憂鬱にいたるまでの物語 朝比奈みくる編『あたしは大嘘つき』
「みくるちゃん!またね!」
「ふぁ、ふぁ、ふぁ、ふぁ、ふぁい!みんなも元気で……うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!」
『あたしは大嘘つき』
「全座標軸の整合を確認。時間遡行完了です」 頭の中のTPDDへ無事に目的時間に到着したことを送信。ううう、やっぱりこの浮遊感はなれません。「それにしても懐かしいですにぇ……にぇ……クシュン!」 感慨にふけっているところを恥ずかしいクシャミが邪魔しました。 それもそうですよ。今のあたしは全裸ですもの。もうちょっと季節が早ければ、多分風邪引いてました。 小さなあたしとは違い、今のあたしはこの時間軸に移住するわけではありません。 あたしの任務はキョンくんにヒントを届けるだけ。 だから服も現地調達です。……絶対におかしいですよね。さすがに慣れましたけど、嫌なものは嫌なんです。 ま、まぁ、こうやって人目を忍んだ深夜の公園に降り立ったから良いんですけどね!「WAWAWA忘れ物~」 って!あの無駄に上手い歌声は!!いや~!こっち見ないでぇ~!「俺の忘れ物~……ぬぐぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」 谷口くんは鼻から噴水みたいに血を巻き散らしながら、仰向けに気絶しました。 それにしてもすごい安らかな笑顔です。うぅぅぅ~思いっきり見られちゃいましたぁ~。「……谷口くんみたいなエッチな人にはおしおきが必要ですね」 そうです!これはおしおきなんです!だからあたしが谷口君の服を剥ぎ取っても許されるはずなんです!ちゃんと記憶も消すからいいんです!「うんしょ……うんしょ……ひやぁぁぁ!」 なんかズボンが湿ってますぅぅぅぅ!え、え、え、エッチなのはよくないと思います! 谷口くんの黒いTシャツは裾が長めに織られていたので、あたしのお尻まですっぽり隠してくれました。 黒でよかったですぅ。これがもし白とかだったら、絶対に透けてました。おっぱいとか。毛とか。アレとか。 さすがにズボンまで剥ぎ取るわけにはいきませんので、谷口くんには半裸で寝ててもらいますね。「それでは朝比奈みくるの任務開始です!」 その時、春一番がTシャツの裾を巻き上げて……これ以上はダメぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!あたしの禁則事項が禁則事項ですぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!
裾を押さえながら歩いているので普段よりも苦労しながら、慎重に目的地に向かっています。「こんな格好で階段は登りたくないです……」 当時では高水準の高級マンションに辿り着きましたが、目の前に迫るコンクリートの階段が、あたしの羞恥心を煽ります。 エレベーターで行った方が絶対に早い筈ですが、あたしの今の姿は痴情にまみれた恥辱な痴女と同上です。 そんなあたしが、一目のつくエレベーターに乗りこむくらいなら非常階段を選んだのは必然です。後ろには誰もいませんよね?監視カメラはブリフィーング通り止まってますよね?お願いですよ? 覚悟を決めてペタペタと足の裏に張り付く無機質な冷たさに慣れ始めたころ、やっと到着しました。
505号室。この時空の長門さんの部屋です。「あ、朝比奈みくるです。長門さん、開けてくれませんか?」 少しだけ声が上擦ったのは当たり前です。 なぜなら長門さんは、未来世界のあたしの上司。と言うより、時空管理局の最高権力者集団の一人です。本来ならあたしのような末端エージェントがお目通りなんてできないほどのね。 金属どうしがぶつかり合うちいさな音が聞こえました。「入って」 その姿は、あたしの時空に存在する長門さんと全然変わっていません。確かに不気味ではありますが、女性としてはちょっぴり羨ましいです。「……制服なんですね。着替えないんですか?」 緊張しすぎて、どうでもいいことを聞いたあたしを許してください。冷静になんかなれるわけが無いでしょうが!無理です!「必要無い」 あ、ちゃんと答えてくれました。でも必要無いなんて、あたしの知る長門さんとは大違いです。 全てが終わる前、それどころか始まりの前ですからね。無理もありません。こちらの長門さんはこれからです。「お……お邪魔します」 キレイに整頓された……と言うより生活する上で必要最低限な物しか置いていない玄関を見て、少しだけ怖さが生まれました。
