。俺は単純にアプリケーションの開発だとかOSを作っているだとかパソコン自体を組み立てているとか、そんなコンピューター関連のありふれた答えを想像していたのだが、この驚き方はなんだろう? かと言って、正直に「気持ち悪い空気を部室の外まで出していたから」なんて言おうものなら逆切れされて「SOS団を覗きながらチンコ握っていた男がいたぞ」とか言う真実に限りなく近いデマを飛ばされたらこっちの腹が痛い。 ここは「コンピューターに少し興味があって」と答えることにした。 SOS団のドアノブに手をかけていた状況に話を戻されないことを祈りつつ。 「……それは、文化祭になればわかること」 奴はメガネの先をアニメならばキラーンとさせながらそう言ってズボンのチャックを上げると男子トイレを後にした。手を洗ってないのは言うまでもない。 多分、奴にとっての最高の決めセリフだったのだろう。「まぁ見ておれっ!文化祭で会おう!」と言わんばかりの出合った時とは印象の違う彼の背中を見送りながら胸を撫で下ろす俺。変な噂を流すなよ。彼の背中にそんな呪いをかけながらも俺は部室塔を後にして帰宅することにした。なんだかコンピ研がいっそう気持ち悪く思えたのもあったし。 でも、文化祭……、文化祭かぁ。何故か待ち遠しく思えた。 それから文化祭までのしばらくの間、俺はキノコ頭と谷口が尾行してないかどうか気にしながら意味も無く校内をブラつき、時間を微妙につぶしてから部室塔へと何度か足を運んだ。 真っ直ぐ目的地に行かないのが秘密を持つ人間の正しい歩き方だ。部室塔での目的はもちろんSOS団に会うこと。そんな歩行をする始めの2、3日は初回と変わらぬ緊張もしたが、休日を挟んだ文化祭一週間前の月曜になっても奴らは相変わらずの留守だと言う事を確認すると、さすがに明日来ても留守なら訪問は止めようと考えていた。こうも毎度毎度留守だと本当に活動している部活なのか疑わしくなって来る。それに比べてコンピ研は言うと、カタカタ音の他に最近ではときおり弱弱しく話し声が聞こえて来る。「あのパソコンさえあれば……」とか「部長!しっかり! 」と言う寸劇の練習とも思える内容だが、それでも無音のSOS団よりは俺を楽しませてくれていた。 結局、次の日も奴らは留守で、俺は文化祭までの残りの日数は意味も無く校内をブラブラすることにした。何故なら、何度行っても鍵のかかっている部室。SOS団に興味があるのかコンピ研の部室から聞こえるカタカタ音を聞きに行っているのか自分でも分からなくなっていたのもあったからだ。文化祭当日が近づいて来るにつれて廊下では文化祭の準備なのかこれを良い事にやりたい放題のコスプレを楽しんでいるかのような奴らが見る見る増えていっているし、日に日にテンションは上がっているようだし。この学校は本当にこう言うことには自由なんだなとつくづく思った。これはこれで良い事かもしれないけど。 当然、自分のクラスの出し物さえ知らない俺には多分それらも関係ないことなんだが、共同生活を行う場としては俺のようなスタンドプレーが目立つ存在はやっかいなものだろう。が、それについてはクラスの連中も何も言わない所を見ると何もしなくて良いと言うことだろうと俺は勝手に判断していた。基本的に、俺には文化祭も学校お休みの行事なのである。 そんな自分のクラスの俺に対する視線のことよりも気になる話しが俺にはあった。当然SOS団絡みであるのだが、少々妙な話を耳にしたのだ。どうやらその妙な話の出所は俺の隣の教室のようで、話の内容はと言うと、谷口がSOS団の映画撮影に参加した際、無理やり立ち入り禁止の池に落とされたと言ものだ。噂が本当なら話の出所は間違いなくキノコ頭と谷口本人だろう。 しかし、ますます謎だ。SOS団、どんな部活なんだ? 学生悩み相談所じゃなかったのか?映画ってなんだ? 奴らのクラスの出し物はアンケート発表なんてくだらないにも度を越している催しだったはず。そんなクラスの奴が立ち上げたと言うSOS団。クラスの企画はそっちのけでクラブの企画が優先か? しかも自主制作映画か。だが、どんなに力を入れた所で素人の作る映画だからホームビデオでタラタラ撮影しているものだろう。どうせならペットのハプニング動画でも撮ったほうがマシだってことは想像がつく。でもなんだ? クラスメートを池に落とすだと? 無茶にも程がある。が、対象が谷口ならそれは面白そうじゃないか。でも、どんなサド集団だよ。どっかのやりすぎお笑い芸人の発想じゃないか。 俺の中ではますますSOS団が理解出来ない団体となったが、文化祭には必ず来ようと言う決心をつけてくれた。 ― 文化祭当日 前日には学校で準備作業の徹夜組みも出たらしく、当日はなかなかの盛り上がりを見せていた。気がつけば廊下も綺麗に各教室の出し物の宣伝がされていてお祭り気分が湧き踊る感じだ。俺はと言うと、完全にお客さんの立場にいて朝は遅刻専用裏口からの登校を決めた。クラスメートは俺が欠席すると思っているに違いないからな。 