罪の清算
九月の照りつけるような日差しを背に浴びつつ、休日の午後を緩やかに過ごす。 そうだな、そこだけを聞けばこれは悪くない夏の思い出の1ページに聞こえるのかもしれん。 しかし、現実って奴は夏の太陽同様に直視には耐えないほどに厳しい物であって……俺は曲げたままで硬くなってしまった腰を伸ばしつつ、今日何度目かのため息をついていた。 さて、俺達SOS団の面々が今集まっているのは海辺の砂浜でも、プールサイドでも日焼けサロンでもない。 ついでに言えば服もちゃんと着ているし、ずっと日に晒されていた背中は言うまでもなく汗ばんでいて不快だ。 そんな状態の俺達がどこで何を緩やかに行っているのかと言えば……だ。「こらー! キョン! さぼってないで手を動かしなさい!」 ……へいへい。 俺は痛む腰を躊躇いつつ、地面に置いたままだったゴミ袋を再び持ち上げた。 視界に入るのはメガホンとゴミ袋を手に公園を歩きまわるハルヒと、日陰でふうふうと言いながらゴミを探す朝比奈さん。 何故か探すまでもなく次のゴミがある場所が解っているみたいに、無駄な動作もなくゴミ袋の容積を埋めていく長門と、箒片手に営業スマイルを崩さない古泉の姿。 ああ、俺達がいったい何をしているのかだったっけな……。 別に楽しい話題でもないからあっさりと言うが、これはゴミ拾いだ。 ちなみにこれは、ハルヒが普段の悪行を改心しての善行では残念ながらなく、岡部辺りに命令された罰ゲームでもない。 事の始まりはそう「……」 この寡黙な元文芸部員の謎の行動から始まったのである―― 罪の清算 「ちょっとキョン! あんた、なんて事してくれたのよ?!」 月曜の朝。ようやく自分の机に辿り着いた俺は、登校の間に上がってしまった自分の体温を下げようと無駄な努力に勤しんでいたのだが「……なんだ、俺の汗でも机に飛んでたのか?」 文句があるなら、未だに地球温暖化を止められない環境省にでも言ってくれ。「違うわよ。……昨日の不思議探索で、あんた有希に何か言ったでしょ」 俺が長門に? はて、本気で何も思い当たらないんだが。「白状しなさい、今なら有希への謝罪文を200文字原稿用紙30枚で許してあげるわよ」 え~、200文字かける事の30って事は……まあそんな事はどうでもいいか。「長門に何か言った覚えはない。そりゃあ世間話くらいはしたが、お前が怒るような事は言ってないつもりだ」「……じゃあ聞くけど、昨日の活動終了後。有希は一人で何をしてたと思う?」 長門が、一人で?「本屋で立ち読みでもしてたのか」 思わず思いついたままに言ってみた俺だったが、「あの子、公園の掃除をしてたの。しかも一人で!」 ……長門が、公園で掃除だって?「そう! しかも理由を聞いても教えてくれないし、手伝おっかって聞いてもいいって言い張るのよ」 ……いったい何が起きてるんだ? 実は宇宙人である長門が、公園の清掃に拘る理由。しかも一人で。 どう考えてもその理由が思いつかないでいる俺を見て、「……嘘、あんたのせいじゃないの?」 ハルヒはようやく、俺が犯人であるという考えを捨てた様だ。 あのなぁ……俺が長門にそんな事をさせるはずがないだろ? 俺が長門に頼まれたってんならまだ解るが。 とはいえ、長門は何故そんな事をしていたんだろう。 公園のあまりの状態に見るに見かねての行動って線は……いや、そこまで汚い公園じゃなかったよな。「じゃあ、今日の放課後あんたからも聞いてみてよ。あたしが聞いても、何故か教えてくれないから」 普段とは違う理由で不満そうなハルヒに、俺は少し間を置いて頷いた。 ――と、いう訳なんだが。どうして公園で掃除なんてしてたんだ?「……」 放課後、部室に全員が揃った所で俺はさっそく長門に例の件を聞いてみたんだが……駄目だ、沈黙してしまった。 長門は俺の質問に、困った顔をする訳でも笑顔を浮かべるでもなく、ただじっと真面目な視線を送ってきている。「ねえ有希、ここに居るみんなは仲間なんだから信頼してもいいのよ?」 そうだぜ。「もし何か掃除しなきゃいけない理由があるのなら、そこの雑用係にやらせるから」 おいハルヒ、お前ちょっとこっちに来い。 常識人らしい事を言う様になったじゃないかって見直しかけた俺の喜びを返せ。 長門は自分の両肩に手を置いて説得するハルヒに向かって首を横に振り、「いい、わたしがやらないといけない」 静かに、でもはっきりとそう言いきるのだった。 