機械知性体たちの即興曲 第三日目/夜
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□第三日目/夜キョン 「その体でけっこうな量食うんだな……財布がすっからかんだぞ」にゃがと 「……幸福とはこういうこと。すばらしい……けぷ」あちゃくら 「……コンビニのおでんっておいしいですよね……。汁が染みてて。空腹は最大の調味料ともいいますけど」ちみどり 「衣食足りて礼節を知る……人間の言葉の奥深さというものを改めて知ることができました」キョン 「いや、そこまで言われるようなことはしてないんですが。 ……ていうか、全員お腹がふくれて転がってるこの光景はいいのか。宇宙人として」にゃがと 「(ゴロゴロ) いや。我々はあなたに感謝している。命の恩人というのはまさにこのこと」あちゃくら 「(ゴロゴロ) ほんとです。キョンくんのおかげでみんなが助かったのです」ちみどり 「(ゴロゴロ) 人間に借りを作るというのは良しとしない主義ですが、ここは素直にお礼をいわせていただきます」キョン 「……礼をいうのはともかく、食後に、寝ながら、しかも転がりながら話をするのはお行儀が良くないとだけ言わせてもらおうか」三人 (……ゴロゴロ)キョン 「……まず説明してくれないか。今なにが起こってるのかさっぱりわからん。 わかるのは、育児放棄されたような無残な部屋で、小さなお子さんが三人も倒れていたという、ことくらいなんだが」にゃがと 「だいたいあってる」ちみどり 「(ムックリ)では、わたしからご説明を……」 説明中――キョン 「……アホな事態だ。またアホな事態が目の前に……」にゃがと 「見た目よりも事態は深刻。甘くみない方がいい」あちゃくら 「これは、もしかしたらですが、我々情報統合思念体に属する、端末群に対しての攻撃であるかもしれないのです」ちみどり 「……誰もそんなこと全然気にしていなかったのですが、さすがにあの飢餓状態を経験すると……」キョン 「ふむ……しかしそれは直接関係ないような気がするんだが……まぁいいか」
にゃがと 「そもそもわたしが踏んだリンクに潜んでいたウイルス。あれの出所を気にするべきだった」あちゃくら 「そうですよね。でも、なんでそのことを誰も気にしなかったんでしょう」ちみどり 「幼児化退行現象は朝倉さんの時で経験済みでしたから、大した脅威だとは……」キョン 「いや、充分異常ですから、それ」にゃがと 「やはり……同系列の存在が関与している疑いが濃厚」あちゃくら 「……同系列の存在……」ちみどり 「もともとわたしはそのような外部からの脅威に対する監視も兼任していたのですが――」にゃがと 「なにか異常が?」ちみどり 「残念ながら。特になにかが動いたという形跡はなかったのです」あちゃくら 「静観派端末は? 彼女であればたいていの異常は把握できるはず」ちみどり 「その彼女からも、特に報告はありませんでした」にゃがと 「つまり……それらの高度なリモートセンシングを無効化するほどの、かなりの脅威ということになる」キョン 「脅威……ね」にゃがと 「なにか心当たりが」キョン 「いや……」(この話の流れからすれば、やはりあいつか。周防九曜……)あちゃくら 「キョンくん。なんか隠しごとしてます?」キョン 「? あ、いや、そういうわけじゃないんだが……」ちみどり 「もしも、なにか気になることがあるのなら、気にせずなんでもお話ください。今はどんな情報でも助かるのですから」キョン 「そうですか……」にゃがと 「そう」キョン 「それはわかるんだが……」三人 「ふむふむ」キョン 「……そうじゃくて。なんで全員、俺のあぐらの上に座ってるんだ?」三人 「検討には支障はないので、気にしないように」