「囚人」。不謹慎で無礼すぎる言葉ですが、あたしの頭にはそれしか思い浮かびませんでした。
この表現では誤解を招くのは当然です。だから最初に言わせてもらいますが、あたしは長門さんのことが好きです。仲間として、友人として、そして……姉代わりとして。 ですが、あたしには長門さんへの苦手意識があるのも事実です。複雑なんです。あたしたちの関係って。「飲んで」 湯飲みに注がれたお茶には湯気が立っています。ありがとうございます。この格好だからすっごく寒くて。冷え症が悪化しそうでした。「……なぜ?」 その無垢な問いかけに思わず、「あなたが「現地住人への影響を押さえるため、私に接触するまで過度の干渉は控えるべき」と言ったからですよ!」 と叫びそうになりましたが、言えるわけがありません。クビになります。冗談抜きで。「色々あるんです」 としか言えませんでした。所詮は縦社会ですので、こうやってあたしの胃はドンドン悲鳴を上げています。きっと。「そう」 中間管理職って本当に大変です。これならこの時代のあたしの方が絶対に楽ですよ。戻れるなら戻りたいなぁ……
本題に入りましょう。 あたしの今回の任務は、「キーマスターに伝言を渡す」ことです。 今から一週間後、世界に絶望した涼宮さんがキョンくんを連れて閉鎖空間内部で新世界を創造します。 それを防ぐためにキョンくんへ閉鎖空間を消滅させるパスワードの一部を伝えます。 あたしのパスワードを聞いたキョンくんが、長門さんの言付けを届けにきた古泉くんの言葉で鍵を作り、閉鎖空間を消滅させます。 つまり今回の任務はあたしたちにとってとても重要な任務です。 一歩だって間違えるわけにはいけません。間違えたらそこで世界は滅亡します。 でも。と、ここであたしはある言葉を思い出します。
「お前らの守る世界ってのは、そこまでして守る価値がある物なのか?!」
あたしがエージェントをしていて、最も心を打った言葉が反芻されました。 そんなの……わかるわけないじゃないですが。価値があるとか無いとか、それがわかったらこんなことはしてません。わからないからこそ探してるんです。 あたしにはわからないことだらけです。何のために未来から任務が届いているのか。どうしてこんなことをしているのか。あたしは誰にあやつられているのか。 でもこれだけはわかります。あたしが闘う理由です。
それは「SOS団のある世界を守る」ためです。
これだけは見失うわけにはいきません。これを見失ったら、あたしは本当に未来の奴隷になってしまいます。 誰が何と言おうと構いません。ですがこれだけは絶対に譲りません。
そう、たとえ自分自身を欺いてでも。
「理解した。あなたが任務を完遂するまで、私があなたを保護する」「あ、ありがとうございます!」 深々と頭を下げて長門さんに感謝の気持ちを伝えました。これで安心できます!あれ、未来から映像メッセージが……な!? TPDDを介してあたしの頭に届いた画像は「未来の」長門さんが無表情でピースマークをしている画像でした。
『本当にそんなはしたない姿で私に接触するとは思わなかった。お疲れ様』 音声メッセージが再生された瞬間、思わず叫びました。
「長門さんのバカァァァァァ!」
「俺も一つ教えて下さい!?朝比奈さん、今、歳いくつ?」「禁則事項です」 そしてパスワードを伝えてキョンくんとの別れる直前、あたしが本当に伝えたかったパスワードを言ってしまいました。これぐらいは良いですよね?長門さん。
『わたしとは、あまり仲良くしないで』
わたしとは、あまり仲良くしないで……か。 あたしは嘘つきです。大嘘つきです。自分の未来を確立させるために自分を騙し、みんなを騙します。 そんな最低の大嘘つきが、「みんな」に愛されちゃいけないんです。
あたしの本当の任務。それは『みんなに嫌われること』。
たとえ全世界から憎まれても、あたしはあたしの世界を守ります。 それがあたしの『闘う理由』だから。
完
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