ハルヒも長門の意思が固いと感じたのか半分諦め顔で、様子を見守っている朝比奈さんや古泉も困惑気味でいる。「これは珍しいですね」 何がだ。 ハルヒが長門の口を無理やり割らない事だとか言うなよ? ちょっと思ったけど。「まさか、僕が驚いているのは長門さんに関してです」 本人には聞こえないように、小声で古泉は続ける。「彼女が我々に対して、こうやって強く意思表示をした事はこれが初めてじゃないでしょうか」 ……言われて見ると、確かに。 ハルヒに振り回されて居る時もだし、朝比奈さんや俺がハルヒに巻き込まれている時でも、長門は基本的に意見を言ったりした事が無かったと思う。 だが今の長門は、俺やハルヒの質問にも答えないで何かを隠している様に見える。「長門さん……どうしたんでしょうか」 朝比奈さんもまた、普段とは違う長門の様子に心配そうだ。 そんな朝比奈さんの前で俺は、カッコいい所というか善人ぶって見せようと全く思っていなかった訳じゃないんだが――というか、本当は結構思っていた訳で「長門、その掃除の理由が言えないのは解ったが……せめて俺達にも手伝わせてくれないか? あの公園を一人じゃ大変だろ」 思わず、そんな事を口にしてしまったのが月曜の事だった。 ――それからの一週間、毎日放課後になると必ず公園へと行こうとする長門をハルヒは引き留め続け、日曜日を迎えた本日、ハルヒ率いるSOS団は全員揃って公園にやってきた訳だ。 しっかし……無駄に広いんだよな、この公園。 しかも人通りのある道沿いはまだいいが、少し草むらに入ってみればゴミまたゴミだ。 春の宴会の名残なのかは知らないが、アルコールの空き缶やつまみの袋、雑誌だのなんだのと出てくる出てくる……。 まったく、市役所の連中は何をやってるんだろうな? たまにはエアコンの効いた市庁舎を出て、こうして額に汗すればいい。 そして打ち上げは外でビールでも……って、それじゃ意味ないか。 そんなくだらない不満を内面に秘めつつ作業に没頭する事1時間、「……流石に、この面積を5人じゃ限界があるわね……」 全体の進捗状況を見て、ハルヒは不満そうな顔をしていた。 ま、お前がこの状況を不満に思う気持ちが全く解らないでもないが。「別に今日中に全部掃除しなきゃいけない理由はないんだろ?」 俺だってそう毎週毎週掃除をしたいとは思わないが、今日無理して明日筋肉痛になるのは嫌だからな。「そうはいかないのよ」 え、何でだよ。「有希は今週中にここを掃除し終えたいって言ってたのに、平日の間それを引き留めてたのはあたしなんだもん」 っておい今日中なのかよ? 初耳だぞそれ?!「そりゃあそうでしょ、今初めて言ったんだから。でもまさかこんなに広いなんて……」 悪びれる訳でもなくそう言いきるハルヒだが……今はこいつを責めてても始まらない。 長門の事だ、今日中にここを綺麗にすると決めたなら……俺達が帰った後にでも、一人で掃除し続ける姿が容易に想像できる。 とにかく人手が要る、そう考えた俺は休日に暇を持て余しているであろう奴らに電話してみたんだが「わりい今日はデートで忙しくてな」 嘘つけ。「ごめんね、ちょっと用事があってさ」 そうかい。「キョンくんなあに~」 何でもない……何で俺、妹にまで電話したんだ? ま、ゴミ掃除何て誰もしたがるはずがないのは解ってたけどな。当ての全てが空振りに終わり、俺のため息だけがそこに残った。 ええいくそう、こうなったら意地でも終わらせるしかないのか。 視界の端までを埋める林を前に、これが無駄な努力に終わるだろうという結果が目に見える中で気合いを入れていた俺が見たのは、「……ふぇぇ……」 木陰の下でふらついていた朝比奈さんが崩れる姿と、駆け出した俺が放り投げたゴミ袋から転がる空き缶だった。 「……ここは、あの」 俺が再び、朝比奈さんの声を聞く事が出来たのはそれから30分後の事だった。 布団に横たわる朝比奈さんは小さく声を出した後、薄く目を開けて回りを見回している。 ふぅ……どうやら大事には至らなかったらしいな。「朝比奈さん、ここは長門の部屋です。気分はどうですか?」「長門さんの……あ、公園の掃除は!」 俺の言葉に体を起こそうとした朝比奈さんだったが、まだ本調子ではないらしくふらついている。「掃除は古泉とハルヒが続けてます。