キョン 「とにかく。この無残な部屋を少し片付けよう。あちこち麺とかが飛び散ったままじゃないか」にゃがと 「……ちょっとパソコンの調子を見てくる」キョン 「待て」(襟首を掴んで持ち上げる)にゃがと 「……にゃう」ブラーンキョン 「(目の前に吊り下げながら)……どうもいつもの長門と様子が違うな。なにかこう…… ニート的退廃傾向が見え隠れするような気配を感じるんだが。気のせいではないような」あちゃくら 「あー……この体になると、本性が出てくるみたいなんですよ」キョン 「なんだって?」にゃがと 「……ぐー」ブラーンキョン 「寝たふりしても駄目だ、長門」にゃがと 「……バレた」ブラブラキョン 「……ほんとに長門か、おまえ」にゃがと 「間違いない。わたしは、にゃがとゆき……?」ブラブラキョン 「……なに?」にゃがと 「(少し焦って)違う。そうではない。わたしはにゃがとゆ……にゃがと」ブラブラキョン 「な、が、と。だろ?」にゃがと 「(かなり焦って)そう。にゃが……!」ブラブラあちゃくら 「……ふふ。今頃、気がつきましたか……」にゃがと 「朝倉涼子……!?」ブラブラあちゃくら 「そうです。かつてのわたしもそうでしたが、そのモードになると、人の名前、またはほかの日常会話は卒なくこなせるのに、 どういうわけか、自分の名前だけは、幼児そのもののような発音しかできなくなるのです!」にゃがと 「……がーん(涙目)」ブラブラちみどり 「え……もしかして、わたしも……?」あちゃくら 「ふふ……わたしがどれほど苦しんだか、ふたりとも思い知るといいのです……」キョン 「……おまえら……」
にゃがと 「しょぼーん……」ちみどり 「わたしはちみどりえみり……違う。ちみどり……ちみどり……」キョン 「部屋の隅でうずくまるのはいいが、掃除の手伝いも少しはしてくれ、ふたりとも」あちゃくら 「キョンくん、子供の相手ずいぶん手馴れてる感じがしますね」キョン 「そうか?」ゴシゴシあちゃくら 「ええ。なんとなく、ですけど」フキフキキョン 「まぁ、妹がいるからな。手のかかるやつだが、相手はしてやらないとすぐにむくれるし……」あちゃくら 「へぇー……」キョン 「……なんだよ」あちゃくら 「へへー……。あまりキョンくんのそういうところ、知らないから」キョン 「せっかく学校に戻ってこれたんだろ。これからいくらでも機会はあるだろうよ」あちゃくら 「……そうですよねー。うん」ニコニコキョン 「……?」
キョン 「さて。服も着替えた方がいいだろうし、風呂にも入った方がいいだろう。 ……というか、その体のサイズにあった着替えはあるのか?」にゃがと 「実は、ない」あちゃくら 「退行化現象の時着ていたものはそのまま縮むんですけどね」ちみどり 「あなたの時はどうしていたの。朝倉さん」にゃがと 「それはわたしが、随時情報操作で作り出していた。あとは彼女自身のお手製」キョン 「だが今はその情報操作というやつはできないんだろ?」にゃがと 「やってやれないことはない。ただし自身の質量そのものをエネルギーとして変換する必要がある」キョン 「……そういう難しい言葉ではよくわからんのだが」にゃがと 「つまり、情報操作を使用すると、体がさらに縮む、ということ」キョン 「思いっきり駄目だろ、それ」あちゃくら 「変換したものを還元すれば元通りの背丈になるんですけど、それだと作り出したものもなくなってしまうので」キョン 「……食い物の次は着る物の心配か。生存に必要な最低要件の衣食住のうち、二項目がこれとは……」にゃがと 「幸いお金はここにある」キョン 「二万五千円。ずいぶん半端な金額だな」にゃがと 「これで明日、ベビー用品、または子供衣料品店で我々の衣類を購入してきてほしい」キョン 「本気で言ってるのか。俺はまだ高校生だぞ?」にゃがと 「ほかに手段がない。我々が衛生的生活を送れるかどうかは、あなたの支援行動にかかっている」キョン 「……女性用下着とか買いに行かされるよりはマシか」にゃがと 「すまない」キョン 「もしもハルヒに見られたらなんて言い訳すればいい。ハルヒに限らずだが」にゃがと 「なんとしても回避してほしいことではある」あちゃくら 「お願いしますー、キョンくん」ちみどり 「申し訳ありません」キョン 「……一気に三人の子持ちになった気分だ……」