そう思うとなんだか恥ずかしくて自分のクラスの前は避け、こんな時にしか行けない上級生のクラスのなどを見て回ることにした。結局は買い食いがメインになるだろうがそれは仕方ないことだ。食は人類の宝であり、生活の基本でもある。 そう思いつつ気ままなぶらり学内一人旅をしていると2年の教室で生徒が行列を作っている出し物があった。綺麗な長い髪をしたこれまたアイドルレベルな顔立ちだが、少々威圧感のある大きく元気な張りのある声の女性が客引きをしているクラスだ。出し物のメインはヤキソバらしい。名前はどんぐり。ただのヤキソバじゃなくヤキソバ喫茶って書いてある。 長い髪の美しい人の声が入店待ちの野郎共の列を整えてゆく。「めがっさ…」とか、「ずろーんっと…」とか、 何処の方言ともつかない威勢の良い声を発しながら。 でも、格好はなんでメイドなんだろう? あれ、喫茶だからウェイトレスかな? ― なるほど。 俺はその先輩を見つめること数秒で行列の訳を理解した。こんな素敵で魅力的な人がメイドコスで客寄せしてんだからそりゃメイド萌えにはたまらんわけだ。行列も出来るってもんだ。さすが年上の女、男のツボを心得ている。中をチラリと覗くと割烹着のメイド、ウェイトレスなメイド、ってなわけで、ココに行列を作っているのは筋金入りのメイド萌えのにーちゃん達か。これはツボどころかある種族への集中攻撃ではないのだろうか? 俺が知ってる出し物のヤキソバのイメージって言えば本当の祭りで出てるヤクザか元暴走族かって言うテキヤのおいちゃんかあんちゃんぐらいだもんな。ってなことを考えるとメイド属性が無くてもこのギャップには萌える。それに衣装がめがっさ似合って可愛いですっ、先輩っ! いや、先輩達っ!! 鼻の下をずろーんっと伸ばしてはボケ~っとしている俺に気がついて可愛そうに思ったのか、営業の邪魔だと思ったのか彼女は気色の良い声で言い放った。 「おいっ!そっこの君ぃ、ヤキソバ食べてくかい? ヤキソバ一つ300円っ、水道水はタダで飲っみ放題っ!」 言葉もなく硬直する俺。「あそこが最後尾、並んだならんだぁ」 思わず並びそうな勢いがある。テンションが高いとはこう言うことか? しかし、この列に並ぶのは俺には抵抗がある。ここはエロよりも自分自身のスタイルって奴を貫き通すことが俺にとってはプラスだと俺の魂は叫んでいる。いや、いっそのことここでメイド萌えへと転進して……。思わず拳を握る。 この偏見に満ち満ちたプライドが忌々しい。ぁぁ・・先輩、可愛い。でもごめんなさい。いずれまた会えます。どこかでっ! そう心の中で叫びながら中途半端な笑みを浮かべ、胸の前辺りで小刻みに手を左右に振るとゆっくりとその場を立ち去ることにした。 なごり惜しいにも程があると言う感じで。 改めて歩を進めだすと思い出したことがあった。 それはSOS団の事と、コンピ研のお河童メガネが言った言葉だ。やっと本来の目的を思い出したと言うわけだ。SOS団は映画、コンピ研は確か……文化祭になればわかると言った。 探すか― 。どこだコンピ研、そしてSOS団。 しばらく歩くと意外と早くSOS団の出し物の映画とやらを上映する会場は見つかった。映画と言うからには映画研究会。その作品のお披露目会場は視聴覚室。俺の推理は正しかったようだ。 会場入り口には丁寧に張られた映画タイムテーブルがあり、いくつかの作品が発表されるようだが、その中に明らかにSOS団のそれと思われるタイトルを俺が見つけ出すのは容易なことだった。思ったよりもノーマルな発想を持つ奴らなのかもしれないな。 文化祭プログラムにはどこにも名前が載っていないけど。 それは良いとしても、映研で発表するぐらいのクオリティがある作品を制作出来ると考えると気になるのはその内容ってことにもなるが。でも……、うーん、タイトルが馬鹿すぎる気がする。「朝比奈ミクルの冒険……」か。多分、これに間違いない。聞き覚えのある名前だし。でも、朝比奈ミクルって、あの一学年上と言う朝比奈さんって人のことかな? つまり、これが誰の作品であれ、これを観ずには帰れない。 幸い、せっかくの文化祭にブラブラせず、暗室のような締め切った部屋で素人発想丸出しの自主制作映画を見ようなんて輩は関係者以外は居ないと思われる模様で、上映待ちのために廊下まで人が並んでいるなんてことはなく、中も席が多少だが空いている様子。 俺は出来るだけ目立たないように端っこの席に座ると目の前に繰り広げられている誰の作品ともわからない映画をぼんやり見つめながらいつしか眠ってしまった。 朝比奈ミクルの冒険の上映までには少し時間があるようだったし。俺は眠りに落ちながらもなんだか楽しみな気分だった。もし、俺とSOS団に縁があるならば映画が始まったとたんに目が覚めるだろう。そう言うことってあるじゃん。 ~第2章終わり、第3章へ
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