俺も今から戻りますから、朝比奈さんはここで長門と一緒に休んでてください」「いえ、わたしも一緒に行きます。本当にもう大丈夫ですから」 そんな可愛い顔でお願いされても駄目です。心は動きますが。「朝比奈さんはここで休んでいる事、そうハルヒも言ってましたよ」「でも……わたしも」 健気に立ち上がろうとする朝比奈さんだが……ここは心を鬼にしないと。「ハルヒじゃないですが、こんな雑用は俺にやらせればいいんですよ。朝比奈さんは……そうですね、後で元気になったら麦茶か何かでも持ってきてください。そしたら、俺達はもっと頑張れますから」「キョンくん……」 いかん、そんな切ない顔をされると俺まで戻れなくなる。 間違いなくそれは公園に戻ってゴミ相手に戯れるより幸せな時間になるのは間違いない、間違いないんだが……仕方ないよなぁ。「長門、後は頼む。それじゃあまた、ゆっくり休んできてくださいね」 ――と、いう訳で。俺は断腸の思いで朝比奈さんを長門の部屋に残してきた訳だ。 俺は古泉の前にしゃがんでゴミ袋の口を開けつつ、長門の部屋での出来事という名の愚痴を聞かせてやった。「ご協力感謝します。朝比奈さんが倒れた時のあなたの只ならぬ対応を見て、涼宮さんも多少思うところがあったようですから……正直、早く戻ってきていただいて助かりました」 朝比奈さんが倒れてハルヒが何を思うんだ、責任者としての管理能力の不足についてか? あの人の場合、基本的に体が強くないからハルヒのせいだとは思わないが。「そうではありません、あなたがあまりに真剣に朝比奈さんの事を心配していたから……まあ、言ってしまえばそれだけの事です」 お前が言ってる事が何の事だか解らんのは、俺の読解力が無いせいか? それともわざと解りにくく話してるのか。 箒の動きに合わせてゴミ袋を引く俺に、古泉はいつもの営業スマイルを浮かべたまま何も答えなかった。 適当にやったように見えればいい、この時ばかりはそんなお気楽な思考がハルヒにもあればいいと思ったんだがな。「そこ! まだゴミが残ってる! ほらそこぉ!」 何事もやり始めたら完璧主義なハルヒは妥協を許さないらしく、作業は遅々として進まないでいるというのに、一か所にかける時間には変化が無かった。 口も動くがそれ以上に手も動いているハルヒに文句を言う事も出来ず、さてこのままだと俺達が家に帰れるのは何時になるんだろうなぁ……と思っていた所に、長門が一人戻って来る姿が目に入った。 これで4人か、まあ4人になったからどうだって事もないんだが多少はやる気が出るってもんだぜ。「有希! みくるちゃんの容態はどうなの?」「大丈夫」「そっか……それで今、みくるちゃんは? まだ部屋に居るの?」 俺も気になっているその質問に対して、「彼女は、自分に出来る事をすると言っていた」 長門は何故か俺の顔を見て、そんな事を言うのだった。 朝比奈さんが、自分に出来る……事? 思わず俺が連想したのは冷た~い麦茶を手に給仕をしてくれる部室の天使の姿だったのだが、「たっただいま、この公園の清掃活動を実施中です~。お時間のある方は……ちょ、ちょっとだけでもいいのでご協力をお願いします~」 手を止めていた俺達の元に聞こえてくる、あの声……朝比奈さん、だよな? どうやら、俺は朝比奈さんという人物を甘く見ていたらしい。 声が聞こえる方へと駆けつけた俺達が見たのは、公園の入り口で「公園清掃ボランティア募集中!」と書かれたプラカード――手書き――を片手に、大声を上げる朝比奈さんと……おい、お前そこで何してる。「何って……清掃活動に決まって、キョ、キョン?!」 朝比奈さんの回りに集まる人だかりの中、今日はデートだったはずの谷口の姿があった。「お前、今日は忙しいんじゃなかったのか」「おっおう。でもまあ、たまには奉仕活動もいいかと思ってよ」 あからさまな言い訳をする谷口には未使用のゴミ袋を押しつけるとして、だ。そうしている間にも朝比奈さんの回りには相当な数の人だかりが出来ていた。 その中には朝比奈さん目当てであろう同年代の男子の姿だけではなく、どこから集まったのか大人や老人の姿までが見える。「朝比奈さん、これって何事ですか?」「あ、キョンくん! ……実はキョンくんが部屋を出て行った後、わたしにできる事って何かなって考えてみたんです」 嬉しそうにゴミ袋を配る朝比奈さんは、「……その、わたしって体力もなくて、みんなのお役に立てないから。