キョン 「今日のところは、ぶかぶかになるだろうが、長門のシャツでもかぶってしのいでくれ。ほかに方法がない」あちゃくら 「はーい」キョン 「さて……じゃあ風呂の支度をするぞ。湯張りしてくるからな。風呂はこっちか」スタスタにゃがと 「…………」あちゃくら 「なんかキョンくん頼りになりますねー」ちみどり 「こうなるとは想定していなかったのですが、今、彼がここにいてくれるのは助かります」にゃがと 「……彼は、人がいいから」あちゃくら 「うわぁ」ニヤリちみどり 「まぁ」にゃがと 「……他意はない。ただありのまま、そのように評価している。客観的なもの」あちゃくら 「まぁ、そうですよねー」ちみどり 「うふふ」にゃがと 「……ふたりとも、なにかを勘違いしているようだ」あちゃくら 「まぁいいですから」ちみどり (ニコニコ)にゃがと 「…………」キョン 「さて湯張りスイッチはこれか。どこにでもあるタイプだからすぐにわかるけど」ピッキョン 「……しかしあいつら、あと数日はこのままか……」キョン 「学校休むわけにもいかないし、かといって俺が留守中、なにかあったらあいつらだけでなんとかできるのか……?」キョン 「どうしたもんかね……」
ちゃぽーんにゃがと 「……生き返る心地。まさに心の洗濯といえる」プカプカあちゃくら 「心があるのかどうだか、わかんないですけどねー」プカプカちみどり 「心なんて、存在証明など人間だってできていないではないですか。ましてや魂など」プカプカにゃがと 「少しは落ち着いたようだ。喜緑江美理」プカプカあちゃくら 「あの取り乱しようは、記念に個別記憶領域に保存しておこうっと」プカプカちみどり 「元に戻ったら根こそぎ、その記憶領域を焼いてあげます」プカプカにゃがと 「実に平穏。情報端末としての日常的会話」プカプカあちゃくら 「……ほんとにそうなのかなー……」プカプカキョン 「支度しておくといっても、長門のベッドひとつで事足りるじゃないか。考えてみれば」バサッキョン 「……しかしどうしてこうも、俺の周りには異常事態ばかり発生するんだろうな」キョン 「……ハルヒのせいには違いないが」キョン 「しかし……あれが本性? 長門たちの?」キョン 「あいつらアンドロイドに本性とかあるのか? それとか、たとえば魂とか……」キョン 「……考えてもわからんな。あいつら自身にもそれがどんなもんだか、わからんだろうし」キョン 「人……俺もか。そう言われてみると」キョン 「なんなんだろうな、そういうのって」 その頃、マンションを見上げる人影が……周防 「――とても――ユニーク――」
にゃがと 「……実にいい湯だった」あちゃくら 「あちーです」ちみどり 「ああ、生き返るぅ」キョン 「お、出たか。じゃあ順番に並んでくれ。ドライヤーで髪をブローしてやるぞ。 しかし長門のシャツ、ぶかぶかもいいところだな……お化けの仮装でもしてるみたいだ」にゃがと 「それは仕方ない。明日の夕方までの我慢」キョン 「まぁな。ああ、そうだ。ブローが終わったら湯上りのコーヒー牛乳を買っておいてあるんだ。みんな飲むか?」三人 (……この男、完全になにかに目覚めた……)にゃがと 「……なんだろうか。この環境変化は」ぐたーあちゃくら 「今日の夕方までの地獄のような状況からは想像もつかないです……」ぐたーちみどり 「しあわせ……? これがしあわせというもの……?」ぐたーキョン 「……おまえら、たったの今日一日で、どれだけ地獄を見てきたんだ……」にゃがと 「それだけの苦労は確かに経験した」あちゃくら 「もう、今日は動けないです……」ちみどり 「うとうと……」キョン 「……ほんとに手間のかかる……仕方ない宇宙人だよほんとに」にゃがと 「……?」キョン 「みんなベッドに運んでやるよ。ここまでやったことだ。おまけだおまけ」三人 (……これは、なにか確変が発生しているのでは……)
キョン 「ふとん、ちゃんとかぶったか?」バサッにゃがと 「過不足なく問題ない」あちゃくら 「ふぁあ……なんかもう瞼が重い……」ちみどり 「うとうと……」キョン 「はぁ……じゃあ、鍵は確かに預かったから、施錠して行くぞ。見送りはいらないからな」にゃがと 「感謝する」キョン 「これで帰るが……いいか。変なことしないで、おとなしく待っててくれよ」にゃがと 「努力する」あちゃくら 「はーい」ちみどり 「……は、い……うとうと」キョン 「やれやれ……じゃあな、三人とも。また明日、だ」にゃがと 「おやすみ」あちゃくら 「おやすみなさい、キョンくん」ちみどり 「……ありがとう」キョン 「ああ。おやすみ。いい夢を……」パチ ……ガチャン
―第四日目/朝につづく―
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