こうやって、マスコットになるのが一番いいのかなって」 そんな健気な事を言うのだった。 朝比奈さん、そんな事ないですよ? 確かにあなたがそばに居てくれるだけで俺はどこまでも戦えそうな気はしますが、あなたの価値がそれだけだなんて事はありえません。ええありえませんとも。 そんなフォローを心に浮かべる俺を無視して、「みくるちゃん! ようやく北高一のマスコットキャラとしての自覚が芽生えたのね! これは喜ばしい事だわ!」 ハルヒはそんな身も蓋もない事を大声で言いやがるのだった。 ――その後、清掃活動に参加する人が増えるにつれて公園の中に居た人達も掃除を手伝う空気になり、無事夕方には公園の清掃を終える事が出来た。 清掃活動終了後、腹が減ったらしいハルヒと精神的に疲れ切っていたらしい古泉は先に帰宅し、疲れて眠ってしまった朝比奈さんを背負った俺はひとまず長門の部屋へと向かって歩いていた。 ちなみに、もし今日一日の労働の対価がこうやって朝比奈さんを背負う権利だとするならば、俺は毎週でも清掃活動に精を出すのは言うまでもない。「……」 そんな俺の隣を歩く長門は無言だが、何故かその顔は清々しく見える。 結局、学校でも公園の中でも教えてくれなかったが……そうだな、「なあ長門、そろそろ教えてくれてもいいんじゃないか」 俺の質問に、長門は静かに顔をあげた。「お前がこの公園の清掃に拘ってた理由だよ」 普段なら、俺の質問にはだいたい答えてくれるはずの長門だが「……」 この件に関しては、何故か沈黙を守っている……というより、言えないでいる? 長門にも秘密があったっておかしくはないのは解るが。「まあ、どうしても言いたくないのならいい」 そう言った俺に首を横に振り、「これは、罰」 はっきりとした口調で、長門は俺にそう告げるのだった。 罰……って、あの悪い事をした時に受けるあれか。「そう」 お前が何か悪事を働く姿ってのは、本気で想像できない……ハルヒなら容易だが。 長門がコンピ研のパソコンを強奪するシーンを何とか想像しようとしてみたが……やはり無理だった。「長門、お前本当に何か悪い事をしたのか」 何かの勘違いじゃないのか? まあ、お前が勘違いするってのもそれはそれでありえない気はするが。「……以前、涼宮ハルヒが膨大な容量の絵を描いた時」「コンピ研の部長さんが変な空間に閉じ込められた時の事か」 思い出したくはないが、あの馬鹿でかいカマドウマは一生忘れられそうにない。「そう。あの時、わたしは罰を宣告された」 ……なんだって? あ、もしかして遠い親せきのお仲間を退治してしまったから……じゃないか、倒したのは古泉だ。「あの時に何かあったってのか?」 そこが核心の部分なのか、長門は暫く沈黙していたが……やがて「涼宮ハルヒは言った。SOS団のエンブレムを改変した者に、30日間の社会奉仕活動を裁判無しで宣告すると。今日がその、30日目」 ……真面目な顔で言いきる長門を、俺はどんな顔で見ていたんだろうな。 そうだな、確かにハルヒはそう言ってたのを聞いた覚えがあるし、その罰の対象はお前なんだろうさ。 でもな? 長門。「……」 俺の言葉の続きを待つ長門は、不思議そうな顔をしていて……俺はその後に言おうとした言葉を忘れてしまった。 ハルヒが言ってた罰なんて無視すればよかったんだぞ? ……違うな、今俺が長門に言うべき言葉はそれじゃない。「お疲れさん、頑張ったな」 自然と口から出たその言葉に、「そう」 長門は前へと向き直りながら、小さくそう呟いた。 ……なあ、長門。「何」「お前も頑張ったし、朝比奈さんも今日は本当に頑張ってくれたから……朝比奈さんが起きたら、3人で何か食べに行かないか? たまには、ハルヒの事は無しで夕飯を食べに行ったっていいだろ」 俺の提案に長門は何も答えない、でもこの沈黙は多分否定じゃない気がする。 多分今俺の手が自由だったら、この寡黙な少女の頭を撫でていたと思う。「何か食べたい物はあるか?」 そう俺が長門に尋ねると、「……ケーキが……食べ……」 俺の背中で寝息を立てていた朝比奈さんから、小さな声でそう呟く声が聞こえてきた。 罪の清算 お題「朝比奈さん大活躍(微糖)」
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